30.サマーデイズ~来島 冬木③~
「うわー……思ってたより高いね、フユキくん……」
「確か高さ20mってパンフに書いてあったか。普通に国内トップレベルに高低差のあるウォータースライダーだと思うぞ」
「……ユリちゃんじゃないけど、若干怖気づいてきたかも」
そんなことを言いつつも、楽しげに頬を緩めるレイに苦笑しつつ、俺――
「レイは前と後ろどっちがいい?」
「もちろん前! ジャンケンする?」
「いや、俺はどっちでもいいから後ろで構わねえよ」
そんなやり取りをしつつ、コースの上で監視員からの出発の合図を待つ。
……結構水流激しそうだな。
少しだけ緊張しつつ、レイに続いてボートの後ろ側に乗り込む。
「ひゃっ、ふふ、くすぐったいよフユキくん?」
「……あー、わり」
……ボートの構造上、後ろに座る奴の足は、前に座っている人間の腋の辺りに差し込まれるような形になっていた。
足とはいえ、レイの柔らかい感触に触れてしまったことに、俺はドギマギしてしまう。
まあ、レイの方は全く気にしていなそうなので、俺の独り相撲なのだが……
そんなことを考えていると、監視員からのGOサインが飛んできた。
「フユキくん! いっくよー!」
「おう、ふっ飛ばされんなよー」
次の瞬間、俺たちのボートは地上へと向けて急加速を始めた。
***
「うひゃーーっ!!」
「これは、見た目よりも激しいな……!」
レイの歓声を聞きながら、右へ左へと振り回されるボートに意識を集中する。
時間にして数分程度だっただろうか。俺たちのボートは存分に加速を付けて、ゴールの水面へと水しぶきを上げて衝突した。
「わぷっ!」
「――ぶはっ! はぁ、レイ? 大丈夫――」
激しい水しぶきで濡れた顔を拭った俺は、レイに声をかける。
「あはっ、すごかったね! フユキくんっ」
濡れた髪を書き上げながら、こちらに笑顔で振り返ったレイの姿に、俺は凍りついた。
「あ、が……ッ!?」
レイの――正確にはレイの"何も付けていない"上半身を見て、俺は情けない呻き声を零すことしか出来なかった。
中学生になってから、また一段と女らしい身体つきになったレイ。
その胸の膨らみと、その桜色の先端から目を逸らせずに固まっている俺の様子に、レイはようやく視線を下に下げて自分の状態を悟る。
「――へぁ? ……えっ、あ、うそっ!? フ、フユキくんっ! 見ないでっ!?」
「お、落ち着――うおっ!?」
動揺したレイが突然動いた揺れで、俺たちが乗ったボートは綺麗に転覆する。
腰程度の水深の水場では有ったが、動揺しているレイはパニックになったように藻掻いていたので、俺は慌てて彼女へ駆け寄った。
「おい、レイッ!?」
「――ぷはっ! えほっ、こほっ!」
強引に彼女を引き寄せると、レイは軽く咽ながら、訳も分からず俺に抱きついた。
……そうなると、まあ必然的にレイの胸が"ぐにゅう"ってなる訳で……
俺は気が遠くなりそうになったが、必死に血流が一部に集中しないように、脳内で祖父と祖母の顔を思い浮かべた。
そうこうしている内に、レイは正気を取り戻したのか耳まで赤くしながら、ボソボソと呟く。
「……そ、その、フユキくん。い……今、離れると色々見えちゃうから……もうちょっとこのままでもいい……?」
そう言うと、レイはますます胸を押し付けるように俺に抱きついてきた。
勘弁してくれ……
胸板に感じる、レイの"先端"の感触に、脳内の祖父と祖母の顔が消えていく。
「――――あっ」
レイが不味いことに気付いてしまったように声を漏らす。
そりゃあ、こんだけ密着してれば俺の下腹部がドエライ事になってるのとかバレバレだよな。俺は無言で顔を両手で覆った。
「そ、その、ごめんね? フ、フユキくんも男の子だもんね…………えっと、その……た、逞しくて良いと思うよっ!」
「コロシテ……」
それから数秒後、地上で俺たちの状況を見ていた白瀬とユウキが、流されていたレイのトップスを回収して慌てて駆け寄ってくることで、俺は天国と地獄から解放された。
***
まあ、全部仕込みな訳だが。
地上に到着するまでの間に水着のトップスを、目にも留まらぬ早業で緩めた私は、完璧な形でフユキくんの情緒を破壊することに成功していた。
ついでにフユキくんのフユキくんに私が照れることで『ちゃんと君を男の子として見ていますよ』というアピールも済ませた。完璧である。
事前にユウくん達には内緒でプールを視察して、ロケハンをしていた甲斐が有ったというものである。来るのは4年ぶりと言ったな。アレは嘘だ。
私は大義の為なら体を張れる女。
将来の寝取られの為ならば、水着を投げ捨て、乳の一つや二つを見せることも押し付けることも厭わないクソビッチなのである。
水着なんて無くてもな……脳破壊は出来るんだよ。
なあ……そうだろ、松ッ!!
私は無法松を共犯者にした。
つまり私はほぼ近未来編の主人公と同一存在であり、やはり光側の存在ということである。はー閑話閑話。
しばしの間、下腹部にフユキくんのブリキ大王をグリグリ押し付けられた後に、ユウくん達が流された水着を回収して持ってきてくれた。
私はユリちゃんから手渡されたトップスを身につけると、ユウくん達にお礼を言う。
「あはは……その、ありがとねユウくん、ユリちゃん。ちょっとパニックになっちゃって……」
「う、うん……」
「え、えっと、とりあえず何も無くて良かった、ね……」
先程まで、フユキくんに抱きついている姿を見ていた二人が、目に見えて動揺している。あァ~~たまらねえぜ。
負の感情うめぇうめぇと味わっていると、もしかしたら自分はオディオ側なんじゃないかという錯覚を起こしそうになってしまったが、私は揺るがないぞ。
驚異的な自己肯定力で、私は己を光の存在へと再定義するのだった。
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