31.サマーデイズ~来島 冬木④~



「あ~~楽しかったっ! ね、みんな!」



 夕暮れ時、私――音虎ねとら 玲子れいこはプールからの最寄り駅へと歩きながら、ニコニコとご機嫌にユウくん達に声をかける。


「はは、確かに楽しかったけど……ユウキ、明日は筋肉痛すごいかも……」

「くぁ……プール上がりって、なーんか眠くなるんだよなぁ」

ユリも……帰りの電車で寝過ごさないか心配かも……」


 ウォータースライダーでのポロリイベント直後は若干気まずい空気が流れていた私達であったが、生乳を晒した当人レイコが気にしない素振りを見せていた為、帰る頃には表面上はいつも通りの様子に戻っていた。


「…………な、なんだよ。レイ」


 まあ、フユキくんは結構、テンパっている内心を隠しきれていないがね。

 身体張った甲斐が有るというものだ。うめぇ。


「んー? みんなで居眠りして終点まで行っちゃうのも、青春っぽくて面白いかなって考えてた」

「やめろやめろ、変なフラグ立てるんじゃねえよ」

「うふふ、居眠りしたらユリちゃんの寝顔撮っちゃお」

「ええっ、や、やめてよぉレイちゃん」

「――あっ、そうだ。写真といえば……」


 ユリちゃんと百合じゃれ合いをしながら、私はスマートフォンを弄ってグループトークに写真を送信した。


「ん? レイちゃん、何を貼ったの?」

「プールで撮った記念写真。まだ送ってなかったからね」


 トーク画面に表示されているのは、プールで撮影した私達4人の集合写真だった。



 私にくっつかれて、恥ずかしそう微笑むユリちゃん。

 こういう写真に慣れているのか、爽やかな笑顔を浮かべるフユキくん。

 フユキくんにつられて、照れくさそうにピースをするユウくん。



 ――うん。悪くない。



「……良い写真だね、レイちゃん」

「でしょ? これだけでも皆とプールに来れて良かったかな」


 私は穏やかな微笑みをユウくんに向ける。


 本当に大切な友達。大事な人。そんな彼らと過ごしたひと夏の思い出。

 きっと、この写真を見るたびに私は何度でも思い出す。


 プールの水の冷たさ。

 みんなで食べた昼食の味。

 並んで歩いた夕暮れ時の風の匂い。

 大切な人たちの笑顔。




 掛け替えのない青春の"思い出"……それが私のフルコースの"前菜"だ……


 私は突然、トリコの三虎みたいになった。

 ちなみに私のフルコースはここから『ユウくんの絶望』やら『フユキくんの罪悪感』等の最悪なメニューが並ぶことになっている。我ながら救いようのない屑である。

「本当にいい加減にしろよお前……」私の中のアカシアが警告した気がしたが、ユウくんというGODは私がいただく。邪魔をするなッ!! 

 私の中のNTR細胞の悪魔がアカシアを消滅させた辺りで、電車が来たのでトリコごっこはこれぐらいにしておこう。

 ごちそうさまでした――



 ***



「くぁ――」


 電車の揺れすら心地よく感じながら、俺――来島くるしま 冬木ふゆきは何度めかの大あくびをする。


「ふふ、フユキくんも眠かったら寝てもいいよ? ちゃんと私が起こしてあげるから」


 既にユウキと白瀬はぐっすりと爆睡してしまっているので、起きているのは俺とレイだけである。

 その優しげな声と微笑みに、俺は少しドキッとしつつも、大げさに肩を竦ませて皮肉っぽく笑う。


「俺が寝たら写真撮るつもりだろ? ちょっと趣味が悪いぞ、レイ」

「バレてた? ユウくんとユリちゃんは撮ったから、後はフユキくんでコンプリートなんだけどなー」


 コロコロと笑いながらスマートフォンを弄るレイに、俺は苦笑する。

 ……駄目だ。やっぱり意識してしまう。

 プールでの一件は健全な中学生には、あまりにも劇薬だった。

 忘れようとしても無意識のうちに、ついレイの胸元に視線が行ってしまい、レイの胸の形や感触が脳裏を乱舞してしまう。


「……フ、フユキくんのえっち……」

「ぶっ!?」


 俺の邪な視線に感づいたレイが、両手で胸を隠す。


「私は忘れてって言ってるのに……」

「……いや、本当に悪いとは思っているが、人の脳はスマホじゃないんだから、そう簡単に記憶を消したり捨てたり出来ねえんだよ……」

「うぅ~~! ひ、人のおへそに"あんなの"押し当てといて開き直るの、本当に良くないと思うっ!」

「やめて! マジで罪悪感と羞恥心で死にそうになるからっ! お、男はああいうの制御出来ないんだよっ! お前のだってちょっと硬くなってただろ!」

「さ、サイテーっ!? あ、あれはプールの水が冷たかったから――!」



 俺たちが騒いでいると、ユウキと白瀬が身じろぎしたのを見て、二人揃って冷静になった。



「……止めよう。ユリちゃんやユウくんに、こんなお馬鹿な言い合い聞かせたくないし……」

「……だな。あー、その……悪いと思ってるのは本当だし、詫びってのも変だけど、俺に何か出来ることがあれば聞いてやるから、それで勘弁してくれないか?」


 俺の困り果てた顔を見て、レイは困ったように笑ってから、一つ条件を出した。


「……それじゃあ、来週の商店街でやる夏祭りに私と遊びに行くこと。それで許してあげる」

「えっ、あー……それって……」


 まさかデートの誘い? 

 そんな浮ついた考えが頭を過るが、勿論この女はそんな色気のある考えをする奴では無かった。


「ユウくんとユリちゃんも誘うから、また4人で遊ぼうよ。夏休みもそろそろ終わっちゃうしね」


 あー、はいはい。分かってましたよ畜生め。

 でも、夏休み最後の思い出に、みんなで夏祭りというのは悪くない。


「はいはい、謹んで拝命いたしますよ」

「うむ、よろしい。それじゃ、これで仲直りねっ」


 そう言うとレイは無邪気に笑いながら、こちらに片手を差し出す。

 俺は彼女の白く小さな手を握ると、軽く上下に振った。


「別に喧嘩してた訳じゃないけどな」

「いいのいいの。こういうのは気持ちの問題だから」


 車窓から差し込む夕陽に、微かに湿った彼女の髪がキラキラと輝く。



 ――ああ、やっぱり諦めたくねえなあ。



 ずっと秘めていた恋心の火種は、鈍く輝き続けていた。


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