27.サマーデイズ~白瀬 由利②~



「ふぅ……」

「大丈夫ユリちゃん? 疲れちゃった?」



 買い物を終えた私――白瀬しらせ 由利ゆりは、レイちゃんと一緒にショッピングモール内のコーヒーチェーンで一休みしていた。


「ううん、平気だよ。それよりも、これからどうしようか?」

「んー、ユリちゃん時間ある? 映画とかどうかな?」

「映画? 私はいいけど、今って何がやってたっけ……」


 私が尋ねると、レイちゃんはスマートフォンで、ショッピングモール内にあるシネコンのサイトを表示した。


「これとかどう? 山田くんが読んでた小説の映画化なんだけど」

「あっ、私も名前だけは聞いたことあるかも」


 レイちゃんが提示したのは、小説原作のアニメ映画だった。

 学園を舞台にした青春群像劇で、私は原作を読んだことは無いが、結構な話題作だった気がする。


「評判も悪くないし、いいんじゃないかな?」

「それじゃ決定! ネットでチケット二人分取っちゃうから、上映までここで時間潰そっか?」

「うん、楽しみだね。レイちゃん」


 一緒に買い物をして、お茶をして、映画を見て……

 なんだか本当にデートみたいだな、なんて私は思ってしまう。


 ……レイちゃんと"本当のデート"が出来る日は、きっと来ない。

 彼女を"そういう目"で見ているのは、きっと私だけだから。

 それを寂しいとは思っても、変えようとは思わない。この本音は墓まで持っていこう。

 ずっとずっと、彼女の大切な友達で居たいから。


「そういえば、ユリちゃんのおばあちゃんちってどんな所なの?」

「えっと、山ばっかりで何もない所だけど、最近は近くのキャンプ場に来る人が結構居て――」


 何も知らない彼女の笑顔に見惚れながら、私は"彼女の友達"という席に固執する。

 この場所を失うぐらいなら、薄気味悪い恋慕の一つや二つ隠すことなど、何でも無い。


 ……だから、これでいいのだ。



 ***



(――なんて、思ってたのに! なんなの、この映画っ!?)



『映画楽しみだねー』なんてレイちゃんと無邪気にはしゃいでた数十分前の自分をぶん殴りたい。

 いや、別に映画がつまらない訳ではないのだ。話は引き込まれるし、映像も綺麗で十分に面白い方だと思う。

 ――ただ、なんというか、脚本がかなり過激なのだ。

 男女で絡んでるシーンはまあ、まだいい。

 問題は女同士の行き過ぎた友情――ああ、もう取り繕うのは止めよう。

 レズが濃すぎる。百合とかちょっと耽美な感じじゃなくて、もう"レズ"なのだ。


「…………」


 ああああ、隣でレイちゃんも気まずそうにしている。

 もうちょっと映画の内容について下調べするべきだったと、いくら考えても後の祭りである。

 先程、自分の性癖は墓まで持っていくと誓ったばかりなのに、何だこの仕打は。邪神に弄ばれているとしか思えない。



「――――――ッ」


 ――スクリーンに映る二人の女子生徒が、濃厚なキスをしている。

 無意識のうちに、それを自分とレイちゃんに置き換えていた自分に気づき、私は酷い自己嫌悪に襲われるのだった。



 ***



 ……拷問のような二時間弱が終わった。ゆっくりと明るくなっていく劇場に、私は静かにため息をつく。

 映画自体は面白かったのが、余計に腹立たしい。そして、隣のレイちゃんの顔を見るのが怖い。いや、私は別に何も悪くは無いのだが。



「……レ、レイちゃん? 外出よっか?」


 意を決して、隣のレイちゃんに声をかける。しかし、彼女から反応が返ってこない。


「……レイちゃん?」


 不思議に思い、私は彼女の肩に手を置く。


「――ひゃっ!?」


 その瞬間、彼女の身体が大きく跳ねた。

 いつも穏やかで余裕のある彼女らしからぬ動きに、私も連鎖して動揺してしまう。


「レ、レイちゃん!? ど、どうしたの?」

「え、あ、ユ、ユリちゃん? あー、その、え、えっと……」


 尋常じゃない取り乱し方をするレイちゃんに、既に殆ど退出しているとは言え、まだシアター内に残っている人達からの怪訝な視線が集まってしまう。これはあまり良くない。


「と、とりあえず外に出ようか? 歩ける?」

「う、うん……ごめんね、ユリちゃん……」


 私はひとまず、レイちゃんを強引に外に連れ出すことにした。



 ***



「はい、お水。……落ち着いた?」

「うん。ごめんね、ユリちゃん……」


 私から受け取ったペットボトルに口をつけて、レイちゃんはようやく落ち着きを取り戻したようだった。

 シネコンの裏手側。ベンチだけ置いてある人気の無い休憩所で、私とレイちゃんが隣り合って座る。


「……その、さっきの映画、見てたらね」


 独白するように、ぽつりぽつりとレイちゃんが語り始める。


「昔のこと、思い出しちゃって」

「昔……?」


 曖昧な語り口に、私がオウム返しをするとレイちゃんが頷く。


「うん、私、その……もう治ったと思ってたのに、知られたら、ユリちゃんや、ユウくん達に嫌われるかもって、だから……」


 要領を得ない言葉。

 それは胸に溜まった澱みを、苦しくて吐き出したいのに吐けない、そんな雰囲気だった。


「ユリちゃん……?」


 レイちゃんの震える手を、私は思い切って握った。


「……レ、レイちゃんが話したくないなら、い、言わなくてもいい。でも、話した方が楽になるなら、私で良ければ何でも聞くよ?」


 つっかえつっかえの私の言葉に、レイちゃんは微かに微笑むと、意を決したように言葉を続けた。




「小学生――ううん、もっと前かも。私、その…………男の子も女の子も、両方・・好きになれるの」

「…………ひょ?」



 今、レイちゃんなんつった? 




「……ど、どっちも恋愛対象に出来るの。中学に上がる前ぐらいには、おかしいなって思って、男の子だけ好きになるように意識してみたんだけど……さっきの映画見てたら、その、また戻っちゃったみたいで……ああっ! ご、誤解しないでね!? ユリちゃんに対して不純な気持ちで近づいたりとか、そういうのじゃ全然無いからっ」



 要約すると、レイちゃんはバイ――両性愛者の気があるらしい。



 ――あれ? これ、ワンチャン私行けるんじゃね??? 


 脳内で虹色の光が乱反射しながらファンファーレを鳴らす頭の悪い演出が再生された気がした。



 ***




 ニ チ ャ ア … …



 まあ、こんなもんか。


 宇宙猫みたいになっているユリちゃんを眺めつつ、レイコは概ねチャートが順調に進んでいることを確信する。

 思ったよりも草食系だったユリちゃんに、もう一押しNTRへの布石を打てた私は大満足だった。

 どうしても自らの同性愛志向に対して、どこか後ろめたさを持っていたユリちゃんだったが、私も同じ穴のムジーナと知れば、今後はもう少し積極的に押してきてくれることだろう。

 いやー、今度みんなで行くプールが愉しみッスね。ニッチャリ。


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