26.サマーデイズ~白瀬 由利①~



 夏休みが始まってから、しばらく経った頃。

 私――白瀬しらせ 由利ゆりは地元の大型ショッピングモールで、人と待ち合わせをしていた。



「……変じゃないかな?」


 大きなガラスを姿見にして服装を確認したり、大事な友達――ううん、大事な女性ひとからプレゼントされたコンパクトミラーで、メイクが崩れていないかチェックしつつ、待ち人が来るのをソワソワしながら過ごす。


『待っている時間もデートの醍醐味』なんてテレビか何かで見た話って本当だったんだな、なんて思いながら、怖いような浮かれているような不思議な心地になる。

 ……まあ、向こうはデートなんて思っていないだろうから、完全に私の独り相撲なのだが。



「――えっ、うそっ! もう来てるっ!? ユリちゃんっ、お待たせー!」


 待ち望んでいた声に、心臓が跳ね上がる。

 声のする方向へ視線を向けると、軽く息を弾ませながら待ち合わせ相手――レイちゃんが早足でやってきた。


「ごめんっ! 待たせちゃったかな?」

「う、ううん、私も今来た所だから……」


 嘘である。

 本当は待ち合わせ時間よりも、1時間は早く来てしまっていたのだ。

 しかし、レイちゃんも待ち合わせより30分は早く来てくれたから、彼女も私とのお出かけを楽しみにしてくれていたのかな、なんて思い上がりそうになってしまう。


「あ~っ! それ今来た所、私が言いたかったやつ!」

「えっ、あ、その、ごめんね……?」

「あはは、冗談だってば。でも、私も結構早く来たつもりだったんだけど、ユリちゃんいつから待ってたの? ……もしかして1時間ぐらいフライングしてない?」


 ズバリ正解を言い当てるレイちゃんに、私はドキッとしてしまったが、動揺は決して表に出さないようにする。重い女だと思われたら嫌だし……


「ほ、本当に今来た所だってば……」

「ふぅ~~~~ん……」

「うぅ、レイちゃんが疑ってる……」

「あはっ、ごめんごめん。それじゃあ、行こっか! 久しぶりにユリちゃんと"デート"出来るの楽しみにしてたんだからっ」


 彼女の何気ない言葉に、私は胸が締め付けられるような心地になる。

 "デート"なんて、向こうはきっと冗談で言っているのだろうけど、それでも私が望んでいた言葉を投げかけてくれる彼女に、どうしようも無いほど心惹かれてしまう自分が居た。



 ***



「……ねえ、レイちゃん。立花くんと来島くんは誘わなくても良かったの?」


 祖父母の家から帰省したばかりの彼女に会いたがっていたのは私だけではない。

 こうして彼女を独り占め出来ているというのは、もちろん嬉しいのだが、男子二人に対して後ろめたい気持ちも有った私は思わず問いかけてしまう。


「……いやー、流石に今日のショッピングに男子を付き合わせるのは、ちょっと可哀想じゃないかな?」

「う……い、言われてみれば確かにそうかも……」


 今日のショッピングの主な目的は、近々4人で遊びに行く予定のプールに向けた準備……要は水着である。

 もっとも、レイちゃんは帰省の際に新しい水着を買ったそうなので、選ぶのは私だけなのだが。


「はぁ、もう去年の奴が着れなくなってるなんて……」

「ユリちゃんスタイルいいからねー。自慢には思っても、恥ずかしがる必要なんて無いのにぃ」


 水着が並んだコーナーを眺めつつ、レイちゃんが今年のトレンドやらコーデの組み合わせやらを考慮して、色々と候補を選んでくれる。

 以前にメイクを教えてもらった時も思ったけど、彼女の知識量は本当に凄い。

 お洒落や勉強の事だけでなく、来島くんとスポーツ医学の事なんかを話していたのも見た事がある。知らないことなんて無いんじゃないかと思うぐらいだ。


『どうしてそんなに色々な事を知ってるの?』と以前に尋ねたことがあるが、彼女は『絶対に叶えたい夢の為に必要なんだ』と照れたように話してくれた。


 詳しいことは『恥ずかしいから』と教えてくれなかったけど、夢に向かってひたむきに頑張るその姿は、私にはとても眩しい光のように思えた。


「うーん。いっそ、私とお揃いのデザインにしてみる? 双子コーデとか、ちょっとやってみたい」

「レ、レイちゃんの水着って、結構攻めた感じのビキニでしょ? わ、私はちょっと……」

「ユリちゃん絶対似合うと思うんだけどなー」


 グループトークで送られたレイちゃんの水着の写真を思い出して、私は少し赤面してしまう。



【reiko:おばあちゃんちの海! めっちゃ綺麗!】



 そんな文章と共に、水着姿で楽しそうにダブルピースをしている彼女の写真を見た時は、結構な衝撃を受けたりもした。

 多分、彼女はそういう自覚が無いのかもしれないけれど、立花くんや来島くんも見ているトーク画面で、水着の写真を送りつけるのはちょっと無防備過ぎると思うの。

 男子が既読マークだけ付けてしばらく無言だったの、ちょっと気まずかったんだからね? 

 ……まあ、私だけでレイちゃんの水着写真を独占したかったという気持ちが、全く無かったとは言わないけれど。


「む~……うん、これが一番似合うと思うけど、どうかな?」

「う、うん。私も、これが良いかなって思ってた」


 最終的に、レイちゃんが選んでくれたのはスカートとショートパンツが一体になっている洋服に近いデザインのワンピース水着だった。

 肌の露出は少ないけれど、可愛くてお洒落なデザインは私好みだったし、彼女が私のために選んでくれたというだけでも、私のお気に入り決定である。


 クラスの男子とプールに行くのは少し恥ずかしいけれど、レイちゃんと一緒に遊べるのは楽しみだな、なんて思いつつ、私は購入した水着を宝物のように抱きしめるのだった。


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