21.サマーデイズ~山茶花 千尋①~



 車に揺られること数時間。

 夏休みに突入したレイコは、地元から遠く離れた祖父母の家へと訪れていた。

 あ~一面のクソミドリ。


「おばあちゃーん、遊びに来たよー」

「おやまあ、遠くからお疲れさんねぇ。上がって上がって」


 となりのトトロに出てくるカンタのばあちゃんみたいな見た目をした父方の祖母が私達を出迎えてくれた。祖母は私の顔を見て、人好きのする笑みを浮かべると定番の褒め言葉を投げかけてくる。


玲子レイコちゃんは、ちと見ない間にまーた別嬪べっぴんさんになったねぇ」

「もう、おばあちゃんったら。ソレ会う度に言ってるよ?」

「カカカ。女の子が綺麗になったなら何回でも褒めたったらええのや。さぁさ、麦茶が冷えとるでな。ゆっくりおし」


 祖母に促されるままに、私は靴を脱いで居間へと上がる。




「――――げっ」


 居間でスマホ片手にくつろいでいた少年が、私の顔を見て露骨に嫌そうな顔を浮かべた。

 一方、私はこの何にもないド田舎での最高のおもちゃ・・・・を見つけたことに、満面の笑みを浮かべる。


「あーっ! チーちゃんもう来てたんだー!」

「チーちゃん言うな! バカレイっ!」


 目の前の生意気そうな小僧はチーちゃんこと山茶花さんざか 千尋ちひろくん。一つ年下の私の従兄弟である。


「ひどいなあ、ちょっと前まで『おねーちゃんおねーちゃん』って私にくっついて甘えてくれてたのに……」

「いつの話してんだっ。俺と一つしか違わないくせにお姉さん面すんじゃねえよ!」


 チヒロくんは気炎を上げているが、私としては目の前の少年が可愛くてしょうがなかった。

 生意気系ショタ……地元では私の周りに居ないタイプだ。


「むぅ、私は気にしないけど年上の人にそういう言葉遣いは良くないよ? そんな事言ってると一緒にお風呂入ってあげないんだから」

「はぁっ!? ば……馬鹿じゃねえの!? お前もう中学生だろっ!?」

「え、それ何か関係ある? ちょっと前まで一緒に入ってたじゃない。チーちゃん、私とお風呂入るの嫌?」

「い………………嫌に決まってるだろっ! 俺もう小6だぞっ!」


 間が長えよ。

 ご覧の通り、乱暴な言葉とは裏腹に、私のことを憎からず思っているのが透けて見えるので、実に良い"素材"といえる。

 内心で舌舐めずりをしながら、私はお清楚フェイスでチーちゃんにくっ付いた。


「あはは、そっかそっか。チーちゃんも来年は中学生だもんね。お姉ちゃんとお風呂入るのは、そろそろ恥ずかしいか」

「あ、あちいよ! くっつくな! ……そーいうレイは、全然変わらねえな。本当に小学校卒業したのか?」

「し、してるよっ! ほら、見なさい! 私のセーラー服姿っ!」


 スマホのカメラロールから、入学式で撮影してもらった制服姿の私をチーちゃんに見せつける。


「ふ、ふーん……まあ、馬子にもなんちゃらって奴だな」

「もうっ、素直に"かわいい"って褒めてくれてもいいのにっ」


 そのままチーちゃんに私のスマホを渡すと、彼は自発的にフリックして写真を流し見していく。

 もちろん罠である。


「ん……」


 私のカメラロールの中に、結構な枚数で紛れ込んでいるユウくんとのツーショット写真を見て、チーちゃんの表情が険しくなる。

 「フィ~~ッシュ……」と私はチーちゃんに聞こえない声量で小さく呟き、ニッチャリする。


「……レイ、この男は……」

「あっ、その子が"ユウくん"! ほら、私の幼馴染の! チーちゃんに話したこと無かったっけ?」

「ふーん……こいつが……」


 チーちゃんはしばし、険しい顔でスマホを見つめた後で私に問いかける。


「あー……こいつ、レイの彼氏、だったりするのか?」

「――ええっ!? ち、違う違う! ユ、ユウくんは、その、そういうのじゃないからっ!」


 私は頬を赤くしてチーちゃんの言葉を大げさに否定する。

 露骨に語るに落ちる素振りを見せた後に、照れたように微笑みながら、彼に問いかけた。


「……ね、ねえ、チーちゃん。その、私とユウくん、恋人に見えたりするかなぁ……?」

「――――ッ! ……はっ! ぜ、全然見えないねっ! つーか、レイみたいなガキに恋人とか100年早えよ!」



 アァ~~たまんねぇ~~~~

 憎からず思っている年上の女に、男の影がチラついてるのが嫌という子供らしいピュアな嫉妬心! 私はこれの為に帰省していると言っても過言ではない。

 毎年、帰省する度にチーちゃんを多方面で誑かし続けた甲斐が有るというものだ。年に一度のお祭りという奴である。

 ユウくん達に会えない間は、チーちゃんからたっぷり栄養補給をさせてもらおう。



「ひ、ひどいっ! あーあー! 私は傷ついちゃいましたっ! お姉ちゃんに酷いこと言った罰として、チーちゃんはお夕飯まで私の抱き枕でーす」

「はぁっ!? ば、馬鹿やめろ! 色々当たってんぞっ!?」


 年に1、2回ぐらいしか会えない従兄弟なのだ。少々スパルタで情緒をぐちゃぐちゃにしていくゾイ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る