16.驚愕の真実



「お、お風呂、まだ入ってないから、やだ……」



 彼女の言葉が意味として理解出来ず、音としてユウキの耳を通過する。

 空気の振動が脳を通過してから数秒、ようやく僕の思考回路がガタゴトとぎこちなく動き出す。



 ――――それってつまり、準備さえ出来てれば、レイちゃんは僕と"そういうこと"をしても構わないという事で――――




 ピピピピピピ! 



「「――――ッ!?」」



 お互いに無言で見つめ合っていた室内に、電子音が鳴り響く。

 ようやく正気に戻った僕は、弾かれるようにレイちゃんから離れた。


「あ、わ、私のスマホだ……で、出るね?」


 レイちゃんが乱れた髪を整えながら、スマホを耳に当てる。


「も、もしもし? お母さん? ……うん、まだユウくんの家。うん、牛乳? 分かった。帰りにコンビニで買って帰るね」


 通話先は彼女の母親のようだった。

 別にレイちゃんと何かが有ったという訳では無いが、なんとも言えない気まずい気持ちになってしまう。

 通話を終えた彼女が、視線を泳がせながら僕に向き直る。


「えっと、その、そ、それじゃあ帰るね?」

「う、うん……」


 ぎこちない言葉を交わすと、彼女は当初の目的であったノートをカバンにしまって部屋を出ようとする。


「…………」

「……レイちゃん?」


 扉の前でピタリと立ち止まったレイちゃんが、少しだけ怒ってるような顔でこちらに振り返る。


「……送ってくれないの?」

「えっ、その……いいの?」

「こんな時間に、女の子を一人で帰すつもり?」

「う、うん、分かったよ。い、行こっか?」

「ん……」


 流石にあんな事が有った後だし、僕と二人きりなんて嫌かと思っていたのだが、彼女はそうでもなかったらしい。

 僕は怖いような嬉しいような、自分でも制御出来ない感情にクラクラしながら、彼女を送り届けることにした。



 ***





 計 画 通 り 。



 レイコはスマホの"アラーム・・・・"を削除しながら、ユウくんに見えない角度で夜神月ごっこをした。


 この一連の流れこそが今回の勉強会イベントの真の目的。

 ユウくんに"実質、レイコは貴方に売約済みです"と分からせて、他の女に流れないように"縛り"を結ばせることが私の狙いだったのだ。


 先程の"あの"状況で手を出さない程度には、私の洗脳で草食系男子に調教されているユウくんだが、それでもヤリたい盛りの男子中学生である。ふとした拍子に、そこら辺の女にコロリと転がってしまう可能性は、それほど低くないと私は見ていた。

 なので、ここらで一発『ユウくんがその気になれば、この女抱けますよ』と分からせておく事で、他の女に目が行かないように、マインドコントロールを施したのである。

 こうしておけばユウくんの性格上、実質両思いだし今の居心地良いジレジレな関係を続けさせるように精神誘導を行うのは決して難しくない。

 一歩踏み出す勇気さえ有れば、長年恋い焦がれた女をモノに出来るのだ。ちょっとやそっとの誘惑では私以外の女に靡かないように洗脳するなど造作もないだろう。

 一流の寝取られ女は洗脳技術においても一流なのだ。



 どこから仕込みだったかと言えば、もう最初から全部仕込みである。

 私とユウくんのノートをすり替えたのも私だし、ベッドに倒れ込む時にも音虎流技法"逆騎乗位"で私を押し倒すようにユウくんの誘導もした。仕上げは良いところで中断されるように、スマホのアラーム機能で通話がかかってきたみたいな小芝居もした。

 気分は黒崎一護をイジって遊んでいる藍染惣右介である。うーん、擁護しようのないゴミクズ。

 だが、私はヨン様と違ってユウくんをモルモットなどではなく、大事な大事なパートナー寝取られ被害者として寵愛している。つまり私は闇っぽく見えるが、その本質は光側の存在ということだ。


 閑話休題。


 まあ、随分と回りくどい方法を取っているようにも見えるが、決して肉体関係を結ぶことに尻込みして日和った訳ではない。チャートをちゃーんと確認したが故の行動である。

 この時点でユウくんとえっちしておくのも、まあ悪くはないのだが、寝取られを高校時代に決行すると決めている以上、現時点で恋人関係になってしまうと、絶対に途中でダレる・・・


 感情というものには鮮度があるのだ。

 愛情が激しい炎から穏やかな灯火へと劣化・・してしまうには、3年という時間は十分過ぎる。感情とは時間と共に良くも悪くも死んでいくものなのだ。

 真の意味での脳破壊とは、静的な状態ではなく変化の動態――希望が絶望へと切り替わる、その瞬間のことを言う。

 木漏れ日のような穏やかな熱では足りない。身を焼くような激しい愛情の炎を、一瞬で凍てつかせてこその寝取られなのだ。

 私は味わいたい……ユウくんの瑞々しく新鮮な絶望と脳破壊の味を……


 数行前に光側の存在と自称していた筈だが、言っていることが殆どFateのジル・ド・レェである。

 まあ内面はともかく、ユウくんから私の外面がジャンヌに見えてれば何も問題はない。


 要するに、あんま早い段階で恋人になっちゃうと、寝取られ決行までの間にイチャラブが落ち着いちゃうのが問題なのだ。

 付き合いたての幸せの絶頂時に寝取られる為には、もうちょいユウくんを焦らしておきたいということである。


 もう一つ悩みのタネがあるとすれば、ユウくんとセックスするかどうか、実は未だに少し悩んでいる。

 BSSにルートがガバらないように、ユウくんと恋人関係になることは確定しているが、そこから先が問題だ。

 ユウくんとえっちした後、間男に寝取られて「彼よりも凄い……♥」みたいなのは王道だし最高なのは間違いない。

 しかし、ユウくん以外の男に処女を散らされて「僕がもっと早く勇気を出していれば……」みたいな脳破壊を喰らっているユウくんも、想像しただけで達しそうになるぐらいイイ。



 クソッ! 何故だ! 

 何故、私には転生チートで死に戻りとかのループ能力が無いんだ!! 

 それさえ有れば、ありとあらゆる寝取られを体験出来るというのに!! 

 許さんぞ転生神めッ!! 私は義憤を燃やした。



 まあ無いものねだりをしても仕方あるまい。

 人生は配られたカードで勝負するっきゃないのさ。スヌーピーもそう言っていた。私もそうするとしよう。



「「…………」」


 ユウくんと並んでの帰り道。

 とりあえず、私は手札の"お清楚フェイス"を活かして、ユウくんをドギマギさせることから始めた。千里の道も一歩からである。


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