09.白瀬由利は壊された


 NTRに大切なもの! それは『相手を思いやる心』であるッ!! 



 どの口が言ってんだと思われるかもしれないが、これは割とマジな話である。

 どうでもいい相手から裏切られようが、ビデオレター越しに粗チンだと罵られようが、湧くのはただの怒りや殺意である。

 NTRとは、寝取られ男と寝取られ女クソビッチの間に築き上げられた愛情や友情が有るからこそ、それが裏切られた時に生じる圧倒的脳破壊空間が、まさに歯車的砂嵐の小宇宙なのである。

 要するに、NTRには"愛"こそが必要であり、人を愛することと脳を破壊することは表裏一体なのだ。


 自分でも何を言っているのか分からなくなってきたが、結局のところレイコのやることは基本的に誰かに"どく"を注ぎ込んで、相手を私中毒にすることが目的なのである。

 どっぷりと私の愛に依存させることで、相手の思考力や判断力を鈍化させ、物事を此方の優位に進めるのが、私の基本戦術なのだ。

 生殺与奪の権を他人に握らせるな! 

 私の中の冨岡義勇が叫んだ気がしたが、私は炭治郎というよりは半天狗っぽい女である。いつかお奉行様が私の罪を裁く日は来るのだろうが、その瞬間まで私は寝取られ女クソビッチとして全力で走り続けるのだ。


 そんな半天狗系女子である私は、中学生活が始まって早々に新たな獲物間男候補を見つけたのだった。



 ***



 私――白瀬しらせ 由利ゆりが、男の子のことを苦手に思うようになったのは、いつからだっただろうか。


 幼稚園児の頃に、お隣さんのカズくんに眼鏡を馬鹿にされた時だったかもしれない。

 小学生の頃に、クラスメイトの男子にイタズラで本を隠された時だったかもしれない。

 第二次性徴期を迎えて、無駄に大きくなりはじめた胸に、良くない視線を感じるようになった時だったかもしれない。


 一つ一つはなんてことのない些細な傷かもしれないが、じわじわと積み重なっていったそれ嫌悪は、思春期の過敏な心と相まって、軽度の男性恐怖症へと育ってしまった。

 気がつけば、周囲の私に対する態度は腫れ物を扱うソレだった。いじめられている訳では無いが『面倒くさいのであまり関わりたくない奴』そんな感じ。私だって自分の近くに私みたいな人間が居たら、同じような態度を取っていたと思う。


 中学生になった私は、周囲から気持ち悪い視線を集める胸の脂肪を隠すように猫背になり、外からの余計な接触を拒否するように本の世界へのめり込んだ。

 本は良い。私に意地悪なことを言わないし、私が吃って上手に喋れなくても馬鹿にしない。私が求めた分だけ物語と知識を与えてくれる。本さえあれば、友達なんて要らない。強がりではあったが、嘘でもなかったと思う。


「みんな、おはよー!」


 そんな私でも、憧れる人は居た。

 彼女が教室に入っただけで、空気がパァッと明るく華やぐ。

 シミ一つ無い白い肌に、艶やかな黒髪。端正な顔立ちと、くりっとした綺麗な瞳。

 早くなる動悸に熱くなる頬を本で隠しながら、私は教室に入ってきた彼女を覗き見る。


 ――彼女の名前は音虎ねとら 玲子れいこさん。

 みんなの人気者で、綺麗で優しくて、でもそれを鼻にかけない親しみやすい人柄で……まるで物語の中から飛び出してきたみたいな完璧な彼女は、あっという間に私の憧れとなった。

 彼女みたいになれたら、なんて大それたことは思わない。でも、彼女とお友達になれたなら……それだけで中学校生活で最高の思い出になるに違いないだろう。


 ……でも、思うだけだ。

 彼女の周囲には、常にスクールカーストのてっぺんに居るようなキラキラ輝いてる人達が居た。とても地味で根暗な私なんかが入り込む余地は無かった。

 彼女だって、一言二言しか言葉を交わしたことの無い私のことなんて、名前も覚えていないだろう。


 でも、それでもいい。いつも元気で綺麗な彼女を遠くから眺めているだけでも、私は十分に癒やされている。それ以上を望んだら、きっとろくなことにならない。

 そう思っていた。



 ***



 放課後、私は文芸部の部室で一人、本の世界に逃げ込んでいた。


 正直、部活なんて入りたくは無かったのだが、この中学校では部活動への所属は強制だったので、仕方なく趣味と近い文芸部へと私は入部したのだ。

 もしかしたら、読書友達が出来るかも……なんて少しだけ夢見たりなんかもしたが、世の中そんなに甘くはなかった。

 どうやら、この文芸部は同じようなことを考えている人間の吹き溜まりらしく、メンバーは籍だけ置いている幽霊部員が大半らしい。そのため、部室に来ている人間は今日も私一人だった。

 顧問の先生も放任主義なので、入部届を出した時以外には会話をしたことも無い。活動の成果として、詩でも小説でも何でもいいから月に一つでっちあげれば、後は好きにしていいらしい。楽で助かるが、大丈夫かこの部。


「……ん」


 ふと、部室の隅の本棚に目が行く。

 顧問の先生か、他の部員が来ていたのか、本棚の中身が少し乱れていた。

 こういうのに一度気付いてしまうと放っておけない質だった私は、本棚の整理を始める。


「ぐ、ぬぬ……!」


 本棚の最上段に、微妙に手が届かない。

 脚立を持ってくれば良いのだが、無精をした私は背伸びをして無理やり手を伸ばす。

 これでも女子にしては無駄に背の高い方なのだ。160cmを越えてるので同年代の男子よりも普通に上背が有る。無駄に大きい胸と合わせて人の目を集めやすいので、私にとっては基本的にデメリットしかないのだが、こういう時は助かる。


「あと、ちょっと……!」



 コンコン。



 つま先立ちをしている私の背後で、ノックの音が聞こえた。



「失礼しまーす」

「―――ッ!?」



 声が聞こえた。

 私の憧れで。綺麗で、甘やかな響きが。


「ひゃっ、ひゃいっ!?」


 次の瞬間、気が動転した私はバランスを崩し、本棚から崩れだした書の雪崩に飲み込まれた。



 ***



「……あれ? あなた、白瀬しらせさんだよね? 同じクラスの」

「――――ッ、あ……は、はい。そう、です……」



 ――私は夢でも見ているのだろうか。


 憧れの音虎さんが突然文芸部にやってきて、ろくに会話をしたこともない私の名前を覚えててくれて……



「へぇ~、白瀬さんって文芸部の部員だったんだね。あんまり話す機会が無かったから、初めて知ったよ」

「う、うん……昔から、その、ほ、本が好きだったから。えと、同じ趣味の友達が出来たら、う、嬉しいなって……」

「そうなんだ! 私も本は色々読むんだよ。もっと早く、白瀬さんとお話してれば良かったな」

「そ、そうなの? ……その、私も、音虎さんとは、お話してみたいなって、ずっと前から……」



 私の吃りまくりのヘッタクソな話を楽しそうにニコニコと聞いてくれて、もっと早く話していれば良かったと言ってくれて……



「白瀬さん。私、文芸部に是非とも入部したいんだけど、いいかな?」



 ――――なんだこれは。いくら何でも都合が良すぎる。


 ああ、神様お願いです。

 これが夢なら、今すぐ私を殺して下さい。

 こんな甘い毒を味わってしまった後で、現実に戻されるぐらいなら死んだ方がマシです。



 ***



 しかし、夢は醒めずに未だ続いている。


「んーっと……ねえ、白瀬さん。ここって何書けばいいのかな?」


 部室で入部届を書き始めた音虎さんが、ペンを持って困った顔をしながら私の隣に座った。

 近い近い近い近い! 肩当たってる! 柔らかい! 滅茶苦茶良い匂いがする! 


「え、えっとね、そこは入部動機なんだけど、顧問の先生は適当だから、多分空欄でも大丈夫……」


 何とか動揺やら欲望やらを表情に出さないようにレクチャーをする私に、音虎さんがニッコリと笑顔を浮かべてお礼を言う。


「ありがとう、ユリちゃん! ……あっ」

「ふえっ!? ユ、ユリちゃ……!?」

「ご、ごめんなさい白瀬さん! な、馴れ馴れしかったよね……?」


 うっかり私を下の名前で呼んでしまったことに、しゅんとしている音虎さんを私は慌ててフォローする。


「い、いいの! 全然平気! ……というか、音虎さんが良ければ、その、ユリって呼んでくれたら、うれしい……です」

「本当っ!? それじゃあ、私のこともレイって呼んでね、ユリちゃん♪」


 なんだこのあざとい生き物!? 可愛すぎだろッ!? 





「……なんか、白瀬さんもレイちゃんも、ユウキが居ること完全に忘れてないかな……」



 ***



「――うん。あとはハンコを押して提出すれば、大丈夫、だよ」

「それじゃあ一回持ち帰らないとだね。顧問の先生に提出するのは明日になるかな。色々教えてくれてありがとう、ユリちゃん!」

「う、ううん。気にしないで、その……レイ、ちゃん」


 ――誰かを下の名前で呼ぶなんて、いつ以来だろうか。

 憧れとかそういう感情抜きで、久しぶりに出来た新しい友達に、私の心は不思議な高揚感で満たされていた。


「それじゃ、また明日教室でね!」



 彼女はそう言うと、突然両手を広げて私に抱きついてきた。



「ヒュッ―――!?」



 思わず心臓が止まりそうになった私に、彼女の付き添いであった……えーっと、なんて名前だっけ? レイちゃんの事で頭がいっぱいでド忘れしてしまったが、とにかく付き添いの男の子が苦言を呈した。


「レイちゃん、一応言っておくけど同性でもセクハラは成立するんだよ?」

「何言ってるのよ、ユウくんってば。女の子同士ならこれぐらい普通だよ?」


 そうなの? 

 少なくともぼっちの私には、こんな"普通"は無かったのだが。

 まあ彼女が言うなら、きっとこれは"普通"なのだろう。

 そう納得しかけた私だったのだが――――




「……ふふ、そう。これは普通だから。ユリもなーんにも遠慮しなくていいんだよ……?」

「ッッ!?」




 ゾッとするような妖艶な囁き声が、私の耳をくすぐった。

 次の瞬間、パッと私から離れたレイちゃんは何事も無かったかのように、いつもの天真爛漫な笑みを浮かべていた。


「それじゃ、帰ろっか? ユウくん」

「うん。白瀬さんも、また明日」


 そう言って校舎を後にする二人を、私はただ呆然と見送った。



「……普通。これは、普通の、こと……?」



 彼女の囁き声の残滓を探るように、私は耳に手を添える。

 心の奥底に押し隠していた私の"ナニカ"が崩れ始める音が聞こえた気がした。



 ***



 ――――計画通りである。


 自宅に帰ったレイコは今日の成果に実に満足していた。

 SSR間男ことレズ寝取り役として白瀬しらせ 由利ゆりをゲットしたからである。


 彼女に同性愛者の気があることは、入学してすぐに分かっていた。

 何故なら私は前世の間男生活で、百合ップルも寝取っていたからだ。そう、前世の私は百合の間に挟まる男という人類八つ目の大罪を犯していたのである。

 そんな私の観察眼を持ってすれば、白瀬しらせ 由利ゆりの私に対する視線が少し"違う"ことなんてお見通しだったのである。


 私はLGBTにも配慮出来る女。たとえ同性愛者だろうと等しくNTRに組み込む新時代の寝取られ女クソビッチなので、白瀬しらせ 由利ゆりは是非とも手駒に加えておきたかった。


 彼女が文芸部に所属していたのも、実に都合が良かった。文化系の部活動に所属するつもりだった私は、ユウくんを誘導して文芸部への見学に案内。あとはアドリブで適当にロマンチックな出会いを演出してやれば、これをこうして……こうじゃ! あっという間にレズ寝取り枠をゲットである。


 ユリちゃんには少々、私というキャラから外れた強火な誘惑をしてしまったが、性別の壁を越えたNTRを誘発させるには、多少強引な手を使わなければ難しかっただろう。ユウくんには気づかれていない筈だし、これは必要経費だ。コラテラル・ダメージという奴である。



 さて、これで間男枠はフユキくんとユリちゃんで2つ埋まったが、まだまだ足りない。

 プルスウルトラ。私のNTRに限界など無いのだから。


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