08.増え続ける犠牲者


 僕――立花たちばな 結城ゆうきにはとてもとても可愛い幼なじみがいる。


「付き合わせてごめんね、ユウくん。でも、私に合わせないで、好きな部活を選んでもいいんだよ?」


 僕の隣で困ったような、申し訳ないような苦笑を浮かべる彼女に、僕は見惚れて腑抜けた顔をしないように頬の内側を噛んで誤魔化す。

 彼女の名前は音虎ねとら 玲子れいこ。幼稚園の頃からずっと僕と一緒に過ごしてくれている、とても大切な女の子である。


「ううん、気にしないで。僕も文化系の部活に入るつもりだったから、レイちゃんと色々見て回れて助かってるよ。僕一人だと、見学して回るのは少し恥ずかしかったし……」

「はぁ~……ユウくん? 控えめなのは君の良いところだけど、もう中学生なんだから、もう少し色々と積極的にならないと」

「あはは……まあ、頑張ってみるよ」


 僕の曖昧な返事に「もうっ」と頬を膨らませる彼女に愛しさを感じつつ、僕は文化系の部室が立ち並ぶ部室棟を歩いて回る。


「どう? 結構見て回ったけど、どこかユウくんの興味のある部活は有った?」

「う~ん、園芸部や手芸部も面白そうだったけど、どうしようかな……レイちゃんは?」

「私? 私は、その……ユウくんと同じ部活が良いかな~……な、なんちゃって……」


 恥ずかしそうに笑うレイちゃんを見て、僕は胸が締め付けられるような気持ちになった。

 自惚れでなければ、彼女は僕に好意を抱いてくれている……と思う。

 無論、僕だってレイちゃんの事は大好きだし、昔に比べれば多少なりとも自分に自信も付いた。出来れば恋人同士になれたら、なんて思ったりもするが、今の"仲良しな幼なじみ"という関係性を崩すのが怖くて、あと一歩が踏み出せないでいた。


「それじゃ、次はここだね」


 そんな事を考えていると、彼女が不意に立ち止まった。僕は目の前の部室の表札を確認する。


【文芸部】


 少し恥ずかしくて、レイちゃんやフユキくん以外には秘密にしているのだが、僕は昔から詩集や歌集を読むのが好きだった。

 そんな僕なので、文芸部は実はかなりの大本命だったりする。


「失礼しまーす」


 ノックをしてから、レイちゃんが部室の扉を開ける。


「ひゃっ、ひゃいっ!?」


 扉を開けると同時に、ばさばさと何かが崩れる音が室内に響いた。

 僕とレイちゃんは音がした方――部室の隅を見る。そこには崩れた本の山の中で、小さな手がまるでゾンビ映画の一幕のように、天へと差し伸べられていた。


「た……たすけて……」


 本の山の中からか細い声が聞こえたのを確認して、僕とレイちゃんは慌てて駆け寄った。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「ユウくん、とにかく本をどかそう!」


 僕とレイちゃんが発掘作業を初めてから数分後、無事に本の山から一人の少女を救出することに成功した。


「あ、ありがとうございます。本棚の整理をしていたんですけど、人が来たからビックリしちゃって……」


 そう言って、申し訳無さそうに身を縮めている眼鏡をかけた少女は、文芸部の部員だろうか。ビクビクとこちらを伺う視線から漂ってくる、内気そうな雰囲気に僕はなんだか親近感を覚えてしまう。

 ……ん? というか、この子って――


「……あれ? あなた、白瀬しらせさんだよね? 同じクラスの」

「あ……は、はい。そうです。その、よく私の名前なんてご存知でしたね……」

「そんなの当たり前じゃない、同じクラスメイトなんだもの」


 隣でレイちゃんが発した言葉に、僕は恥ずかしながら、ようやく彼女の顔と名前を思い出した。

 白瀬しらせ 由利ゆり

 僕達と同じクラスではあるのだが、なんというか影の薄い子で、空き時間にいつも一人で物静かに本を読んでいる女の子という以上の記憶はなかった。文芸部の部員だということも、今はじめて知ったぐらいである。


「へぇ~、白瀬さんって文芸部の部員だったんだね。あんまり話す機会が無かったから、初めて知ったよ」

「う、うん……昔から、その、ほ、本が好きだったから。えと、同じ趣味の友達が出来たら、う、嬉しいなって……」

「そうなんだ! 私も本は色々読むんだよ。もっと早く、白瀬さんとお話してれば良かったな」

「そ、そうなの? ……その、私も、音虎さんとは、お話してみたいなって、ずっと前から……」


 吃りがちな白瀬さんの話を、レイちゃんは決して急かさずに、ニコニコと楽しそうに聞いている。なんだか昔の僕と彼女を見ているようで、微笑ましい気持ちになってしまう。きっとレイちゃんは、僕や白瀬さんみたいな、引っ込み思案な子を見ると構いたくなってしまうタイプなのだろう。


「――あっ! それよりも、さっきは大丈夫だった? 落ちてた本の中に、ハードカバーの洋書とか、割と洒落にならない本も混じってたけど、頭とか打ってない?」

「~~っ!?」


 レイちゃんが心配そうに、白瀬さんの頬に手を添えて顔を覗き込む。すると、彼女は顔を真っ赤にして、僅かに後ずさった。うんうん、白瀬さんの気持ちはよく分かる。僕もよくレイちゃんに不意に顔を近づけられるが、彼女は本当に整った顔立ちをしているので、嬉しい気持ち以上に真剣に心臓に良くない。


「ひゃ、ひゃいっ! だ、大丈夫でひゅっ!?」

「そう? ん~……でも、頭は何かあったら怖いし、やっぱり心配だから少しだけ、見てもいい?」

「ふえっ!? い、いいです! いいです! ほ、本当に大したこと――」

「はい、じっとしててね?」

「あ、あわわ……い、良い匂いがする……ふひっ」


 レイちゃんが、白瀬さんの頭を抱え込むようにして、彼女が怪我をしていないか確認する。

 ……まあ、同性だし気にすることでは無いのかもしれないが、レイちゃんの大きくなり始めた胸が、思いっきり白瀬さんの顔に当っている。いや、僕は別に断じて羨ましいとか思っていないが、女子同士の距離感ってこんなものなのかな。白瀬さんの呼吸が荒くなってるような気がするのも、微妙に気になる。



 ――――ニチャア。



 ふと、レイちゃんから何かヘドロが泡立ったような音が聞こえた気がした。

 まあ、彼女は聖なる大天使の生まれ変わりなので、僕の耳が何かしら不具合を起こしただけなので気にしない。

 レイちゃんは白瀬さんをハグから解放すると、彼女の小さな手をギュッと握りしめた。


「白瀬さん。私、文芸部に是非とも入部したいんだけど、いいかな?」

「レ、レイちゃん?」


 レイちゃんは唐突に文芸部への入部を決めていた。彼女の突発的な行動に、白瀬さんの顔はまるで苺かトマトの様に真っ赤になっている。レイちゃんの顔面凶器(美)にタコ殴りにされているのか、倒れてしまいそうで心配になる。


「あ、あわわわ……わ、私は大歓迎ですぅ……」


 何が入部の決め手となったのかは分からないが、彼女のことだから、僕なんかには分からない何か深い理由があるのだろう。

 彼女の目を絶対的に信じている僕は、元々文芸部への興味が有った事と、彼女と一緒の部活に入りたいという仄かな下心から、その場で一緒に文芸部への入部届を記入するのだった。



 ***



「レズ寝取られ枠ゲットォ……」




「ん、何か言った? レイちゃん?」

「――ううん? 何も言ってないけど???」


 空耳が聞こえた僕に、レイちゃんはコテンと小首を傾げる。超かわいい。


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