第30話……生き残る権利

 クリシュナは再び、アーバレストの赤く乾いた大地に降り立つ。

 逆噴射で舞う赤い土ぼこりに、フロントヘビーな艦影が埋もれる。



「カーヴ、おかえりなさい!」


 久しぶりにセーラさんがお迎えに来てくれた。

 薄桃色の羽帽子を被り、白いワンピースにサンダル姿であった。



「ただいまです、ご領主様!」


 彼女の持つバスケットには、4人分のサンドイッチが詰め込まれていた。

 ブルーとレイは自分の分を受け取り、素早くクリシュナの整備に付く。


 正直、私とブルーは弾薬と燃料さえあれば動くバイオロイドなのだが……。

 大変に嬉しいもてなしである。

 そして、小高い丘で、セーラさんと二人で昼食をとる。



「カーヴ、私ね……」


「は、はい?」


 私は焦ってサンドイッチをお茶で胃に詰め込む。



「……私は今回のカーヴの選択、良かったと思うの。やはり正しくない為政者はダメ。みんなの為にならないもの!」


「……あはは、逃げ帰って来ただけですよ!」


 私は照れ隠しで頭をかく。



「そうじゃないの! 世の中には間違っていることと、正しいことがあって、私たち人間が正しくないとマーダと戦う権利がないと思うの!」


「……はぁ」


「やっぱり正しくなきゃ、生き残っちゃダメなのよ!」


 彼女は力強く力説した。

 確かにマーダと人間、どちらかしか生き残れないかもしれない。

 そうなれば、正しい方が生き残る方が真理かもしれない。


 乾いた穏やかな風が吹く中。

 私は再び頭をかきかき、二人で楽しく会話を繋げたのであった。




☆★☆★☆


――宇宙暦882年


 アルーシャ星域B-865C宙域にて、解放同盟軍とマーダ連邦は一大決戦を行った。


 未だ人類は、異星人マーダと大規模な会戦は経験がない。

 何故なら、マーダは神出鬼没。

 人類側が多数で追い回しても、上手に逃げられることが多かったのだ。


 又、過去に人々の尊崇を一身に集めた王家は、少数のマーダの奇襲によって撃滅されていた。

 それ以来人類は、報復の一大機会を、ここ10年間ひたすらに待ったのだった。



――開戦時の戦力。


【解放同盟軍】……艦艇1600隻余、艦載機2万機以上。防御用大型要塞2基。

【マーダ連邦】……艦艇1000隻余、艦載機及び小型舟艇1万以上。


 攻め寄せるマーダの艦隊に際して、人類の代表でもある解放同盟軍は、要塞を中心とした密集隊形で臨む。

 それに対して、攻撃側のマーダ連邦は両翼の布陣を厚くした包囲陣で襲い掛かった。



「……ふふふ、寡兵で鶴翼とは笑止!」

「全艦、砲撃戦用意!」


 この時の人類側の首席参謀リッケンドルはマーダの布陣をあざ笑った。

 確かに寡兵にて両翼を伸ばすのは、兵法者のうちでは悪手と言われていたのだ。


 しかし、マーダが人類の射程外から放った特殊ミサイル群は、人類の迎撃システムを無力化させ、あっという間に解放同盟軍の小型艦艇を破壊せしめた。


 残った大型艦艇も、スズメバチに襲われた獣のようにのたうち回り、次第に鋼鉄と複合セラミックで出来た屍となっていった。



「いかん! 全艦回頭! 全速離脱せよ!」


 解放同盟軍の総司令官であるマーシャル侯爵は、戦況を見て撤退を指示。

 それは遅きに失し、人類側の艦艇の8割は、数え方が単なる宇宙のゴミへと置き換わった。

 人類は再び大敗北の憂き目を見たのであった。


 ……しかし、二基の防衛用大型要塞は陥落せず、人類の生存圏の崩壊にはまだ猶予が残された形となった。




☆★☆★☆



「この戦況、カーヴ殿はどう思うかね?」


 ライス伯爵家の執務室で、家宰たるフランツさんに問われる。



「はっ、技術力の差が露呈したものかと……」


 私はデータを見て答えた。



「人類がマーダに対して劣っていたと?」


「それもありますが、人類はお互いの技術を共有しないのです。よく見てください。艦艇の形がバラバラです。なぜなら、ライス家ならライス家独自の技術を他家に渡しません。それに比べ、マーダの艦艇は技術的に一致した形状をしているのです」



「……ふむ、しかしな……」


 腕組みしたフランツさんが言いたいことは、大体に見当がついていた。

 人類は王家を中心とするも、それは貴族家勢力の地方軍閥の集合体であり、その地方勢力どうしが切磋琢磨してきた。

 彼等は友邦であるも、又、言い方を変えればライバル関係にあったのだった。

 技術を他家に渡すなどそうそう出来ることでは無かった。


 私はフランツさんの発言を最後まで聞いた後に、言を繋げた。



「……ですから、ライス家が単体で、王家に取り替わるほどの力を得るのです!」


「なんだと!? そのようなこと!」


 フランツさんは机の上のティーカップのお茶が波立つほど、語気と肩を震わせる。

 それだけ私の返答が意外だったのであろう。



「それくらいの気概なしには、マーダに勝てません! 他家と技術を共有するか、それとも抜きんでた力を持つかです!」


 私は珍しく、語気を強めた。

 物議をかもす発言な為、自分を鼓舞する意味合いもあったのだ。



「……わ、分かった。明日にでも、お嬢様や閣僚たちと相談してくる。それまでA-22基地で待っていてくれ!」


「はっ!」


 私は敬礼して執務室を出る。

 自分で言ってみたはいいが、それはそれで間違っているような気もして、後ろめたい気持ちで伯爵邸を出たのであった。


 ……生き残るのはマーダかそして人類か。


 マーダと人間、どちらかしか生き残れないかもしれない。

 セーラさんの言葉が、私には背中に突き刺さった刃物の様であった。

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