第6話……ブルー2等宙曹 ~水配達の報酬~

「有難うございます」

「本当に助かりました!」


「いえいえ、少ないですが……」


 ここ惑星アーバレストの住人の85%は、8つあるコロニーのどこかに住んでいるのだが、残り15%はコロニーの外に点在する集落に住んでいるのだ。

 そのような方々に、私は飲料水を給水して回っていた。



「有難い、有難い!」

「お兄さん、ありがとう」


「いえいえ」


 現地で熱烈に感謝される私。

 この地の水不足の深刻さが窺い知れる。


 しかし、今まで長い間、兵隊をやってきたが、こんなに感謝された経験はなかった。

 どちらかと言うと、一般人からは嫌がられていたものだ。


 私はクリシュナを操艦して、あちこちに水以外の物資も補給して回った。

 どの集落でも感謝され、私は給料以上の素敵な報酬を貰った気分になったのだった。




――その日の夕刻。



『着陸予定地点の変更を確認!』

『速度減速、微速0.02%』



『こちら管制塔、クリシュナの入港を認める!』


「了解!」

 

 クリシュナは初めて荒野では無く、ライス伯爵の館のある第一コロニーの空港に着陸する。

 既に陽が傾いていたので、誘導灯が規則正しく並んで、まるで歓迎してくれたように見えた。



『C-7番区画へ移動してください!』


「了解!」


 クリシュナは着陸後、複数の牽引車によって空港の片隅の区画に運ばれる。

 艦橋から見えるコロニーの街の光が映える夜景は、なかなかに奇麗なものだった。



「カーヴ殿、ご苦労様」


 フランツさんにも労われ、その日の私は英雄の気分だった。

 いつもの簡易寝台に転がり、安物の葡萄酒をあおって寛ぐ。


 ……あしたはお休みだ。

 何をしようかなぁ。


 私は瞼が重たくなった。




☆★☆★☆


――翌日。


 つまりは何もすることが無いので、私はクリシュナの整備点検に出向く。

 整備の一部は、ここの空港の整備員に頼むが、根本的には私一人で行う。

 この世界の文明は、まだこの艦の設計技術に追いついていないのだ。



「……なにか食べるものは、残って無いかな?」


 私は艦の食料用冷凍庫を開ける。

 食肉など、ここにはいくつかの以前の世界の食品が残っていたのだ。



「……!?」


 私はここで見覚えがあるものを発見してしまった。

 それは二足歩行のブタ型バイオロイドだった。

 彼は何故か食用冷凍庫で、凍ったままに保存されていたのだ。



『蘇生工程を行います!』


 私は彼を艦の自動医療システムで蘇生を試みる。

 きちんと急速冷凍されてさえいれば、生き返る見込みは高かった。



「……ブヒ!? ここはどこ?」


「おはよう! よく眠れたか?」


 生き返った彼の名はブルー2等宙曹。

 もちブタのような柔肌を持ち、ビア樽体形でクリシュナの料理担当員だ。

 得意料理はカツサンド。

 ダメなところは、たまにマスタードを入れ忘れることだった。



「あっ、カーヴ准尉!」


 ブルーが私に気づき、急いで上体を起こして敬礼をする。

 私は敬礼を返した後、彼にここの事情を説明したのだった。




「……ということは、ここはどこか遠くか、又は次元が違う世界ってことですかい?」


「タブンな……」


 物質サンプルのデータを見て驚くブルー2等宙曹。

 元の世界にない物質や法則に、私も当初は驚いたものだった。



「……で、他の乗組員は?」


「わからん。とりあえずお前と私の二名だけだ」


「そうですかぃ……」


 彼はまだ寝足りなさそうな目をこすり、窓から遠くを見つめているようだった。




☆★☆★☆


――翌日。


「ようこそ、ブルー君。君はカーヴ殿の手伝いを頼む!」


「はい、わかりました!」


 私はブルーをフランツさんに紹介する。

 とりあえず彼の仕事は、私の手伝いをすることに決まった。



「ブルーさんよろしくね!」


「はい、お嬢様!」


 途中、彼はセーラさんにも出会い、都合よく挨拶も済ませた。



「……で、旦那。仕事って何ですかい?」


 彼の言う【旦那】とは私のことだ。

 階級が上なことから、旦那と言われていたのだ。



「今日の仕事はな、これだ!」


 私は真水の沢山入ったドラム缶のうず高い山を披露した。

 これを沢山並ぶトラックに積み込むのだ。



「……げげげ、凄い数。およそ文明的な仕事じゃありませんぜ!」


「あはは、そもそも我々は人間様じゃないしな。まぁ、頑張ろうや!」


「ブヒ!」


 彼の肩を優しく叩いた後、二人でドラム缶の積み込み作業を行う。

 午前中に関わらず、コロニーの外は灼熱の世界だった。



「有難うございます!」

「おかげで助かります!」


「いえいえ、ブヒブヒ!」


 水を配給すると、あちこちでお礼を言われる。



「旦那、意外とこの仕事も悪いものじゃないですねぇ!」


「だろ!? 若干暑いのが玉に傷だがな」


「違いねぇ!」


 陽が沈むまで、二人で笑いながら給水に励んだ。

 給水所のトラックに群がる人の列は、その日もとても長いものだった。




☆★☆★☆


――数日後。



「カーヴ殿。お嬢様と決めたことなのだが、君にこのA-22地区の開発を頼む!」


 フランツさんに見せられた地図は、ライス伯爵の館がある第一コロニーの近くの荒れ地だった。



「ここで何をすればいいんです?」


「君に委細を任せるが、練兵などを行って欲しい。将来我々はマーダ連邦を倒さねばならんのだ!」



 ライス伯が属する解放同盟軍は、元は王家を中心とする勢力だった。

 ……が、王都が存在する首都星系を、マーダ連邦を名乗る勢力に奇襲され占領される。

 そして、王家の一族は行方不明となってしまう。


 代わりに、各星系の在地の貴族たちが立ち上がって、自由解放同盟を組織し、現在においてまで抵抗運動をしているとのことだった。



「しかし、マーダ連邦ってどんな奴なのですかい? ひょっとして良いヤツなんじゃあ?」


 ブルーがフランツさんに問う。

 すると、フランツさんは目の前のモニターのスイッチを入れ、マーダ連邦の将兵の写真を見せてくれた。


「……げげ!?」


 彼等の顔立ちとは、紫色の皮膚に黄色の眼球という、かなり奇妙なものだったのだ。



「ちなみに、彼らは我々を食う……」


「……た、戦うしかないですな!」


 まさに、食うか食われるかの戦いであった……。

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