第4話……クリシュナ発進! ~でも、鍵がない!?~

「よっこらしょっと……」


 私はここ数日間。

 この惑星アーバレストの砂漠に埋もれたクリシュナの整備をしていた。


 ざっと船内を見渡したかぎり、こちら側へやってきた人間は、死体も含めて一人もいそうになかった。

 しかし、船内は不思議と清潔に保たれ、妙な静寂さを保っていた。



「カーヴさん、お邪魔してもよろしいですか?」


 ……うん?

 声がする方を見ると、ライス伯爵さまことセーラさんが、出入り口用のハッチから顔を覗かせていた。



「お嬢様、どうぞ!」


「セーラでよろしくてよ?」


「……と、とんでもない」


「ふふふ」


 セーラさんは笑うが、雇われの身で主人を馴れ馴れしく名前で読んだら、家宰のフランツさんに殺されかねない。



「もうすぐお昼でしょう? サンドイッチを作りましてよ!」


「あ、有難うございます!」


 セーラさんがもってきた籠には、二人分のサンドイッチと飲み物が入っていた。



「どうぞ、こちらへ!」


「はい」


 私は、この世界での上官を艦長室に招く。

 幸いエレベータなどを動かすくらいのエネルギーは残されていた。



「どうぞ、お召し上がりになって」


「いただきます!」


 とりあえず、好物の卵サンドに手を伸ばす。

 柔らかいパンの感触が食欲をそそった。



「美味しいです!」


「お口にあってよかったわ」


 私達は談笑しながら、サンドイッチをお腹に詰め込み、食後のお茶を愉しんだ。



「失礼かもしれませんが、カーヴさんは機械ですの? 生き物ですの?」


 セーラさんに唐突に聞かれる。



「一応、分類は機械です。人間ではありません。ただ、人間のお相手が出来るように、お酒や食べ物からもエネルギーを補充できるようになっているのですよ」


「へぇ、そうなのですね」


 セーラさんが屈託のない笑顔を浮かべる。

 その笑顔に油断したのか、私は食後のデザートであるリンゴを床に落としてしまう。


 刹那、そのリンゴに黒い影が忍び寄ってきた。



「え!?」


 セーラさんが驚くも、私はその黒い影を素早く捕まえた。



「ぽこ!?」


「お前はポコリン!?」


 それは、このクリシュナの前艦長のペットのタヌキだった。


 ……しかし、なんで人間はいなくて、タヌキはいるのだろう?

 私が発見した、クリシュナの生存者一号はタヌキだった。



「ぽこぽこぽこ」


「この子、可愛いわね!」


 セーラさんはポコリンを抱き上げ、撫でている。

 ポコリンは尻尾を忙しなく振っていた。



「……ですが、空腹になると狂暴化しますよ! 気を付けてくださいね」


「あはは、食いしん坊さんなのね!」


 セーラさんはその後しばらくして、館のあるコロニーへと帰っていった。




☆★☆★☆


 午後からも、私はクリシュナの点検に追われた。

 なにしろ、マーダ連邦とかいうものと戦うにも、この船の戦力は必要だったのだ。


 この船は亜光速戦闘機12機(内、補用4機)を運用する打撃型宇宙空母であり、前面装甲厚はなんと28975ミリという重装甲がウリである。

 このフロントヘビーな重装甲を活かして、格上相手との砲撃戦も可能としていたのだ。


 主兵装は、艦首固定式25cmビーム砲が32門。

 さらに、上部甲板には砲塔型36cm連装レールガン3基を搭載してあった。

 更に艦体外壁には、追加装備を収納できる兵装ハードポイントが備わっていた。


 全長は300m全幅76mであり、さほど巨艦という訳ではないが、大きさの割に戦闘力が評価されていた名鑑であった。



「……ふう、エンジンは良しッと!」


 主機である対消滅機関にも異常はない。

 少なくとも、通常航行に影響が出そうな損傷は見当たらなかった。


 ……しかし、この船は動かない。

 いわば、この船を始動させるキーが無いのだ。



「どこにあるのかな?」


 私は隅々まで艦内を調べる。

 クリシュナは宇宙用の軍艦としてはあまり大きくないサイズだが、探し物をするには超巨大な容積を誇っていた。



「ぽこぽこぽん」


 気付くと、後ろからポコリンが付いてくる。


 餌でも欲しいのだろうか?

 ……って、さっき食べたばかりだろ。



「……!? よく考えたら、ポコリンって艦長のペットだったよな!?」


「ぽんぽこ!?」


 急いでポコリンを抱き上げ、艦橋へ駆けあがる。

 そして、艦長用の戦術モニターの上に、ポコリンの肉球を押し付けた。



『キー照合完了! 打撃空母型クリシュナ再起動いたします!』


 ……やった!

 動いたぞ!


 艦内の電灯が次々に灯り、各種機器の稼働音が、耳に心地よく響き始める。

 空調も入ってくれたことで、汗が気持ちよく引いていった。



『新任の艦長名の登録、お願いいたします!』


 ……ぉ!?

 私はカーヴと書き込み、ついでに生体認証も登録した。



『登録完了!』


 そして、主機である対消滅機関のスイッチを押した。



『メインエンジン始動、各種兵装にエネルギー供給致します!』


 ……やった。

 主機も動いたぞ!

 クリシュナの主機である対消滅機関はほとんど永久機関で、燃料はありとあらゆるものが使用できた。


 艦橋外部の艦長不在ランプが消える。

 それと同時に、外部にも様々なランプが灯っていった。




☆★☆★☆


 各種手続きを終えたころには、もう外は暗くなっていた。

 その暗闇の中から、黎明ともいえるクリシュナの再始動だった。



「大気圏ブラスター始動、クリシュナ発進せよ!」


『了解! 発進!』


 戦術用モニターが、先ほど登録した私の音声に反応。

 私の意を承諾して、艦首が持ち上がり、そして赤い砂に埋もれていた艦体も、ゆっくりと浮上したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る