ex 4人組1


 事の始まりはとある3等級冒険者が緊急招集をかけたことがきっかけだった。俺こと、カルベリスは遂に一人前として認められる3等級冒険者に昇格することができ、浮かれていた。地道に依頼を達成し、コツコツと実力をつけてきたことで安定した依頼達成率と生活を手にしていた。


 俺はまだベゼル王国国内でしか依頼を受けたことがないが、3等級になったからには世界中を旅して回ることが現実味を帯びてきた。俺が冒険者になったのも窮屈な田舎で一生を農業や畜産に費やすことに耐えきれなかったからだ。村に寄る冒険者から外の世界の話を聞くたびに冒険者への憧憬が強くなっていった。異名なんてつかないかなといくらでも夢想した。剣と盾を使うからそれにちなんだ異名を自分で考えたりもした。俺は18才になるまでできることはやってきた。体を鍛え、どのような能力を授かったとしても冒険者として成り上がることを夢見てきた。


 実際に俺が受け取った能力は『映像記録』。これは自分の見たことを映像として物に付与することができる。付与した物に魔力を通すことで映像が宙に現れ、再生される。正直この能力には絶望した。冒険者に何も役立たないじゃないかと思った。自分なりに能力の研究はしたが、どれだけ試したところで戦闘には何の役にも立たない。


 それにこの能力には欠点がある。それは衝撃的な映像ほど鮮明で、大したことない日常の風景だとぼんやりと映ることだ。恐らく自分が記憶したときにどれだけ覚えられたかに影響されるのだろう。見たこともない刺激的な光景は明確に細部まで描写される。自分が能力を使わずに記憶できた情景が能力によってはっきりと映ると仮説を立てた。


 戦闘には役立たないが、この能力のおかげでお金を稼ぐこともできる。自分で意識して覚えれば映像にできるこの能力は商売においては商品が確かに相手から受け取ったことを証明することができる。これは依頼や当事者の記憶という曖昧なものではなく、客観的に誰もが見ることのできる証拠として見せられるのだ。それ以外にも、貴族の見合い映像を作成し、見合い相手に渡すことや採取依頼における複雑な採取方法の記録など汎用性が高い。


 このような微妙な能力でも使いようなのだ。能力を手に入れた時には心の底から世界を呪ったが、今じゃ総合力で冒険者をやれている。もちろん魔法や剣術も鍛えているが、初級魔法いくつかと誰でも鍛えればできる程度の剣術しか身についていない。俺には元から備わっている潜在能力も大してなかったのだ。だが俺の目的は旅することで誰よりも強くなることではない。強さがあれば困らないだろうが、俺の能力を説明すればどの国でだってやっていけるだろう。


「やっと俺も盗賊討伐に参加できるぞ……!足手まといにならないように気を付けないと」


 3等級に昇格してからすぐに盗賊討伐が行われることを耳にした。冒険者ギルドの受付嬢から後方待機になると思うが、経験として参加しないかと言われた。俺は思いがけない話にすぐさま飛びついた。


 盗賊討伐はソロ、パーティどちらも3等級から参加できる。パーティのランクは連携や短所を補うことで3等級はなりやすいといわれる。一方ソロは万能さが求められる。俺は能力のせいでパーティを組むことができない。いやできないことがわかってしまったというべきか。


 冒険者になったばかりのころはパーティを組んだ。だが成長してく周囲に対して戦闘では役に立たない能力と普通より少し下回る腕前の俺ではついていけなかった。そうやって人が離れていき、能力を活用したお金稼ぎをしたことで俺は冒険者もどきと言われてしまった。


 親しい人には周りのやっかみなんて気にするなと言ってもらえるが、それでもへこむものはへこむのだ。やっていることは俺の憧れた冒険者とは一風変わってしまっているからだ。現実と理想の乖離。自分が歩んできた道のりが行きたい方向から逸れていくことを俺が一番わかっていた。だがこれしか俺にはできることなどない。仕方なく一人で淡々と依頼をこなしていた。


 盗賊討伐決行日があと数日といったところで、急な招集がかかった。冒険者になってから初めて突発的な招集が起きたことに驚きを隠せない。なんでも辺境に引き籠る『不死』と呼ばれる冒険者が招集をかけたらしい。詳細は招集時に話すらしい。冒険者ギルドはどうやら把握しているみたいだが、受付嬢は教えてくれなかった。


 とりあえず、招集時間に遅れないように早めに冒険者ギルドの一室で待機していた。時間が迫るにつれて見知った顔が部屋に入ってくる。同時期に昇格した3等級冒険者の3人だった。俺たちは皆ソロで活動していた。ソロということで親近感が湧き、会えば情報交換をするくらい仲が良かった。両手剣を使うウリス、メイス好きのクレンティ、魔法使いのラリドットだ。彼らに近寄って声をかける。


「お前たちも盗賊討伐受けてたのか。やっぱ受付嬢に参加を促された感じか?」


「そうゆうお前も同じだろカルベリス。どうやら俺たちが親しいからもしもの時連携も問題ないと思われて、声をかけられたのだろうな。ウリスやクレンティも同じだろ?」


「あぁ。ラリドットの言う通りだ。俺はクレンティと一緒に依頼を達成したときに声をかけられた。いい経験になるだろうからってな」


「ウリスったらすーぐに飛びついちゃうんだから困ったものよね。もうちょっと考えなさいよ」


「仕方ないだろ。チャンスだと思ったんだから」


 4日ぶりに会った3人は相変わらずだった。ラリドットは落ち着いていて、ウリスとクレンティは痴話喧嘩のような会話をしている。ウリスとクレンティは幼馴染で二人のパーティを組んでいる同じ村出身の男女だ。平時はベリスが考えなしだが、戦闘中はクレンティが戦闘狂のように戦うことしか考えられなくなる対照的な二人組。

 

 ラリドットは天才肌の魔法使いで、同い年だがもう中級魔法をいくつも使いこなし、上級にも手が届きそうと言われる同年代最強の魔法使いとここらじゃもっぱら言われている。


「それよりみんな聞いたか?あの『不死』がとんでもない情報を突き止めたらしい。それで集められたんだとさ」


「へー『不死』ってミッド大山脈方面に住んで引き籠ってる人よね?それがなんでわざわざこっちに出てくるんだろう。珍しい」


 3等級の『不死』のことはヒルド周辺どころかガナーシュ辺境伯領内では有名な冒険者だ。彼の逸話は世の中に物語として広く知られている。物語の題材が実在する人間だと書いてないことや彼の名前を何故か伏せているため、彼を知る冒険者が多くいるこのガナーシュ辺境伯領内でしか有名ではない。


 彼の逸話には例えばこんな話がある。美しき双剣の冒険者、2等級の『紅』と依頼をこなしたときのことだ。4年前の夏ごろにたった2人でドーガ方面に現れた巨人の足止めを行った。この巨人はガナーシュ辺境伯領内に潜んでいた帝国の間者が魔道具で発生させた魔物だ。ガナーシュ辺境伯は自領の間者によって引き起こされたことを知ると、すぐさま討伐隊を編成し、向かわせたが巨人が発生した場所はドーガ側のミッド大山脈の麓だった。


 間者は隣領でありドーガを治めるシャベック伯爵との関係性を悪化させることが目的だったようだ。後の報告で発生させた巨人は成人男性の3倍にも及ぶ5メートルの背丈、高い再生力と鋼鉄のような皮膚を持ち、魔法が効きづらく、大剣のおまけつきだったと記録されている。


 ただの冒険者には太刀打ちなどできるはずもなく、当時ヒルドにいた2等級の『紅』に話が行った。そこに同じく2等級のレルバが居合わせたが武器を破損してしまって戦うことができない状態だった。そこでレルバが代役を連れてくると言い、連れてきた冴えない男こそ『不死』だった。当時から『不死』と噂されていたが、どうしてその異名なのか詳細を知らなかった。ただレルバは『不死』の由来を知っているようだった。『不死』は渋々了承し、ミット大山脈にある近道を知っていたこともあって討伐隊よりも早く巨人のもとについた。


 間者は巨人を発生させたが、命令することができなかったようで、ドーガ方面のミッド大山脈の麓で『紅』『不死』は対峙した。『紅』は得意の双剣と魔法を組み合わせて戦い、翻弄したが先の巨人の情報のように有効打にならなかった。『紅』はじりじりと追い詰められたと本人が以前語っていたことを聞いたことがある。そのため『紅』だけでは巨人を討伐することができなかったことは本人も認めるところだったようだ。一撃で死ぬという恐怖が『紅』に焦りを与えた。戦うことが好きであっても勝ち目のない戦いなど楽しめないらしい。


 そんなときに同行していた『不死』が本領を発揮した。巨人に斬られ、殴られ、潰され、果ては『紅』の魔法に巻き込まれても一度も膝をつかなかった。大剣に斬られたはずなのに傷がなく、幾度となく殴り飛ばされても巨人にすぐさま立ち向かった。巨人も押しつぶせば死ぬと思い、剣の平べったい側面で真上から叩き潰したらしい。『紅』は防具で斬撃から守られたとか衝撃を逃がしていたとそれまでは『不死』が死なない理由を探していた。だが技術が介在しない力押しに『不死』は死んだと思ったらしい。実際、『不死』は地面に足が埋まっていたほどの力がかかっていたらしい。


 それでも『不死』はその異名のように死ななかった。それどころか巨人から距離を取ったときに防具に少し切れ込みが入っているのみで、怪我一つしていなかったらしい。そこからは『不死』と巨人の1対1の根競べが始まった。『紅』ももちろんサポートしたが、純粋な力のぶつかり合いに対して小手先の技術しか持ち合わせておらず、無力だった。


 一撃でも貰えばあっさり死ぬはずの生き物が永遠に向かってくる光景は巨人にとって悪夢でしかなかっただろう。手ごたえを感じてもすぐに起き上がってくるのだ。巨人は魔法を使うことができなかったため、接近戦でしか戦えなかった。自分ができる戦い方をすべて試しても『不死』は死ななかったのだ。

『紅』も次第に『不死』が自分が知る異名持ちとは全く別の存在だと思うようになった。彼の雄姿が、後姿が『紅』の焦りを緩和させた。それどころか出血も見られず、攻撃を受けた後は腕が疲れるとか早く終わんないかなとか言ってたらしい。


 『不死』と『紅』が巨人と戦い始めてから1時間ほどで討伐隊が到着した。彼らが到着したときには顔が引きつり、気が狂ったように雄たけびを上げ、『不死』に攻撃する巨人だった。彼らが戦っていたと思われる場所は荒れ果て、地面が抉れていた。木々は巨大な力でなぎ倒され、いかに戦闘が激しかったのかを物語る。


 到着したばかりの討伐隊に『紅』は巨人の特徴を伝えた。その後すぐさま『不死』の援護に戻った。討伐隊は『不死』の戦う様を見ると、接近したところで足手まといにしかならないと判断した。『紅』もそのことがわかっているためか、遠距離から魔法で攻撃を加えている。そこからは巨人を囲み、ちまちまと魔法でダメージを蓄積させていった。その間も『不死』は巨人の猛攻に耐え続けていたという。さすがの巨人も『不死』らと戦い始めてから2時間、討伐隊が加勢してから1時間経過すると弱っていった。


 皮膚は焼けただれ、上半身には数えきれない攻撃魔法を受けた跡があった。体中から出血し、大剣を持つのがやっとのボロボロさ。数分後に巨人は絶命した。討伐隊や『紅』は巨人の苛烈な攻撃を受け持っていた『不死』にすぐさま駆け寄った。『不死』は体中をに痣やうっすらとした切り傷を作っていたが、やっと終わったと安堵していたらしい。彼は2時間の激戦を制したとは思えない軽傷だったと報告されている。


 彼が足止めしていた巨人はドーガで解体されることになった。その巨大な死体に刻まれた数々の傷跡がどれだけ激戦だったかを見る者の目に焼き付けた。当時冒険者だった人はこれから先どれだけ力をつければこんな化け物を足止めできるのかと愕然としたという。その後、巨人の特徴とともに戦いの過程が巷で話題になると勇猛果敢に戦った『不死』の男について騒がれるようになった。


 巨人の攻撃をたった一人で防ぎ、参加した討伐隊や『紅』を守り切ったとかどれだけ攻撃されても立ち向かったなどあまりに荒唐無稽な話ばかりで誰も真実だとは思わなかった。だが討伐隊に参加していた者や『紅』が話したことからまことしやかに囁かれていた噂が事実で、むしろ事実よりも低く見られていた。そんな巨人討伐の英雄はというと巨人の報酬も受け取らずに自宅へ帰ったと『紅』が話した。彼曰く、名誉や報酬のために俺は冒険者をしていないとのことだ。


 この事件はガナーシュ辺境伯とシャベック伯爵によって隠蔽されたがここら一帯じゃ誰もが知っている話だ。どれだけ引き剝がされ、吹き飛ばされても立ち向かい続けた『不死』の姿はまさに英雄だったと討伐隊の面々も語っていた。なにも受け取らずに終わらせた『不死』のおかげで数日後に緘口令を敷き、みだりに話さないようにするだけでこの事件は終わった。彼のおかげでガナーシュ辺境伯とシャベック伯爵は決別せずに今も帝国に対して厳しい協力関係を築いている。

 しかし人の口に戸は立てられぬというもので一度広まり始めてしまったため、仕方なく空想の物語としてガナーシュ辺境伯が流通させた。それに何故か『不死』はこの話を嫌っている。俺がもし『不死』だったら、自慢して冒険者として栄光への一歩を踏み出したと浮足立っているところだ。


 ガナーシュ辺境伯やシャベック伯爵も当然褒章を与えようとしたが、『不死』はこれを固辞した。両貴族に向かって彼はこのように言ったらしい。


「私は名声にも金にも興味ありません。過分なご配慮痛み入りますが、私は静かに暮らしたいのです」


 栄光にも金にも靡かない高潔な男はさらに人々から尊敬の念を集めた。それと同時に彼が静かに暮らしたいと言っているのだから、彼は有名になってはいけない理由があるのだと人々は勝手に思い込み始めてしまった。いつしか立役者である『不死』の意向を汲んで、誰もが流布しなくなった。今では世の中に流通する絵物語の一つとして扱われている。この絵物語はベゼル王国内にとどまらず、ヴェルフ帝国やその他多くの国に流通し、ひそかなファンがいる歴史的な本になった。こうして世界各地で誰もが物語で親しんでいるが実在する無名の英雄が誕生した。


 『紅』は『不死』によく絡むようになった。毎回手合わせを申し込まれては逃げてる。きっと『紅』は自分が手も足も出なかった巨人に立ち向かい続けた『不死』の英姿を今も忘れていないのだろう。たとえこちらの攻撃が通らなくとも怯むことなく巨人の行く手を遮った冒険者に追いつこうとしているのかもしれない。

 人が増えてきた一室で俺たちは話し続ける。


「まぁ俺たちはどうせ後ろで待ってるだけだ。せいぜい先輩方が掃討する手伝いくらいだろ」


「カルベリスはもうちょっと緊張感持てよ。経験を積むためとはいえ、見させてもらうんだから」


「お~、ウリスったら珍しくやる気満々じゃん」


「うるせぇ!なんでもいいだろう!」


「こればかりはウリスが正論だろうな。私たちが気を抜いて足を引っ張るわけにはいかない」


「はいはい。みんなしてそんなに言わんでくれよ」


 たわいもない雑談をしていると覇気のない男が一人入ってきた。室内の視線が男を射貫く。元気もやる気もなさそうな顔で話し始めた。


「えー。今回招集をかけた3等級のタルバだ。今回の盗賊討伐に関して面倒な可能性が出てきたため、その情報共有のために急遽呼んだ」


 まさか物語の英雄がこんな地味だとは俺たちは誰も思わなかった。イメージとの乖離によって思考停止してしまったが、タルバは今回の依頼について話始めたのだった。




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