第7話 やけくそ

 突入部隊が攻め込んでから2時間が経過していた。盗賊のアジトであった洞窟からは時折爆発音が届く程度で大した変化はない。一方外のタルバは絶賛絶体絶命の状況に陥っていた。突如として現れたゴブリン数百体。今わかっていることは敵の能力で正面からしか攻めてこないこと、それ以外は通常のゴブリンと大差がないことだ。


「無茶苦茶にこん棒を振り回しやがって……ずるいぞ!」

 

 俺はセオリー通りのヒットアンドアウェイで1体ずつ丁寧に処理していく。こん棒よりも俺の片手剣のほうがリーチがあり、危なげなく回避しながら攻撃を加えていく。だが一人で受け持つにはあまりにも敵数が多い。常に視界を埋め尽くすゴブリンたちは俺の隙を今か今かと窺っている。だからこそ俺が一歩踏み込んだ瞬間にカウンターでこん棒を振りかぶる。敵の捨て身の攻撃はじわじわと俺にダメージを蓄積させた。今もなお、胸当てや肘あて、腰元に熱を帯びたような痛みが走っている。


「上半身がいてぇ。火であぶられてるみたいだ」


 ゴブリンの総数がわからず、瞬時に出現したことから時間が経てば経つほどこちらが不利になる。まぁ今更多少不利になったところでひっくり返る戦力差でもないんだが。どれだけない知恵を絞って、頭を捻ったところで直に終止符が打たれることは明確だ。


 戦場となった丘陵地帯は来た時とは全く別の光景に変貌している。うっすらと草木や地面に雪が乗っていた穏やかな景色は、数百体のゴブリンによって踏み荒らされ、ゴブリンの死骸が散らばっている。度重なる魔法攻撃によって所々クレーターと化し、雪の白とゴブリンの緑のコントラストは土と血で染め上げられていた。


 あまり才能のない俺でもソロで冒険者をやってきた以上、魔法を人並みに操ることができる。敵に囲まれることもパーティを組んでいる冒険者達の比じゃない程経験した。ソロで生き抜くには剣以外にも戦う術が必要だった。教会で教わる初級魔法では魔法単体での威力が低く、戦いでは有効打にならない。そこで俺は依頼で王都を訪れたときに教えてくれる魔法使いを探しては土下座する毎日を過ごした。当時の俺は1等級を夢見ていた。殊更強さに対しては貪婪だった。能力の活かし方と魔法の熟達は多種多様な戦闘スタイルを生み、変幻自在の万能さが俺の取柄となっていた。


 だが万能ということを裏返せば等しく同じ程度にしか出来ないということだ。努力をしたところで1等級や2等級という冒険者の突出した才覚に裏打ちされた実力には太刀打ちできなかった。俺は逃げるように辺境へと去った。王都よりも実力を求められる辺境では自分の万能さが日の目を見ると思っていた。現実とは無情なもので、王都以上に力量を求められる辺境では弱者は淘汰される。必然的に残った強者が強さに見合わない等級に形式上置かれていた。環境によって燻り続ける才能の塊たちに出会う度に、才能や資質のなさを実感した。いつしか俺は今まで培っていた技術を封じて、静かな余生を望むようになった。現実に打ちのめされた俺は代り映えしない日々を正当化した。


 安穏としたぬるま湯のような日々に肩までどっぷり浸かっていた俺には眼前の窮地はあまりにも苛烈な洗礼だ。だがその痛烈な衝撃が昔の自分をたたき起こした。錆びついて埃を被っていた気持ちが蘇る。ゴブリンの血で汚れた剣を振り払って血を落とす。一旦敵と距離を取って数えるほどしか使ったことのない戦闘スタイルに切り替える。


 敵は増えているにもかかわらず俺たちを攻撃するということは依然この戦場のどこかに敵の能力者がいるということだ。ゴブリンたちによって身を隠しているのだろうが、一気に数を減らせば見つけられるかもしれない。

 足元をしっかりと『圧縮』して血でぬかるみ始めた地面に確かな足場を構築する。


「水魔法、【水刃】」


 俺は剣を水でコーティングするように這わせていく。刃に合わせて水を高速で動かす。これはウォーターカッターを剣の刃先で循環させ、御伽噺の剣もかくやという切れ味を生み出す魔法だ。鎧ですらも意味をなさない。魔法を纏わせることのできる特殊な俺の剣専用オリジナル魔法だ。


 だがこの魔法には幾つかの欠点があった。魔法の制御が甘いと自分にウォーターカッターが飛来する点、両手で持ったとしても循環する水の勢いによって振り回される点だ。そんな欠陥魔法に合わせて『圧縮』で足場を固めなければ剣の勢いに負けてしまう。選択の余地など最初からなく、俺は防御を捨て、剣を振り回す。腕力も普通の冒険者程度である俺は剣の勢いに負けて型通りの剣を振ることができなくなる。


 やっていることは全力で剣を敵に振り回しているだけ。ついでに俺の体も剣が振り回された方向に引っ張られてこけそうになる。それでも出鱈目な太刀筋にゴブリンの腕や足が巻き込まれる。


「どけどけどけぇぇぇ!」


 戦闘スタイルというにはあまりに稚拙で、隙だらけだ。俺は防御をかなぐり捨てたため、幾度となく防具にこん棒が打ち付けられ吹き飛ばされる。綺麗にカウンターを食らって体は吹き飛ばされようとするが、水刃のせいで剣に無理矢理引っ張り起され、方位磁石の針のようにぐるぐる回っている。

 体が引きちぎれそうだが、剣から手が離れない。どうやら魔法と能力の同時行使の弊害で手元の返り血を間違えて『圧縮』してしまい、剣から手が離れなくなってしまっているようだった。


「離れてくれよぉぉぉぉぉ」


 情けない声が口から洩れる。死力を尽くそうとか思ったけど、やっぱやめようかな。口から見たことのない量の血が溢れる。こんな死に方嫌すぎる。体もうまく動かないのだから、限界が近いのだろう。なんとか剣の勢いが止まったが、足元がおぼつかない。それでも敵は近づいてくるので、仕方なくまた荒ぶる剣に身を委ねる。弱気な己を奮い立たせて不甲斐ない喚き声を散らし、剣だけは離さずに人間とは思えない挙動で周囲のゴブリンに飛んでいく様はまさに弓矢だった。もはや剣が本体で人間がくっついていると表現するほうがしっくりくる。


 剣に強制的に導かれ、手足がバラバラに転がっているゴブリンたちを蹴とばし、切り飛ばす。ついでに俺も飛んでいく。再三の敵の打撃によって俺のできることは魔法の維持と転ばないための足場の『圧縮』だけだった。

 それでも魔法の制御が甘く、時折通常のウォーターカッターのように水が飛んでいく。しかし四面楚歌の状況と剣を薙いだ方向にだけ飛ぶことが功を奏して敵数の減少に繋がる。


 俺は人間方位磁針になりながらも敵の能力者を探していた。能力というのは遠くになれば効力を失う。これはどの能力でも同じことだ。俺の能力は自分が間接的にでも触れていなければ圧縮できないように敵の扇動者も近くにいるはずだと。


 目まぐるしく上下左右に揺れ動く緑色の視界に白い何かを見つけた。身動ぎしてゴブリンに体を打ち付けて回転を止める。強烈な衝撃が俺を襲うはずだが、いつの間にか痛みを感じなくなっていた。先ほどまで視界が霞んでいたが、今は綺麗に揺れ動いて見える。


 剣の水を能力で『圧縮』し、水を細く高速に動かす。そして俺は白い敵に向けて剣を勢い良く突き出して矢のように飛ぶ。白い敵との間に多数のゴブリンが遮るが、『圧縮』まで加えたことでさながら流星のように剣の突きは止まらない。敵の返り血と肉片がこびりつく。体験したことがないほどの速度で飛ぶ俺に敵は攻撃を当てられない。もう俺には退路が残されていないという諦念の気持ちとは裏腹に剣は俺を前に、前にと押しやる。


 進撃を続けていた剣が唐突に弾かれる。目の前には白いローブを身にまとった人間が半透明な壁に守られていた。腰元に帝国の紋章が刻印された装備があることから今回の敵の能力者であることを確信する。このローブが魔物の扇動者か。やっと見つけたぞ。眩暈のするぼんやりとした視界でローブ男に剣を振る。敵は何か言っているが理解できない。魔法を唱えているかもしれないし、能力で何か仕掛けてくるのかもしれない。

 

 でも俺はもう満身創痍で満足に体が動かない。立ち止まれれば剣を意図した方向に振ることはできたが、そのあとは剣に流されるだけだ。いつ止まるかもわからない。俺の足の感覚は麻痺し、いつ息を吸って吐いていいかもよくわからない。

 また扇動者が張ったと思われる壁に阻まれる。扇動者はにやりと笑っていた。想像以上に壁の強度があったことで壁と剣の衝突の反動をもろに腕にもらってしまった。能力で剣から手が離れないとはいえ、今の衝撃で腕に電流が走るような感覚がした。どうやらこんなところで腕が痺れたようだ。くそが。


「勝った気になってんじゃねぇよ!阿保ぉぉぉぉぉ!」


 思考停止する寸前で何とか剣先を向け、むかつく敵を馬鹿にしながら、前方に能力を解放する。俺の能力は無理矢理押し固める力だ。物には押された力に反発して押し返す力が存在する。俺の圧縮を一方向にだけ向けて解放すれば勢いよく反発した力が飛び出すってわけ。


 昔、英雄に憧れた俺は自分の能力を調べた。最初は固めるだけの力だったし、どうしていいかわかならかった。単純な強さにはすぐには繋がらなかった。だが銭湯で水遊びしているうちに思い付き、試行錯誤をして唯一の切り札にまで昇華した。

 前方にだけ『圧縮』をかけないで今まで『圧縮』していた全ての魔法を解放する。剣から何かが放たれたことを確認してタルバは意識を手放した。


 だがこの技に関してタルバは気づいていなかったことが二つある。この技は本来『圧縮』していた水だけを打ち出す技だった。それだけでも攻城兵器並みの力を有する切り札だった。


 しかし、タルバの持つ剣は特別製。気づかなかったことの一つ目が今まで圧縮してきた様々な鉱石の欠片が混ざった剣の特性。この剣の本質は魔法を纏わせることではなく、魔法を留め置くことができるというほうが正しい。つまりタルバは気づいていないが、今まで纏わせてきた魔法なんかを鉱石と一緒に圧縮していたのだ。


 そして二つ目がそれを一度も解放せずに『圧縮』し続けてきたことだ。この放つ技を数回纏わせた魔法を指定して解放しただけなのだ。だが今回は意図せず全てを解放すると指定してしまった。


 つまり、彼が能力『圧縮』で問答無用で固めていた鉱石に宿った魔法の力が前面に解放されるということだ。長年冒険者をやっていたタルバは各地の多種多様な魔物と基本的に一人で戦ってきた。それは魔物が使う火、水、風、土、光、闇、無という7つの主要属性の魔法攻撃もとりあえず防御してきたのだ。タルバの知らぬうちに剣に吸収され、固められていた魔法たちがすべて解放される。それはタルバの冒険者として生きてきた努力の結晶ともいえる強力無比な一撃へと昇華したのだった。


 剣先から凄まじい勢いの光の奔流が敵を穿ち、上半身を吹き飛ばす。白いローブの男の装備が砕け散り、辺り一面に閃光と耳を劈く爆発音が響き渡る。

 光の奔流は剣先が偶然向いていたミッド大山脈の頂上を消し飛ばし、虚空へと消えた。


 タルバは意識を失いながらも立っていた。剣先がだらりと大地を指し、微動だにしない。それでも彼を取り囲んでいたゴブリンたちは先の光の激流を見たことで恐怖し、我先にと逃げて行った。


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