第6話 洞窟内の遭遇

 薄暗い洞窟内は盗賊たちの荷物が散乱し、突然の襲撃に慌てふためいていた。誰かの混乱と焦りが次々に伝播し、盗賊たちは大した抵抗もできずに冒険者たちに殺されていった。あまりに一方的な光景を作り上げている先陣は2等級の紅。続いて2等級のレルバだ。両名は戦端を切り開き、比較的冷静に攻撃してくる盗賊を悉く刈っていた。

 

 2等級というランクの冒険者はそれぞれが単騎で戦況を打破できる力を持った強者と言われる。洞窟内で繰り広げられる惨状は先行する2等級の2人と後続の3等級のパーティの実力差を明確に表していた。洗練された攻撃の数々は的確に相手の反旗の芽を摘む。


 後続のパーティはそれぞれが微妙な距離感を伴いながら2等級の2人に追いつこうと必死だった。微妙な距離感の原因は今回の依頼において、どのパーティも他の冒険者達を出し抜き結果を出すという目的で、奇しくも一致していたからだろう。ありふれた盗賊討伐が今回のタルバの招集によって一転し、名を上げるチャンスへと変貌したのだ。降って湧いた千載一遇の幸運をなんとしても掴みたいと願うことは名声を望む冒険者なら当然だ。


 だが嵐のごとく盗賊達を薙ぎ払う2等級がいたためか、はたまた虫の息の盗賊しか相手取っていないためか気が緩み、利己的な考えが彼らを支配していた。それが各パーティ内でしかコミュニケーションをとらないという現状を生んでいた。


 それでも立ち止まらずに進む冒険者一行は入り組んだ洞窟を奥へ奥へと進む。進む度に異様な空間が顕在化する。入り口付近はただの洞窟であったが、いきなり綺麗な石造りの部屋が姿を見せた。ここは盗賊達が強奪した積み荷や木箱が散乱しておかれていた道中と異なり、魔法陣の書かれたドアや壁は一介の野党風情では作り出せぬ重厚で静謐な雰囲気を醸し出していた。


 2等級冒険者2名に3等級の冒険者3パーティ12名の蹂躙といって差し支えない快進撃であったが、異質な部屋の登場に全員が歩みを止め、警戒心を強めた。


「こいつはへんてこなものが出てきたもんだな。なぁレルバ」


紅が話しかけながら近づいてくる。他の冒険者たちは距離を保ちながら俺や紅の動向を見守っている。やはり判断は俺か紅がする必要がありそうだ。


「あぁ。なんの魔法陣かわからないが、少なからずここで足止めかもな。敵の罠に突っ込むのは自殺行為だ。なんか案でもあるか?」


「当然だね。ただ外から魔法でもぶつけてみない?案外ただのブラフで時間稼ぎ用かもしれないじゃない」


「また馬鹿なことを。俺はタルバじゃないんだからあんまりからかわないでくれよ」


「はいはーい。わかりましたよ」


 紅とレルバは敵陣であっても余裕の表情を崩さない。警戒をしていても緊張しているわけでもない。一方3等級の4人組3パーティは今回の依頼で活躍しようと息巻いている。


 紅とレルバは彼らにおいしいところを取られても依頼達成できればいいと思っていた。帝国が1枚かんでいる以上、喜び勇んで襲撃したところで襲撃対策を講じているだろう。手痛い反撃を受けるくらいなら譲ることもやぶさかではない。手柄に貪欲であることは悪いことではないが、それは達成した後の副産物だ。依頼中に意識を先のことばかり考えて視野が狭くなっては元も子もない。


「まずはじっくり観察するしかうてるてだてがなさそうだな」


 ひとまずレルバは注意深く目の前にある部屋のドアを観察することにした。ドアには白い魔法陣が書かれている。魔法陣や魔法自体の発生時に現出する魔法陣には色がある。火なら赤色、水なら青色というように属性に対応した色が必ずついている。正面の壁やドアに描かれている魔法陣は白色のため、無属性の魔法が込められている。壁やドアに描かれている魔法陣を見比べると、全て同じ紋様が刻まれている。


 無属性魔法には直接的攻撃魔法が存在しないため、素材以上の強度を施す【耐久力向上】や崩れやすい素材を固める【固定】ではないかという結論にレルバは帰着した。


「紅。魔法陣を見てわかる通り、白色で無属性だ。帝国がこの拠点を重要視しているのであれば盗賊あてにするとは思えない。簡単にたどり着けるこの部屋が重要な役割を持っているとは思えない、だから魔法陣は【耐久力向上】や【固定】辺りがオーソドックスに刻印しているのではないだろうか」


「あっそう。でも簡単に来れるからと言って重要ではないと考えるのは早計よ。中に何があるかわからないじゃない。やっぱ外から攻撃して潰せば多少安心できるじゃない?」


「それもそうだな。お前の思い付きがまさか最善の選択肢とは思わなかったよ。とりあえず俺は火球をぶつけてみるか。他のパーティにも手伝ってもらうか」


 俺はほかの3パーティに手短に説明し、それぞれの魔法使いがタイミングを合わせて魔法を放つ。俺も遅れて火属性魔法の火球を放る。あまり魔法は得意ではないが、ソロの2等級にもなれば使えないと話にならない。物理攻撃が効かない魔物や効きづらい装備もあるため、ソロで冒険者を目指すやつは魔法の練習も行う。街にある教会で低レベルの魔法は学び、高位の魔法使いに手ほどきを受けることが一般的だ。王都には魔道学院があり、学院に通うものは高度な魔法を納めることができるともっぱらの噂だ。


 俺は運よく魔法使いと知り合えたので教えてもらったが、筋が悪かったようだ。最低限身に着けた後俺の師匠は去っていった。身に着いたのは火と土の中級程度までだ。それも魔法だけに集中してなんとか中級が発動できるという下手さだ。それに比べて隣の紅は双剣だけではなく、魔法も才能がある。火と風を使いこなし、接近戦に混ぜこむ器用さもある。紅も中級程度まで使えると言われているが、俺と紅では使えるの意味が異なるのが悲しい現実だ。


 遠距離魔法の集中砲火によってあっけなく崩れ去った部屋を見るに先の心配は杞憂だったようだ。慎重に歩を進めるが、敵の反応もなく部屋だった場所を通過する。足音だけがひどくむなしく洞窟内を索敵しながらさらに進む。


 先行するは4人組パーティのうちの一つ、『月』。ヒルドでは十分な実力と冒険者としてのし上がろうとする貪欲さによって広く知られているパーティだ。回復、攻撃どちらもこなす魔法使いのリーダー、フォゴスを筆頭に重鎧の槌士リグランと軽装の剣士クォッゾ、それに後方からの援護兼索敵を行う弓術士カルメというバランスのよい構成だ。


 後方の2組は他所から流れてきた冒険者パーティのようで詳細を知らない『海の軌跡』『弦奏』という3等級パーティだ。俺と紅を三角形のように囲む陣形をとっている。


 『海の軌跡』は南のほうにある港町を拠点としていたパーティのようで、ナイフや片手剣と同時に銃を使う一風変わった構成だった。どのような戦い方をするのか気になって道中見させてもらったが、最初に接敵した仲間が近距離を担い、瞬時に残りが銃による援護射撃を行っている。柔軟に役割が変化し、その場に応じた臨機応変な集団戦闘スタイルというわけだ。先の一斉攻撃では火や水の初級魔法で攻撃していたので、魔法を得意というわけでもなさそうだ。遠距離や魔法戦を想定していないとも思える彼らは本当に冒険者かと思うほど奇異だった。


 『弦奏』は瀟洒な装備に身を包み、顔があまり見えない不審なパーティだ。レイピアやスティレットといった刺突系の武器を常備し、どこかの没落したお貴族様が身を窶しているとしか思えない不自然さがある。先の魔法攻撃では高位の魔法を使用していたため、どちらかというと中、遠距離主体で必要に応じて接近戦を行うというタイプのようだ。道中ではあまり戦闘している姿を見かけなかったため、推測の域を出ないがな。


 歩いていると円形の大きな広間が姿を現した。壁や天井、床は洞窟のものだったが、この空間は怪しさしかなかった。


「ようこそ。私のテリトリーへ」


 突如として天井付近に人間が現れる。次の瞬間、甲高い声の男が前方に立っていた。咄嗟の出来事に愕然としてしまう。


「驚きましたか?これは転移という魔法です。あなたがたのような一介の冒険者では見ることもない高難度の魔法ですよ。高度すぎてあなた方は反応できていないようですけどね。自分の後ろを御覧なさい」


 馬鹿の一つ覚えのように後ろを振り向いてしまう。先ほどまで後方を警戒していた『海の軌跡』と『弦奏』の姿が忽然と消えていた。


「お前が帝国の魔法使いだな。後ろにいた冒険者たちをどこにやった!」


「おやおやこれは2等級のレルバさんではありませんか。それにかの有名な紅までいる。これは驚いた。初めまして、帝国屈指の天才魔法使いメルバリオンと申します」


「質問に答えろ!彼らをどこにやった!」


「うるさい人ですね。彼らならどこかに飛ばしましたよ。私の最強の空間魔法でね。多分どっかで生きていると思いますよ、私の魔法はただ別の場所に運んだだけですから」


「メルバリオン、おとなしく投降しろ。人数が減っているとはいえ、一人で2等級を2人に3等級の冒険者パーティを相手取れるとは思わないだろう?」


 先ほどから珍しく口を閉ざしている紅を一瞥しながら敵に形式上の降伏勧告を行う。


「なーに言ってるんですか?あなた方有象無象など眼中にありませんよ。私は転移できるのですから落ち延びることも余裕です。それよりもここに来るまでに部屋を壊したようですね?」


「あぁ。何をしているか知らない部屋なら跡形もなく吹き飛ばしておいたぞ。ただの少し固い部屋でしかなかったからな。魔法陣も【耐久力向上】か【固定】程度に見えたものでね」


「中も確認せずに壊すなんて馬鹿な方々だ。あの部屋は封印の魔法陣を保護するための部屋だったのですよ。外はどうでもよかったのでただのハリボテでしたけどね」


さも意味深げに語る帝国の魔法使いにしびれを切らした『月』の剣士クォッゾが啖呵を切る。


「ごちゃごちゃうるさい!さっさと死ねぇぇぇぇ!」


 『月』の剣士がそう叫びながら距離を縮め、斬りかかる。それに呼応するがごとく、弓術士が弓を射かける。槌士とリーダーの魔法使いは敵の出方を窺いながら剣士の孤立を防ぐ立ち回り始める。彼らは黙って警戒しながら敵が隙を見せる好機を模索していたようだが、時間経過がこちらにとって不利に働くと考えたようだ。帝国の魔法使いは忽然と消え去り、今度は後方から声がする。


「短気は損気といいますよ。人の話は最後まで聞くものです。封印していたのは集めた魔物ですよ。私の操る空間魔法で作った別空間に閉じ込めていたのです」


「なにっ!?それじゃあその魔物はどこに行ったというのだ。俺たちはみてないぞ」


 確かに『月』のクォッゾが言う通り、俺たちは盗賊とは遭ったが魔物なんてみかけなかった。やつのでまかせで、ただの時間稼ぎかもしれない。


「たとえ魔法陣が壊されたとしてもこんな狭いところで解放するなんて阿保ですか?当然外に放つに決まっているでしょう。まぁ今回集めたのはゴブリンを数百体程度ですけどね。なかなか苦労しましたよ、二足歩行でちょうどいいのはゴブリンたちでしたからね」


「お前たちの目的はよくわからないが、俺たちが加勢すればゴブリンの数百ぐらいなんとかなる。あまり冒険者を舐めるなよ」


「舐めていませんよ。それにあなたはなぜ私が邪魔をしないと思っているのですか?先ほど仲間の半数を消されたばかりじゃありませんか。いくらなんでも浅慮が過ぎますよ」


「お前がもし強力な破壊を齎す魔法を行使できるのであればわざわざ『海の軌跡』と『弦奏』をどこかに飛ばすこともないだろう。それにわざわざ話に付き合っていないで俺たちもどこかに飛ばせばいいだけの話だ。しかし、お前はそれをしないということは何か制約があるんだろう?」


「ふふふ。ご名答。さすが2等級。この程度は容易く推測しますね。推察通り私はここ残っているあなたたちを転移させることはできない。馬鹿正直にも戦いたくないのでここは引かせてもらいますね。置き土産は置いていくので」


 そう言うや否やメルバリオンの姿が見えなくなる。どうやら逃げられてしまったようだ。


「レルバ、直ぐにタルバのところに向かうよ。外に残してきた戦力じゃたとえタルバでも持たない」


「たしかにそうだな。だが珍しく黙っていたようだが、何か気づいたのか?」


「敵のターゲットになりやすいのは私のほうだからね。いつでも戦えるようにするし、あいつの目的がわからないんだからべらべら喋るのはあんただけでいいと思っただけ。ついでに相手の能力も魔法もわからないのに下手に喋っても不利じゃない?」


 紅に指摘されたことで迂闊な行動をしていたことを理解した。この場はメルバリオンのいう通りあいつのテリトリーだ。何が起きるかわからない。にも拘らず、不意の遭遇で軽はずみに敵と会話し、時間を稼がれてしまった。相手が言っていた置き土産の準備をしていたから長々と話してくれたのだろう。


「すまん。出てきたのが盗賊とメルバリオンの言うところの封印の部屋だったから気が緩んでいた。それよりもやつの置き土産が何かわからない以上、タルバのところへ戻ろう」


「話の最中で悪いけど、どうやらその置き土産が近づいてきてるみたいだね。しかもあたしたちが来た道から大勢」


 紅の言葉を聞いて俺もこの広間の入り口に目を向ける。人型に似ている何かがのそのそとこちらに近づいてきていた。それも1体2体なんて生易しい数ではなかった。徐々に置き土産の正体が露になる。それは広間までに出会った盗賊たちだったモノだった。彼らは手足をなくし、這いつくばっている者もいる中、俺たちめがけて進んでいた。


「くそがっ盗賊は最初から俺たちに殺させるのが目的だったのか!そして死んだ後もゾンビとして使うつもりだったのか!」


 『月』のクォッゾが苛立ちを抑えきれずに言葉を吐き捨てる。そんな折に今までパーティ内でしか話していなかった『月』のフォゴスが口を開いた。


「クォッゾ、冷静になれ。リグラン、カルメもこうなっては自分たちのことばかり考えてもしょうがない。2等級の彼らと連携して打破するぞ。それに恐らく盗賊はもともとあちらでも殺すつもりだったのだろうな。最初からゾンビにする魔法か魔法陣なんかを仕込んでいたのだ。ゾンビも魔物の一種だ。あとは扇動者に操らせればゾンビとゴブリンの大群がヒルドに向かう。ゾンビは魔法攻撃で仕留めないと完全には死なない。だからゾンビを壁にゴブリンを進行させ、ベゼル王国の援軍や冒険者を足止めする狙いだったのだろう。散乱したゾンビの死骸の浄化とゴブリンの掃討には時間がかかる。全くいつからこんなシナリオを作り上げていたのか」


『月』のリーダー、フォゴスが味方を諫めながら敵の目的を看破する。彼に続いて『月』の面々が俺たちに声をかけてきた。


「仕方ないわね。いいわ、それで。幸い異名持ちとして名高い2等級の紅とレルバがいるんだから」


「そうだな。ここで利己的になったところで奴らの仲間入りしかねない」


『月』のカルメとリグランもフォゴスに続いて通常の会話を行い始めた。


「あら。私とレルバはいいのよ?お互いソロだし、この程度の窮地なんてよくあることだから」


「おいおい。紅にとっては普通でもしがない俺にこんなピンチは滅多にないんだぞ。同じ等級でも一緒にしてくれるなよ!」


「紅、レルバ。私たちもゾンビだけなら戦える。だが奥からゾンビキャスターが見える。それに盗賊ゾンビたちに何が仕込まれているかもわからない以上、私たちだけでは手に負えない。協力していただきたい」


「まぁ当然だな。で、どう動くかい?フォゴス」


「私が突っ込んでもいいわよ?レルバやあんたらじゃ私についてこれないだろうし」


「正直に言って『月』の面々があなたがたに瞬時に合わせて戦うのは難しい。だから私たちのいつもの戦闘スタイルにお二人を遊撃に据えて戦いたい。お二人は戦況を見て動いていただきたい。私たちは後方に弓術士のカルメと回復兼攻撃魔法を私が担当し、前方を槌士のリグランと剣士のクォッゾが受け持っている。クォッゾはリグランの隙を埋めるような形で戦っている」


「メインアタッカーはリグランね。そのサポートをあたしとレルバとクォッゾってそこの怒ってるやつで補うわ。あとはいつも通りやっちゃっていいわよ。合わせるから。レルバは左翼であたしが右翼担当ね。正面は『月』に任せるから。押されてきたら正面サポートってことで」


「相変わらずの状況判断で。まぁ異論はないな。お前たちはゾンビを攻撃したらフォゴスの魔法できっちり絶命させていくことに気を張ってくれ」


 紅の意見に即座に同意しながらも軽口をたたく。ここから先は最近なかった全力の闘いだ。魔法も能力も出し惜しみせず、前線の維持が必須の徹底抗戦だ。


「では頼みましたよ。さぁ、俺たちも足を引っ張らないようにするぞ。リグラン、カルメ、クォッゾ」


「ちっ、まぁリーダーの判断だ。協力するしかねぇか。俺はリグランのサポートをいつも通りするだけだ」


「ですね。どこを狙ってもよさそうですし」


「俺は潰すだけだ。魔法は任せたぞ、リーダー」


 外のタルバと状況は似て非なるものの、少数精鋭の殲滅戦だ。呻き声を口から漏らす盗賊ゾンビたちが足を引きずりながら迫りくる音だけが木霊する。レルバは外のタルバの無事祈りながらゾンビキャスターたちの魔法が飛来する。戦いの火ぶたは今切って落とされた。




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