第5話 戦闘開始

 日が沈み、盗賊討伐に参加する冒険者が集められた。ほとんどが俺と同じ3等級の冒険者だが、なぜわざわざ招集されたか説明がなされていないようだ。冒険者ギルドの会議室を喧騒に満ち、招集をかけた張本人である俺の到着を待っていたようだ。消耗品の調達や剣を鍛冶屋の爺さんに受け取りに行っていたら遅くなってしまった。

 会議室に入ると四方八方から視線が俺に集まる。今から俺の推測を話して協力を取り付けるなど胃が痛い。誰か変わってほしいくらいだ。


「えー。今回招集をかけた3等級のタルバだ。今回の盗賊討伐に関して面倒な可能性が出てきたため、その情報共有のために急遽呼んだ」


 すかさず各冒険者たちが盗賊討伐ごときに集められたことに対して不満を述べ始めたが、部屋の奥で壁に寄りかかっていたレルバが声を上げた。


「まぁいいじゃねぇか。タルバがわざわざ呼び出すってことはよっぽどなんだろう。不平不満は置いといて話を一通り聞こうぜ」


 冒険者たちはぐちぐち言いながらも耳を傾け始めた。俺は意を決して口火を切った。


「各々言いたいことはあるだろうが、とりあえず聞いてくれ」


 俺は今回の盗賊にヴェルフ帝国の魔法使いや特殊能力持ちがいる可能性を告げる。情報を確認していた者はさも当然のごとくうなずいているが、知らなかった者もいたようだ。また現在のドーガの戦況についても周知する。そこから導かれる推測を披露する。


「今までの襲撃が偽装、隠蔽されていたことから敵はヒルド付近になにかしらの目的があるようだ。だが今の戦況から鑑みるに敵はヒルド付近に潜伏していた敵を呼び戻すことにした可能性が高い。また敵に魔物を煽動する能力者がいることも報告に上がっている。そのため、盗賊だけでなく、魔物の群れとも戦闘になるだろう。そのため、20名程度の我々が策もなしに突っ込むのは自殺行為だ。だから今回招集した」


 おおむね情報共有が済んだころ、冒険者たちの意見交換が徐々に行われ始めた。俺やレルバも話し合いに参加し、今回の作戦は静かな奇襲に決まった。1時間ほどで今回の作戦は音を消して入り口の敵から徐々に減らし、殲滅するという普段の盗賊討伐では想定されない作戦が決定した。弓使いが最初に敵を射ることが開始の合図になりそうだ。あとはできる限り速やかに掃討していくしかない。奇襲とはいっても冒険者は暗殺者ではないからあとは連携を取って事に当たるほかない。


 目の前の重大事に気を取られて紅を見ていないな。会えば必ず絡んでくるあいつがどこを見回しても見当たらない。ギルドの職員に確認すると現地に向かったという一方的な報告が丁度届いたところだった。あいつやりやがった。こうしてはいられん。


「皆聞いてくれ。紅が盗賊討伐に既に向かったことが今わかった。俺たちも今から向かうしかない。装備を整えて北門に集合してくれ」


 事態の急変を理解した冒険者たちはすぐに出発の準備を開始した。といっても明日には出発する予定だったため、集合するまでにさほど時間はかからなかった。集合した冒険者たちにギルド職員が今回参加予定の冒険者であることを確認していく。これは帝国側がどさくさに紛れて間者を潜り込ませないようにする急ごしらえの対策のようだ。

 冒険者の確認も済み、俺たちは先行した紅を追って盗賊のアジトへと向かった。


 ミッド大山脈とは違い、うっすらと雪が積もっているヒルド周辺は自宅とは異なり快適だ。足を掬われる心配や能力で足元を固める必要がないため、周囲の警戒に集中することができる。

 足裏から柔らかな雪を踏みしめる音を聞きながら今回の目的地へと急ぐ。本当なら自宅で優雅に生活しているはずだったのになんでこんなことになっているんだろう。あの隠れ家のような自宅が恋しい。


 ほどなくしてアジト付近の丘陵地帯へと到着する。こちらがじりじりと盗賊たちとの距離を詰めていると、先行していた紅が合流した。紅は俺のことを見つけると、口角を上げ、にじり寄ってきた。


「久しぶりだな、タルバ。いっちょ一戦手合わせしないか?」


 馬鹿なことを耳打ちしてきた。紅はかなりの美人だが、こんな戦闘狂の嬉しくない囁きは聞きたくなかったな。それにしてもこいつは先行したせいで状況がわかってないな。もうこの依頼はただの盗賊討伐ではもう済まないし、どんな時でも戦いたい気持ちを前面に出すのはやめてほしい。俺が戦ったとして2等級で異名持ちのこいつに勝てる道理はないのに。


「やるかバカ。今回の盗賊には帝国が糸を引いている可能性が高い。だからいつもの盗賊討伐とはわけが違うぞ、阿保」


「えぇー、じゃあ帰ったらやろうな。それにしても帝国か、それなら面白そうなやつらと戦えるな。お前もワクワクしてるんだろ?隠すなって」


 詳細な説明は割愛したが、腐っても2等級だ。ベゼル王国と諸外国の時勢は把握しているはずであるし、一言で今何が必要か理解したようだ。2等級冒険者には3等級と全く違う能力が求められる。純粋な戦闘力や冒険者を取りまとめる能力、各国の情勢を常に把握していることなど広範な力量を一定以上満たすこと必須だ。俺やレルバなどには飲みに行く約束をするように手合わせをせがむが、滅多なことがない限り、貴族や王族にはそれ相応の対応をする立派な冒険者の側面もある。鮮やかな双剣の技量と敵を殲滅していく様は圧巻で見るものを魅了し、密かにファンがいる程だ。かくいう俺もこいつの実力をあてにしているため、機嫌を損ねたくないので軽く流す。


「お前みたいに楽しめる胆力と実力はないんでね。常に胃が痛いわ」


「相変わらず消極的なご意見だこと」


「敵には帝国の魔法使いと魔物を煽動する能力持ちがいる。調子はどうだ?」


「走ってきたから体は温まってるよ。いつでも何人でもいけるね」


「そりゃあ重畳」


 そんな軽口をたたいていると盗賊への奇襲を開始する旨がほかの冒険者から知らされた。念のため、自分の装備を改めて確認する。

 右腰に差した片手剣は長年使っている鋼鉄の剣だ。実は出来合いの剣に買ってきた鋼鉄や鉱石を溶かして圧縮してできたよくわからない棒といったほうが適当かもしれない。

鍛冶屋の爺さんに研いでもらって剣としての体裁がなんとか整えている。魔法を纏わせることが可能なため、俺のようにそれほど高くない実力でも人並みの魔法を組み合わせて戦術に幅を持たせられるようになっている。今まで冒険者として長くやってこれたのもこの剣とそこそこ使える魔法の選択肢で最適な戦闘スタイルに変えられるからだ。


 左腰から太もも横に煙幕玉や炸裂玉、ナイフなどのアイテムが咄嗟に使えるように配置されている。煙幕玉や炸裂玉は俺が能力で作成したアイテムで叩きつけることで煙や弱めの爆発を引き起こすことができる。魔物の討伐証明部位を剝ぎ取りなどに使用するナイフと俺特製の携帯食料が並んで太腿に沿う形で携帯している。携帯食料は食べてもよし、能力を戻して即席目眩ましに使うこともできる。


 胸当てや膝あてなどの関節や急所を最低限覆う形の軽装でオーソドックスな冒険者の装備だ。ヒルドでメンテナンスと能力で強化を施しているため、見かけ以上の強度を誇っている。ちなみに通常の剣では切り込みくらいしか入らないし、矢は刺さりもしない。致命傷以外は不意打ちを受けても装備の力で効かず、敵の目算を外すことができる。そのせいで致命傷を受けない、不意打ちでも死ななかったことから俺は不死身という噂に発展し、不死のタルバなんて言われている。


 優秀な装備に守られているだけであって実力は中の下。それに先の俺特製アイテム(消耗品)によって窮地を脱して立て直せることも多い。レルバや紅は道具に頼らない本物の実力者だが、俺は道具なしではまともに戦うことはできない。

 対人戦は敵の動きが予想できる分まだいいが、魔物相手では想定外の攻撃を受けて死にかけることも多々ある。そのたびに装備に命を救われているのだ。噂になっている致命傷を受けないや不意打ちでも死ななかったことは事実だが、見かけはただの軽装である以上、誰もが攻撃を瞬時に見切り、高い耐久力のある凄腕の冒険者として扱ってくる。

 真実はただの道具任せなのだが、誰も信じてくれない。


 万全の状態で突入までの機を待つ。先ほどまでは近くにいた紅も持ち場に戻ったようだ。程なくしてアジト入り口の盗賊に弓が突き刺さり、それが引き金となって冒険者がなだれ込む。

 俺も後方から援護に回る。紅やタルバと違い、俺は退路の確保と後方の警戒が役目だ。しれっと危険性の少ない配置に変えてもらったのだ。本来は俺も勇猛果敢に突撃するチームだったのだが、人生命を大事にをモットーとする俺はここに来る途中に他の冒険者と入れ替わってもらった。切り込むチームというのは住処に討ち入るタイプの依頼では花形だ。報酬も大きいし、ギルドにもその功績を認められやすい。反面、後方の警戒などは無駄に終わることが多く大した依頼貢献にはつながらない。根が粗野な者が多い冒険者にとって後方に配置されることは依頼で活躍できないことが決まってしまうようなものだ。そんな固定観念があるからこそ俺みたいに弱気な人間の申し出は円滑に受け入れられる。


 あとは座して待つのみといったところだ。アジトの中からけたたましい金属音や人の怒号、悲鳴が丘陵地帯に轟く。最初の突入は成功している様子だ。突入部隊と比べ、安全地帯でほのかな安堵感を感じていると、地響きのような破裂音が大地を揺らす。恐らく帝国の魔法使いが強力な魔法行使をしたのだろう。だが洞窟という狭く暗い場所では高火力の攻撃魔法は自滅行為に繋がる。そう考えると先の魔法は直接的な攻撃というよりも音による行動不能を狙ったものではないかなんて想像してみる。なんでもいいが、中の冒険者には頑張ってもらうとしよう。

 死んでもこの国に暗躍する影を打ち倒した英雄として認めてもらえるだろう。洞窟内に気を取られていたが、そろそろ自分の仕事に戻ろう。


 思考を切り替えて、周囲の警戒に努める。すると、後方からさっきを感じて飛び退る。俺がいた場所を見やると、緑色の体色をした生き物がこん棒で力いっぱいスイングしているところだった。緑色の体色にこん棒に小柄な体格となれば1種類しかいない。


「ゴブリン……。先ほどまでいなかったはずだ。ちっくしょうなんでこんな目に」


 悪態をついても事態は変わらない。周囲に目を配るとゴブリンが所狭しと並んでいる。優に100を超えるゴブリンの大群だった。ヒルド周辺にゴブリンの集落ができたという報告がなかった以上、敵の扇動者による攻撃だと判断した。


「ゴブリンだ!後方にゴブリンの大群総数100以上!注意しろ!」


 俺は声を張り上げて後方待機の冒険者たちに敵襲を伝える。参加人数の多い討伐依頼で後方に置かれる冒険者というのはまだ等級を上げたばかりで場数を踏むために参加していることが多い。活躍の場がほぼないが経験にはなるため、冒険者の暗黙の了解になっている。それは今回も例外ではなかった。つまり後方に残った俺以外の4人は実質4等級冒険者程度の実力しかないのだ。そんな彼らを俺が率いたところでゴブリンの大群という勢力に勝つことは厳しい。あまりにも多勢に無勢だ。


 ゴブリンは数が多い場合、徐々に周囲を取り囲み、袋叩きにすることが一般的だ。だからこそゴブリンに囲まれること、接近を許すことは死に直結する。上位の冒険者でさえも物量には勝てないこともある。

 洞窟内では帝国の魔法使いと激闘が繰り広げられているようで援護も望めない。今日という日を呪いながら指示を出す。


「お前らは4人で固まって各個撃破だ。4人で左側を死守してくれ。俺は右側を受け持つ」


 矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、決死の覚悟携えて右側に向かう。右腰元から剣を抜き放ち勢いに任せてゴブリンの首を切り落とす。視界のゴブリンを一体でも多く殺すことだけを考えて無駄な体力を使わず、最小限の動きで処理していく。これでも3等級の実力はあるのだ。攻撃手段に乏しいゴブリンの緩慢な動きなど見切りやすいものだ。


 数分ほど戦ってみて気づいたことがある。野生のゴブリンであれば囲まれて袋叩きにしかならない場面ではあるが、敵の能力のせいか正面からしか襲ってこない。回り込まれないとは言えないが、正面から向かってくる分にはまだ戦える。


 4人組の彼らも近接職3人と魔法使い1人という構成ではあるものの、近接職が抑えた隙に魔法使いの魔法攻撃で押し返している。魔法使い君は水と土属性が使えるようで、大きな隙には水弾やウォーターカッターを打ち込み、物量で攻めてくる際には土を隆起させて敵を躓かせている。

近接3人は両手剣、片手剣と盾、メイスという即席感満載ではあるが、両手剣とメイスが敵を減らして詰めてきた敵を盾持ち剣士が食い止めている。そこに魔法使い君のサポートがあるため、当分は持ちそうだ。


 彼らの心配は一旦頭の片隅に追いやり、目の前の敵に集中する。相手は基本的にこん棒か錆びた鉈を手に襲い掛かってくる。ゴブリンはあまり賢くないため、全力で殴りかかることしかしてこない。戦術や罠という考えは想定しなくてもいい魔物の一種だ。

 敵の能力で纏め上げられているとはいえ、装備から察するに敵意を集中させることはできても統率しているようではなさそうだ。考えることは辞めずにすれ違いざまにゴブリンを斬っていく。近づくゴブリンの攻撃を体を反らして避け、無駄のない動きで逆袈裟斬りする。その流れで袈裟斬りに繋げ、横一文字に切断する。


 何とかここまで戦ってこれたが、数が多いためすべての攻撃を避けられわけもなく、攻撃後にゴブリンの攻撃をもらってしまう。胸元をこん棒で殴られて後方に弾かれる。衝撃はかなりのものだが、胸当てに当たったことで致命傷にはならなかった。土煙を巻き上げながら転がる。顔を上げて反撃の用意を即座に準備する。俺が攻撃をもらってい間に4人組のほうにゴブリンが気を取られてしまったようだ。まずい。


「こっちこいやああああああ!」


 再度気を引き締めてやけっぱちの雄たけびを上げながらゴブリンに挑む。意識が反れていたゴブリンを何体か斬っては炸裂玉を投げつけて後ろに下がらせる。積極的に注意を引いているが、10分ほど戦っているにも拘らず一向に敵が減る気配が見えない。それどころか増えている気がする。

 4人組もなんとか持ちこたえているが、魔力や道具は有限だ。魔法使い君の魔力が尽きたときがこの戦線の崩壊を決定づけるだろう。


 洞窟から以前激しい金属音、爆発音が反響し外まで音を届ける。紅やタルバたちも戦っていることはここにいてもわかる。援軍は望めないだろう。

丘陵地帯ではたった5名という寡兵の死闘が始まる。



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