第4話 情報収集

 太陽はすべての生き物に等しく降り注ぐ。遮る雲一つない大空を鳥たちが飛び交っている。大地に生い茂る草木には暖かな光が差し込み、人々も新しい一日を過ごし始める。それは宿屋で寝ぼけている冒険者にも例外なく降り注いでいた。


窓から差し込む日光が朝になったことを強制的に告げてくる。もう少し寝たい気持ちを抑えてのそのそとベッドから這い出る。足をおろせば木材の軋む音がにわかに響き、自分が宿屋に泊まっていたことを鮮明に理解させた。


「もう朝か。今日は盗賊討伐の準備と装備の手入れだな」


 タルバはそう独りごちる。準備といっても今回は大したことがないだろう。装備の手入れと道具の準備、依頼内容の盗賊について情報を集めるくらいと想定している。装備の手入れは自宅でも常に行っているとはいえ、プロから見れば所詮素人の猿真似だ。命を預ける物は十分に金をかける。それが冒険者として長く生き抜くコツだ。

まずはいつもの鍛冶屋に向かい、手入れをしてもらっている間に残りの準備を進めるとしよう。


「よし、今日やることは決まった。顔洗って飯食ったらさっさと動こう」


 宿屋の部屋から出て階段を下りる。部屋と同様木材の軋む音が鼓膜を揺らす。どこを歩いても軋む音が響くため、誰かが寝込みを襲うことなどまず不可能だ。有名な冒険者や貴族というのは常に暗殺や襲撃を警戒しないとならない。自分は彼らとは違い、平凡な冒険者でしかないがここならまだ安心して眠れるというものだ。

 階段を降り切ると、ポラリスの婆さんが声をかけてきた。


「おはようタルバ。水なら外にあるよ」


「あぁ、水借りるわ。飯はそのあとで頼む」


「はいよ」


 ポラリスの婆さんは水をもらうと言う前に水の場所を示してきた。この辺は俺以外にも顔を洗う客がいるためか手慣れた対応だった。辺境とはいえ、ガナーシュ辺境伯領だ。冒険者も活発に活動しているため、商人の出入りも多い。そんな活気に溢れたこの街ではどの宿屋も一定数宿泊客がいる。普通の宿屋とはいえ、それはポラリスも例外ではない。食堂に行くと数名の宿泊客を目にする。見るからに旅支度をしている商人や冒険者などよく目にる光景だった。


 空いている席に座り、出された朝食を食べる。食堂ではいくつかの食事を選ぶことができるが、俺がこの宿屋で摂る食事はいつも同じだ。焼き魚定食という古の勇者が愛したというメニューだ。コメとみそ汁というスープに焼き魚がついている。シンプルだがとても食べやすくうまい。


 みそ汁を手に取りすすりながらその味を堪能する。俺の自宅ではなかなか魚を食べることは難しい。保存する環境はあるし、やろうと思えば食べることはできる。だが魚を常に確保するためには買うか自分でとるしかない。近くに川なんてないため、自然と選択肢は買う一択なのだが、纏まった量を確保できないのだ。魚は長期保存の道具がない限り、その日に消費することが多く、それを見越して漁師や釣り師が獲ってくる。無駄に多くとってくることはしないため、自宅では魚が食べれないのだ。


「やはり焼き魚にみそ汁、そしてコメの組み合わせは素晴らしい。何度食べてもまた食べたくなってしまう」


 焼き魚定食だけでこの街にやってきた甲斐があったというものだ。銭湯ももちろんよかったがな。綺麗に定食を完食して席を立つ。部屋から荷物を持って宿屋を出た。


「まずは鍛冶屋に行かなくてはな。早くいかないと取り合ってくれなくなってしまう」


 この街の鍛冶屋の爺さんは毎日同じだけの仕事量しかこなさないことを信条にしている。依頼者側にどんな火急の要件があろうとも、先に依頼した方を優先する。貴族からの依頼があれば別だが、基本的には早い者勝ちだ。だからわざわざ朝からこうして向かっているというわけだ。朝はまだ人がまばらにしかいないため、少し走っても人にぶつかることはない。裏路地を使って近道をしながら走って10分ほどで鍛冶屋に着いた。

 開店している鍛冶屋に声をかけながらはいっていく。


「こんちはー。爺さんいるか?研ぎの依頼しに来たんだけど」


「おー。不死身の小僧か。研ぎはいつも通り剣だけでいいか?」


「その呼び名やめてくれよ。誤解される。いつも通り剣だけで頼む」


「わかった、わかった。でもお前ら冒険者は名前を憶えてもすぐ死んだり、他所行ったりすっから仕方ないじゃろ」


「まぁそうなんだけどさ」


 俺は返事に言い淀む。鍛冶屋の爺さんの言う通り、冒険者はすぐにいなくなりがちだ。それは死ぬリスクの高い仕事でもあるし、他所の街に仕事で行くこともあるからだ。割と定住している俺みたいなやつのほうが珍しい。昨日のレルバもたまたまこの街に寄っただけで王国各地や他国の依頼で飛び回っている身だ。鍛冶屋の爺さんに個別で覚えてもらっているだけ特別なのだ。初めてここに来た時など多数の冒険者の一人だった。店に入っても依頼しに来る時間が遅すぎて結局頼めなかったのもいい思い出だ。


「いつぐらいに研ぎ終わる?」


「研ぐぐらいなら今日中に終わるわ。夕方にでも取りに来い」


「それなら良かった。じゃ夕方に」


 剣の受け取り時間の相談を終えて冒険者ギルドに向かう。久しぶりに朝方から活動しているため、宿屋で寝たい思いを押して歩く。石畳の敷かれた道は小気味いい足音を街中に響かせて人通りの多さを物語る。ミッド大山脈付近に居を構えているため、最近聞き馴染みのなかった人の生き生きとした声に心地よさすら感じる。十数分ほど歩くと冒険者ギルドに着く。いつもなら最短距離で来るのだが、活気溢れる街を少し感じたかったのかもしれない。

 冒険者ギルドに入ると視界の端にレルバを見つけるが、まずは盗賊についての情報を聞くことにしよう。


「こんちは。昨日盗賊討伐の依頼を受領したタルバというんんだが、盗賊についての詳細な情報を聞いてもいいかい?」


 そう言いながら冒険者証を提出する。


「タルバ様ですね。冒険者証の照合作業が完了しました。受領されている盗賊の情報ですね。1階奥の資料室に準備をしておきます。準備ができ次第お呼びしますのでお待ちください」


「わかった」


 今回の盗賊討伐はあまり詳細を聞く前に依頼を受けてしまったが、本来なら受領時に確認するはずだった。昨日はレイの案内で疲れていたのもあるがそれにしても杜撰というかお粗末というか。自戒の意味を込めて駆け出しの冒険者が行うように何度も頭で反芻する。

 そんなことをしていると椅子に座ってこちらをにやにや見つめてくるレルバを視界に捉えた。ただ待っているのも暇だから話しかけておくか。ここは機先を制する。


「レルバ、こっちを気持ち悪い顔で見つめてくんな。不愉快だ」


「そう言うなって。お前が受領した後に情報を見るなんて新鮮でな」


「昨日は疲れていたんだ。普段はしないようなミスもする。今日お前に会ってしまったのもミスのうちかもしれんがな」


「これは手厳しい。なんでそんな嫌がられるのかわからんが、俺も盗賊討伐には参加するんだ。仲良くしてくれよ」


 レルバはさっきからずっと口元が緩んだ顔を浮かべながら話してくる。こいつが何を企んでいるのか皆目見当がつかないことが腹立たしい。


「お前も盗賊討伐に参加するのか。じゃあ受付嬢が言っていた帰ってくる予定の2等級冒険者はお前のことか?」


「いや、それは別だな。俺は飛び入りだ。だからもう一人2等級が参加する。そいつが今日帰ってくるらしいから明日討伐に向かうみたいだぞ」


「それは初めて聞いたな。この辺でお前以外の2等級とすると紅か?」


「そうだ。お前はあの紅だ」


 紅。2等級のある冒険者の異名で雑な戦い方で傷が絶えず、敵の血と自身の血に染まっていることからついた異名。高い戦闘力はあるが好戦的な性格と権力をものともしない行動によって恐れられている冒険者だ。俺の会いたくない冒険者の一人だ。一度彼女と依頼をこなしたことがあるが、彼女は双剣を携え、敵のフェイントを動体視力だけで捌く。正直同じ人間とは思えない天才型の剣士だ。ちなみに本名はよく知らない。本人も頑なに教えようとしないから誰も彼女の本名を知らず、異名でしか呼ばれないという変わった冒険者でもある。


 昔の俺はレルバの紹介で渋々知り合い、依頼に行くことになったが、当時の自分を殴り飛ばしたい気持ちで今も一杯だ。なぜか気に入られてしまい、会ったら毎回模擬戦という名の殺し合いをさせられる仲だ。美しい女性冒険者を紹介するという話だったのに性格に難があることをわざと伏せていやがった。依頼だけじゃなく、人間関係でもレルバは俺を変なことに巻き込むんだ。紅との依頼達成後に会った時、腹いせに鼻の穴に指突っ込んでやったわ。よく考えれば俺の指が汚くなっただけなんだけどね。


 レルバから嬉しくない情報を手に入れた俺を遠くで呼ぶ声がする。どうやら準備ができたようだ。


「じゃあ俺は盗賊の情報見てくるわ。お前はもう見てるだろうけどな」


「おう。よーく見とけよ。今回のはちょっと面倒かもしれんぞ」


「ご忠告どうも」


 そう言い残してレルバの席から離れた。受付に一言声をかけて、資料室に向かった。資料室には古い資料もあるためか独特の陰気な雰囲気を醸し出している。外の活気とは対照的なその風情が際立っているように感じる。埃っぽい部屋にある閲覧用の机に向かうと、今回の依頼に関する情報が纏まった数ページほどの資料が置かれていた。

 

 冒険者ギルドの資料室は冒険者であれば誰もが使用可能で、閲覧可能な範囲で過去の依頼や魔物の生態情報など蔵書の種類は多岐にわたる。

 だが冒険者の利用は少ない。駆け出しの冒険者は情報を軽視しがちで、中堅でも中途半端な実力を過信しがちになる。だがある程度冒険者を長くやっていると情報を必ず調べるようになる。情報の重要性に気づき、資料を読むようになる。字が読めない場合は字を読めるように努力する。だから一定以上長く冒険者をやっている人間はこの資料室を利用するし、識字率も高い。


 今回の盗賊についてはヒルドから北東に位置する丘陵地帯に根城があるようだ。昔魔物が作った洞窟をそのまま流用しているため、根城の特定は容易だったようだ。調査依頼できちんと裏付けも取られたことも記載されている。今回の盗賊は魔法を使用し、襲撃の偽装や隠蔽を行っていたため発覚が遅れたという報告と魔物を意図的に襲撃に利用している可能性が示唆されている。


 つまり今回の盗賊には少なくとも高度な魔法を駆使し、近辺の領主、代官、冒険者などを欺く知恵と魔物を煽動できる能力持ちがいることが予想される。これは高い能力を持つ人間がボスなのか、それともそれぞれが個別の人間なのかは定かではないが、最大で三人は逃してはいけない人間がいることがわかった。


 また丘陵地帯で根城が洞窟のため、ほかに入り口がなければ入り口を抑えるだけでこちらが圧倒的に優位に立てる。だがレルバが面倒と言い、紅が呼ばれていることを鑑みるとそう簡単な話しではないのだろう。資料の次のページには今回の面倒な原因が書かれていた。ヴェルフ帝国の紋章をつけた人間の出入りを確認したことが書かれている。ミッド大山脈を超えた先のドーガで戦争中であるヴェルフ帝国の関与があった場合、今回の件は不本意ではあるがレルバと同じく面倒だと言わざるを得ない。


 レイの話ではドーガでの戦況はベゼル王国優位とはいえ、こちらもヴェルフ帝国の遠距離部隊を突破できていないと言っていた。つまり戦況は簡単にひっくり返る状況だ。

そんな折にミッド大山脈を超えた直近の街にヴェルフ帝国の手が伸びているとなると、ミッド大山脈側からドーガを挟撃する作戦の可能性が出てくる。


 レルバはちょっと面倒程度の認識であったが、これは相手が迅速に行動し、ミッド大山脈の山越えに着手し始めていた場合この国にとって甚大な痛手だ。安直に考えるならドーガで手間取っているため、ベゼル王国に忍ばせていた手勢を呼び戻したといったところだろう。

 ヴェルフ帝国が関与していた場合、高度な魔法使いや魔物を煽動するという特殊な能力持ちが盗賊なんかやっているのもうなずける。我々を欺く知恵があるのも当然だろう。


 今回の盗賊討伐はヴェルフ帝国の高位魔法使いと特殊能力者を想定して動くほかないな。後方支援だけでは済まないことは確実だ。まだ敵の手札がすべて判明しているわけではないのだから、レルバや紅などの今回参加する冒険者たちと密に協力するしかない。もちろん、ヒルドの代官に報告も必要だろう。冒険者は必ずしも自分が滞在しているだけの国に組するとは言えないからだ。


 資料に一通り目を通し、参加する冒険者を招集して情報の共有と作戦の立案、使用する道具の買い出し、代官への報告の三点に絞られた。あとは夕方に剣を取りに行くだけでよさそうだ。優先度としては代官への報告をする必要がある。俺は受付に向かい、受付嬢に事情を話して、自分が知る情報を代官に報告してもらえるように手筈を整えてもらう。


 実際に報告するのはヒルド支部のギルド長のようだが、報告は速やかに行われることとなった。また参加する冒険者を今夜集めて情報の共有を行うたい旨と討伐の延期を提案した。ギルド長の指示でどちらとも俺の言ったとおりになりそうだホッとする。今の状況は限りなく不利だ。恐らく盗賊側はこちら側の動きを把握しているだろう。この状態で討伐を実行したところで返り討ちに遭うだけだ。ついでにまだ受付付近の席で座っていたレルバに話しかけた。


「レルバ、今回の盗賊討伐まずいかもしれない。少なくとも不利である可能性が高い。今夜招集がかかるから出席してくれ」


「おいおい、ちょっと変なところにいる盗賊の討伐ってだけだろ。確かに俺は面倒かもしれないとは言ったけど、そこまで手のかかる奴らじゃないはずだ。せいぜい隣国に入れ知恵された冒険者崩れ程度だろ」


 レルバはドーガの戦況を知らないから少し手間取る程度の認識なんだろう。まだ昼前とはいえ徐々に人が増えてきたため、耳元で小声で伝える。


「恐らく違う。準備を怠ればこちらが負ける。それにこちら側に敵国の密偵が紛れいているとも考えている。とりあえず今夜の招集に来てくれ」


 そう伝えて、俺はレルバのもとから足早に立ち去った。召集までには時間がある。今のうちに道具を買い揃えておく。冒険者ギルドを出て外依頼を受けるときの消耗品の調達に向かった。


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