ex レイ2

 ミッド大山脈を数時間をかけて踏破する。ドーガに軍事遠征に向かうときにはまだ雪に閉ざされる前だった。雪という天候が如何に行軍速度を遅らせるか、今更ながら身に染みる。一人でこれなら、集団では更に遅くなるだろう。

 レイベルは雪に覆われた大地を確かな足取りで一歩、一歩を踏みしめて進んでいた。軍で培われた体力と初級の火魔法を操りながらミッド大山脈の谷間を抜ける。麓とは異なり、流石に大山脈内は膝丈まで雪が降り積もっている。


 今なおしんしんと降りしきる雪は綿あめのように柔らかく、体に当たってはさらさらと体を伝って流れ落ちる。自分を中心に温める火属性初級魔法【ウォーム】を半円状に張りながら、近辺を警戒する。警戒するとはいっても、ここではすべての生き物に等しく雪が邪魔をする。魔物や敵が来たところで急速に距離を詰められることはない。かじかむ手を見つめながら向かう先のヒルドを見据える。


 時間はかかったが難所である谷間を抜けることができた。あとは下るだけだ。新雪を踏む軽快な音が鳴る。ところどころ生えている針葉樹は頑丈な葉を生い茂らせ、誰にも使われなくなったおもちゃの埃のように雪を被っている。自然が織りなす閑寂な姿はどのような場所であっても生きているという生命の輝きを目に焼き付ける。


「ここで死ぬわけにはいかない」


 誰にも届かない心の声を口に出す。他の誰でもない自分自身に言い聞かせるように。私を守るために命を懸けて足止めを行った第3騎士団や護衛騎士たちの思いに応えねばならないと感じながらも、一人でこの山脈を超えられるのか、手持ちの食料や装備でどこまで行けるのかという不安が頭をよぎる。全てが理想的な状況であればヒルドまでたどり着けるだろう。だが、そのような希望的観測は現実的ではない。過去の自分を振り返れば常に誰かがいて、不測の事態なんて直面したことなどなかった。


 王族という地位が過不足のない生活を保障していた。軍人になった時から多種多様な状況を想定だけはしていた。困難に直面したとしても、王族として高度な教育を受けてきた自信が知恵を絞れば打開できると思わせていた。


 ふたを開けてみればどうだ。私は今や一人だ。私の身を案じる臣下も仕える騎士もいない。どれだけ知識をため込もうとも自分だけでは何も成すことができない。将としての力量もなく、今は伝令の役割も満足にこなすことができていない。ドーガは今どうなってしまったのだろうか。空を見上げては自分の不甲斐なさと胸中を支配する寂寥に押しつぶされそうになる。


 ドーガには私のような仮初の将軍ではなく、本物のベゼル王国将軍ラペルがいる。帝国も決め手に欠けていたのだからきっと大丈夫だ。しかしラペルはもしものことを考えて、私を王都へと向かわせる決断をした。もしラペルはドーガを死地と定めたのであれば、本物の将軍の目で勝てないと判断したのではないか。私を逃すために王都に情報を届ける伝令の役割を名目上割り振ったのではないか。


 1人でいるせいか、過去のことを思い返してはああでもないこうでもないと不吉な可能性を見つけては憂慮してしまう。どれだけ考えても栓無き事だ。今は王都に辿り着くことだけを考える。まずはヒルドに向かって代官に協力してもらえば王都まで行くことはできるだろう。むしろヒルドにまで到達すればガナーシュ辺境伯が力になってくれるだろう。ガナーシュ辺境伯の一族はベゼル王国の建国時から王家に仕えている。


 王国内の貴族には派閥が存在する。貴族至上主義の貴族派か一般庶民に対しても寛容な護民派、そしてどちらにも属さない中立派の3大派閥がある。派閥によって領地の統治方法は全く異なる。


 貴族派の貴族は圧政と重税による支配を敢行し、徹底的に搾取する。貴族以外の人間は気づけば生える雑草と同列に扱われている。民によって自分たちが生かされていることを理解していないのだ。彼らは生まれつき庶民が自分たちに身を捧げるものだと教育されている。建国時の貴族にはそのような思想の人間はいなかったが、長い年月を経るにつれて歪な価値観が生まれてしまったのだろう。もはやどれだけ言葉を尽くそうとも彼らが何代も前から受け継いでしまった価値観は揺らがない。


 貴族派とは対照的に民草の安寧を願いながらも貴族としての責務を全うしている派閥が護民派だ。民によって貴族が生かされており、貴族を貴族たらしめる資格は民の生活を豊かにするためであると考えている。いわば適材適所ということだ。人を取りまとめ、煩雑な事柄に対して民のために行動する。民は貴族を信頼し、貴族のために言われた通りのことを行う。


 貴族の指示に従うことで安定して恵まれた生活を手に入れるというわけだ。考え方の根底には商売の契約に近似している。貴族は民に実りある生活を整え、民は飢えに苦しむことのない満ち足りた生活の恩に報いるために税を納める。


 ガナーシュ辺境伯はこの護民派に当たる。民からの信も厚く、厳しい辺境であっても屈強な騎士団や積極的に冒険者に依頼を出すことで治安維持に努めている。真の貴族というのは彼らのような支配者のことを指すのだろう。


 中立派は貴族派と護民派のバランスをとるために存在している。家の当主によってどちらの派閥寄りの考え方をしているかが異なり、代が変わるごとにコロコロ変化する。だがすべての当主に共通していることとして、王国の貴族が内部分裂をすることを避けるために動いていることだ。


 貴族派が多数になってしまえば民から王族、ひいては国への求心力が低下する。また厳しい統治によって人口の減少と他国への逃亡が増加する。逆に護民派が多数の場合、貴族派の領地の民が税の軽い護民派の領に逃げてしまい、貴族同士の内部争いに発展してしまう。争いに発展した場合、どちらかの貴族は取りつぶしになるだろう。その時誰が統治をするのかという問題がある。貴族派が横暴な舵取りをしているとはいえ、つい先日まで争っていた領の領主には従属するとは思えない。


 一方で護民派の貴族が取り潰された場合、今までの豊かな生活から一転するだろう。どちらにせよ、両貴族派の衝突を避け、王国の分断を阻止する緩衝材になることが中立派の貴族には求められるのだ。


 ちなみに王族はどの派閥にも属していない。この国は王権神授説を唱えているため、身分上同列の人間ではなく神の代理人として扱われる。この世界では神の代理人とは人間の形をした上位存在としてみなす考え方があるため、王族は貴族としては扱われないのである。強いて言えば神と同じ神族というのが正しいのかもしれない。それは貴族派であっても例外ではなく、大衆のことは露ほども気にかけないが王族に対しては敬意をもって接する。それを少しでも他所に向けて欲しいというのが正直なところだ。


 思考の海にどっぷりと沈んでいたが、意識が反れたことで火属性初級魔法【ウォーム】を切らしてしまい、寒さが現実へと引き戻す。雪の重さに耐えかねて折れている枝をよけながら進む。携帯食料を食べながら遠目に人影を見つける。人型の魔物かそれに類するものと想定して警戒する。どうやら何かを探してるようだ。この時期にミッド大山脈に分け入る人間はごく少数だろう。不審人物でしかない。


 私は能力『情報開示』であの人影が何者かを把握する。私の能力『情報開示』は人やモノがどのような存在かを教えてくれる。名前、性別から使用できる魔法属性、来歴などだ。見る存在によって見られる情報に相違がある。全てに共通している情報は名前くらいのものだ。視界に相手を捉えることで発動でき、魔法・能力に阻害されることなく強制的に暴き立てる。得られる情報は千差万別ではあるが、一方的に相手を知ることのできる強力な能力だ。そのおかげで敵の対策を優位に進められることや弱みを握ることもできる。欠点としては知りたくもなかったその存在の本質を見てしまう。


 例えば自分の子供を道具としか見ていない表面上素晴らしい人間や分け隔てなく優しいが裏では連続殺人鬼だったり、無愛想だが本心では誰よりも家族を愛している貴族とか。候補を上げれば枚挙にいとまがない。人とはかくも複雑怪奇で酷烈だと幼少期の私は感じたものだ。人は見かけによらない。そのことがわかってからは外面だけではなく、内面と能力による裏打ちで人間を信じてきた。


 彼の名前はタルバ。年齢30歳。3等級冒険者。異名『不死』。1年前よりミッド大山脈に居を構える生活をしている。家は認可をとっていないため、違法建築物にあたる。1人穏やかに生活することを望み、冒険者としての英名が轟くことを幸せな人生に不要だと考えている。万能な戦闘スタイルとどれだけ攻撃を受けても立ち上がる姿は英雄の資質垣間見せる。高い依頼達成度と同行者がいたとしても誰も死傷者を出さないことで一部の冒険者から尊敬されているが、本人は気づいていない。好きな食べ物は焼き魚定食。

銭湯をこよなく愛し、毎日通う様から銭湯を営む人からは銭湯王と勝手に呼ばれている。


 開示された情報からわかることは冒険者として優れているが、違法建築物を立てる変な人間というところだろうか。王族として生まれてからこのような人間に出会ったことはなかった。強さがあっても謙虚な人間は存在する。だが強さがあっても注目を浴びないように動くような人間は見たことがなかった。否、鮮烈な強さは人の耳目を自然と集めてしまうため、注目を浴びないようにするなど一介の平民にはできるようなことでもないのだ。

 会ったことないタイプの人間ではあるが、ひとまず敵対する帝国側の人間ではなく、魔物でもないため、声をかけてみることにした。


「街への道を探している。近くに道はないか」


 一言軽く声をかけたつもりだったが、やや尊大な物言いになってしまった。それに私自身について何も伝えていない。私は初めて出会う人と懇意になることが苦手だ。生まれ育ったころから誰もが私に声をかけてくれた。私の立場や影響力、対外的なポーズが目当てであったとしても初対面の相手は須らく私と親密になろうとしてきた。


 しかしこのタルバという冒険者は私が何者かも知らない。きっと私が打ち明けなければ身分の違う王族として扱うのではなく、ただの市井人としてかかわってくれるだろう。私は今全身を防寒具で包んでいるため、誰かなどわからないだろう。それにドーガの一件で、間者の存在が疑われる。信頼できる人間はもう周りにいない以上、身分の開示は得策ではない。それに一度でいいから神の代理人としての王族としてではなく、徒人として生きてみたかったのだ。このような事態になっているが、身の安全とふと湧いた小さな渇望が最終的に身分の秘匿を選択させた。


「少し歩いたところに道があります。そこを辿ればヒルドという街につきます」


「その道まで案内してくれ」


「わかりました」


 彼の言葉遣いの節々から自分の身分が少なからず貴族以上であると想定されていることがわかる。彼は態度には出していないが、きっと私のことをよく思っていないのだろう。全身を防寒具で固めた人相もわからない人間に道案内を依頼され、それが貴族の可能性があるのならば相手の正体が不明瞭であっても断ることは平民にはできないのだろう。彼には悪いと思いながら、彼の後ろに続く。自分のことは沈黙していることを棚に上げ、彼がなぜここにいるのかを聞いてみることにした。私の能力で住んでいることはわかりきっているが、彼が私にどのように話すかが気になった。


「お前はここで何をしている?」


彼は少し考えると意を決して話し始めた。


「今年はミッド大山脈の積雪が昨年と比べ、半分以下だったので備蓄用の食料のために狩りをしようかと思っていました。


「そうか」


 狩りをするにしてはやけに軽装だが本当に狩りをするためなのかという疑問が湧いてくる。返す刀で新しい疑問を口に出す。


「それにしては軽装だな。ここで狩りをするにしては装備が解体用と思われる短剣、背中の荷物だけに思える。雪の中で短剣だけで狩りをすることはないだろう。弓や罠がなければ安定して狩りは厳しいだろう。積雪が少ないとはいえ、動物や魔物も全くいない。もう一度聞こう。貴様はここで何をしていた」


 するとすぐさま彼は言葉を紡ぐ。


「狩りというのは嘘ではありません。冬眠している小動物を見つけられればと思いまして。他に薪集めをするつもりでした。幸いにもおっしゃられた通り、周辺に生物は少なく、あまり警戒する必要はありません」


「そうだったか。……あれが貴様の話していた道か。あれを辿れば街へ着くのだな」


 一応筋の通った言い分を聞いたところで人工的に作られたと思われる道が見えてくる。


「はい。そうです。ヒルドまで歩いたとしても数時間で着きます。現在昼頃ですので、夕方までには到着できるかと思います」


「世話になったな」


 彼と別れて1時間ほど経過すると、ふわふわと降っていた雪が吹雪に変わる。吹き荒れる風に積雪が舞い上げられ、視界が次第に閉ざされていく。見えづらくとも道は目視できている。だがこの天候ではヒルドまで辿り着けるか怪しい。今は道が見えているが、それもいずれは雪で見えなくなる。それではヒルドまで生きて向かうことはできなくなる。ふと先ほどの彼の情報を思い返す。確か彼は近くに居を構えていたはずだ。今道を引き返せば彼の家を見つけられるかもしれない。頼み込んで今日を泊めてもらうしかない。私は生きて王都までいかねばならないのだから。


 もう1時間かけてきた道を行く戻りする。狭まる視野と纏わりつく雪が行く手を阻む。山を越えてから休憩らしい休憩もなく、淡々と動き続けてきた反動が今になって襲ってくる。魔力が気づけば尽きていた。【ウォーム】を使うこともできない。指先凍り付いていく。防寒具で全身を覆っているとはいえ、凍傷になるのは時間の問題だった。


 するとポツンと木製の家が目に留まる。見間違いかと思ったが、夜のとばりが下りた周辺では明かりらしいものなどない。こんな辺鄙なところに居を構えるのは今日会ったあのタルバという男だけだろう。


 そう思うと先ほどまではかけらもなかった活力が出てくる。なんとかドアの前に到達し、ノックする。

ドアが開かれると気の抜けた表情の彼がいた。


「は?」


 と言うとすぐさまドアを閉めようとしてくる。ドアを閉められてしまえば私はもう生きる可能性がないため必死でドアをこじ開ける。


「入れてくれ」


 そう一言いうだけで精一杯だった。だが彼は私を家に入れてくれた。私は着ていた防寒具を脱いでいく。彼の情報から敵国の人間ではないため、素顔をさらすことにした。


「あの~、なぜこのようなところに?」


「昼にお前に道を教えてもらい、ヒルドに向かったが途中吹雪に遭った。どうするか考えたが、お前は私と共にあの道を進まなかった。薪を集めに行ったとしてあの道を帰路に通るだろう。幸いにも引き返してみるとまだヒルド側ほど吹雪が強くなかった。お前がまだいれば助かるだろうと思ってな。ここはお前の家か?」


「はいそうです。お貴族様をおもてなしできるかわかりませんが」


「気にするな。あと私は貴族ではない。言葉遣いは気にしなくていい」


 貴族ではないという言葉に偽りはない。王族は神の代理人として貴族とは同列に語られないからだ。


「ならそうさせてもらう。早めに貴族じゃないことを教えてもらいたかったんだがな。昼にあんたに聞かれたことをこちらから聞くが、あんたは何しにここに来た」


「王都に用事があってきた。訳あって一人だがな」


 ドーガであったことを彼に教えるわけにはいかない。ただでさえ私は身分を秘匿しているのだから、言葉に詰まってしまうだろう。そうなれば嘘を混ぜたとしても話の整合性が取れなくなってしまう。こちらの事情を察してくれたのか彼は立ち上がるとリビングへ向かった。私も防寒具を脱ぎ終えたことで彼の後に続く。


「とりあえず晩飯にするか」


 彼はリビングを抜けて台所へと向かう。台所を見ると魔力冷蔵庫から食材を取り出している。食材を集めて鍋に突っ込んでいく。


「食えるだけありがたいと思って食ってくれ」


 30分も経たないうちに完成した食事を彼が皿によそう。


「なぁ、あんた名前は?」


「レイ。貴様は?」


咄嗟に偽名を名乗る。レイというのは家族がよく呼ぶあだ名のようなものだ。


「俺はタルバだ。飯を食いながら話すか」


「あぁ」


 私は自分のことに夢中で名前すら名乗っていなかった。相手が平民であっても失礼なことをしてしまった。私は彼のことを能力で一方的に知っていたため、相手も私のことを名前くらいは知っていると勘違いしてしまった。食事取りながら会話をする。だが自分のことを隠しながら話せることなど私には持ち合わせていなかった。何を話しても王族特有の話になってしまう。何を話したらいいのかと口ごもっていたら、彼のほうから口を開く。


「あんた無口だな。なんか話をしてくれよ。俺はここら辺にずっといるから大したことを知らない」


「なんの話をすればいいのかわからん。お前に話してもわからないこともあるだろうしな」


「なんでもいいさ。ともだ「友達なんていない」……はいすいません」


 レイことレイベルの鋭い眼光がタルバに謝罪の言葉を述べさせる。

 友などいない。信頼できる者もみな死んだ。それに王族に心から気を許せる相手などいないのだ。特に私は能力で相手の本質を否が応でもわかってしまう。裏表のない人間などいないのだ。


「じゃあ、どこからきたんだ?」


「ミッド大山脈を越えた、ドーガから山を越えてきた」


 これは話すしかあるまい。下手に嘘をついたところでばれてしまう。


「戦争してる方向だな。どんな状況かわかるか?」


「我が国が優位であるが気を抜けない戦況ではある。相手は遠距離を主体としているため、接近出来れば瓦解できるだろうがな」


「そうか。あんた大変だな。戦争中にも関わらず、山越えをするなんて普通やらないだろう」


「あぁ。しかしやらねばならなかったのでな」


「あんた真面目だな。そんなんじゃ悩みも尽きないだろう」


 彼は大して気にせず、話を進めていく。彼のイメージする私は軍関係の人間というところか。彼の言う通り悩みはあっても、誰も解消できない。私が次期国王候補ということだろう。私は人を纏める力に乏しい。


 我が父はメルクーラ3世は傾きかけた国政を立て直し、帝国との力関係を調節することで国を豊かにした。荒れていた国内の治安は回復し、不適切な貴族は処刑され、家が取り潰された。思い切りの良さと類まれなる手腕と才覚で国を変えた我が父と比べ、私は将としては無能。そのような私が次の国王になってもいいのだろうかという思いがある。


「悩みはあるが、どうしようもない」


「ん?おじさんに試しに話してみろ。お前より人生経験豊富だからな。解決できるかもな?」


「簡単に解決されては困るんだが。まぁいい。人を束ね導くことはどうすれば出来るのだろうか。父を見たところで同じように成すことが出来ないのだ」


 無理だとわかりながらも彼に話してみる。私の周りの人間はみな御父上のように立派になってくださいとか御父上を見習ってくださいとしか言わない。父は王に適した才能を持ち合わせていたが、私にはない。才能のない私には父の真似してところで失敗するだけだ。それに傾いた国を立て直せるほどの国王などベゼル王国には父しかいない。


 歴代の国王の中でも突出している父から生まれた私は誰よりも期待されるが、具体的に何をすれば父のようになれるかは誰も教えてくれないのだ。ダメもとで言ってみたが、彼はしっかりと考えて返事をした。


「おじさんから助言できるのは自分なりのやり方を持つことだな。親父さんは親父さんなりの、あんたはあんたなりのやり方を見つけるのさ。あとは自信を持ってやることだな。間違ってれば直せばいい。だれかしらに意見を求めれば自分と違った意見を述べてくれるだろう。人は勝手についてくる」


「そうか。自分なりのやり方か。そんなことを言われたのは生まれて初めてかもしれないな。誰もが伝統や過去に倣うようにしろと言っていた。だが具体的に何をすればいいかは誰も教えてくれなかった。だが時代が変わればそれに合ったことが必要になるのだし、試行錯誤してみることがまずは必要だな」


 王都で聞いたこともないアドバイスに面食らう。誰もが歴代の王や父のやり方を真似しろとしか言わなかった。伝統的なやり方か父のやった革新的な手法の二者択一を迫られてきた。それが辺境に引きこもる何も知らない彼は伝統にも父にも縛られないやり方を選べと言ってきた。そんな選択肢が残されていることなど考えたこともなかった。自分ではうまく王などできないと思い、なんとか過去を再現しようとすることしかしてこなかったが、第三の選択肢が生まれた。


「じゃ、飯食い終わったら体拭いて寝るか。こんな辺境にやることなんぞないしな」


「わかった。感謝する」


 彼は雑談のように私の長年の悩みを打ち砕いていった。『不死のタルバ』。その名前しかと心に刻み込むとしよう。願わくば『不死』と異名を持つ彼が高名な冒険者として私と再会することを祈ろう。辺境に住む死なない冒険者に天啓を受けた王なんて物語にでもできそうなくらいだ。それに一人の人として扱い、打算抜きの会話は私の人生において最初で最後だろう。


 悩みの種が消えた私は自分の使命を胸に抱きながらも、すっきりした気持ちで床に就いた。

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