第2話 町へ

 翌朝。外から聞こえてくる物音で目が覚めた俺は眠い目を覚醒させ、警戒しながら窓から外を見た。外ではレイが体を動かしており、先の物音の正体はレイだった。


 俺の家周辺に外敵はめったに来ないが、いないわけではない。そのため常に警戒するようにしているのだが、今回は取り越し苦労だったようだ。そんなことを脳裏にちらつかせながらぼーっと眺めているとこちらに気づき、家にレイが戻ってきた。


「すまない。起こすのも悪いと思って勝手ながら外で訓練していたのだが、起こしてしまったようだな」


「おはよう。そう思うのならやらないでくれよ。ここは都市や街中ではないんだ。いつでも外敵が来てもおかしくはないんだぞ。まぁほとんど来ないけど」


「迂闊なことをしてしまい、申し訳ない」


 そう伝えるとレイはバツが悪そうに謝罪の言葉を述べた。恐らくレイはどこでも訓練を行うような上司の元にいたんだろう。そうでなければ雪で足場の悪い状況下かつ一人で訓練なんて考え方がおかしい。


「とりあえず朝飯にするか。朝飯は昨日の残りと穀物を固めたものだ」


 穀物を固めたものと言っているが、これは俺が能力によって圧縮しただけのなんちゃってクッキーみたいなものだ。携行しやすく、ある程度の味が保証できている。難点としては固く、一口が小さくなり、摂取することに時間がかかることくらいだろう。


「ありがたくいただこう。それで私はヒルドに向かう予定なのだが、貴様にもついてきてもらいたい。昨日で実感したが、吹雪くタイミングの判断や雪での視界不良を考慮すると私一人ではたどり着けないと判断した」


 そうなる気がしていました。俺自身もここに住むまでは雪の中進むことに慣れず、一人ではどうにもならないと思っていたからだ。実際吹雪に巻き込まれたらどちらに進めばいいかわからず、野垂れ死ぬだけだろうな。それとレイの言動が偉そうに聞こえるようで丁寧なところもあるし、ちぐはぐだな。


「わかった。朝飯を食べ終わってから準備してヒルドに向かおう。ちょうどヒルドに用事があって行くつもりだったからな」


 急ぎの用ではないが、ヒルドにはいずれ出向く用事があった。それを前倒しにしてついていこう。というか行くしかない。貴族ではないといったが、表向き認められていないだけで、庶子という線もあると考えられる。今のところこの家が勝手に建てられたものとは知られていない以上、穏便にやり過ごし、俺のことは記憶に残らないようにしなければならない。


 1時間後に準備が整い、ヒルドへと向かい始めた。雪が止んでいる最中にある程度進まなければまた吹雪で向かうことが出来なくなるだろう。ヒルドまでは1時間程歩けば到着できるはずではあるが、冬に行ったことはないため倍くらいの時間はかかるだろう。今日はヒルドに泊まって帰宅するしかないようだ。ふくらはぎ程積もっている雪を踏みしめながら、針葉樹林の間を歩く。歩くときに足元の雪をこっそり能力を使って固めることも忘れない。能力で少し楽をしながら、昨日レイに確認していなかったことについて質問をした。


「そういえば聞いていなかったが、最終的にどこに向かう予定なんだ?」


「王都まで行く予定だ。詳細は軍務規定に抵触するため教えることが出来ない」


 王都はヒルドから2日程度で着くが、今は道中に雪が積もっているだろう。街道の雪は馬車の轍や冒険者の足跡によってマシになっているが、それでも4日程度はかかるだろう。内容はやはり聞くことはできないか。ドーガで敗戦していれば俺も逃走する必要が出てくる。軍人は負けを認めづらいと聞くし、負け戦を続けているのであればこの国を出ることも視野に入れなければならないだろう。


「そこまでは聞くつもりはなかったよ。それにしても王都か、ヒルドから行くにしても乗合馬車で行くしかないだろうから大雑把に見積もっても4日程かかるだろう。そこまで一人で向かうつもりか?」


 一人で向かうからお前も付いてこいとか言われても困るし、なんとか同行しないようにしなければならないな。家がばれてしまっている以上、途中で逃げることはできない。できれば冒険者を雇って俺とはヒルドでおさらばの方向でいきたい。


「乗合馬車を使う気はない。場合によっては冒険者を雇うつもりではあるが、出来る限り早く到着することを考えると冒険者が依頼を受けるまでの期間を待つのは無駄だ。ヒルドはガナーシュ辺境伯の納める土地で、代官がいるはずだ。その代官に話を通して協力を得ようと考えている」


「そうか。冒険者に依頼を出すには時間と手間がかかるし、代官に話を通せるのであればそちらのほうが早いだろう」


 冒険者。それは冒険者ギルドに加入し、依頼を請け負う何でも屋に近い職業の事だ。冒険者にはランクが定められており、実力、行動、貢献度合いによって異なる。大抵は魔物や動物の討伐や商人の護衛、素材採取などを生業としている。


 冒険者ギルドは国に限らず点在しており、主要都市や商業都市、工業都市、ダンジョン都市などに必ず存在する。冒険者の証は各冒険者ギルドにある特殊な魔道具を用いて選ばれた職員が発行し、偽造は不可能といわれている。そのため、身分証明書として扱われている。冒険者の存在が各地の治安維持に貢献していることは周知の事実である。しかし、一方で素行の悪い冒険者による事件も散見されている。冒険者の良し悪しは人によるとしか言えない。


 そんな冒険者を雇うことは現状得策ではない。冒険者は国のために働くわけではない。自由を尊ぶ彼らはたとえこのベゼル王国が滅びたとしても、他国に行けばどこであれ生きていくことができる。場所に囚われない生き方なのだ。そのためどの国に味方しても仕方がないのである。


 それに軍事機密を保持している状態で、どこまで信用できるかわからない冒険者を雇うことはかなりリスクが高い。風の噂ではあるが、隣国ヴェルフ帝国は諜報部隊以外に冒険者を雇って情報収集していると言われている。実際にヴェルフ帝国と隣接しているドーガの冒険者ギルドには戦争以前の数年間ヴェルフ帝国側からの冒険者の流入が例年の3割増し程度多かったようだ。ベゼル王国内の特定の情報を持って帰るだけで大したリスクもなく報酬がもらえることはメリットが高い。


 そんなことを考えながらヒルドへの道のりを歩く。針葉樹の林を抜ける。遠くにヒルドが見えてきたところだった。


「お、やっと見えてきたか」


「どうやら無事にたどり着けたようだな。礼を言う」


「いやいや、別に気にすることじゃないよ。お前も軍の命令で動いているんだろうし、協力を拒む理由もないしな。戦争をやっている方向が俺の家と被るし、どのみち戦況の把握を行う必要があったからな」


「あとは各々やることをやるとしよう。私は代官の元に向かう。お前はどうする?」


「俺は冒険者ギルドに顔を出しておくよ。これでも一応冒険者として登録しているからな。良さそうな依頼をこなして、ノルマを達成しておくとするよ」


 冒険者にはノルマがあり、一定以上の依頼をこなさなければ冒険者としての資格を剥奪されてしまう。制度上特別な理由があれば一時的にノルマ未達でも冒険者を継続することは可能であるが、俺は聞いたことがなかった。


 また冒険者には階級が設定されている。最上級が1等級、それ以下が2等級、3等級、4等級、5等級となっている。

 各階級の人数は大まかにしかわからないが、それでも1等級、2等級の冒険者はそう多くはないといわれている。人数分布は国ごとに異なるが、これに関しては各国共通である。噂では1等級以上の階級もあるらしいが、表面上1等級として扱われているらしい。

 階級に応じた依頼を受けることができ、依頼には要求階級が記されている。その要求階級未満の冒険者では依頼を受けることができないシステムになっている。


 俺は3等級冒険者であり、一般的に中堅程度の冒険者である。戦闘はさほど得意ではないが、物を一時的に圧縮し輸送量が多くできるため商人から重宝されている。圧縮したものは可逆性があるため、圧縮を解けば元の状態に元通りというわけだ。同じバッグでも倍以上入るのであればそれに越したことはない。


「さて、そろそろ門だな。お互い身分証には困らないだろうから、とりあえずヒルドに入ろう」


「そうだな」


 お互いのゴールが近くなり、自然と会話が減っていった。門番に身分証を提示し、滞在目的と期間、関税を渡しヒルドの門をくぐった。


「それじゃ、俺は冒険者ギルドに向かうわ」


「わかった。色々と世話になった。感謝する。いずれこの恩は返させてもらう」


「大したことしてないから気にするな。それじゃ、またいつかな」


 出来ることなら出会いたくないな。ついでに俺の家が違法建築物としてばれないといいな。そうすれば心から感謝できるのに。余計ないことが頭を堂々巡りする中冒険者ギルドを目指す。


 そろそろ依頼を受注しないと一定以上の依頼成功数に達しないため、わざわざヒルドの冒険者ギルドに足を運んでいるのだ。ヒルドにはめんどくさい冒険者たちが数人いるためあまり気は進まない。さっさと行って、消えるように帰ろう。固い決意を秘め、俺は冒険者ギルドに入った。まっすぐ依頼掲示板まで進む。昼前のため、他の冒険者はギルド内にまばらにいる程度だった。幸い、俺が会いたくない奴らはいないようだ。


「ミッド大山脈の雪茸採取、ドーガの方の情報収集依頼、盗賊の討伐依頼がめぼしいところか」


 どうやら季節的にもなかなか魔物盗伐依頼は少ない。大概が冬に強い魔物ばかりが残っており、報酬に危険度が見合わない。さっき挙げた3つの依頼は割といいかもしれない。雪茸は採取場所を知っているし、ドーガの情報収集はどのみちマイホームの安全のためにする予定だった。盗賊の討伐に関しては単独で当たる依頼ではないため、ヒルドの冒険者複数と協力するのであれば基本的に問題はないだろう。サポートに徹すれば危険度は低い。


 このヒルドは辺境にあり、土地が他の領地よりも広いため犯罪者崩れから魔物までなんでもありだ。実りの豊かな土地であるからこそ、そのメリットはあらゆる生物が平等に恩恵を受ける。ヒルド内は治安がいい方だが、少しでも離れるとすぐに盗賊や魔物に襲われてしまう。試される大地、ガナーシュ辺境伯領。弱者に厳しい土地だこと。


 そんな土地だからこそ、冒険者や辺境伯の騎士団は精強で忍耐、力に富んでいる。ついでに戦闘狂の集まりでもある。危険度の高いことに参加するときはサポートに徹したほうが命の危険が限りなく低い。自発的に戦ってくれるなんてすばらしい。叶うことならドーガの方まで足を延ばして戦争の終結に貢献してほしいものだ。


 掲示板から取った依頼表を3つ受付に持っていく。ざらざらとした紙の感触を指でこすりながら受付まで持ち運ぶ。冒険者ギルドの受付は受注と同時に依頼内容の説明も行うことが非常に多く、簡素な仕切りが配置されてはいるが聞こうと思えば依頼状況は勝手に聞こえてしまう。機密情報に関連した依頼などは無属性魔法【遮音】がかけられた別室で行われるが、依頼の要求階級が低ければ使用されることはまずない。


「この3つの依頼の受注をお願いします」


「承知いたしました。冒険者証を提示してください」


「はい。どうぞ」


「お預かりしますね。今回の依頼は雪茸を10個採取、ドーガ方面での戦況の情報収集、盗賊の討伐の3つですね。戦況の情報収集は書面に残して提出してください。内容としては優勢劣勢、両軍の展開状況や軍の規模感などを書き記してください。盗賊の討伐は現在人員を募集中でして、実行は数日後になるかと思います。居場所は判明しているため、参加予定の2等級冒険者が戻ってき次第、すぐに実行に移す予定です。参加人数はタルバさんを含めて20名ほどの予定です」


「わかった。とりあえず盗賊討伐の準備をしておくとするか。ポラリスという宿屋に泊まる予定だ。何かあればそこまで連絡をよこしてくれ」


 ポラリスという宿屋はすべてにおいて平均的な宿屋ではあるが、常に空室が数部屋残っているというメリットがある。いつ来ても大体入れる宿屋で不満も特にないため、昔からよく利用させてもらっている。


 会話を切り上げ、ポラリスへ向かう。冒険者ギルドを出て北門の方角にまっすぐ歩くとすぐ着いた。相変わらず特徴のない宿屋である。だが宿屋の落ち着いた雰囲気と安定した料理の味を覚えてしまうととりあえず選んでしまう。初見の宿屋よりも行き慣れた宿屋の方が勝手がわかる分、考えること少なくて気が楽だった。


「失礼する。本日から1週間ほど空きはあるだろうか?」


「おー久しぶりだね。タルバ。ちょうど空きがあるよ。料金はいつも通り前払いで頼むね」


「はいよ。じゃカギは借りてくな、婆さん。湯桶とタオルは不要だから」


「わかったよ。それにしてもあんたも銭湯が好きだね~」


「仕方ないだろう。なかなか入れないんだから。古の勇者様様だな。銭湯なんで素晴らしい文化を残してくれたんだから」


「古の勇者はもっといろんな影響を与えているだけどね…あんた自分に利がないと感謝すらできんのか。まぁタルバらしいっちゃタルバらしいがね」


 古の勇者は別の世界から来たと言われている。異世界と呼ばれるその世界では魔法がなく、変な技術や異世界独自に文化が発展していたらしい。その文化の一つが銭湯だ。大量の湯に浸かるなど考えたこともなかった。初めて町で見かけた時はなんて贅沢なものを作るんだと思いもしたが、平民でも手ごろな価格で入浴することができる。


 銭湯には特殊なルールがあり、そのルール違反をした場合即牢屋行きが確定している。銭湯では泳いではならないことである。

 このルールに反したものは即牢屋に入れる。それが古の勇者が定めたルールに記されている。古の勇者は銭湯で泳いだ人間に何か恨みでもあったのだろうか。いや、古の勇者は穏やかな人柄で慕われていたことがわかっている。ならばきっと異世界では銭湯での遊泳は死罪だったのかもしれない。


 軋む階段を一段ずつ確かな足取りで上り、2階の最奥の部屋にたどり着く。荷物を部屋に置き、今後の予定を練り始める。


「少なくとも数日後の盗賊討伐の準備を行う必要があるな。必需品の買い足しや盗賊の情報を確認することに1日かけるか。ついでにドーガの方から来た商人や冒険者がいると大まかな戦況は把握できるだろう」


 今週は盗賊討伐、来週でドーガに向かい、情報収集。その帰り道に雪茸を採取して持ち帰れば無駄がなさそうだ。それにしてもレイは無事に王都へ向かう用意ができているのだろうか。


ヒルドまで共に来た迷惑な来訪者のことに思いをはせながら銭湯へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る