へっぽこ魔人生

岸辺濫瀟

第一章

第1話 出会いは唐突に

ここは雪が俄かに積もる山の麓。木製の家が一軒建っている。周囲を山と森に囲まれたこの地に男が一人住んでいた。名をタルバといい、森の恵みを糧として贅沢を望まず、慎ましく生きていた。


「もう冬か。今年はあまり雪が積もらなかったから頻繁に雪かきをせずに済みそうだ」


 タルバは一人、空を見上げながら呟く。タルバが住む近くにミッド大山脈という険しい山脈があり、毎年積雪が酷く、外界から閉ざされる。今年は何故か積雪が少なく昨年の半分以下であるため、もう少しの間は近くの森で狩りをすることができるだろう。毎年雪が積もるため、すでに今年の冬分の備蓄は済んでいる。


 森での狩りができるのも備蓄が済んでいるのも自身の能力、「圧縮」によるところが大きい。自分の能力は戦闘にはあまり役に立たない。けれど、生活において非常に有用であることに最近気づいたのは嬉しい出来事だった。


 この世界では例外なく一つの能力を与えられる。18歳になると自然と付与され、18歳になっても付与されなかった場合、教会に申請すれば儀式によって再度付与してもらえる。複数能力を持つ場合もあるが、それは血統や個々人の運命次第である。つまり、能力を複数所持していることは厳しい未来が待ち受ける可能性を含有しているのである。


 自分は一つで良かったと18の時に心の底から思ったものだ。俺が目指しているのは田舎で細々とのんびり暮らし、興味のあることや街で購入した本を読むことである。間違っても国に認められる英雄や有名人になりたいわけではない。そういった功名心では飯は食えない。だからそんなものは大便と一緒に捨て去った。


 そんなことを脳裏にちらつかせながら薪集めをしていると誰かがこちらにやってくるのが見えた。正確には迷子のようにふらふらと歩きながら進んでいるように見える。まだこちらに気づいていないようだ。早々に立ち去ろう。


 音を立てないように去ろうとしたが相手に発見されたようだ。相手が声を上げている。相手の視力が良いのか、それとも能力が良いのか。だが発見されてしまった以上相手が何者であるか確認せざるを得ない。何者かいかんによっては戦闘も必要だろう。


 ちょうど我が国はこの男が来た方角で戦争中なのである。この男が敵である可能性も十分にある。このまま立ち去ったところで、相手の能力が索敵に特化している場合撒くことは困難だ。なにより敵である場合に背後を取られてしまう。友好的に接し、早々に立ち去ってもらおう。街への道であれば簡単に教えられる。こんな山奥に目的があることのほうが稀有だからだ。自分に害をなさなければ犯罪者だろうが偉かろうが関係ない。そうこうしているうちに不審者は声をかけてきた。


「街への道を探している。近くに道はないか」


 これは偉そうなやつが来たな。言葉遣いでわかる、偉い奴だ。確実に身分が高いかプライドが高い。雪で見え隠れしているが、服装も端々に意匠を凝らしたもので顔があまり見えず、全身を隠すように外套を着ている。どうやら顔を隠す事情を持っているようだ。そんな災いの種みたいな相手には慎重に言葉を選び、さっさと街の方角へ消えてもらうことがよさそうだ。


「少し歩いたところに道があります。そこを辿ればヒルドという街につきます」


「その道まで案内してくれ」


「わかりました」


 この貴族様はさも当然のように頼んできた。貴族という推測は間違っていなかったようだ。平民にとって貴族の頼みというのは断った場合殺されても可笑しくない。当然のように平民は殺されるのである。貴族の頼みとは平民にとって命令に等しく、拒絶すれば死に、失敗すれば死ぬか殺される。そのくらいに認識しておかないと命がいくつあっても足りない。これが30年生きてきた男の教訓である。案内をし始めると、貴族は尋ねてきた。


「お前はここで何をしている?」


 そうきたか。俺が探索していたこのミッド大山脈は麓とはいえ、この時期に人が存在することは奇妙なことだ。冬に外界と断絶される以上、人が住むことは不可能に近い。森で魔物狩りをすることもこの場所では人の背丈よりも積もる雪に妨げられる。ミッド大山脈は冬に狩りを行うことは通常できない。動物や魔物でさえもあまり見かけず、ここに閉じ込められてしまえば人が生存することは難しい。


 そんな場所に人が生活しているとはだれも思わない。だからこその質問だろう。ちなみに俺の家は勝手に建てたもので発覚すれば罰せられることは間違いがない。家がばれないように道を目指し、不審にならない程度に自分のことを話さなければいけないようだ。


「今年はミッド大山脈の積雪が昨年と比べ、半分以下だったので備蓄用の食料のために狩りをしようかと思っていました」


「そうか」


 納得してもらえたと思ったのもつかの間。すぐに別の疑問をぶつけてくる。


「それにしては軽装だな。ここで狩りをするにしては装備が解体用と思われる短剣、背中の荷物だけに思える。雪の中で短剣だけで狩りをすることはないだろう。弓や罠がなければ安定して狩りは厳しいだろう。積雪が少ないとはいえ、動物や魔物も全くいない。もう一度聞こう。貴様はここで何をしていた」


 まずい。潤沢な資産で教育を受けている貴族を騙すことは容易ではないみたいだ。この貴族、なかなかに賢い。温室育ちの貴族様にはわからないだろうと高を括ったらすぐこうなる。ここは正直に近くに住んでいて薪集めと言おう。幸いにも生物が見当たらないことには気づいている。警戒する必要が少なく、薪集めで大丈夫だろう。


「狩りというのは嘘ではありません。冬眠している小動物を見つけられればと思いまして。他に薪集めをするつもりでした。幸いにもおっしゃられた通り、周辺に生物は少なく、あまり警戒する必要はありません」


「そうだったか。……あれが貴様の話していた道か。あれを辿れば街へ着くのだな」


「はい。そうです。ヒルドまで歩いたとしても数時間で着きます。現在昼頃ですので、夕方までには到着できるかと思います」


「世話になったな」


 そういうと貴族のやろうは道を歩いて行った。妙に高い声だったが、気にすることはないか。どうせやつはヒルドに向かった。二度と会うことないだろう。俺は貴族とは逆に道を進め、自宅へと帰った。


 2時間程経つと、吹雪いてきた。雪が徐々に積もり始める。貴族は今頃寒さに震えている頃だろう。あわよくば氷の彫刻にでもなっているだろう。明日にでも少しヒルドの方へ向かってみるか。面白いものが見れそうだ。そう考えながらにやにやしていると突然ドアに何かがぶつかるような音がした。風で何かが飛ばされてきたのか。そう思いながらドアを開けると、雪をまとったなにかがいた。


「は?」


 とりあえずドアを閉めよう。悪霊退散。願わくば次見たときにいなくなっていることを期待しよう。そう思いながら再度開くと人型の雪があった。見なかったことにしよう。そう固く決意しドアを閉めようとしたがドアをつかまれてしまった。あぁ、終わった。


「入れてくれ」


 なんか聞き覚えのあるような声だな。まぁいいか。人間のようだしここまで来られてしまった以上、戦闘能力の低い俺ではどうにもならない。なるようになれ。


 雪を払いながら着ていた装備を脱いでいくと、雪人間の素顔をあらわになる。顔の整った男だった。人の美醜に関心のない俺でもわかる程の美形。背も俺と同じくらい。こいつはなんでこんなところにいるのだろうか。まずは色々話してみるしかないだろう。


「あの~、なぜこのようなところに?」


「昼にお前に道を教えてもらい、ヒルドに向かったが途中吹雪に遭った。どうするか考えたが、お前は私と共にあの道を進まなかった。薪を集めに行ったとしてあの道を帰路に通るだろう。幸いにも引き返してみるとまだヒルド側ほど吹雪が強くなかった。お前がまだいれば助かるだろうと思ってな。ここはお前の家か?」


 こいつ昼間のお貴族様かよ。ふざけんな、俺の家ばれたじゃねぇか。さよなら夢のマイホーム。こんにちは囚人生活。


「はいそうです。お貴族様をおもてなしできるかわかりませんが」


「気にするな。あと私は貴族ではない。言葉遣いは気にしなくていい」


 十中八九貴族だとは思うが、隠したい事情があるのだろう。こうなれば自棄だ。言う通りにしてやろう。ついでにこいつの目的も探っておくか。


「ならそうさせてもらう。早めに貴族じゃないことを教えてもらいたかったんだがな。昼にあんたに聞かれたことをこちらから聞くが、あんたは何しにここに来た」


「王都に用事があってきた。訳あって一人だがな」


 ミッド大山脈を一人で訪れるなんて絶対ろくでもないだろう。詳しくはあんまり聞きたくないな。


「とりあえず晩飯にするか」


 そう告げてからリビングへと案内する。積雪が少なかったため、多めに備蓄をすることが出来てよかった。吹雪によって雪がどの程度積もるかわからないが、備蓄が少なかったら最悪こいつと心中する羽目になる。イケメンだからといって心中なんかごめんだ。


 魔力冷蔵庫から肉や野菜を取り出す。食材の出し惜しみはしない。この家は地下に食料保存庫があるため、備蓄分で充分食っていける。ロマン溢れる作りの家なのさ。穴彫って整えた際に冷蔵できることが判明したため、大きめに作っておいた。いわゆる氷室ってやつだな。


 食材を集めて何を作るかを考える。といっても何か名称のあるような立派な料理は作れないし、火を通して塩でもかけてりゃいいだろと思い鍋に突っ込んで火にかける。あと水を入れて放置でいいだろ。


「食えるだけありがたいと思って食ってくれ」


 30分も経たないうちに出来上がったゴチャゴチャした何かを皿によそう。全く話さないけれどこいつはなんなんだろう。絶対友達とかいないだろ。寂しい奴め。仕方ないから話しかけてやろう。


「なぁ、あんた名前は?」


「レイ。貴様は?」


「俺はタルバだ。飯を食いながら話すか」


「あぁ」


 そしてイケメンぼっちとの食事会が始まる。食事会にしては皿に乗ってる物体がお粗末ではあるが気にするな。


「あんた無口だな。なんか話をしてくれよ。俺はここら辺にずっといるから大したことを知らない」


「なんの話をすればいいのかわからん。お前に話してもわからないこともあるだろうしな」


「なんでもいいさ。ともだ「友達なんていない」……はいすいません」


 わかってはいたがちょっと顔が強張って機嫌が悪くなった。どうやら友達はいないのは確定した。可哀想な奴め。俺にだって家の近くの大木とか丸っこい岩とか友達がいるのに。


「じゃあ、どこからきたんだ?」


「ミッド大山脈を越えた、ドーガから山を越えてきた」


 おいおい、この国が戦争してる方面じゃねぇか。てことはもしや敵前逃亡でもしたのか?。いや、ヒルドの方に用があるってことは首都の方になんかあるのか。せいぜい伝令役で無茶な山越えをさせられたってところか。偉そうなのは多分元々そんな性格なんだろ。貴族じゃないって言ってたし。そんな性格だから友達がいないんだ。俺は完璧にこいつを理解した。


「戦争してる方向だな。どんな状況かわかるか?」


「我が国が優位であるが気を抜けない戦況ではある。相手は遠距離を主体としているため、接近出来れば瓦解できるだろうがな」


「そうか。あんた大変だな。戦争中にも関わらず、山越えをするなんて普通やらないだろう」


「あぁ。しかしやらねばならなかったのでな」


「あんた真面目だな。そんなんじゃ悩みも尽きないだろう」


 軍では上官の命令は絶対である。ある程度の立場か状況が伴わない限り、意見を具申することなどできない。逆らえない上にこんな大山脈を越えさせられるなんて正気じゃない。こういった生真面目さじゃ大変そうだな。


「悩みはあるが、どうしようもない」


「ん?おじさんに試しに話してみろ。お前より人生経験豊富だからな。解決できるかもな?」


「簡単に解決されては困るんだが。まぁいい。人を束ね導くことはどうすれば出来るのだろうか。父を見たところで同じように成すことが出来ないのだ」


 ほー。せいぜい伝令役から昇進するために纏められるようなことをやりたいんだろう。ただの軍人から昇進していけば少数でも人を取り纏める力が必要だ。でもこいつ友達いないし、人との距離感が絶望的なんだろう。逆に親父さんは統率力に長けているのだろう。親父さんが当たり前のようにやっていることが何か気づかない限り、一部を真似たところでうまく行くわけがない。今のところ顔と山越えをする体力しか取り柄がない。


「おじさんから助言できるのは自分なりのやり方を持つことだな。親父さんは親父さんなりの、あんたはあんたなりのやり方を見つけるのさ。あとは自信を持ってやることだな。間違ってれば直せばいい。だれかしらに意見を求めれば自分と違った意見を述べてくれるだろう。人は勝手についてくる」


 所詮軍人だろうし、やらかしたら上官が直してくれんだろ。ついてくるとか言ったけどついて来ないことも全然あり得るけど言わないでおこう。


「そうか。自分なりのやり方か。そんなことを言われたのは生まれて初めてかもしれないな。誰もが伝統や過去に倣うようにしろと言っていた。だが具体的に何をすればいいかは誰も教えてくれなかった。だが時代が変わればそれに合ったことが必要になるのだし、試行錯誤してみることがまずは必要だな」


 なんか納得してるしいいだろこれで。流石俺だな。よくわからないことをあとのほうでなんか言っていたけど無視しよう。友達がいないやつは独り言が多くなるものさ。


「じゃ、飯食い終わったら体拭いて寝るか。こんな辺境にやることなんぞないしな」


「わかった。感謝する」


 こうして若人にアドバイスを与え気分良く眠ることが出来た。頑張ってお国のために戦っていただきたいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る