異世界ハーレムはその国の法律を確認した上で作るべし!

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

そして俺は許された…はず

「――――で、合っているかね?」



 重々しい空気の漂う中、目の前に立つ白髪の老紳士は手にした書類を確認し、鋭い視線を俺に向けながら問いかけてきた。

 ここは裁判所。

 ――の、証言台の前に俺は立たされている。


「はい……」


「まったく……。君も大人なんだから与えられた義務は守ってもらわらないと――」



 ハァ~、とその老紳士の口からは深い溜め息が聞こえてくる。

 黙ったままうな垂れる俺に対し、部屋の左側にある原告席をチラリと見れば妻たちが厳しい顔をして俺のことをジッと睨みつけてきていた。

 それに気付いた俺はなぜかサッと目を逸らして再び下を見る。


――ヤバイっ!!


 妻たちから漂う恐怖の気配を感じ取るやいなや、俺の心臓が更に早鐘を打ちだしたのだった。


――なぜこんな事になってしまったのか……。


 事の起こりは今朝のこと。

 朝食を食べ終えた俺は書斎に篭って手紙や書類のチェックをしていた。

 そんな時、憲兵を1人伴った妻たちがノックもせずに押し入ってきたのだった。



「ど、どうしたんだ!?」



 俺はいきなりの事にビックリして椅子からすっくと立ち上がり、どもりながらも何事かと尋ねた。



「私たちは――――あなたを訴えます!」



 俺の質問に答えてくれたのは第一夫人であるジョー。

 その傍らではジョーの言葉を受け、第二夫人であるマリアがコクコクと頷いていた。



「さぁ! 捕らえよ!」



 ジョーの掛け声を聞いた憲兵がタっとこちらに駆け寄る。

 突然のことに自然と身構える俺を憲兵は警戒し、逃げられない様にする為かサッと捕まえてから後ろ手にして俺を縛る。



「ちょっ――どうして? お、俺が何かしたか!? 一体全体、何だって言うんだよ!」



 何が何やら分からないままに、驚き過ぎて反抗もしなかった俺はこうしてすんなりと捕らえられて裁判所まで連行されて来たというわけだ。



「奥方殿たちの訴えは貴殿に課せられた義務の不履行という事である。守らねばならぬ義務を怠るとは何事かっ! ――どういうことだか理解しているかね?」


「えっと…………」


「ん?」


「――よく分かりません。なんで俺、裁判にかけられているんですか?」



 俺のその言葉に、妻たちはギャーギャーと騒ぎ始めた。

 すると部屋の一番前にある席に座る、たぶん裁判長だと思われる黒いローブに身を包んだ丸顔で眼鏡の中年男性が机に木製のハンマーを叩きつけてコンコンと鳴らした。



「静粛に!」



 その言葉で妻たちは騒ぐのをピタリと止めて口を閉じる。



「貴殿は……この国の法をお忘れか?」


「法?」



――と言われてもチンプンカンプンだ。



「ふむ……。もしや貴殿は移民かね?」


「えぇ……まぁ、そんなところで」


「ならばこの国で働く為にする移民登録の際に、暮らしていくにあたって必要な法律やルールを学ぶ為に行った移民講習で聞いたはずであるのだがな……しんには理解しておらなんだか。」


「講習……ですか?」



 確かにその様なものを受けた覚えはある。

 だが、もう随分前の話で――この世界の言葉もまだそれほど理解できなかった頃の話だ。

 ここいらの国は方言程度の違いはあれどもどこも同じ言語を使っているらしく、同じく移民講習を受けた人の中でも言葉に困っているのなんて俺ぐらいであった。

 だから正直、内容なんてあまり覚えていない。


 あの時の俺は十四歳。

 あっちの世界ではごく平凡な中学二年生だった。

 同級生の女子にさえ弟扱いを受け、モテるモテない以前に男として見られていなかった俺はある黄昏時、不意に視野へと映りこんできた流れ星に必死に祈った。



「モテたい、モテたい、モテたい、モテたい、モテたい、モテたい――っ!!」



 こんなことをしてもただの慰め……それは分かっていた。

 けれども何かに縋りたいと思うほどに俺は悩んでいたのだった。

 そろそろ彼女のひとつも欲しいと――。



「あぁ、モテたい――。まっ、この童顔がどうにかならなきゃ所詮、無理なんだろうけどな……ハハッ」



 原因と思われる自らのコンプレックスに頭を抱え、意気も無く苦笑した。

 その瞬間!

 空がキラッと一瞬眩しい光に覆われ、俺は目をギュッと閉じた。



「ぅあっ!」



 痛い程の眩しさに反射的に閉じた瞼を数秒後にそっと開けるがチカチカと視界は真っ白に飛んでいた。



「な、何も見えない――?」



 火球だったのだろうか……。

 数分が経ち、周囲の景色に色がついてくると俺は言葉を失った。



「――――っ!?」



 見たことも無い田舎道。

 草原くさはらや道脇にポツポツと並ぶ針葉樹。

 そして空の半分を覆い隠すほど巨大な惑星の影――。

 あれは俺の見知っている月ではない。



「――マジで?」



 俺の口からやっと出てくることができた言葉はそれだけだった。

 何という事だろうか……。

 わけの分からない状況に立ち尽くしていると、俺の背後から誰かに声を掛けられた。



「※★○%◆$▼◎&#?」


「――えっ?」



 一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。

 だがよくよく聞いてみるとその声は俺の聞いたことのない、知らない言語のようだった。

 そのことに俺はゾワッと恐怖を覚え、親切にも心配そうに声を掛けてきたこの人に自然と身構えてしまった。


 何も喋らず目を点にし、強張った表情をしてあからさまに警戒心を向けている俺を不憫に思ってか、この親切な人は自分は安全だという意思を示すように困った風に笑顔を向けてきた。

 後に聞いたところによると、この人は俺のことを口減らしに森に捨てられて彷徨い出てきた孤児だと思ったそうだ。


 毎年、年末も押し迫ってくる時期。

 この世界で冬ごもりの前にはどこの地域でもよくある光景らしい。

 勿論言葉も通じないから意思の疎通なんかも取れず、見た目から俺のことを最初はずっと十歳ぐらいだと思っていたとか……。


 で、一生懸命に俺のことをあやそうとするこの人の事が数分もすると何となく大丈夫かなと受け入れられるようになった。

 ここにこうして突っ立っているだけじゃダメだ、動かなきゃいけないが一人では危ないと焦りつつも俺が気付けたことも大きいが――。


 そうして連れられてすぐ傍にあった街の中へと入り、この人が営む小さな商会で学びながら働くことになったのだった。

 その過程で言葉を覚えていった俺はようやく落ち着きを取り戻し、ここが異世界なのだと理解した。



――まさかの異世界転移?



 神様が地球では俺はモテないと烙印を押し、モテる世界に飛ばしてくれた――のか?

 なんてことを思い、俺は必死に言葉を覚えて前とは逆に積極的に振舞うようにしてきた。

 その結果、仕事でも成果を出していくのと同時に念願かなってかなりモテる様になった。

 そんな中で、この世界では平均結婚年齢である十代にして結婚まで至る様になったのだった。


 更には俺は世話をしてくれた商会への恩返しとばかりに懸命に働いて大商会へと拡大させた。

 その功績を称えてあの拾ってくれた親切な人は俺を重役へと迎えてくれ、まさに順風満帆。

 そうして一人目の妻を娶った二年後には日本には無かったハーレム権なるものを手に入れる運びへとなったのである。



「フッフッフッフッフッ! 遂に……遂にこの権利を手にっ!! ビバッ! ハーレム!!!!」



 この国では街への寄付金額が一定以上を超えるとハーレム権というものを貰える制度がある。

 なんとこのハーレム権を手にし、貧困家庭や孤児などの生活に困っている相手を妻に迎えると税金が少し免除されるらしいということでとってもお得な制度なのだ。


 どうやら口減らしに捨てられたり、違法に他国へと売られたりするのを防ぐ救済から始まった制度らしく、他にも色々とお得な事やルールがあるらしいという話だったが……。



「よく……覚えていません」



 ビクビクとしながら俺は顔を殆ど上げれずに裁判長の顔を仰ぎ見て答えた。

 ハーレムを満喫しようとまた一人妻を娶った矢先だというのに……。



「貴殿はハーレム権を持っておるだろう? そして3人の妻を娶っている……」


「えぇ……」


「最近新しく迎えたばかりの新しい三人目の妻、ナディアばかりと夜を共にしていないかね?」


「まぁ……」



 力なく返す俺の返事に、裁判長と老紳士は頭を抱えて「またか」と同時に呟いた。



「ハーレム権を持つ者は資産に余裕がある限り、確かに多くの妻を娶っても良いし娶るべきだと推奨されている。だが――どの妻にも平等に接しなければならない義務があるという法がこの国にはあるのだよ?」


「平等……ですか?」


「貴殿は法で定めるところによる義務を果たさなかった。その事において妻側には夫を訴える権利があり、罰する権利もある」



 そこまで言って裁判長はウォッホンと一つ咳払いをした。



「妻側代表、ジョー殿。この者に与える罰は何が良いか」


「私、第一夫人ですので妻側をまとめる役目なのだと思っております。ですが新鮮味が薄れたからなのか……旦那様とは近頃、夜を共にする機会もめっきり減っています。初めは流産したのを気にして私が落ち着くまでそっとしておいてくれる優しさからのことかと思ってましたのに……。三人目を娶られてからはあからさまです」



 その言葉に、恥ずかしさから俺の顔がパッと赤くなる。



「だ……だって、ナディアは褐色美人でアラビアンな感じでエキゾチックで……」


「――は? 目新しいものに夢中なのは分かりましたが、ナディアだけがあなたの妻ではないのですよ? 私ではご不満ですか? 飽きましたか?」



 冷静を装ってはいるが、その震える声からジョーはかなり怒っているようだ。

 一番最初に迎えた同い年のジョーはスレンダーな色白美人で頭もよく、ここまで怒りを露わにしている姿は初めて見る。

 こんな状況で「飽きたか」と聞かれて、本当に飽きていたとしても「飽きた」と素直に答える男はまずいないだろう。



「いや――」


「私にだって『第一夫人』としてのプライドがあります。まず私が初めに子供を産みたいのです。でなければ……」



 ジョーは泣いていた。

 飽きたなんて思いは俺には微塵もない。



「ごめん……」



 その涙に俺の胸は少し苦しくなった。

 そういえば……しっかりしている風に見えてジョーは甘えん坊だったな――。



「旦那様――」



 ジョーを宥めながらマリアが俺を呼んだ。



「私は皆仲良く暮らしたい……。私自身、夜の順番にはこだわりは無いわ。でも、あんなことがあった後だもの……。今はジョーを一番に考えてあげてほしかったの」



 マリアは優しい口調で俺を諭す。

 俺よりもよっぽど子供に見えるほどのロリ顔とは反し、マリアは3人の妻たちの中で一番年上だからかこんな時でも平静でいる。

 背も低いし、あの爆乳さえなければ十歳と言っても通りそうな見た目なのにマリアはやっぱり大人だなと改めて思う。



「そう……だな。ちょっとどう接して良いか俺も分かんなくてよ。つい……なんとなくな――」


「特別に何かする必要はないですよ」



 そう言ってマリアはニコッと俺に笑いかけてきた。



「ジョー……」


「――なに?」


「本当に……ごめん。今日から気を付けるよ。だから――」


「じゃあ私にもっ!」



 俺の話に被せる様にして、ジョーはパッと顔を上げて勢いよく喋り出した。



「私にも指輪を頂戴!」


「ゆ、指輪?」


「知ってるのよ……私。旦那様がコッソリとナディアだけに指輪をプレゼントしようとしていたのを」


「あれは……」


「くれるわよね?」


「あ……あぁ。でも――」


「やったぁ! 約束したからね? それと……今夜からしばらくは夜、私だけと共にしてね!」



 その言葉にチラリと横にいるマリアとナディアの顔を見る。

 フイッと目を逸らすナディアとニコリと微笑むマリアの様子から察するに……これは快くOKの返事をした方が良いらしい。



「――あぁ! 勿論だとも!」



 なんとなく……収まりよく妻たちと話がついて和やかな空気が流れる中で、裁判長の咳払いの音が聞こえてきた。



「あぁーーー。貴殿ら、ここが神聖なる裁判所だと忘れてはいないかね?」


「――っ!!」



 ハッとした俺は姿勢を正して緩んでいた表情をシャキッとさせた。



「で、だ――。話がついて元の鞘に収まったのは大変喜ばしい事である。だが貴殿がすべきことはまだ残っておるぞ」


「――へ?」


「法を犯したのだ。貴殿にはその法に則り、罰金として金貨十枚を支払っていただく。そして……免除されて軽減していた税金額をこの後の数年は正規額へと戻すものとする。」


「えぇーーーーーー!?!?」


「まぁ……法を守って真面目にやっていれば、寄付額次第ではまた軽減される様になる。頑張れよ!」

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