ある所に不幸な本があったんだ。

 読むと必ず良くないこと起きると噂されていた。


 良くないこと?

 例えば、転んで膝を怪我したりとか? あとは、事件や事故に出会ったりとか。


 他にもいっぱいあるよ。でも、この本が呼び起こす不幸はそんなものじゃない。

 もっとタチの悪い事だったんだ。


 ある家族が居てね。お父さん、お母さん、そして娘の桔梗ちゃんの三人で暮らしていた。

 みんな優しくて、笑顔を絶やさない。周りの人たちも羨むくらい幸せな家族だったんだ。


 勿論、一人娘の桔梗ちゃんも沢山愛されていた。きっと幸せだったんだろうね。


 桔梗ちゃんは僕たちと同じで読書が大好きだった。よく古本屋に行ってたんだって。それである日、桔梗ちゃんはとある本を見つけたんだ。


 表紙がとっても綺麗だったんだ。喉から手が出るほど魅力的だったから、桔梗ちゃんはそれを買ってすぐに読んだ。


 とっても面白かったみたいなんだよ。何度も読み返したんだって。それで誰かにオススメしたくて、友達にも貸したんだ。


 友達もその本の表紙に目を惹かれてとても喜んでいたよ。


 そしたら、その日を境に友達の家族の仲が悪くなった。喧嘩をする日が続いたんだって。だから、友達はその本を別の友達に渡したんだ。


 すると今度は、その別の友達の家族が離婚しちゃったんだ。父親が他の女性と付き合っていたことが分かったみたい。


 こうして別の友達は、また違う友達に本をあげて、その子はまた違う子に……。


 この様に本の押し付け合いが始まったんだ。


 その本はやがて、桔梗ちゃんの所へ戻ってきた。だけど、周りで不幸な事が起き続けてるから気味悪がっていたんだ。

 だから、学校の帰り道にゴミ捨て場でその本を捨てたんだよ。

 それからは何も起きてないみたい。


 君なら、もう分かったよね。

 そう。桔梗ちゃんが古本屋で見つけた本が『不幸な本』だったんだ。その本を手に取った境に次々と、円満だった家族が崩壊していく。

 

 『不幸な本』は、みんなから『愛』を奪ったんだ。

 

 でも、それだけだったら良かったんだよ。


 本を捨ててから数年後に突然、桔梗ちゃんは亡くなった。まだ十歳だった。


 だけど、あの本は家にはない。捨てちゃったし、塵になって存在しないはず。不思議な事に、桔梗ちゃんの家族は何ともなかったんだ。


 だけどね、桔梗ちゃんの死因は腹部のあざによる内臓破裂だった。それだけじゃない。背中や足にも同じあざがあった。


 そしてすぐに桔梗ちゃんの父と母が逮捕されたんだ。


 虐待をしていたんだ。


 しかも、ずっと前から。

 あの本が来る前からずっと。彼らは桔梗ちゃんに危害を加えていたんだよ。幸せだと思われていた家族が実は、最初から不幸せだったんだ。


 この本は、周りの人たちからすれば不幸な本かもしれない。『愛』を奪われた家族が次々に不幸に苛まれたから。

 でも、桔梗ちゃん達に何も起きなかったのは元々『愛』がなかったせいなのかもね。


 え? その本は一体どんなのかって?


 うーん。。何度も読み返すくらい面白いって言うなら一度読んでみたいよね。


 表紙も、兎に角綺麗だったみたい。ほら、表紙に目を惹かれる本ってあるだろう? 僕も気になって手に取ったりしてたよ。


 あと分かってるのは、それは文庫本なんだってこと。絵本だと大きくて嵩張るし、幼い子向けだから読む人は限られているし。


 例えば……そうそう。

 丁度、君が借りた『おやすみなさい。お星さま』にピッタリだね。表紙も綺麗で、周りからも人気な本だ。


 ふふ、そんなに怖がらないで。

 でも面白いでしょう? 


 世の中には不思議なことで一杯溢れているんだ。


 本当に怖いのは誰も想像つかない未知の現象か。それとも僕たちのようなありふれた人間が起こす現象か。

 僕には分からないかな。


 君はどう思う? やっぱり、お化けとか幽霊の方が怖い?


 まだ小学生の君に考えるのは早いか。そんなに深く考えこまないで。大きくなったら分かるさ。

 

 おっと、いつの間にかこんな時間になっちゃってたみたい。

 今日はもう帰りなさい。お家の人も心配するから。寄り道はするんじゃないぞ。


 また明日もおいで。


 次はもっと不思議なお話し聞かせてあげる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る