第21話

 しばらくしたあとレバントが目を覚ました。

「アイリス」

 声に生気がない。やはりかなり消耗(しょうもう)しているのだろう。

「レバント大丈夫!」

 レバントのそばで座っていた私が話しかける。レバントはコクリとうなずいたあと、状態をむくりと起き上がらせた。

 そして、レバントの口から出た言葉は想像(そうぞう)を絶する(ぜっする)ものだった。

「オユ、ハイリタク、ナイカ?」

「え?」

「コンバン、オユツクレルカ、ドウカワカラナイ。イマノウチニ、ハイッテオクカ?」

 その言葉に私が反射的にいったのは………

「いや!」

「アイリス?」

「そしたら、そしたらレバントの魔力が無くなっちゃうじゃん!そんなの嫌だよぉ」

 私の涙声に、レバントもその言葉が逆効果だと気づいて頭を下げた。

「ゴメン」

「レバントォ」

「ゴメン」

 レバントは平謝りだった。それに私は涙する。

 本当は私が何かをしないといけないのに私は何もできなかった。レバントに助けてもらいっぱなしで、まだ、レバントは私を助けてくれようとしている。そのことが私の心を苦しめた。

「ごめんね、ごめんね。レバント。私何もできなくてあなたの足を引っ張ってばかり。ごめんね」

「ナカナクテ、イイ。ムシロ、オレノ、ワガママデ、キミニ、シンジツヲ、ハナサナクテ、スマナカッタ」

「レバントぉ」

 確かにそうだ。これは彼のわがままだ。でもさ、でも、私は彼の気持ちもなんとなくわかるんだよね。

 誰だって、自分は相手に欲情しています、とは言えないじゃん?それは女性でもわかる。そして、それが死期を早めるなんて言えないでしょ?

 もし、私が故郷に帰ればそれで私の方は万事すむけどさ、レバントはその長い余生を私に発情しながら過ごすわけだし、それは彼にとってある意味残酷だ。

 でも、それはわかるんだけどさ、このまま黙って彼が死ぬのを立ち会うのもそれは、私にとって悲しい。

 結局、彼が虚しい日々を送るか、私が悲しい目に遭うのか結局その二つしかない。だから、彼のやっていたことは手放しで賞賛できない。

 でも、はぁー、そうだな。これでよかったかも。彼が虚しい思いをするぐらいなら私が悲しい目にあった方がまだマシかも。

 私はずっと忸怩たる思いを抱えていたんだ。自分が苦しんでいる人を助けられないことに。

 でもさ、今回の場合は私の夢が叶ったじゃん。私のおかげで助けれる人がいて本望だ。

 そうレバントの胸の中で泣きながら、しかし頭の冷静な部分ではそのように私は考えていたんだ。レバントは優しい(やさしい)手つきで私の頭を撫で(なで)ながら言った。

「アイリス、デキルコト、アル」

「え!?」

 私は顔を挙げてレバントを見る。レバントの空洞の眼球が私を捉える(とらえる)。

「エガオデイテ、アイリス。ソレガ、オレノ、ネガイ」

「笑顔………」

 果たして(はたして)そんなもので、レバントの苦しみが解放されるのだろうか。レバントの苦しみが………

 重ねてレバントは言った。

「アイリス、エガオ、オネガイ」

 それに私は決意した。

 助けれらなかった奴隷(どれい)のために、モンスターにレイプされた女性たちのために、私の母のために、そして、私が助けることができない不幸の者たちのために、私は一人の男性を幸せにしよう。そう決意したんだ。

「こう?」

 私ができる限りの笑顔をした。それにレバントが喜ぶ。

「ウン。サイコウノ、エガオ」

「じゃあ、できるだけこうするね」

 そう、ニコニコいうと。レバントがしきりにうなずいていた。

 ただ、それでも後ろ髪を引いたままだ。決意をしてもなんとなく身に入らない。

 でも、それでも笑顔で入れることができた。心を置き去りにして顔を引きつけ、笑顔で入れることができた。するとどうしたことだろう。レバントはそれを本気で喜んでくれた。

 そうしたらだんだん私の心が軽くなってきた。

 パー。

無属性の光が現れる。レバントの体を包んだ。

「また、私を欲情(よくじょう)したの?」

「ウン」

 レバントは母親に叱られたこどものようにどこか居心地の悪い感じだった。

 それに私は笑顔で答える。

「気にしないで。もう責めたりしないから」

「タスカル」

「ねえ、レバント」

「ナンダ」

「実は私は私の父親のレバントを責めていた時があったの。ちっちゃい時にね」

「ナゼ?」

「だって、お母様が運命の人だっていうのなら、もう少しあってくれてもいいと思ったんだけど、彼は私たちのところに来なかったわ。一度も。それで、私は父を責めていた」

「……………………………………」

「でもね。ごく最近だけど、気づいたんだ。父は。会わないことで私と母を守っていたんじゃないかって。もし、仮に母が運命の人なら、父があっていたのなら、正妻と激しい口論になったり、それをきっかけに数々の陰謀(いんぼう)が現れるかもしれない。父は、私と母に合わないことで私たちや、ううん。街の人たちを守っていた気がするの」

「リッパナ、オトウサンダナ」

 それに私は満面の笑みで答える。

「うん。私いちばんの自慢の父です」

 パー。

「あれ?」

 私は気づいた、間隔(かんかく)が早くなっている。

「レバント?」

「モンスターハ、ジュミョウガチヂマルト、セイヨクガタカマルンダ。メスニコダネヲ、ウエツケルタメニ」

「レバントぉ」

 私は泣いた。すぐぞの場にいるのに、必要以上に触れてはいけない。本当は抱きしめたいのにそれはできない。弾みで抱きしめたことに、私はそれを後悔し始めた。

 レバントの長い腕が、手のひらが私の頭を優しく撫で(なで)る。

「ワラッテ」

「…………………………」

「アイリス、ワラウト、オレ、ウレシイ」

 それに私はレバントの手を掴んで(つかんで)頬にやって微笑んだ。

「うん。頑張ってみるね」

 レバントはコクリとうなずいた。

「オレハ………」

「うん」

 レバントの話に素直に耳を傾けた。何があってもこの人の話に全身全霊で耳を傾けよう。それが私にできることの一つだ。

「ムナシカッタ」

「それは女性とやれないということ?」

 レバントは被り(かぶり)を振るう。

「コノモリニハ、エルフモイル。カノジョラ、モ、オレタチトオナジヨウニ、コノモリニウマレル」

「うん」

「シカシ……………………」

 パーっとまた無属性の魔法が発動される。

「レバント!」

 私の慌てた口調にレバントは手で制した。

「ダイジョウブダ。モウナガクハナイ。ソレヨリカハ、オレノハナシ、キイテホシイ」

「うん。聞くから、どうぞ話して」

 私は内心の動揺(どうよう)を懸命(けんめい)にうちに隠したまま言った。レバントは上を見上げながら話し出す。

「オレ、ムナシカッタ。エルフモ、ニンゲンノ、ジョセイト、オナジヨウニ、オレタチニ、オソワレル。オレハズット、ソレヲ、タスケテイタ。シカシ、エルフタチハ、タスケタオレヲ、ケガラワシイモノヲ、ミルヨウナ、メツキデミル。ソウイウノガ、イヤダッタ」

「レバント………」

 私はレバントの左手を両手でギュッと握った。

「オレ、アイリスニ、デアエテ、ウレシカッタ。フツウニ、タイトウニ、オタガイヲ、アンジナガラ、ハナセルカンケイセイニ、ズット、ズット、アコガレテイタ。ダカラ、アイリス、アリガトウ」

 それに私は心からの笑みを見せた。

「ううん。こちらこそ、ありがとう、だよ。レバント。あなたは私を助けてくれたよね?そういう人に感謝の気持ちを表すのは当然で、エルフたちがどうにかしてたんだよ。私も、ありがとう、レバント」

「アイリス………」

 しかし、現実は残酷だった。次の瞬間、無属性の光にレバントは覆われた。

「レバント!」

 私はレバントの手を握りしめた。それにレバントは。

「マダ、ダイジョウブダ」

「でも………」

「アイリス、アンシンシテ、クツロイデ、ホシイ。トキハ、ジキニクル。ソノトキ、オレノソバニイテ」

 それに私は涙をこぼしながら言った。

「うん、わかった」

 私はレバントのそばを離れ(はなれ)たくなかったのだが、どちらにせよ、レバントがあと半日で死ぬ事実は変わらない。だから、私はレバントのそばにいた。

 途中、ミハイルさんがよこしてくれた夕食を食べ、レバント雑談しながら時は過ごしていた時に。もう外が真っ暗(まっくら)になった時にそれは訪れたんだ。

「レバント、レバント!」

 レバントの体が連続的に白い光に包まれる。もう、リビドーが極限まで来ているのだ。

「レバントぉ」

 私は泣きしゃくりながらレバントの体に抱きつく。レバントにこの体の体温を知ってもらいたかった。彼が死ぬ前に。

「レバント!レバント!」

 その私の抱きしめに彼は消耗(しょうもう)しきった表情で一言だけ言う。

「ワラッテ」

「レバント」

 私はレバントの腕を抱きしめ彼に問いかける。彼は切れ切れに言う。

「アイ、リス、ワラッテ」

 こんな、こんな死の間沢でも、彼は私のことを気にしているのか?私に心配をかけようとしているのか?

 その瞬間、私の中の何かが吹っ切れた。私はレバントの体に馬乗りになる。

「アイ、リス、ナニ?」

「しよう、レバント」

「……………………………………」

「私、あなたの赤ちゃんとなら生きていける。このまま、あなたと離れ(はなれ)離れ(はなれ)になるのはいヤァ。せめて、私に、あなたの生きた証を残して」

 そして、私は股を開く。白い光が止まる。

 これで、これでいいんでしょう?お母さん。私は最愛の人を見つけました。その人の赤ちゃんを………………………

「アイ、リス」

「はい」

 モンスターの生殖率は100%だ。一発すればどんな女の人にもできる。だから………………………

 しかし、レバントの言葉は私の予想を遥か(はるか)に超えていた。

「オレノ、コ、ソダテアゲレル?」

 一瞬、思考が止まる。

「ニンゲンカイ。モンスター、ノ、コ、ソダテテモ、ダイジョウブ?」

 私は街を旅立つ前の処刑のシーンがまざまざと蘇った。

「モシ、オレノ、コ、シヌナラ、アイリス、トテモ、ツライトオモウ。オレ、アイリスノ、ツライオモイ、サセルノ、ヤダ」

 私は自分の思慮(しりょ)のなさに打ちのめされていた。

 そうだ。人間界はモンスターの子供は死ぬ運命にある。それを掻い潜り(かいくぐり)生むこともできるが、それは私はとても辛くなる。レバントはそれを気遣って(きづかって)いるのだ。

 そして、私はようやく、私の両親の気持ちに気づいた。

 会いたかったはず。父親は子供の成長を確かめたかったはず。母親は最後は最愛の人に看取られながら死にたかったはず。

 そうしたかったはずなのにしなかった。都合の良い理屈ならいくらでも並んで選ぶことができた。でもしなかった。

 全ては子供と最愛の人の幸せを願ってしなかった。それなのに、私と来たら…………………………

 私はレバントの体からどく。その瞬間強力な白い光がレバントを飲み込んだ。

「ォォォォォッッッ!!!!!」

 白い光が消えた。レバントがこちらを振り向く。

「タブン、ツギデ、サイゴ、ダ」

「うん」

 多分次で最後なのも、私のせい。

 そう思うと自然に涙が溢れていた。

「ごめん、ごめんねぇ!レバント、私のせいで……………………」

 それにレバントはしっしっと笑い声を出した。

「アイ、リス。オレノコトバ、ワスレタカ?」

「え?」

 思わずレバントを見る。その時私は見た。レバントの空洞の瞳に確かにあったんだ。私を愛しむ慈愛(じあい)の瞳が。

「ワラッテ」

「レ.バント」

「アイ、リス、ワラッテ」

 それに私は決心がついた。

 私はとびきりの笑顔をレバントに見せる。

「こう?」

 レバントはコクリとうなずいて、その時白い光にレバントは包まれた。

 私は泣きたかったが、なんとか堪え(こらえ)てニコニコしていた。レバントの手を掴んだまま、一心に祈っていた。

 イシス様。どうか彼を安らかに死なせてください。どうか。

 白い光は終わった。

 レバントは体中ヒビだらけになった。

「レバント!」

 私はためらわずに言葉を紡ぐ。

「私、あなたに出会えて本当に良かった。あなたは私の宝だよ!」

 レバントは微動だにせずに私を見つめている。そして、一言いった。

「イイ、エガオ」

 そして、彼の体は砕け散って、光の粉になった。

 私は光の粉になって天に登っていく彼に一言言う。

「ありがとう、レバント」




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