第20話
色々と疑問があったが、ミハイルから送られた食材はどれも美味しくすぐに完食してしまった。
しかし、こんなに美味しいものをあの人はどこで手に入れたんだ?
やはり、悪魔の社会か?しかし、これだけ美味しい食材があると買いたくし文明化が図られ(はかられ)ないとおかしいのに、冒険者の話だとそういう痕跡(こんせき)はない。
やっぱり、森深くに悪魔の文明があるのだろうか?
そう、考えるのが妥当(だとう)な気がした。
そして、食後、私はしょうもない話を延々(えんえん)とレバントに話していた。駐屯地(ちゅうとんち)にいた話や、フェドラ町にいた頃の話だ。
「それでねぇ、エルザっていう本当に可愛らしい女の子がいるんだけどね。彼女にはフィアンセがいるのよ。ブロスっていうもう好青年で微笑み(ほほえみ)が似合うほんといい人なんだから!二人結婚したらどんな家庭生活をするんだろうかなぁ?やっぱり子供が二人いてちっちゃい男の子と女の子で、ブロスが遊んでやったりして、エルザは家族のために夕食を作っているとか?きゃー!いい、いいわぁ!それで四人は一家で夕食のスープを食べて、ふふ、でもね、ちっちゃい男の子はあんまりスープをうまく食べれなくて唇(くちびる)をベトベトにするとか?それをエルザが優しく拭いて(ふいて)あげるとか、いや!ここはブロスでもいい!家庭的な男子!それもいいわねぇ!」
「アイリス、ハナヂ、ハナヂ」
「おっと失礼」
私はナフキンを取り出して鼻血を拭いた。
ふはぁーあ。
なんか話し込んだら疲れて来た。睡魔(すいま)を感じる。
「そろそろ寝るねぇー。おやすみ」
「オヤスミ」
その夜。
ぱちっ。
なんか目が覚めてしまった。仕方(しかた)ない起きるか。
寝ぼけなまこでむくりと起き上がったときにそれに気づいた。魔力が根こそぎなくなるような虚無の感覚(かんかく)。
これは無属性の魔法だ。
無属性。それは魔力を消滅させる魔法。普通は使わない。というより使うことができない。無属性も魔法であるため、使おうとすると、無属性の魔法も消滅して相手に向かって発射できないのだ。
使えば使うほどの役に立たない魔法。それを感じ取った。そして、思い出した。もう一人の住民に。
「レバント!」
レバントが自分に無属性の魔法をかけ続けていた。私はすぐに彼のそばによる。
「何しているの?」
私は責めるような口調で彼に問いただした。
レバントはこちらを振り向く。
「アイ、リス」
「なんで、そんなものを!モンスターにとって魔力が命じゃない!そんなことしたら死んじゃうわよ!」
私はレバントに問いただした。レバントは。
「スマナイ。デモ、コウスルシカ、ナイ」
「え?」
私は聞き直した。レバントの表情はやはりわからない。焦ったい(じれったい)。レバント、あなたは何を考えているの!?
「オサエルコトガ、デキナイ」
「え?」
「リビドーヲ」
それで私は理解した。そうか、そういうこと。
「私に対してムラムラしていたということ?」
レバントはコクリと頷く。
「ムラムラ、ドコロジャナイ。ヤリタクテ、タマラナイ。ダカラ、アイリスガ、ネテイルトキ、コウシテタ」
「そんな」
その言葉に私は打ちひしがれた。レバントはそういう人じゃないと思っていたのに。
レバントは言葉を繋げる。
「モリニイタトキハ、ソバニオンナノコ、イナカッタ。オナニー、ダケデスンダ。デモ、ジッサイニ、オンナノコト、スンデミルト、ゼンゼンチガッタ。ミルダケデ、ムラムラシテ、カオリヲ、カイダダケデ、オソイ、カカリタクナッテ、シカタナイ。ホントウニ、コウスルホカ、ナイ」
レバントが涙なく泣きながら言ってきた。
「そんな……………」
私も嗚咽(おえつ)する。
レバント苦しかったんだね。私のために、私を守るために自分で自分の命を削っていたんだね。本当に私は、どうすればいいんだろう?
「ごめんね。ごめんね、レバント!私何もできなくてごめん!」
涙を流しながらの涙声にレバントも涙声で返した。
「オレノ、ホウコソ、ゴメン。オレガ、オスガ、コンナニ、リビドーガ、ツヨイカラ、イツモ、イツモ、ジョセイヲ、キズツケテゴメン」
「レバンドォォォ」
私は涙を流しながら、レバントの胸に飛び込んだ。
「バカダナ。コウスレバオレ、リビドー、マスマス、タカクナッテ、シマウ」
確かに私はバカだった。こうすればますますレバントを苦しめることとなるのに、飛び込んだ。でも、これしか方法が見つからなかった。
レバントは苦しんでいる。男のサガに。だけど、私は何もできない。レバントにしてもらっていてばかりで、私自身何もできないことに悔しかった。辛かった。だから、私はレバントの胸に飛び込んだのだ。
それから、おいおいと二人して泣き、やがて私は泣き疲れて寝た。
ゴメン。レバント。
お父さん。
私はお父さんのことを追いかける。しかし、お父さんは戯けた(おどけた)表情で黄金色の小麦の海へ消えていく。
お父さん、お父さん!どこなの!お父さん!
私はその場に立ち尽くして(たちつくして)おいおい泣き出す。黄金色の麦の穂がなだらかに風に靡いて(なびいて)いた。
それで、私は目を覚ました。
「レバント!」
レバントは私の隣ですやすや寝ていた。モンスターが睡眠を必要とするかどうかわからないが、しかし、連日の無属性の魔法の多発で体力がだいぶ消耗(しょうもう)していったのは間違い(ちがい)なかった。
「レバント…」
私はどうすることもできない歯痒い(はがゆい)思いを抱えつつ、ミハイルさんが寄越した食材に気づいた。
簡易な結界(けっかい)が貼られてあることに気づく。
これは時空結界(けっかい)?
時空魔術。時と空間を操る魔術の中でも最高位のもの。だから、食材に包まれている結界(けっかい)で、食材の時間は動いていない。ということは食材は新鮮そのもの。
私は結界(けっかい)に触れた。するとすぐに結界(けっかい)がとけた。
今日の朝食はハムとレタスのサンドに牛乳だった。
牛乳があったから時空魔術なの?
多分、そうだと思うが、私はありがたくその食材をいただくことにした。
朝食を食べ終えた私はレバントの体を見る。
モンスターは普通魔力を垂れ流す。しかし、今のレバントの体にオーラは感じ取れない。
ということは、だいぶ魔力が減っているということよね。
あと、もってどのくらいだろう?普通モンスターは魔力を垂れ流しても垂れ流しても、簡単には消滅しない。それはそれだけ魔力の総量が高いということだ。だが………
レバントにはオーラが感じられない。一昨日はあれだけあったというのに、どうして?
やはり無属性の魔法を多用して…………
だから、私が寝るたびに、レバントはリビドーが頂点に達していたのか。
そう思うと、私は申し訳なさで一杯になった。
ごめんね、レバント、私、あなたのことたくさん傷つけてきたね。
今まで、女性を好色な目つきで見る男たちみんな卑しい(いやしい)と思っていった。幻術(げんじゅつ)でたぶらかす男性、みんな醜いと思っていた。
レバントもそういう男性と本質的な部分では変わらないのに、でも、私は…
私は項垂れた(うなだれた)。結局私は何もできない。世界に対して何も働きかけができない。
その瞬間、入り口が歪み、ミハイルさんが入ってきた。ミハイルさんは私たちを見ると事情を察したような表情をした。
「彼のことはもう知っているのか?」
「はい」
ミハイルさんはコクリとうなずいた。そして言った。
「で、どうする?帰るか。それとも帰らないか?」
「帰りません」
私はミハイルさんの目を見てハッキリ言った。ミハイルさんはガラスの目をしている。
「しかし、このまま彼と一緒にいると彼が君に発情して、彼の死期が早まるぞ」
それに私は敢然(かんぜん)とした口調で言った。
「なら、なんで教えてくれなかったんですか!レバントが私のせいで死ぬなんて、なんで!」
それにミハイルさんは私の予想を超えたことを言った。
「まず、一つ、レバントが言外で止めたこと。後、これは俺の考えだが、男の夢なんだよ」
「夢?」
「美しい女性に看取られながら死ぬのは男として最高の死に方なのさ。それにレバントは君を知った。女性を知った。知っての通り、この森には女性はエルフを除けばいない。その間、女性を知りながら悶々(もんもん)と生きるのが耐えられないと思ってね」
「…………………………………」
「君は女性だからよくわからないとおもうが、男性のリビドーが凄まじい(すさまじい)。エルフは美しいが、男性を、モンスターを嫌悪(けんお)している。そんな彼女らと恋仲になることはできないだろう。だから、君に真実を話さなかった」
「そんな……………」
私は涙をこぼしながら言った。
「勝手ですよ。男の勝手ですよ。私はレバントに何かしてあげたかったのに、そんな」
ミハイルがレバントの体を見る。
「もって、あと半日だろう」
「!」
ミハイルさんは優しい(やさしい)目を送ってきた。
「君はそのままレバントを看れば(みれば)いい。特別な仕方(しかた)なぞ、レバントも望んでいないと思う」
そういうとミハイルさんは去って行った。今日1日分の食事を用意すると言って。
そのまま看れば(みれば)いいって。でも、私は…
グルグルと正解のない問が頭を駆け巡って(めぐって)いた。
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