第19話

「何しているの?」

 私はレバントのそばに行って話しかける。

 レバントは表情を動かさず、(というか表情がないんだけど)言った。


「ナンデモナイ。ハナレヨウ」

「うん。そうね」


 さすがの私もモンスターたちに凝視(ぎょうし)されつつけたくないし、入り口の扉から離れ(はなれ)た。

そして、奥の方に腰を下ろした。レバントが聞いてくる。

「ドウダッタ?ツカレ、トレタカ」

 あくまで訛り(なまり)の強い話し方だったが、節々(ふしぶし)に彼の優しさを感じられた。

「うん!バッシチだったよ!」

 それに彼は頷いた(うなずいた)。

「ソウカ」

 その沈黙に私は何か居心地の悪さを感じた。こっちばっかりしてもらっているのに、こっちは何も返せていない。それがもどかしかった。

「ねえ、レバント」

「ナンダ」

「あなたの喜ぶことってなんなの?」

「……………………………」

「あなたにしてもらってばかりで私何も返せていない。あなたのしたいことってなんなの?私、手伝うから。と言っても、私なんも力とかないから心許ないけど」

「イヤ」

 レバント首を横にふった。

「アイリス、デキルコトアル」

「何!?」

 私は思わず、レバントの方へにじり寄った。

「チカイ、チカイ」

「ああ、ごめん」

 私は慌てて(あわてて)離れ(はなれ)る。それでレバントが私にして欲しいことを伝える。

「オレノ、ソバニ、イテホシイ」

 それに私は拍子抜けた。

「それだけ?」

「ソレト、イツモ、ワラッテ、ホシイ」

 本当にそれだけ?と言おうとして私は気づいた。

 実際に外には出れないわけだし、私のやれることは限られている。確かに現実的に考えてニコニコして彼のそばにいた方がいいかもしれない。

「うん、わかった」

 そう、にっこりと笑って答えたら、レバントはしっしっと唇を震わせた。多分、笑っているんだろう。

「ヤハリ、アイリスノ、エガオ、イイ」

「え?私の?」

 そう言われると悪い気はしない。

 レバントはコクリと頷いた(うなずいた)。その後入り口の方を見る。

「ツカイマダ」

 レバントの使い魔が好みや果物を持ってきてくれた。中にはパンやチーズもある。

「木の実や果物はわかるけど、パンとかチーズはどうして?」

 私は魔術で即席(そくせき)のナフキンを作って疑問を口にした。バックアップに収納するものは作りが複雑な物をお主に収納する。ナフキンみたいな作りが簡単な物だと、構造さえ覚えれば魔術で作ることが可能。

そうしたらレバントが教えてくれた。

「ニンゲンノ、イルトコロカラ、トッタ」

「ああ」

 ということはこれらは盗品か。レバントが人間の食べれるものから取るのは嬉しいけど………

「ねえ、レバントよく聞いて」

「ナンダ?」

「いくら私のためだからと言って、人間のある物を取らないで」

「シカシ」

 意外なことにレバントは食い下がる。

「ココノ、ショクブツ。ニンゲンガ、タベテ、アンゼンカ、ワカラナイ。アイリスノ、タメヲ、オモッタラ、ニンゲンガ、タベテイルモノヲトル。ソレガ、アンゼン」

「う、うーん」

 そう言われると、反論(はんろん)しにくい。しばらく考えあぐねてこほんと咳をした。

「分かりました。食べましょう。ここにいる間だけは奴隷(どれい)区(く)、人間のいる物を取ってもいいですよ」

「タスカル」

 そう言って、レバントが頭を下げた。それに私はちくりと胸が痛んだ。

彼のために何かしたいと思っているのに、逆に彼の重荷(おもに)になっている。

 今まで、悪いことは悪い、と思って生きてきたのに、その正義感が彼を困らせている。

 私のためを思って取ってきてくれたんだよね。なのに、私は………。

 彼の重荷(おもに)になっている。考えてみれば不思議(ふしぎ)なことだった。正義は人のためにあり、そして人のために動いてこそ正義だと思っていたのに、彼の判断は一方では盗みだが、他方では私のためを思って行動してくれた。それが変な言い方だが、やはり不思議(ふしぎ)だった。

 ということは、前の私はみんながハッピーになれる正義を考えていたということか。

 現実のことはわからない。勉強は嫌いだったので、ほとんどやっていない。だから、こういうケースに直面するということ。誰かを思っての行動が誰かを傷つけるなんて考えもしなかった。

 うう。こういうことがあるんだったら、もっと勉強しておけばよかった。

 だが、過去のことを悔やんでも始まらない。私は素直に朝食を食べた。昨日からものすごくお腹が空いているわけではなかったので、ちゃんとエネルギーとして変換されているようだった。

「美味しい」

 食べた時の感覚(かんかく)はそれだった。素直においしかった。

「ホントウカ?」

 どこかレバントの声に嬉しさがあるのを感じた。

「うん。美味しいよ、これ」

「ヨカッタ」

 ほっと胸を撫で(なで)下ろすレバントに私はあることを思った。

 モンスターって実は善良な種族ではないのか?

 だって、女性をさらう奴ら(やつら)はほとんど寿命がないって言っていたし、強いものは悪魔の手伝いをしているって言ってた。だから、根は善良な人たちばかりじゃないんだろうか?モンスターは。

 実際に今モンスターが目の前にいるが、邪悪さはこれっぽっちもない。

 ということは今まで私はモンスターについて勘違い(ちがい)をしていたということ?

 そういうことになるのだろう。木を見て森は見ず、というやつだ。

 程なく朝食を平らげた。

「ご馳走(ごちそう)様」

 そうお手を合わせてお祈りした後、私はレバントに言った。

「レバントは何か食べないの?」

「オレカ?オレタチ、ショクジハ、ヒツヨウ、ナイ」

「そっか」

 そう笑顔で行った後、私はレバントを見た。

「ナンダ?」

「ねえ、レバント。あなたの名前の由来になった人、私の父のことを言っていい?」

 レバントはコクリと頷いた(うなずいた)。

「イイトモ」

 それに私は水を得た魚のように話しかけた。

「実はねぇ。私はお父様と話したことないんだぁ」

「ジツノチチ、ナノニカ?」

「うん。そう、実の父なのによ。これにはわけがあって、私の母親はお父様の奴隷(どれい)だったの」

「ウン」

「それで父の正妻より早くに私が生まれてね、いろいろあって父とは別居、養育費(よういくひ)を払う代わりに長女の権利(けんり)も失うということになってね」

「ウン」

「だから、生まれてこの方お父様とはあったことないの。一応、町の領主(りょうしゅ)をやられている方でね、町の決定とかあると広場に顔を出して決定をいう時だけ見たことがあって、あんまり私自身面と向かって話したことないの」

「ソウカ」

「でもね!お母さんからお父様のことをよく聞いていてね、とっても素敵(すてき)な人だってことはわかっているの。お母さん、奴隷(どれい)だったけどね。それでも他の人と同じように分け隔てなく(にわけへだてなく)接していてね、一緒に鹿をハントしたり、楽器を習ったりして、とっても素敵(すてき)な人なのよ!楽器なんか、上流階級の人しか扱っていないんだから、それを奴隷(どれい)のお母様に習わせて、周囲は怒ったって聞いたけど、お父様はね『センは俺の奴隷(どれい)だ。俺の所有物なんだから、俺の自由にさせる』と言ってね!本当にかっこよかったってお母様は言っていたわ!」

「ソウカ。アイリスニ、トッテ、チチ、ソンケイデキル、チチオヤダッタノカ」

 一瞬ジムの言った言葉が脳裏(のうり)を横切ったが私は言った。

「うん!私の一番のお父さんだよ!」

「ソウカ」

 コクコクとレバントがうなずいた後、唐突(とうとつ)に言った。

「アイリス」

「何?」

「メ、トテモ、イキイキ、シテル」

 そう言われた瞬間私の目から涙がこぼれた。

「ド、ドウシタ?」

「ううん。なんでもないの」

 涙を拭って(ぬぐって)、しかし、私の心は誇らしい(ほこらしい)気持ちでいっぱいだった。

 本当はジムの言われたことをずっと気にしていた。本当は、お父様は悪い奴なんかじゃないのか、と心の底で微か(かすか)に引っかかっていた。

 でも、レバントはそんなことはわからずに、直感(ちょっかん)で私がお父様のことを信じて疑って(うたがって)ない娘のように見えたということが嬉しかった。

 お父様。アイリスはあなたのことを信じます。よく考えてみれば世の中いろんな疑惑がある。世の中複雑にできている。完全に白と言える人はいない。でも、私はあなたのことを信じます。

 そして、レバントの会話でそれを完全に消化することができた。ありがとう、レバント。

「ところでさー…………」

 そう言った瞬間、入り口のあたりから空間が捻れた(ねじれた)。

「な、何!?」

 私は驚きと恐怖で身を縮こませた(ちぢこませた)。そんな私の方にそっとレバントは手を置く。

「ダイジョウブダ」

 まじまじと私はレバントを凝視(ぎょうし)する。やはり空洞の目には何も見えない。

「テキ、ジャナイ、アクマダ」

 悪魔。魔王の配下(はいか)。レバントはいい人だと言っているけど本当なのか?

 いや、きっといい人だと思う。レバントが言っているんだから、それに疑い(うたがい)はないけど………。

 しかし、悪魔という単語に引っ張られ、私は冷静な判断はできなかった。

 文字通り悪い奴だったらどうしようとばかり思っていた。

 そして、やがて、それは現れた。

 入り口の結界(けっかい)をすり抜け、石の体と蝙蝠(こおもり)の翼を持つ姿、それに私は、あ、と言った。

「ガーゴイル型!」

 そう、それはガーゴイル型のモンスターに似ていた。細部は違っていたが姿形はモンスターだ。

 まあ、私は絵でしかガーゴイル型見てないからなんとも言えないけどさ。

 だが、さきほど戦ったモンスターたちとは違った部分があった。瞳(ひとみ)だ。瞳は優しい(やさしい)目をしていた。

 そのガーゴイル型が私を見る。

「あなたがアイリスどのか?」

「!」

 驚いた。レバントとは違い(ちがい)流暢(りゅうちょう)な言葉使いだ。それに私は、はい、と言った。

 そのガーゴイル型、膝頭(ひざがしら)を地面につけて頭を下げる。

「どうぞ、突然の非礼(ひれい)をお許しくだい。私の名前はミハイルと言います。うちの奴ら(やつら)があなたに非礼(ひれい)を与えたようでお許しください」

「!」

 2度目の衝撃(しょうげき)だ。またもや像がガラガラと崩れていく。

「いえいえ!私はなんともありませんから!それよりレバントが私にすごく良くしてくれて助かっています」

 ミハイルさんはレバントを見てスッと目を細くする。

「レバントというと、そのベリアル型ですか?」

「そうです。私が名付けました」

おっほんと咳をした。

「それで本題ですが、アイリス殿。自分の故郷に帰りますか?」

 それに私は大きく目を見開いた。

「帰れるんですか!?」

「帰れます。ただ、レバントと離れ(はなれ)ることになり、もう2度と会えることはないでしょう」

「う!それは…」

 それは躊躇(ちゅうちょ)してしまうな。できればレバントと一緒にいたいし、でもいくら私がそこまで身なりに気を使わないからと言って、ちゃんとしたお風呂に入りたいし、髪だってちゃんと手入れ(ていれ)したい。うーん、どうしよう?

「アイリス」

「うん、何?何か望みがあるなら遠慮(えんりょ)なく行って!なんでもするから!」

「カエッタホウガイイ。アイリス、カゾクヤ、ユウジン、イルノダロウ?」

「う、うーん」

 レバントの発言は当然だとも言えた。

「ムリニトハ、イワナイガ」

「うーん。どうしようかなぁ………」

 その時私は気づいた。

「?」

 ミハイルさんがスッと目を細めてレバントを見ている。ただ、観察している風に見えた。

「ミハイルさん?」

 私は改めてミハイルさんに行ってみた。ミハイルさんは私がいうのを聞いてほんの少し慌てたそぶりを見せた。

「いえ、そうですね。なら、これはどうでしょうか?後1日滞在(たいざい)するというのは?」

「それが妥当(だとう)かなぁ?」

 うーん、と唸って(うなって)言ってみた。

 あ、そうそう。

「ミハイルさん」

「なんでしょう?」

「私の食事って、奴隷(どれい)区(く)から分捕ったものを食べているんですが、あなたたちのところに人間が食べて大丈夫なものはありますか?」

 ミハイルさんはコクリとうなずいた。

「つまり、弱い人たちから盗んだものを食べたくない、ということですね?」

「はい。それでそちらに人間が食べても大丈夫なものがあれば、とっていただきたいんですけど」

「いいでしょう。つてに当たってみます」

「よろしくお願いします」

「では、本日の昼食分と、夕食分、明日の朝食分を使い魔に送らせますので、また明日の昼にきます」

「はい。ありがとうございます」

 深々と私はお辞儀(おじぎ)をした。

 しかし、つてって、まるで人間社会みたいだな。悪魔の住んでいるところも文明化しているのか?

 そう、いうが早いか、ミハイルさんは出て行こうとした。だが、入り口のところで止まる。

「アイリス殿」

「はい」

「魔力探知(まりょくたんち)をシャットダウンしてくれますか?」

「あ、はい。でも、どうして?」

「入り口の防御結界(けっかい)を強化します。私の魔力はレバントとは比べものにならないので、普通の人が受ければ気絶(きぜつ)します」

「わかりました!」

 私はすぐさまシャットダウンして、ミハイルに言った。

 しかし、悪魔の力は本当にすごいね。

 こういう存在(そんざい)はいる。主に天使で、モンスターと戦うときに気絶(きぜつ)するからシャットダウンする技術は初歩で習った。

 ということは悪魔は天使ぐらいのパワーを持っているということなのか。

 ミハイルは何か聞き取れない言葉を出して、入り口を強化している。

 これはよくわからないけど、古代語か?サラさんが他の天使と話すときに聞いたことがある。はるか古代で使われた言葉。ということは悪魔と天使はどういう関係なのだろう?

 みた感じはすごい魔力が扉に修練(しゅうれん)し、強化しているが、それがすごい、という感覚(かんかく)はなかった。

 すっかり、魔力探知(まりょくたんち)を遮断していたので、たとえすごい魔力のオーラは目に見えたとしても、それがすごいとかどうかはわからない。

 主に子供たちの遊びだ。すごいオーラごっこ。そういうのがあるので視覚だけに頼ってすごいオーラがどうというのが常識的に考えてありえない。

 やがて、それは終わった。

 ミハイルさんが振り返ると私にペコリと頭を下げた。

「ご協力ありがとうございます。いいですよ、感覚(かんかく)を復活しても」

「はい」

 そして、私は感覚(かんかく)を復活する。

「う!」

 驚いたことに何も感じなかった。入り口はかなり強化されていることは魔力探知(まりょくたんち)でわかったが、それは入り口の一点だけに凝縮(ぎょうしゅく)されていた。他のところで何も感じなかった。何も!あれほど強大な魔術を使ったのなら残滓(ざんし)が残ってもおかしいはずなのに!何も残滓(ざんし)も何もなかった!

 すごい。魔力の一滴(いってき)もこぼさずにあの結界(けっかい)に収斂(しゅうれん)させたのだ。普通の天使でもここまではいかないだろう。

「ミハイルさん。あなたは一体………」

「いえいえ、私はしがない、悪魔ですよ」

「で、でも!さっき唱えたのは古代語でしょう!私にはサラさんという上級天使の友達がいるんですが、彼女が他の天使と話すとき時々聞いたことあります!あなたたち、悪魔って一体………」

 それにミハイルさんが一瞬、無表情になるが口の端をあげる。

「いろいろです。天使も悪魔も。私のためと思って、検索(けんさく)はしないでもらえますか?」

 それに私はバタバタと手をふる。

「もちろんですよ!無理に聞こうとは思いませんから!ただ、気になって!」

 それにミハイルの口の端の笑い笑窪(えくぼ)が大きくなった。

「いいものですね」

「え?」

「昔も今も女の子って可愛い(かわいい)ですね」

「か、可愛い(かわいい)………」

 顔が赤くなる。可愛い(かわいい)ってそんな………

「では、失礼します」

「はい、ありがとうございました」

「ミハイルサマ!」

 そこに深々とお辞儀(おじぎ)をしたレバントがいた。

「スミマセン」

「?」

「いいですよ。男の性(さが)ですからね。彼女を見ればわかりますよ。では」

「ハハッ」

 深々とオジキをするレバントをよそに本当にミハイルさんは去っていった。

「ねえ、レバント。なんだったの?さっきの?」

「イズレ、オマエニモ、ハナス」

「?」

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