第18話お湯
パッと、目を覚ます。辺りを見渡す。レバントがいる。この前は暗かったからよくわからなかったが、洞穴(ほらあな)の外に結界(けっかい)が貼られていてそこからちょっと光が弱い朝日が全体を射していた。
私はレバントに笑顔で話しかける。
「おはよう」
「オハヨウ。コレハ、アサノ、アイサツダナ」
「そうよ。そんなことまで知っているのね」
「アア、ダイタイノコトハ、シッテイル。イシスサマノ、コトモシッテイル」
「まあ、イシス様のことも知っているの!?」
それにレバントはコクリと頷いた(うなずいた)。
「アア、オレタチノ、コトモシッテイル」
「?」
どうして、女神イシス様のことがモンスターと結びつくのだろうか?それはよくわからなかった。
「まあ、いいや。ちょっと外の空気吸ってこよう」
「!マテ!」
洞穴(ほらあな)は本当に洞穴(ほらあな)で半径10メートルぐらいだった。私はスタスタと結界(けっかい)の前に行き愕然とした。
結界(けっかい)の外には無数のモンスターが私を見ていた。思わず結界(けっかい)から下がる。
「ワカッタ、ダロウ?」
すぐそばに来たレバントが言う。
「ココハ、モリノナカダ。ミンナニンゲンノメ、ヤジョセイガ、キテイル、コトヲ、シッテイル。ミンナ、オマエヲ、ネラッテイル。マダ、キケン、ナンダ」
「はい。分かりました」
しゅんとして、洞穴(ほらあな)の奥に座る。
「助けは来ないの?」
「アア、ツカイマヲ、マオウサマヘ、オクッテイル。タブン、アクマガ、ムカッテクルト、オモウ」
「魔王っていい人なの?」
それにしっしっとレバントは笑った。多分顎(あご)の形状からこう言う笑い方をするのだろう。
「マオウサマ、トテモイイヒト。シンライシテ、イイ」
「そう、レバントが言うのなら別にいいけど」
そして、私は気づいたここ2、3日お風呂に入っていないことを。
う、なんか、肌がベタベタしているし。
無性にお風呂に入りたい。でも、レバントに頼むのも………。
そう思って遠慮(えんりょ)しようと思ったが、肌の不快感には勝てなかった。
はい、私は意思の弱い女です。
「ねえ、レバント」
「ナンダ?」
「温泉知っている?」
それにレバントはコクリと頷いた(うなずいた)。
「アツイ、ミズノコト、ダロウ?」
「そう、それ。それを窪んだ(くぼんだ)地面に流して欲しいんだけど」
「チョット、マッテロ」
レバントが入り口の反対側の壁を見つめオーラを出した。
やはり圧倒的なオーラだったが、いまでは慣れて来たのか。嘔吐(おうと)感はしなかった。
なんの掛け声も出さずに壁がくりぬき、空間を作り出し、そして地面をくりぬき窪んだ(くぼんだ)状態にさせた。そして、窪んだ(くぼんだ)地面から徐々に水があふれ、湯気が出て傍目から見てもお湯だとわかった。
「おお!レバントナイスー!」
私はレバントにハイタッチをした。
「ユカゲンヲ、ミテクレ。アツカッタラ、イッテクレ」
「ん、わかった」
私は湯船のそばに行き手でお湯を触る。
「だいたいオーケーよ」
「ソウカ」
そして、レバントは一つの壁を作った。何も見えない。
私は壁を触った。あ、すり抜けられる。多分、ドアみたいなもんか。
「ごめんね。レバント。至れり尽くせり(いたれりつくせり)で」
「キニスルナ。アツカッタラ、イッテクレ」
「りょーかい」
そのまま、タイツスーツを脱いで湯船に浸かる(つかる)。足首から全身に浸かる(つかる)お湯はほどよく私の脳髄を幸福へ誘う(いざなう)。
あー、これこれ、コレよ!コレが極楽というものだよ!
そして、思った。レバントのこと。行きずりの、しかもほとんど敵だった私をここまで尽くしてくれるのは、なんの打算(ださん)もなく尽くしてくれるのは何か理由があるのだろうか?と。
もしかして私を巡って(めぐって)巨悪の陰謀(いんぼう)が巡らさ(めぐらさ)りとか?
すぐに、ないな、と結論に達する。だいたい私は領主(りょうしゅ)の娘だけど、フェドラ町はそこまで大きな街じゃないし、レバントを使って私を利用させたいのなら、そんなことはせずにもっっといい方法があるだろう。
モンスターと協同することは天使から禁じられているし、天使たちを敵に回して、レバントを使う意味がわからない。
なので、ここんとこは私はレバントの善意(ぜんい)だと解釈(かいしゃく)した。
でも、そうしたら。
わからないことが増える。なぜレバントはそんなに良くしてくれるのか?なぜ、見ず知らずの私に対してここまで良くしてくれるのか?
一瞬、マルスとマーサのことが脳裏(のうり)を過ぎる。
ここで、恩を売っておいて、私とやりたい、とか?
それが一番分かりやすいが、それでもわからないことが。
ここは警察がいないんだから、別に力づくでやったとしても咎める(とがめる)ものはいない。私たちの力の差を考えれば、こんなめんどくさいことをしなくてもいい気がする。
ということは、コレは全部彼の善意(ぜんい)?
それが妥当(だとう)な気がした。
でも、それでもしっくり来ないものがあった。
やっぱりほとんど知らない私をここまで尽くしてくれるのはなんかわからないなぁ。レバントの話だと女性を襲う(おそう)モンスターは一部分だけで、ほとんどのモンスターは襲わないという話だし、やっぱり、やっぱりさ実はモンスターのほとんが善良な種族、ということになるのかなぁ?
それが一番妥当(だとう)な気がする。
なら、彼の喜ぶことをしないと。恩は返さなきゃ、っていうしね。でも、レバントの喜ぶことってなんだろう?
ぱっと考えてもわからない。モンスターに対する知識は人類はないに等しい。
後で聞いてみるか。
そうこう考えているうちに体はポカポカあったまってきた。
そろそろ出るか。
私は湯船から出て、魔術を発動した。
「ドライ」
体に張り付いた必要以上の水分が失われる。そして、異空間バックアップからローブを取り出す。
異空間と言っても、物を保存する機能(きのう)を持つバックアップで無から物を取り出せれるように見えることからそう呼ばれているが、現実には、異空間に物を収容しているのではなくて、物を保存している状態のままに留めておいて、それを自分の魔力の圏内にとどめておくものだ。魔力がある程度高くないと使えない。討伐隊(とうばつたい)は非常時に備えて幾つか物を保存しているんだけど………………。
げ!ローブとスペアの剣しかない。ドタバタしてたからすっかりバックアップの整理ができていなかったよ。
確か、物を収容すぎて大きくなったから、逆にコンパクトにしすぎた結果、こういうことになったんだよな。うう、私ってどじだなぁ…………
まあ、それはともかく、その取り出したローブを着て、私は温泉の扉を擦り抜けた。
レバントは入り口の扉の前にいた。
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