第3話酒場にて


 サラと話して、街に帰るともう空は闇色に落ちていた。

 しかし、このフェドラ町はかなり賑わい(にぎわい)があるところで、夜の帳が(とばりが)落ちていても煌々(こうこう)と商店の明かりが辺りを明るくしていた。


 そして、私はその中でも特に賑わい(にぎわい)が多い酒場に来ていた。

 私が入ると、みんなが挨拶をしてくる。


「おめでとう。アイリス。マルコから聞いたよ。念願のモンスター討伐隊(とうばつたい)に入ったって?」

「ええ、ありがとう、ガーランド」


「こりゃあ、祝酒だな。一杯どうだいアイリス?」

「ごめんなさい。私まだ飲める年齢じゃないの」

 それにがははは!と街の男たちは笑う。

まあ、細かいこと言いなさんな。いいじゃないか?少しぐらいならよ」

「そうだぜ?飲もうやアイリス」


 がごん!がごん!

「いたっ!」

 その時だった、電光石火(でんこうせっか)の速さで男たちの頭にフライパンが強襲した。


「やめな!あんたら。アイリスが困っているじゃないか?」

「おかみさん。私どもは単に・・・・・・」

 がごん!


「いたっ!」

 恰幅(かっぷく)の良いおかみさんがこちらに振り返る。


「ごめんなさいねぇ。うちのばかどもがえらい迷惑かけてしまって。何か食べる?」

「うーん。パスタと何かスープを」

 それにおかみさんが顔を輝かす(かがやかす)。


「よしよし、すぐに用意するからね」

 それから、おかみさんはいそいそと用意をして、私はお手洗いに行きたくなったので、トイレに行った。トイレは酒場の入り口の方にあるが、そこから出た後ばったりジムに出会した(でくわした)。


「あ」

 両方同時に間抜けた(まぬけた)声を出す。

「やあ」

 ジムは柔和(にゅうわ)な微笑み(ほほえみ)をして私に話しかけた。


「こんばんは。元気だった?」

 ジムの目が柔らかくなる(やわらかくなる)。

「ええ」


 ジムは幼馴染というやつで、私一番の親友と言ってもいい。ジムは剣術はそんなにすごくはないが魔術(まじゅつ)の腕前はピカイチだ。なんでも、その腕を買われて王宮(おうきゅう)魔術師(まじゅつし)に誘われた(さそわれた)こともあるが、本人はこの町で働きたい、と言って断り、今は自警団(じけいだん)に入っている。


「これから一緒に食事どう?」

「いいよ」

 そう言って、私たちは同じ席に着いた。ジムはサンドイッチとクラッカーを注文した。やはり街の自警団(じけいだん)ではそんなにはうまく稼げていないらしい。


「おめでとう」

「え?」

 だしぬけにジムが言った。


「いや、モンスター討伐隊(とうばつたい)員になれておめでとう」

「あ、ありがとう」

 考えてみれば間抜け(まぬけ)な話だった。みんなそれでお祝いに来たというのに、ジムの言葉に反応できない自分は間抜け(まぬけ)だった。


 そして、ちょうどおかみさんが来る。

「はい。カルボナーラとスープ、こっちはサンドイッチにクラッカーね」

「ありがとうございます」

 そして、私は見た。カルボナーラに黒胡椒(くろこしょう)がふられているのを。


「おかみさん、これ」

「何、お祝いさ。さ、冷めないうちに食べれるんだよ」

「はい、ありがとうございます」


 胡椒はこの世界。というよりバイエルン帝国の中でも貴重(きちょう)な調味料(ちょうみりょう)の一つだ。ものすごく手に入れづらいというわけではないが、安くはない。私は女将さんに感謝しながら、そのまま、私はよく味わってとカルボナーラを食べ、トマトのスープを飲んでいった。

 ジムもジムで食事に夢中で。二人の間に沈黙が漂う(ただよう)。

 ふー、パスタ食べたけで、まだもうちょっと欲しいな。


「おかみさん、バケットのサンドイッチ、一つお願い」

「はいよ」


 ちょっと先ほどまでは空腹だったから、食べるのに夢中だったから、喋れなかった(しゃべれなかった)けど、今度こそは、と思ったら食事を終えたジムが立ち上がった。


「ジム?ちょっとおしゃべりしようよ」

「悪い、明日早くに仕事があるんだ。君とのお喋り(おしゃべり)には付き合うことはできない」

「そっかぁ」


 それにしょんぼりする、私。

 それにジムはいつもの柔和(にゅうわ)な笑みでいった。

「明日の午後にシオン婆ちゃんのところでリンゴ採集を手伝うけど、それが終われば、話はできると思う」


「本当?」

 その言葉に私は嬉しくなった。好きな人との会話はいつも楽しいものだ。

「じゃあまたね。おばちゃんによろしくいっておいて」

「ああ」


 それでジムはでて行った。私は追加注文したサンドイッチを食べて、カウンターにやってきた。

「すみません、マスター、追加注文で………」

「はいよ」


 私がいうより早くにマスターは紙袋を渡した。

「?これは?」

「あんたの袋さんのものだ」


 マスターはガッチリとしたマッチョで白い髭(ひげ)を生やしているが、その体格通り寡黙(かもく)な人だった。


「じゃあ、その分のものもお勘定(かんじょう)を」

「いいさ」

 横からやってきたおかみが言う。


「おかみさん」

「あんたのお祝いなんだから、お金なんて水臭い(みずくさい)こと言いっこなしだよ」

「おかみさん」

 今度は涙ぐんだ声でいった。それに女将はバンバンと私の背中を叩いた。


「ありがとうございました」

 深々(ふかぶか)と頭を下げてその場を後にした。そして、私は母のいる集合住宅に帰ってきた。そのドアの前に来る。そうするとそれを遮る(さえぎる)ように激しい咳き込む声が聞こえた。


「お母さん!」

 私は鍵(かぎ)をさして、開けてすぐに母のところに駆け寄る(かけよる)。お母さんは頭をあげた。


「アイリス………」

「大丈夫!?」

 私は母の背中をさする。それに母は、ふふと笑う。


「大丈夫さ」

 咳は一旦(いったん)は止まったようだ。

「これ」

 私は紙袋を渡す。


「おかみさんから」

「おやおや、まあ。中身はなんだろうかね」

 そう言って、お母さんは紙袋の中身を確かめる。


「なんだった?」

「これは………」

「うん」


「肉と焼き魚の切り身だね」

「さ、食べて」

 母の背中が縮こまる。


「ありがたいねえ。いただくよ」

 そのまま、母が夕食を食べていると、私はお茶の用意をする。炎の魔法でやかんに水を温めヤールティーを入れる、yRTはここら辺でよく飲まれるお茶で香ばしいというわけではないが、まったりとした香りのするお茶だ。それから待つことしばし、沸騰したら魔法を止めて、コップに注ぐ。そして、それをお母さんに持っていた。


「お母さん、お茶ができたから飲んで………」

 お母さんは西側の方角(ほうがく)をじっと見つめていた。身動ぎ(みじろぎ)もせずに。

 ……………………………

「お母さん」


 私の呼ぶ声にお母さんは、ハッとした。

「なんだい?」

「お茶の用意ができたわよ」

 私はトレイの載せた(のせた)コップを母の寝台(しんだい)の棚(たな)の上に置く。


「おや、すまないねえ」

「いえいえ」

 そのままトレイを片付いて(かたづいて)思う。あの西の方角(ほうがく)は領主(りょうしゅ)のいる居城だ。


 そして、お母さんは夕食を食べ終え、ぐっすり眠った。私は夕食の片付けをしながらふと思う。

 やっぱりお母さんはお父様のことを。

 ブンブンと首を横に振って、私も就寝(しゅうしん)した。

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