第2話天使

 町から少し外れた林道(りんどう)を抜ける(ぬける)とサラ達、天使の住んでいる一画(いっかく)に出会す(でくわす)。

 出会す、と言っても。テレポテーション機器(きき)を使って瞬間移動(しゅんかんいどう)をしたのだが、だからこそ、すぐ、そこにたどり着けた。


 目を開けるとまず目につくのは林。テレポテーション機器から見て北の方に遠くに見える豪邸(ごうてい)と石畳(いしだたみ)とその両側に林があった。そして、私はテレポテーションの機器から降りて入り口に歩く、そして、到着すると空中に手を差し出す。本来肉眼(にくがん)では見えないが、ここには魔力の結界(けっかい)がある。


 結界(けっかい)と言っても、何かを防ぐ(ふせぐ)、という機能(きのう)もあるが、通信(つうしん)の役割(やくわり)もあり、ある一種の魔術を送ると内側の天使に通信(つうしん)ができるのだ。

 私は自分の名を名乗り、サラに会いたいという旨(むね)を伝えた。


 そして、ほんの4、5分でサラが文字通り空から飛んできた。

「ごめんなさい。待たせたかしら?」


 サラは天使で、おっとりとした口調とは裏腹(うらはら)に私のようにキリッとした容姿を持っているクールビューティーのブロンドのショートヘアの天使だ。

 私は天使、天使と言っているが、実のところ天使の正体についてはわからない部分が多い。


 天使は主にモンスターから人間を守護(しゅご)するための存在(そんざい)だ。

 そう聞くと聞こえはいいが、逆に言えば、人間たちには不干渉(ふかんしょう)の姿勢(しせい)を貫いている(つらぬいている)。ということは極論(きょくろん)、人間たち同士で紛争や戦争が起きた場合、天使たちは干渉しない、という立場をとるのだ。


 ただ、現在では主にモンスターの脅威(きょうい)が依然(いぜん)として大きく、ワールドファリア条約で諸国の王が人間同士では戦争はしないという、世界規模の同盟が結ばれ、一応表面上では世界では大規模な戦争は起きて(おきて)いない。


 ただ、小規模の小競り合い(こせりあい)や内乱とかはちょっとはあるようだが。このバイエルン神聖帝国内ではそんなには戦争の脅威(きょうい)が差し迫っている(さしせまっている)というわけではない。というのも、この帝国の周りの国もモンスターには殆(ほとほと)手を焼かされていて、正直言って戦争どころではないのだ。


 なので、外交は平和外交を基本方針としてとり、諸国間の愛では軍縮を進めているため、そこまで紛争は起きていないのだ。


 天使に話を戻すが、彼らはどこからきたのか?彼らの正体はなんなのか?彼らの目的とは何か?というのは全くわからない。


 少なくとも表面上ではモンスターから人間を守護(しゅご)する存在(そんざい)。それが天使であり、私たちはそれを見てきた。


 他に天使たちは、人間にモンスターに対する知識(ちしき)を教えたり、その中で地理とか、モンスター討伐隊(とうばつたい)に将来選ばれる人を見定める(みさだめる)ために、剣術と魔術の実技(じつぎ)、またそれに関する知識も教えたりする。


 しかし、皮肉(ひにく)なことに、それがこの世界をある意味混乱に陥り(おちいり)させている犯罪の温床(おんしょう)になっているが、それはまた別の機会に述べることにしよう。

 サラはこのフェドラ町の守護(しゅご)天使で、主にここら一帯の天使たちの指揮に当たっている。


 ただ、この場所は、そこまでモンスターの脅威(きょうい)は少なく。彼女の主な任務(にんむ)は先生。将来モンスター討伐隊(とうばつたい)に選ばれる素質(そしつ)のあるものを育成する学校の校長を務めている。


 私も、彼女にはかなり世話になった。実技(じつぎ)は学ばなかったけど、モンスターの知識についてざっくばらんに学んだし、休み時間は彼女と遊んだりもした。それによく、恋の相談に乗って(のって)くれたし。


 つまり、私にとって、心の恩師(おんし)ともいえる存在(そんざい)が彼女なのだ。

「サラ、お久しぶり」

「久しぶりね。元気だったかしら?」

「ええ、とっても」


 そう笑顔で言った後、私の顔は曇った(くもった)。

「どうしたのかしら?」

 サラが心配そうに私の顔を覗き(のぞき)込んで(こんで)くる。


「ううん。私は元気なんだけどね。母が………」

「そうね。仕方(しかた)ないわね。人は死ぬ宿命(しゅくめい)にあるのだから」

 その回答は本当に天使らしい。人がモンスターについて困ったことがあれば手を差し伸べるけど、しかし、人のことには基本的に関与(かんよ)しないのが天使なのだ。


「そうね。ごめんなさい。あなたたちに答えづらいことを言って。これはどうしようもないことよね」

「いえいえ、こちらこそごめんなさい。助けたい気持ちもあるけど、ルールだからね。私たちはそれを遵守(じゅんしゅ)しなければならないの。手助けできなくてごめんなさい」


「うん。わかってる」

 それから、私は吹っ切って(ふっきって)言った。


「実は、報告(ほうこく)したいことがあるの」

「何かしら?」

「私、来月から正式にモンスター討伐隊(とうばつたい)に入ります」


 おお、とサラは言って。

「おめでとう」

 彼女は拍手(はくしゅ)をした。


「いえいえ」

「ま、立ち話もなんだから中庭のベンチにでも座りましょう。移動手段は歩きでいいかしら?」

「ええ」


 それから、私たちは歩いて中庭に移動した。両隣に見える林は、もはや癒し(いやし)というよりは圧巻(あっかん)で、柱の群れが自分を押しつぶしされるような気がしたが、しかし、それは木。どこか大自然の宇宙を感じる心強い(こころづよい)息吹(いぶき)も感じた。


 それが整然(せいぜん)と立ち並んでいるものだから、人工と自然のハーモニーであり何も手が加えられていない自然ではないし、街中(まちなか)の人混みのカオスでもないし、カオスと秩序が混在(こんざい)している非常に(つねに)独特(どくとく)な感じをここで歩いているときいつもしている。


 そして、私はそれを堪能(たんのう)していた。

「アイリス、あなたはここがいつも好きね」

「ええ」

 その時、2、3人の子供達が天使と一緒にここを駆けて行った。


「不思議(ふしぎ)ですね」

「ん?」

 サラは不思議(ふしぎ)そうな顔をした。

「ここは天使たちの領域(りょういき)なのに、人間が普通にいるということが不思議(ふしぎ)です」

 それにサラは笑う。


「おかしい?」

「まあ、おかしいというより、不思議(ふしぎ)ですね。悪いとかそういう意味ではなく」

「まあ、ここは誰でも歓迎(かんげい)ですから。ホームレスだって自由に止まっていますね」


 そうなのだ。ここは天使たちの領域で、この空間に入るには天使たちの許可(きょか)が必要だけど、その当人の天使たちが誰でもOKという立場を崩して(くずして)いないのだ。だから、無許可ではいる人も結構(けっこう)いたりする。


「しかし、大丈夫ですか?」

「何が?」

 サラが怪訝(けげん)な顔をして聞いてくる。


「誰でも入れて。中には天使たちに変なことをすることを目的で入ってくる人もいるんじゃあ?」

 それにサラは、ふふっ、と笑った。


「大丈夫です」

「そうなんですか?」


「ここらへんは一種の結界(けっかい)になっていて、誰が何をしているのか丸わかりになっていますから」

「なるほど」

「だから、そんないかがわしいことをしようとする輩(やから)がいても、結果内ですから、すぐにその輩に攻撃魔術が繰り出されるでしょう」


「なるほどね」

 そうこう話しているうちに中庭についた。中庭には噴水とベンチ、サフランの香り、そして天使を統べる(すべる)女神イシスの像が立っていた。


 サラはベンチに座って、隣を指す。私も座った。

「それでモンスター討伐隊(とうばつたい)はやっていけれそう?」

「それはわかりません。というより、その情報が欲しくてサラさんのところに来たんです。具体的にモンスター討伐隊(とうばつたい)って、何をするんですか?」


 サラは手が顎(あご)に触る。

「うーん。基本的にモンスターは天使が戦います」

「はい」


「討伐隊(とうばつたい)は、主にあまりモンスターが襲ってこない地域で戦います。いうほど危険度はありません」

「そうなんですか?」


「はい。周りには戦闘に特化した守護(しゅご)天使たちが何人もいるし。主に討伐隊(とうばつたい)のメンバーは住人の避難誘導(ひなんゆうどう)をしてもらうことになります。アイリスあなたはお母様が元奴隷(どれい)だったから、モンスターのそばにいる奴隷(どれい)区(く)の人たちを助けたくて、討伐隊(とうばつたい)に志願したのよね?」

 私は拳を堅く握った。


「はい。私は奴隷(どれい)たちを助けたくて志願したのに、なんか想像(そうぞう)と違い(ちがい)ましたね」

 そうなのだ。モンスターたちの根城はこのバイエルン神聖帝国の南西側(なんせいがわ)に存在(そんざい)する。


 いくつかの王国を跨ぐ(またぐ)かのように生まれた巨大な森。それがモンスターたちの住処(すみか)だ。

 彼らは人の若き女性を襲う(おそう)。なんでもオスしかいない彼らはつがいとなるメスがいないために人間の女性に種(たね)を生むために行動する卑劣(ひれつ)な奴ら(やつら)だ。


 学校では彼らの寿命は普通の動物並みとなることだから、彼らのリビドーは凄まじく。だからこそ人間の女子を狙って襲う(おそう)らしいのだが、そんな理由があってもレイプするなんて間違っている、絶対に!


 そして、奴隷(どれい)区(く)というのは普通の社会ならモンスターの森、ここでは深き森、と呼ぶのだが、深き森の近くに住んでいる奴隷(どれい)たちの集落(しゅうらく)だ。


 彼らは自由を求めて人間たちがおよそ近づかないような深き森のそばで暮らしている。しかし、その分、モンスターに襲われるリスクも高い。


 私はそんな彼らは守りたくて志願したのだ。

 まあ、奴隷(どれい)側からしたら、この社会から逃れたくてそこに集落(しゅうらく)を作ったのに、わざわざ帝国側の干渉(かんしょう)を望んでいるかと言ったら微妙(びみょう)なところだけど。


「はぁ。なんかイメージと違う。てっきりモンスターとどんぱち、やるものだと思っていたのに」

 それにサラは快活(かいかつ)な表情で笑った。


「アイリスは戦い好きねぇ」

「というより、モンスターの存在(そんざい)が許せないんです」

 サラは細い目をして膝(ひざ)に拳を添える(そえる)。


「あいつら、人の女の子を狙うじゃないですか。本当、最低のゲスな奴ら(やつら)ですよ」

「そう、ね」

 サラは遠い目をした。


「サラさん?」

 サラさんはアクアブルーの膜(まく)を全身に張り巡らし(はりめぐらし)、それを私の肩にそっと触るように言った。


「アイリス。確かに彼らのやることは許せないわ」

「…………」

 サラさんは静かな様子で話していたが、私は何も言えなかった。はっきり言って、静けさの中に有無を言わせない凛々しさ(りりしさ)があったからだ。


「でもね、これだけは覚えて欲しい。彼らだってやりたくてやっているわけじゃないの。モンスターのことは聞いたでしょ?」

「はい。彼らは寿命が極度(きょくど)に短いから、性欲はかなり高いと聞いていますが?」


「人間だって、思春期の男子はそりゃあすごいリビドーを持っている。でも彼らは寿命がない。その上で子孫を残さなければならない、動物のサガを持っているの」

「でも!」

 私は立ち上がってさらにいった。


「でも、あんまりですよ。そういう理由があればレイプしていいという口実にはならないでしょう!?」

 それにアイリスは手を上下させる。


「アイリス、抑えて(おさえて)抑えて(おさえて)」

「確かに、その話は聞きました。だけど!そんなものでレイプされる許可(きょか)が下りるわけがない!モンスターだって知性があるわけだから、何が悪いことかぐらいわかるはずですよ!それなのに厚顔無恥(こうがんむち)に女性をさらおうとするあいつらは私は大っ嫌い!なんです!」


「アイリス」

「はい」

 あまりの激情に自分にも興奮(こうふん)冷めやらずに(さめやらずに)立ち尽くして(たちつくして)いた。ただただ、私の中には興奮(こうふん)とモンスターの憎しみがマグマのように猛っていた。

 しかし、サラさんはゆっくりと私を落ち着かされように話しかけてくる。


「アイリス。私はだからと言って、モンスターにレイプしていい権利(けんり)があるとは言ってないわ」

「………」


「ただ、彼らはあまりに持て余している性欲があるからそれをわかって欲しい、と言いたかったの」

「意味がわかりません」

「え?」


 ボソリと言った私の言葉にサラが怪訝(けげん)な表情をする。

「そんな自分でも制御(せいぎょ)できない性欲を持っていて、なおかつ女性を襲う(おそう)なんて滅すべき(めっすべき)対象じゃないですか?」


「アイリス」

 それにサラさんは何かを諦めた(あきらめた)表情をした。

「まあ、いいわ。この話はやめましょう」


「はい」

「それで部隊に所属したら上官の命令を絶対に遵守(じゅんしゅ)して、そして無茶(むちゃ)はしないで」

「わかりました」


 それから取り止めもない話をして、私は街の方に帰って行った。そんな中で一つの疑問が頭を掠める(かすめる)。

サラ、どうしてモンスターを擁護(ようご)するようなことを言ったんだろう?

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