カミゴロシの厄災

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

まさかの『カミ』違いで最期になるなんて…

 俺は今、異世界に居る。

 どういう経緯からここに居るのかは記憶がハッキリとしないのでさておき……とにかく気が付いた時にはこの異世界に居たのだった。

 しかも不名誉な称号と共に――――。


 あれは中学二年生になったばかりの頃の話。

 前触れもなく突然、親父が大事な話があるからと俺だけを自室に呼びだした。



「サトル……。お前も年頃だ。薄々は――気付いているだろう…………」



 重々しく親父の口から発せられる言葉に俺は身をすくめ、ゴクリと唾を呑み込む。

 何を言おうとしているのか――その雰囲気にただただ俺の身体は反応していた。



「我が家の家系は――ハゲだ! ハゲになる! お前も二十代半ばになる頃には自覚する程に薄くなり、三十代半ばにもなれば……そりゃもう――ツルッパゲに!!」



 苦い物でも食べた後のような渋い顔をしてカッと見開かれた目からはその真剣さが窺えた。

 意を決して一気に言い切った親父の顔は抱えていた秘密からの解放感からか、その荒涼としたいただきと同じくどこか清々しくもある。

 だが俺は、親父の言葉に「やっぱりか……」と、落胆して肩を落とす。

 予想はしていたのだ。


 親父も――父方の祖父じいちゃんも――話にしか聞いたことが無かったり写真でしか見たことは無いが、そのまた祖父じいちゃんも、祖父じいちゃんも、祖父じいちゃんも…………。

 皆が皆、揃ってツルッパゲ――なのである。

 一族の血を受け継ぐ男子に飲み継承されてきた、これは『呪い』と言っても過言ではない。



「親父……」


「俺から言えることはただ一つ。この運命からはお前もほぼ逃れることはできない――。『覚悟せよ!』だ!!」



 親父は俺の目を見ながら肩をガシッと掴んでコクリと頷き、俺もその迫力からオウム返しに頷いた。

 分かっていたのだ――俺は言われる前からこの家の血は呪われているのだという事を。

 だが、改めて親父の口から言われてしまうと……思っていたよりも年頃の身にはショックが大きい。


 人生初ともいえる程の大きなショックに、俺は学校へ行っても、ご飯を食べている時も……4日ほどは思考が飛んでいた。

 だが元来ポジティブに物事を考えることのできる性格からか、暫くすると仕方ないと前向きに諦めることができた。

 開き直った、ともいうが……。



「まぁ……未来の事は未来の事。今から大事にして少しでも髪の寿命を延ばすってのも良いかもしれんが――うちの『呪い』にとっちゃどうせ焼け石に水だろう。ならばっ!」



 と、俺は来たるべき日までの間は『今』を楽しもうと決意した。

 高校生の頃には少し長めに伸ばしたりし、パーマもかけたりした。

 それこそオシャレ雑誌に載っているモデルがしている様な流行な髪型に季節が変わるごとに何度もチェンジしていった。


 それによって多少校則に触れたりすることもあったが……理解ある『先達』を得ることができ、俺に限っては見逃してもらえたのだった。

 フサフサと豊かに茂った森を早々に失う呪いにかかりし仲間はこんなにも身近にいたのか……と。

 年齢が若いわりに寂しげに風にそよぐ枯草しかもう残っていない担任せんせいは俺の髪型に対してだけは優しく微笑みを見せていた。



「また髪型変えたのかよ。そんなにやったってモテやしないぞ~!」


「いや――俺には、時間が無いんだ……!」



 友達からの揶揄からかうような言葉にも、俺はブレなかった。

 大学生になってからは茶髪にし、金髪にし、銀髪にし、青髪にし、赤髪にし、紫髪にし……カラーを楽しんだ。

 俺は例えどの職に就こうとも、皆と同じにはなれない。

 ホワイトカラーになろうがブルーカラーになろうが所謂オシャレの道からは逸れてしまうだろう。

 早々に人生の友を失ってしまうことが確定しているが故に、就職したらどうのと考えている余裕なんてなかった。

 だから黒髪じゃなきゃダメだとかって手の規則の無い、見た目に囚われることのない仕事に就きたいと思っていた。



「お前……どこぞの異星人にでもなるつもりか? 就職の時、どうするんだよ。それにだいぶ傷んでないか……?」


「大丈夫。その時には黒染めでもするさ。ハハッ!」



 三年生になった辺りで友達は苦笑し、心配そうにそう話しかけてきた。

 それでも尚、俺は止めなかった。


 とにかく俺には時間が無いのだと――。

 とまぁ、頭髪を酷使するだけ酷使する生活を送ってきた。

 長く持っても三十代半ば――あと十年程なのだ。


 もうすぐ二十代半ば、親父に言われた通りに少し薄くなってきた。

 頭頂部にはすきま風が吹き、風呂上りの誤魔化しもしていない俺のヘタった荒地。

 それをある時、付き合いのまだ浅かった彼女に触られる事件が発生した。



「ご、ごめん。私――」



 暫くして彼女には別れを告げられた。

 彼女の態度から俺はハゲの所為でフラれたのだとすぐに察し、その日はやけ酒を飲んだ。



「女なんて……。何が悪いってんだっ!」



 悪酔いの末に飲み過ぎたらしく、俺の記憶はそこから先が消えている。

 次に気が付いた時にはカタカタと揺れる古惚けた大八車の上に乗せられていた。

 起き上がろうしてギッと木の軋む音が鳴る。



「おっ! 目が覚めたか?」



 そう言ってこちらに振り返ったのは赤茶けた肌の、牛の様な頭をした大男だった。

 俺は思わず息を吞むようにして声にならない悲鳴をあげた。

 状況は分からないが、俺が乗っているこの大八車を引いているこの者はどう見ても化け物だ。

 夢だと思いたい――だが、もし現実ならば……。

 このままでは命の危険も含めて何があるかも分からない。


 そう思って逃げようともしたが――足が竦んで動かない。

 自分の手を見ても震えているのが分かるほどだ。

 恐怖から冷たくなっていく指先……。

 ファサリと髪の毛がごっそり下へと落ちる。


 そんな俺の状態も知らずに大男はどこかの城へと俺を運んだ。

 動けないでいる俺を引きずって廊下を奥へ奥へと進む。

 陽光に当たってキラキラと光る、まるで水晶のようなもので出来た彫像が2つ並んだ扉の前まで来た。



「これはな、儂らの王を模ったものだ。門番にもなっとる。王に対して悪意ある者が扉を開けようとすれば警報が鳴り、その者を滅する――そういう便利な彫像だ」



 説明を終えると大男は扉の向こうへと合図を送る為か、勢いよくパアンと手を打ち鳴らした。



「王よ! 緊急でお話したき事がございます!」



 大男の言葉に「入れ!」と返事が来た。

 扉を開けて最奥へと歩いていくと、大きくゴテゴテと飾り立てられた椅子にふんぞり返って冷たい視線を向けてくる銀髪の美男子が座っていた。

 大男に引きずられて入ってきた俺は、そのまま美男子の眼前へと投げ出される。



「王よ。我らの土地に足を踏み入れし罪深き人間を捕らえました」


「ふむ――」


「如何いたしましょう――」


「――――」


「実験動物にでもなさいますか? それとも家畜にでも食わせますか?」



 大男は下卑た笑みを見せながら王と呼ぶ美男子に物騒な事を話しかけていたが、その美男子はそれを止めた。



「――っ! いや、まてっ!!」


「ん? どうされましたか?」


「この者……『カミゴロシ』という希少な称号を持っておるぞ」


「『カミゴロシ』……ですと? それは――」


「こんな称号を持っておる者がが領域に現れ、ましてや捕らえることができたとは……僥倖。我らが戦の希望になるやもしれぬ。故に――保護せよ!!」


「は――ハハッ!」



 何が起こったというのか……。

 とりあえず――俺の命は助かったという事か?

 その事によってバクバクと鳴り響いていた心臓が若干落ち着き始める。



「面白い……」



 足音も無く――美男子の顔が突然、俺の目の前に来ていた。



「――うぅ、うわぁ!!!!」



 驚きから間抜けな叫び声をあげた俺は床を這いずり、思わずズルズルと後退あとずさりした。

 本当は逃げたかったが――恐怖から体はたいして動けはしなかった。

 美男子は俺の目に視線を合わせて話を続けた。



「我はこの特別な国を統べる王。人間らからすれば魔王と呼ばれる者だ。故に神と同格とされる地位を持つ。これが分かるか?」



 投げられた問いに、俺は必死に首を横に振る。



「貴様は……余程の世間知らずか、田舎者なのか? この世を創りし神に認めらえた柱となりし存在、神の代弁者たる三大大国が王。教皇・聖王・魔王。三大王は神の三すくみと言われ、互いが互いにとっての弱者であり強者。それ故に世界の均衡が保たれて来たともいえる。たが――」



 そこで美男子が言葉を止めてニッと笑う。



「千年――いや二、三千年に一度現れるか現れないかとされる貴様のような存在は別だ。教皇の国とも聖王の国ともずっと戦争をしてきたが……『カミゴロシ』の称号を持つ貴様だけは神――つまりは王を討ることができる。そして新たな領地を手に入れ、世界を――世界を我が手に!!」



 美男子はクックックッと含み笑いの後にワーハッハッハッハッハッと高笑いをあげた。

 なんたることか……。

 この世界の命運を俺が握って――いる!?


 その事実に落ち着きかけた心臓はまるで別の生物かのように、体からはみ出さんばかりの勢いで更に速く大きく動き出した。

 あまりに大きな鼓動から肺にも影響を与えて息もしづらくなり、息苦しさから無意識に助けを求めるように前へと手を出した。

 カタカタと震える手は美男子の頭をガシッと掴み、自然と自分の方へと引き寄せた。

 すると……ズルリと美しく長い銀髪が丸ごとれた。



「――――っ!!」


「なっ――――! き、貴様っ!!!!」



 まるでゆで卵のように白くてツヤのある頭は怒りという塗料で赤く染まっていく。

 ワザとではない。

 美しいと思っていたそれはカツラだったのかと自分の手を見る。

 だがゴッソリと束になって指に絡みついているそれらには毛根があり……本物だった。



「あっ――えっ――うぅ――」



 何とか弁明しようと口を動かそうとするがパニックになってしまい、口からはおかしな呻き声が漏れるだけである。



「我に危害を加えると申すか?」



 ドスの効いた声を聞き、それだけで俺は何とか崖っぷちで堪えていた意識を失いかけた。

 だがその時、美男子に手を出してしまった俺に対して美男子の横に控えていた青い馬顔の男が拳を振り下ろしていたのだった。



「陛下に何たる無礼をいたすかっ!!」



 振り下ろした拳は俺の脳天を直撃し、運良くというべきか運悪くというべきか……俺は失いつつあった意識を無理矢理に取り戻させられた。

 そして反射的にまたもや今度はこの馬男の髪――いや、タテガミをズルリと丸ごとってしまっていた。



「なっ! こやつ……陛下だけに飽き足らず、俺様にまで!」



 馬男の大きな鼻の穴からは機関車のようにシューシューと荒い鼻息がでた。

 しかし何かがおかしいと、この部屋にいる者らはざわつき始めた。



「お、恐れながら申し上げますに陛下。この者、何やら妙……でございます。今一度称号の確認を――」



 そう進言してきた小柄なネズミ男の方に美男子は目線だけを向け、カッとひと睨みする。



「い、いえ。決して、神の目をお持ちであらせられる陛下を、疑っているわけではありませんっ! ですが――」



 ネズミ男の声はブルブルと震えていた。

 そして俺からネズミ男へと殺気の対象が変わったのを感じ、美男子の手がスッと横に伸びたかと思うと鋭く尖った長い爪がネズミ男の胸元へとズブリと刺さった。



「ヴっ――!」


「確かに何か妙といえるやもしれぬな。ふむ……命を賭けての進言、褒めてつかわそう」



 そう言って美男子はニタリと笑い、ネズミ男はドサリと床に崩れ落ちて苦しそうに呻いている。

 辛うじて生きてはいる――そんな感じだ。



「さて、ではもう一度貴様の魂を視てやろう――――ぅん?」



 美男子は俺の頭をガシリと掴み、自分の顔の前へと持ってくると目の奥を覗きながら首を捻った。



「確かに称号≪カミゴロシ≫とあるが……よく見れば『神殺し』ではない、だと!?」



 美男子の手はワナワナと震えだしていた。



「これは――『髪殺し』!! ただのクズ称号ではないかっ!!!! 貴様っ! 我を騙したのか!?」



 そう言うと共に美男子は手を振り上げ、俺の胸を目掛けて勢いよく爪を突き立ててきたのだった。


「あっ――――」

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