第16話 王太子、判らせられる。
老兵がまっすぐに王太子を見て、口を開いた。
「王太子殿下。これは謀反で御座いますぞ」
悪役公爵は嘲る。
「馬鹿かあの老人は? わかりきったことではないか」
だが悪役令嬢は、喉の奥で悲鳴をあげた。
まずい。
あの老人が口を開くのはまずい。
「パパ! あの化け物に口を開かせてはなりませんわ!」
「ハハハ! 単なる死に損ないの老人ではないか」
先程から立ち尽くしたままの王太子は、なんとか言葉を絞り出して老兵に答えた。
「その……ようだな」
なにもかもが夢のようだ。
父と母と弟の死も。
彼にすがっているだけのヒロインの手の感触も。
なにもかもが遠い。
「国王陛下も第二王子殿下も身罷られた今、王統は王太子殿下のみとなりました。
殿下が国王で御座いますぞ」
そんな中で、老兵が発する言葉は、唯一のよすがだった。
「わ、私が……国王なのか……」
まだどこか夢の中の人のような声に、力強い声が応える。
「殿下以外、誰がおりましょうや。
であるなら、国王としての義務を果たすべきで御座いますぞ。
国法に従ってお命じくださいませ」
「私の義務……国法……」
王としての義務。
そして父王を手にかけた反乱軍。
王太子は、はっ、と笑った。
全て明白だ。
頭がすっきりした。
行き詰まっていた胸の内がさわやかになる。
私は王なのだから、国法に従い反乱を討伐しなければならない。
決まりに従い権限を行使することの、なんと迷いがなくすがすがしいことか!
「私が正義、いや、私がこの身で示している王国が正義なのだな」
「国法に反しない限りは、殿下、いや、陛下こそが正義で御座います」
力なき正義は無力。
だが、王太子、いや新王の目の前に力はあった。
彼はそれに正しく命じるだけでいいのだ。
「そなた、名はなんという」
ためらいはない。
「ライオネル・ゾンダーグと申します」
「近衛隊長は人事不省となり、職責を果たせぬ状態となった。緊急事態である。
よって正式な者が任じられるまで、ライオネル、そなたを近衛隊長代理とする」
「謹んで拝命いたします」
端から見れば、彼らの会話は滑稽だった。
この非常事態に交わされる内容とは思えぬ。
反乱者達は、余りに馬鹿馬鹿しい会話に呆れ果て、この茶番劇が終わるまで見物を決め込んだ。
「ははは! あの老人も王太子も気が触れたと見える!
まぁそんなだから、ひざまづきもしなかったのだろうがな」
「違うの、パパ! あの老人は!」
悪役令嬢は懸命に説明をしようとしたが、うまく説明できない。
「では、国王として命ずる。どのような手段を使っても反乱軍を討伐せよ。
今、見たところ、この場にいる軍人の中で、近衛隊長代理であるそなたが一番高位である。
この場にいる全員に対する一時的な指揮権を与える」
「王命かしこまりました」
新王は判っていた。
いや、判らされていた。
正しき命令には、迂遠に見えたとしても正しき手順が必要なのだ。
それは一見無駄に見える。
だが、無駄に見えるからと言って次々と省略していくと、正しさ自体が崩れてしまうものなのだ。
正しく執行される国法のみが、混沌や力を押さえる事ができるのだ。
そして正しい執行は、正しき手順のみが担保なのだ。
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