第8話 近衛隊長、しゃしゃりでる。

 ダメだこの老人。


 色々な意味で列席者達は思う。


 確かに、王子の命令は法律違反ではある。

 同様のケースで今まで当然のように通っていたのは、誰も異を唱えなかったからに過ぎない。

 とはいうものの、どんな時にも厳しく適用していては臨機応変というものができぬではないか。

 それに将来の王になる可能性の高い王太子に異を唱えたら、将来が――


 だが、この事態をチャンスだと思う男が現れる。

 息子の卒業式だからと、たまたま出席していた近衛隊長だ。


 彼は、剣の腕はからきしだったが、見事な押し出しの見た目と、媚びを売るのを恥とも思わぬ厚顔無恥さと、機を見るに敏な頭脳でここまで地位をあげてきた男なのだ。


 巨大な体躯から、見事なバリトンを轟かせて告げた。


「王太子殿下のご命令である!

 公爵令嬢を地下室に連れて行ってさしあげるのだ!」


 彼はその才を発揮し咄嗟に考えた。


 王太子殿下と卑しい愛人は、公爵令嬢を地下牢へ放り込みたがっている。

 そして公爵令嬢も、入る気はあるようだ。

 ならば王太子殿下の命令も、公爵令嬢の希望も叶えれば、自分にとって有利なのではと。


 上官の命令に、あらかじめ王太子の命を受けていた兵らは動き、公爵令嬢の左右に――


「おそれながら近衛隊長閣下。

 王太子殿下のご命令が越権行為であるとしたら、

 それに従うのもまた、越権であるにも関わらず従ったという罪になりますぞ」


「黙れ! 俺はお前の上官だぞ!」


「私は近衛ではありませぬ。よって閣下は私の上官ではありません。

 それに、上官の命であれば常に従うのなら、上官が反逆を試みた場合にも従うのが正しさになってしまうではありませんか。目の前で国法が破られようとしている以上、諫止するのは臣たる者の務めですぞ」


「ぐっ」


 近衛隊長は歯がみした。


 下っ端の兵など、オレのバリトンの見事な声にヘコヘコしていればよい存在なのに! 妙に筋の通った理屈で逆らいおって!


 だが光明を思いつく。


 法に従ってさえいれば文句はないのだ。


「上官として命ずる。お前の任を解く! この場からさっさと立ち去れ」


 近衛は、他の軍より優越する。

 近衛隊長が言えば、他の部隊の隊長は、余程損がなければ逆らわない。


「近衛隊長閣下。おそれながらそれは不可能ですぞ。

 馘首を命ずる時は、事前に、反論乃至は弁護の機会を設けねばなりませぬ。

 さらに再就職活動の観点から、通告は当日ではなく少なくとも一週間前行わねばなりません。

 それに、先程も申し上げましたが、指揮系統上、閣下には私の人事を直接左右する権能は与えられておりません」


 老人はどこまでも融通が利かなかった。


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