71話 エピローグ

 ──国王との謁見の日がやってきた。


 今日の謁見で、先日の救済作戦での処遇が決まるのだ。

 自分で選んだ未来とはいえ、私は大いに緊張する。


 謁見の間へ到着し、扉が開かれた。

 カーペットを歩き、私は国王に対する礼をとる。


「顔を上げなさい、リーゼリット」

「はい、陛下」


 以前の国王は学園長に扮装していたが、今回は王としての装いだ。

 私は無意識のうちに縮こまってしまう。


「相変わらず固いな、リーゼリット。そうかしこまらずともよい。そなたの処遇の件があるとはいえ、もっと気楽に話し合いたいのだ」

「はい、かしこまりました」

「そちは覚えていないかもしれんが、妃教育を受けにきていた頃に会ったことがあるのだぞ。もっと楽に話してよいのだ」


 てっきりデビュタントのときが国王との初対面と思っていたが、どうやら違うようだ。

 リーゼリットわたくしのときの記憶を呼び起こそうとするが、妃教育を受けていた頃の記憶はあやふやだ。


「申し訳ありません、なにぶん子どもの頃の記憶なもので覚えておりません」

「よいよい。覚えていたら、今頃卒倒しているだろうからな」


 卒倒するほどのことなんて、リーゼリットわたくしはいったいどんなろくでもないことをやらかしたんだろうか。

 いささか気になりつつも、なるべく平静を装う。


「この話は置いておいて、そちが気になっているであろう今後の処遇について話そうか」

「はい、お願いします」

「ワドルディの救済の件、ご苦労であったな。そちのおかげでワドルディは快復し、"ホープ"も新たな魔力を宿して元通りになった」

「いえ、とんでもございません」


 私が自分自身に聖ワドルディの魔力を込めたことで、一時的に"聖石"に戻った"ホープ"は、快復した聖ワドルディの魔力を新たに宿した。

 今の"ホープ"は以前と同じように、黄金色に美しく輝いている。


「収集した4つの"ホープ"は各家に戻した。ただロイズ公爵家の"ホープ"は、ワドルディの希望によりガラティア侯爵家へと移った」


 ロイズ公爵家からガラティア侯爵家へ、"ホープ"が移ったのは原作通りだが、聖ワドルディからの希望というのがよくわからない。

 たしか、原作ではユリカからの希望であったはずだが、お取り潰しを免れている今とは事情が違う。

 いろいろと頭の中で考えているが、国王の話は続く。


「また空白の爵位となっていたロイズ公爵には、ワドルディが就くことになった。以上が、既に決まったことだ。」


(聖ワドルディ様が新たなロイズ公爵に!? あの自由奔放なお方が、なんで爵位なんて?)


「そして、リーゼリットの件だ。次期王太子妃か、要職にでも就いてもらうしかないと思っていたのだが……。なんでも、ワドルディが爵位に就いたのはそちの為のようでな。そのうえ、孫の王子たちからも、そちを擁護されてしまってな。愛されているな、リーゼリット」

「……」


 まさか、聖ワドルディやラドゥス王子たちに擁護されていたとは驚きだ。


「一応聞いておくが、次期王太子妃の地位に興味はないか?」

「……はい、ございません」


 以前のリーゼリットわたくしなら喜んで飛びついただろうが、今の私はその地位に興味がない。


「宰相の言葉にそのまま乗るのは少ししゃくだが、仕方あるまい。此度の褒美として、そちを次期ノーマン女侯爵かつ一代女男爵として認めよう──」

「次期ノーマン女侯爵、かつ一代女男爵ですか?」


 ノーマン侯爵家に跡取りはいないが、次期女侯爵としての爵位を約束されるとは思ってもいなかった。

 先日お父様が聞き捨てならない言葉を言っていたのは、こういうことだったのかと知る。


「"聖なる乙女"として、ぜひ王家に嫁いでもらいたかったものだが仕方あるまい。異存はないな、リーゼリット?」

「はい、承りました──」


 そのあとは何度かとりとめのない話に受け答えをして、国王との謁見は終了した。


 これからは自由のない地位に悩む日々が続くとばかり思っていたので、今までと同じくノーマン侯爵家の令嬢としていられることに嬉しく思う。

 国王と掛け合ってくれた人たちに心の中で感謝を述べながら、私は帰路に着いた。



 *****



 ノーマン侯爵令嬢として、これからも変わりない学園生活を送れると思っていたが違っていた。

 次期女侯爵と国王に認められたことで、その地位を求める学生が出現したのだ。

 幸い能力者としてはひけらかしていないので、"聖なる乙女"としての能力を持っているのを知っているのは極々少数のようだ。


「ですから言ったでしょう、これからは待遇が変わると」


 いままで近寄ってもこなかった生徒に言い寄られたことにびっくりして、いつもエスコートをしてくれるターナルに助けを求めた。


「まさか、こんなにまで変わるとは思いもしなかったのです」

「まぁ、次期女侯爵の地位しか見ていない者に、あなたが振り回されるのは嫌ですね」


 そう言って、ターナルは私の手をそっと握って顔を近づけてくる。


「私はリーゼリット殿の長所も短所も知っています。そのうえで、あなたを心からお慕いするようになりました」

「ひゃっ、ひゃい!」

「あなたを愛しています。私を選んでください、リーゼリット殿」

「あ、あのっっ、まだ考え中なのです。申し訳ありませんっっ」


 私は咄嗟にターナルから離れ、誰にも見つからなさそうな場所に移動する。

 だが、そこにはシュジュアが先に立っていた。


「やはり、ここにきたかリーゼリット嬢」

「シュジュア様!?」

「人目につきにくい場所ということで、君がここにくる予想はしていた」


 私はシュジュアへの後ろめたさに、思わず後ずさりしてしまう。


「後ずさりされるのは、さすがに傷ついてしまうな」

「すっ、すみません! 心の整理が、まだきちんとできていなくて」

「別に俺たちは、即座に返事をしてほしいわけではない。まぁ、俺を選んでくれたならば、後悔させないようにはするが」

「シュジュア様!?」


 いつの間にやら、シュジュアは私のそば近くに来ていた。

 シュジュアは私の髪にをひと房掴み、口付けをする。


「リーゼリット嬢、こうして戸惑っている君もとても可愛らしいと思ってしまうくらいに愛している」

「ひゃ、ひゃあ~~~!!」




「それで、僕のところまできたのか」

「うっ、後ろめたさはあるのですが、やはり皆様のそばが一番居心地がよくて。でも、告白されても合わせる顔がなくて。それなのに、ここにきてしまいました」


 結局授業中も意識してしまって、ターナルとシュジュアにまともに顔を合わせられなくなってしまった。

 それで、昼休みは逃げ隠れしている間にラドゥス王子のいる美術室にきてしまっていた。


「そこまでわかっていて、僕のところにきたのは不用心じゃないか?」

「そうなのです。結局、私の決心が弱いばかりにここにきてしまったのです」


 本当は、自分の心の中では既にある人に定まってきてはいる。

 だが、決めかねてしまっているのだ──。

 これまでの関係が壊れるのが怖くて。

 いつの間にやら、推しが推しらしくあることよりも、自分の気持ちを優先してしまいそうになっている私自身が恐ろしくて。


「そなたが気持ちを隠し通そうとしているから、横からかすめとろうと皆必死なんだが」

「うぅ……。おっしゃる通りです」


 私が有耶無耶にしているから、今の状態を生み出してしまっているのだ。

 だから、ここで宣言する。


「美術室の外で聞き耳を立てている方にも申し上げます。私の6月の誕生日に、私からその方に告白をします。それまでは、今まで通りの学生生活を送りたいのですけれど構いませんでしょうか?」


 私の宣言に反応して、美術室の外にいたシュジュアとターナルが扉を開けて入ってくる。


「私はこの数ヶ月で忙しい日々を送ってきました。だからと言って、それを理由にいつまでもお返事をしないのは不義理です。ですから、その日に自分の気持ちに決着をつけます」

「リーゼリット嬢、今は2月の半ばだぞ。4ヶ月もの間、君の返事を待つことになるのだが?」

「ええ、ですからお返事だけではなく、婚約の準備を整えて全力で告白いたします」

「婚約の準備ですか。それがリーゼリット殿の義理の通し方なのですね」

「はい。次期女侯爵として、婚姻後はその方にノーマン侯爵家を継いでいただく覚悟で参ります」

「そうか、それは楽しみだな。……わかった、そなたの返事を待つことにしよう」


 相手を待たせるからには、私からも愛している証明をみせてみせる。

 それから、推しとして見てきた彼らへの気持ちに区切りを付けるのだ。


 推したちを人として愛してしまったこの私を、こうして好きでいてくれるのだから──。

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