60話 決闘を応援します -5-

 それからは、ラドゥス王子との鍛錬を引き続きおこないながらも、筋肉痛などと戦いながら二学期の期末テストの勉強を頑張った。

 テストでまた30位以上に入らなければ、入学時同様に推したちとは別クラスになってしまうかもと思えば勉強しない理由はない。


 いざ本番のテストでは、一学期よりは勉強時間に余裕があったのと、期末テストは全クラス共通なので難しすぎる問題は少なめだったおかげかだいたいの問題は解けた。


 推したちからも空き時間に教わっていたおかげか、テストは無事に20位以内に入ることができた。

 この順位なら、三学期も成績優秀者のクラスで学ぶことができそうだ。


 私は期末テストも終わって、より鍛錬に集中することができるようになった。



 *****



 人がなかなか集まらない日でも、私は積極的に特訓に参加した。

 ラドゥス王子も忙しい身なので、ごくたまに参加できないこともあったが、その分私自身が技術を吸収することにした。


 そんななかで数十分だけダリアン王子が先に来ているにも関わらず、ラドゥス王子たちが不在なことがあった。

 その日の鍛錬を一通りおこなったあと、ダリアン王子が私に話しかけてくる。


「リーゼリットよ」

「はい、なんでしょう? ダリアン様」

「いままでの行動に、貴殿がまた邪智じゃちしているのではないかと少々疑ってしまったことがあったのを反省していたところだ。此度こたびの件、ラドゥスのために感謝する」

「そんな!? 反省などなさらないでください。改心するまでの私が、悪知恵を働かせていたのが悪いのです」

「悪知恵というほどの悪知恵ではなかったがな。それに、貴殿は貴殿なりの気位があっての行動であったのはわかる。それを軽くいさめるだけで、放置していた私も私だ」


 ダリアン王子は目を伏せながら、私に語るように話す。


「サトゥールとの件は私が招いたことだ。母上も話していたと思うが、昔は仲は良好だったのだ。それがカドゥールの一件で、一転して恨みを買うようになった。それからのサトゥールは、王位にこだわっていった」

「王位にこだわる、ですか?」

「ああ、いずれ王になってロイズ公爵家を粛清するつもりだったのだろう。陛下すら手を焼いていたロイズ公爵に、そんなことが簡単にできるはずもないのにな」

「ですが、ロイズ公爵も今は断罪されている最中です。なのに、なぜまだ王位に執着されていらっしゃるのです?」

「……やけになっている面もあるのだろう。目標であった意義を見失えば、次の意義を見出すしかない。サトゥールは、ロイズ公爵に関わる人間をさらに敵視するようになった」


 ロイズ公爵に関わる人間とはいえ、ゲネヴィア第1王太子妃とダリアン第1王子は血縁関係であるだけだ。

 とはいえ、その実情を知っていてもやるせないものもあるのだろう。


「八つ当たりもあったのだろうが、私も王子とはいえ人間だ。一度でも反論してしまえば、さらに犬猿の仲になってしまうことはわかっていたであろうに。私は弟の苦悩を受け止めきれなかった」

「ダリアン様……」

「こうしてラドゥスにまで、その苦悩を負わせてしまったのは私の落ち度だ。……いろいろと話し込んでしまったな。そなただけを呼びつけると不審がられるのでな。なかなか言い出せなくてすまなかった」

「王子ともあろう方が謝らないでくださいませ、ダリアン様!」

「ユリカの魔法恐怖の克服や、ラドゥスの相談役など、貴殿には何かと世話になっている。私には不可能であった役回りを貴殿が買ってくれていることに、心より感謝する」


 そうこう話しているうちに、ラドゥス王子たちが闘技場へとやってきた。

 ダリアン王子との会話はここで終わり、訓練が再びはじまった。



 *****



 学園が冬休みに入ってからも、闘技場での鍛錬は続いていた。

 ラドゥス王子もこのころには自主練習にまで励むようになり、特訓に意欲的になっていた。

 どうやら王宮にいる際は、ターナルの叔父の騎士団団長にも、こっそり教わっているらしい。


 ラドゥス王子の動きはさらに洗練され、ダリアン王子やターナルとも短時間なら張り合えるようになっていた。

 私自身も魔法ありきではあるが剣技を身につけて、ラドゥス王子の特訓相手としてふさわしい力を身につけていた。


 今日は私とラドゥス王子の2人で、鍛錬をおこなっていた。

 ダリアン王子は冬休みに入ってから、何かと執務で忙しいようだ。

 シュジュアは外せない用事があって、ターナルはガラティア侯爵家の実家に帰っている。


「……リーゼリット」

「はい? ラドゥス様」


 今は特訓の小休憩中で、2人で壁を背にして座っていた。


「今一度言う。ありがとう」

「そんな、ラドゥス様。感謝など……それにまだ、試合は終わってはいませんわ」

「だが、今言いたかった。今だからこそ、伝えたかったのだ。決闘の結果で、何もかもが決まってしまってからでは遅いのでな」


 ラドゥス王子は私に、今言いたいという思いをぶつけてくるように話しかけてくる。


「そなたがいなければ、こうはならなかっただろう。サトゥール兄上をギリギリまで止めようとしなかったのかもしれない。ダリアン兄上にお手伝いいただいて、研鑽けんさんを積むことなどなかったかもしれない」

「それはラドゥス様がお決めになって、ご自身で努力なさったことです。私の意見を参考に取り入れてくださったのも、他ならぬラドゥス様ですわ」

「それでも、そなたに礼を言わずにいられない。それに、どうしても伝えたいことがある」

「伝えたいことですか?」


 ラドゥス王子は、しばらく逡巡しゅんじゅんした様子だったが、やがて決意した表情で話しかけてくる。


「……リーゼリット。僕はやはり、そなたが好きだ──」

「えっっ、ラドゥス様──??」


(ラドゥス様が私をすっ、好き? ですって~~~!?)


 突然のラドゥス王子からの告白に、私は大いに驚く。

 あまりにもはっきりと言われてしまったので、驚きが止まらない。


「決闘がはじまるより先に言うのは卑怯かと思ったが、言わずにはいられなかった」

「ラドゥス様、その……どうしてでしょうか?」

「どうしても何も……僕のために欲目もなく、駆けずり回って動いてくれる女性を好きにならずにいられようか?」


 私がその言葉を噛み砕いている間にも、ラドゥス王子の告白は続く。


「聖ワドルディのように、そなたと抱擁ほうようを交わせるくらいの存在になりたいものだ」

「ほっ、抱擁ですか!?」

「ああ、そうだ。もしもサトゥール兄上に勝利したら、そなたとの抱擁を戦利として考えてくれないか?」


(ラドゥス様と抱擁!? 抱きしめ合う!? そんなことをしてしまっていいのかしら? でも、戦利は大事よね??)


 すでに告白で私の頭の中はこんがらがっていて、まともな思考ができていない。


「せっ、戦利としてなら仕方ありませんわ! 絶対に勝ってくださいましね!!」

「ああ、そなたが約束してくれたのだ。いかに不利でも、勝ってみせるとも」


 なんだかとんでもない約束をしてしまった気がするが、いまさら撤回はできない。

 それに勝利に一歩でも近づけるのなら、抱擁の一つや二つくらいなんとでもないはずだ。



 時期が迫ってきた決闘に向けて、私とラドゥス王子は特訓を再開した──。

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