58話 決闘を応援します -3-

「決闘だと!? よりによって、サトゥール殿下との勝負か?」

「サトゥール殿下がお相手となると、私でもだいぶ難しいかもしれませんね……」


 次の日になって、ラドゥス王子はシュジュアとターナルに昨日のことを打ち明けた。

 今は昼休みで、推したち3人と私で闘技場に向かっているところだ。


「それで、リーゼリット嬢もラドゥスの剣の特訓に参加しているということか? なんでそんなことに?」

「誰も止めに入らなかったのでしょうか? ご令嬢が剣を持つというのは、あまり推奨されないのでは?」

「僕もダリアン兄上も止めたのだが、リーゼリットは全然言うことを聞いてくれる気配がなかったのだ! シュジュアも、ターナルも、止めれるものなら止めてくれ!」


 そう言われてやめるほど、私は並の気力で挑んでなどいない。


「いいえ、やめませんわ。ラドゥス様の勝利に一歩でも近づくのなら、私はご一緒にこの特訓に参加します」


 最終的に、シュジュアもターナルも根気負けして、私は再び鍛練に参加することになった。


 ラドゥス王子に、ターナルが剣術を、シュジュアが体術を教えこんでいく。

 私もそれに習いながら、身体に動きをたたき込む。


 ラドゥス王子からは、昨日のような弱音を吐く姿はもう見られない。

 ダリアン王子との出来事があったからか、決心がついたようで何よりだ。



「ユリカ嬢の魔法によって非力を克服しているとはいえ、思ったよりもリーゼリット嬢は訓練に付いてきているな」

「私も驚きました。魔法でいくら身体強化をしていても、疲労感や身体の痛みに変化はないはずです」


 4人で小休憩中を挟んでいる途中に、シュジュアとターナルが私に関する会話をしている。


「私の決心をおわかりいただけましたでしょうか? どうしても、ラドゥス様に勝利を掴み取っていただきたいのです」

「……リーゼリットは、なぜそうまでして僕に勝ってほしいんだ?」


 ラドゥス王子は、本当にわからないと言った態度で私に問いかける。

 私は話すべきか逡巡じゅんじゅんしてしまったが、意を決して話すことにする。


「厚かましいことをしているのは承知しております。実は"天啓"では、ダリアン様とサトゥール様の私闘によって、ラドゥス様は不幸な事故に見舞われてしまうのです。私はそれを絶対に防ぎたくて──そう、防ぎたいのです」

「リーゼリット──」


 私はいざ言葉にすると、その事実を目の当たりにした気分になって、途端に元気をなくしてしまってしょぼくれている。

 ラドゥス王子はそれを慰めるかのように、私の手をぽんぽんと優しく撫でてくれている。


(「そうか、そうだったのか……。それで、リーゼリットは僕を──」)


 私の言葉がどう伝わったのかわからないが、ラドゥス王子は小さな声で何かを呟いている。


「ラドゥス、そろそろ続きをやるぞ。なにせ、時間がないんだ。考え事はあとにしておけ」

「リーゼリット殿も再開しましょうか。私も望まれるからには手加減をしませんので」


 ラドゥス王子と私は、シュジュアとターナルに特訓の続きを促される。


「ああ、わかった」

「ええ、お願いしまっっ……あぁ……」


「「「どうした?(どうしましたか?)」」」


 どうやら、ユリカの魔法の効力が切れてしまったようだ。

 先程まで持っていた、模擬戦用の剣が途端に重く感じる。

 これでは、足でまといになるだけだ。

 私は訓練の続きを遠慮せざるを得ない状況に立たされたときだった──。



「なにやらまた、他の人間に世話を焼いているようだな"聖なる乙女"よ」


「そのお声は……聖ワドルディ様!?」

「なんだと、聖ワドルディがここに!?」

「聖ワドルディ様だと!?」

「たしかに、このお声は聖ワドルディ様で合っています!」


 私の声に、ラドゥス王子、シュジュア、ターナルが続く。

 私たちが戸惑っていると、聖ワドルディが闘技場内の秘密裏の場所までやってきた。


「そうだ。あの公爵の一件ぶりだな、娘」

「ええと……。どうして、この学園までいらっしゃったのですか?」

「学園は彼奴の区域・・・・・だから、来たくはなかったんだがな。あのときは、向かうのがやや遅すぎたかと少々反省してな。こうして出向いたまでのことだ」


 彼奴の区域・・・・・とは、おそらくは王立学園の学園長のことだろう。

 学園長は"大魔法使い"の一人で、この方も齢不明であるが王家との繋がりは強い。

 聖ワドルディに次いで、優れた"魔法使い"と言われている方だ。


 あのときと言うのはたぶん、誘拐事件のときのことだろうか?

 そういえば以前、聖ワドルディの『息災か?』との返事に『ボロボロです』と返したからかもしれない。


「聖ワドルディ様。それで、こちらにいらっしゃってまで何をなさろうと?」

「なに。"聖なる乙女"たる娘のお節介を手伝ってやるのも悪くないと思っただけだ」


 そう言って、聖ワドルディは私に近づいてくる。


(推したちでイケメンには随分慣れたと思っていたけれど、聖ワドルディ様はまた違う分類に思えるわ。なんだかこう、人離れした雰囲気がそう思わせるのかしら?)


 ジーッと見惚れているうちに、聖ワドルディは腕をそっとつかんで、私を抱き寄せてそのまま抱きしめてきた。


(えっ──? 私はいま、聖ワドルディ様に抱きしめられて?)


「なにっ、リーゼリット嬢!?」

「あのっ、リーゼリット殿!?」

「なっ、リーゼリット!? 聖ワドルディよ、彼女にいったい何をなさるつもりで!?」


 こうして抱きしめられている間にも推したちの声が聞こえてきて、ラドゥス王子が聖ワドルディに問いかけている。

 その問いに聖ワドルディが自論を述べる。


「我が"聖なる乙女"を抱きしめた程度でなんだ。生娘とはいえ、これくらいはいいだろう? なぁ、恋する少年・・・・・たちよ」


「「「─────!!」」」


 今世で父親以外の男性に抱きしめられたのははじめてなので、正直とても面映おもはゆい気分だ。

 それでも、聖ワドルディの腕の中から抜け出そうとしないのは、その抱きしめ方があまりにも優しいからだ。


 それにしても、恋する少年たちとは推したちのことであろうか?

 先程の言葉で黙ってしまった推したちの反応を見たいのだが、抱きしめられているので顔が見えずわからないままだ。


 そうして聖ワドルディに抱きしめられているうちに、なんだか身体がポカポカしてくる。

 徐々に力がみなぎってくるような感じだ。

 これはいったいどういうことだろうか?


「聖ワドルディ様、なんだか身体が不思議と温まってきました。この力が湧いてくる感じはなんでしょうか?」

「お前は『歩く"聖石"』だろう? だから、"聖石"同様に魔力を分け与えたのだ。これで、我ほどではなくとも自由自在に魔法が使えるだろう」


 そう言うと聖ワドルディは、抱きしめていた手をゆるめて私からゆっくりと離れていく。

 先程まで抱きしめていた手で私の頭を撫でてきて、"魔法使い"と私のみでできる意思疎通で話しかけてくる。


ユカリ・・・の妹よ。お前はお前の思うままに、今世を生きたまえ。それだけで、我は幸せなのだ』

「──!? 聖ワドルディさ……ま?」


 その言葉に返事をしようとしたときには、ついさっきまで私の頭を撫でてくれていた聖ワドルディは、もうこの場にはいなかった。

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