42話 交流会に参加します -5- ~シュジュア視点有~

 キュール公爵令息三男のシュジュアは、ノーマン侯爵令嬢のリーゼリットを愛していることに気づいてしまった。


 はじめの出会いは本当に、ただの不審者としか思えなかった。

 シュジュアの事務所の隠れ出入り口を、わざわざオペラグラスで見ていたのだから当然だ。

 なんなら、ノーマン侯爵令嬢でなかったら追い返していたほどだ。


 リーゼリットが何らかの能力者ではないかと勘ぐったときも、あのときはその能力に興味を持っているに過ぎなかったかもしれない。

 宝飾品盗難事件後から、彼女自身にそれほど関心があったかというと嘘になる。

 まぁそのころから、彼女の気丈な性格は気に入ってはいたが。


 ──だが、いつの間にか過ごしているうちに、リーゼリットから目が離せないようになってしまっていた。


 リーゼリットの姿を目で追いかけるのが、日常になっていった。

 そうしたら、自ら彼女を勉強会に誘ってしまっていた。


 リーゼリットと学園生活で一緒の時間を過ごすことが、当たり前になっていった。

 そうしたら、いつの間にかラドゥスの伝記漫画の手伝いまで請け負っていた。


 ──だから、建国記念祭でダンスに誘ってしまっていた。


 あのときは、リーゼリットの奇想天外な行動に毎度驚きを隠せないからこそだと思っていた。

 なにせ今まで忙しすぎて、令嬢に恋をしたことなんてなかったからだ。


 ダンスに誘った頃はまだ、気になって仕方がないのはなぜなのかをよくわかっていなかった。


 ──けれども、今日の家宝"ホープ"紛失事件により、リーゼリットへの恋が明白になってしまった。


 刺繍交流会で横の貴婦人方など目に入らず、リーゼリットばかりを気にしてしまっていた。

 彼女が何気なしにこちらに目線を向けてきただけで、心臓の音が鳴り止まなかった。


 "ホープ"を元の黄金色に戻す際に、リーゼリットの手を握り返してしまったのも、彼女と一緒ならばという本心が出てしまっていたのだろう。

 リーゼリットの手を握っていると、"ホープ"が我が家のものとして戻ってくるという安心感が顕著にあった。


 紛失事件が一応一件落着した安堵感から芽生えたのは、彼女への猛烈な恋心だった──。


 リーゼリットが、シュジュアの体のことを心配してくれていた。

 リーゼリットが、キュール公爵家の事件解決に向けて尽力してくれていた。


 それだけで、シュジュアの心は満たされてしまったのだ。


 これを恋と呼ばずして、何と呼ぶのだろうか。


 シュジュアは、今日このときからリーゼリットを深く愛してしまったのだった──。



 *****



 結局私は現実逃避をしつつも、就寝することができずに、寝不足での登校になってしまった。


 シュジュアとどういう顔をして接すればいいのかわからないが、気にしていても仕方ない。

 どうせ昨日のことは、私の考えた幻想なんだろうと思うことにして教室に入った。


「やぁ、リーゼリット嬢。昨日ぶりだな」

「まっまぁ、シュジュア様。昨日ぶりですわね」


 シュジュアは、昨日の真剣さをまとった雰囲気は嘘のように、私に対して軽快に話してくる。


(ほら、昨日のはきっと私の考えた幻よ。私ったら、とんだ妄想人間だったのね)


 そう思っているうちに、シュジュアはいつの間にやら目の前にいて、私の耳元でささやく。


「昨日の返事は、今はしなくていい。君が俺を好きになるまで、待っててみせようとも」


 それだけ言うと、シュジュアはいつもの距離感に戻って話しだす。


「昨日は遅くに帰らせてしまって悪かった。よければ詫びに、何かご馳走でもと思うんだがどうだろうか」

「……きっ、昨日のことは全然気にしてはおりませんわ。ごっ、ご馳走なんて大丈夫です……」


 普段なら『推しとお食事? 行くに決まってるじゃない!』となるところだが、私の思考は既にキャパオーバーしていた。


「そうか? まぁ、気が変わったらいつでも言ってくれ。俺はそのときを待っている」


 私がその言葉に返事が出来ないでいるうちに、授業が始まってしまった。

 頭の中がぐちゃぐちゃになったままで、私は授業を受けざるをえなかった。




 昼休みはいつも通り、美術室で推し3人と伝記漫画を描いていた。

 私が監修という名目で、3人に指示を出しつつも漫画の続きを描きだしているところだった。


 そんな最中、美術室のドアにノック音が響く。


「……入りたまえ」


 ラドゥス王子が返事をした後に入ってきたのは、意外にもキュール公爵令息長男のマリウスだった。


「──兄貴!?」


 シュジュアは突然の長兄の訪問に、かなり驚いていた顔をしている。


「本当にこんな肩がこる作業をしているんだな、シュジュア。それと、殿下の前で兄貴は止めなさいと言っただろう」

「この作業に関しては、俺も半ば無理やり手伝わされるようになっただけだよ。それに、兄貴呼びぐらいいいじゃないか。公的な場でもないんだし」


(キュール公爵令息兄弟の会話シーン!? マリウス様は確か、シュジュア様から一歩引いていたはずだから貴重よ!)


「なんの用だ? マリウス。兄弟話をしに来たわけでもないだろう」


 ラドゥス王子が訪問の意図を促す。


「そうだね。ここのことは、ユリカから教えてもらってね。僕はリーゼリット嬢と話をしたくてきたんだよ」

「えっ? 私ですか??」

「うん。できれば、二人きりがいいんだけれど難しいかな?」


 マリウスからのまさかのご指名に、私は混乱する。


「構いませんが、私とですか?」

「ああ、君だ。ちょっとばかり伝えたいことがあってね」

「わかりました。では、時間は放課後で、場所は─────で構いませんか?」

「ああ。よろしくお願いするよ」


 それだけ言って去ろうとするマリウスに、シュジュアは声をかける。


「……兄貴。余計なことだけは言わないでくれよ」

「言わないさ。薮をつついて蛇を出したくはないしね」


(余計なこと? 薮蛇? なんのことなのかしら?)


 私は疑問符を浮かべつつも、去っていったマリウスの件は後回しにして、漫画の続きを再開した。




 ──今日の放課後。

 いつもユリカと待ち合わせをするカフェテラスで、マリウスと再会した。


「あの……それで、お話とは? マリウス様とは、ほぼ初対面でしたよね?」

「そうだね。さっさと本題に入ろう」


 そう言って、マリウスは頭を下げてくる。


「うちの弟をありがとう、リーゼリット嬢」

「マッ、マリウス様に礼を言われるようなことはしておりませんわ! 昨日のことも、シュジュア様ご自身が出した結果ですもの」

「そうだとしてもだよ。兄の僕にはできなかったことを、君は代わりにしてくれたんだ」


 マリウスは、彼の弟のシュジュアについて語り始める。


「三男ということで、元から跡目を継ぐ気はあまりなかったんだろうけどね。ただ弟は頑張り屋だから、別の方向で我が家の立場を守ろうとしたのさ」

「……それが情報屋の立ち上げですか?」

「ああ。でも弟は、昼夜問わず情報収集に明け暮れてしまってね。僕が止めようにも、余計に加速させてしまって……。だから、僕は──シュジュアにはずっと負い目を感じていた」


 マリウスは悲しげな目をして語っていく。


「このままでは、いつか倒れてしまうんじゃないかと心配しながらも、僕は止めることはできなかった。そんな時に現れたのが君だ、リーゼリット嬢」

「私……ですか?」

「ああ、そうだ。君がいい息抜きになってくれて、弟の雰囲気が変わり始めた。他のことにも、目を向けてくれるようになったんだよ」


 悲しげだった表情を転じて、顔をほころばせてマリウスは語り続ける。


「それで、昨日の一件だ。あれほどシュジュアが安堵した表情を見せたのは、いつぶりなんだろうね。君には感謝しかない」


 マリウスは、もう一度頭を下げてきた。


「そっ、そんなに頭を下げられるほどのことではありませんわ! 顔を上げてくださいまし」

「ユリカの言ったことは本当だった。君は変わったんだね」

「……ユリカさんですか?」

「ああ。君にちゃんと感謝を伝えるように、後押ししてくれたのも彼女だ」


(ユリカさんがそんなことを……)


「今日は時間を割いてくれてありがとう。これからも、弟のシュジュアのことをよろしくお願いするよ」


 そう言って、マリウスは閑麗な動作で席を立っていった。

 私は座席に座ったまま、その背中を見送っていた。

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