40話 交流会に参加します -3-

 モジュール伯爵夫人は、視線の方向を指摘されて完全に動揺している。


「なっ、なんのことかしら? シュジュア、人を脅かすのは止めなさい。わたくしでなければ、怒っているところだわ」


 だが、いさめようとするモジュール伯爵夫人を無視して、シュジュアは立ち上がる。

 客間を出て、モジュール伯爵夫人の目線の先にあった方向へスタスタと歩いていく。


「──後を追いましょう、ジオ君!」

「──はい!」


 シュジュアの突飛な行動に、言葉を失っていた私とジオも急いでその後を追う。


「待ちなさい、シュジュア! いくら親類といえども、人の家を勝手に出歩くなんて図々しいわよ!」


 その後ろで、モジュール伯爵夫人が大声で叫んでいる。



 あとを追っていると、早足で歩いていたシュジュアがとある部屋の一室に入る。

 私とジオもその部屋に入室して、部屋中を見回った先にある飾り台を発見する。


 それには──。


 ──鉛色に濁った大きな水晶のようなものが飾ってあった。


「──もしかして、これがあの"ホープ"!?」

「このようなものが"ホープ"!? 確かに大きさも似ていますし、元は"聖石"のようですが、"ホープ"は黄金色に光っているのでは!?」


 私の言葉に、ジオが反応する。


 確かに本来の"ホープ"なら、聖ワドルディの髪色と同様に黄金色に光っているはずだ。

 こんなに鉛色のような、濁っている水晶玉が同じものとは到底思えない。


 だが何らかの形で、"願いが果たされなかった"のであれば──。


「………俺は失念していた。その黄金色を保っていてこそが、我が家の家宝"ホープ"であると。だが、違っていたようだな」


 シュジュアは力のない声で、静かに項垂うなだれている。


「まさか我が血縁の者に、"ホープ"を悪用する者がいようとは……」


 私はどう声をかけようか迷っていたそのとき、遅れて入ってきたモジュール伯爵夫人が叫ぶ。


「だって仕方がないじゃない! 由緒正しきキュール公爵家からモジュール伯爵家へと嫁いだら、その血筋の者ではなくなるですって!? そんなのおかしいわ!!」


 モジュール伯爵夫人は先程のお淑やかさがなかったかのように、シュジュアに向けて叫んでいる。


「悪用ですって!? 私はこう願っただけよ! 『キュール公爵家だけでなく、我が家の血筋にも恩恵をお与えください』と! それの何がいけないの!!」

「でも、聖ワドルディ様がそう定めたのは事実で……」

「黙らっしゃい! "ホープ"の御加護がある、ノーマン侯爵家の令嬢になどわかるものですか!!」


 私が思わず口を挟んだら、手厳しい返答が返ってきた。

 だがモジュール伯爵夫人は、ふと何かを思い出したかのように私に語りかけてくる。


「──! ああ、そうだわ! あなたも恩恵のない、伯爵家なんかに嫁いだらわかるわよ! 自分の子には神にも等しい存在から、御加護が与えられない苦しみが!!」


 たしかに、そう感じてしまう者がいてもおかしくはない。

 なぜ聖ワドルディが、4つの家に宝玉"ホープ"を与えたのかはわからないが、それを不平に思う者もいるだろう。


「でも……"ホープ"がなくとも、明日に向けて一生懸命生きている人は大勢います。宝玉ばかりに気を取られていては、いけない気がします」


 これはシュジュアとモジュール伯爵夫人で解決すべき問題なのかもしれないが、同じ家宝を持つ者として黙ってはいられない。


「いい加減口を挟まないでちょうだい! ──ああ、そうだった! わたくしには、この手があったのよ! これで、邪魔者には引いてもらうわ!!」


 モジュール伯爵夫人は、私に大声で怒鳴ってくる。

 その後思いついたかのように、衣服から小さな丸玉を取り出し発動しようとする。


 もしまたこれが、前と同じ爆発魔法のかけられた"ホープ"の模倣品だったら──??


 この部屋一室全てが、吹き飛んでしまうかもしれない。


 シュジュアは未だ項垂れたまま、動こうとしない。

 私は急いで、モジュール伯爵夫人のもとに駆け寄っていき丸玉を奪おうとする。


 突然私が動いたせいか、モジュール伯爵夫人の反応が一瞬遅れる。

 私はモジュール伯爵夫人の丸玉を持った手を取って、心の中でただひたすらに願う。


『お願い!! 発動しないで!!』


 私の願いが届いたのか、小さな丸玉は何も発動しなかった──。


「.......は? なんで、なんで何も起こらないのよ!? ロイズ公爵が言ってたことと、全く違うじゃない!!」

「──!? 待て、今ロイズ公爵だと言ったか!?」


 先程まで項垂れていた、シュジュアが即座には反応する。


 ──ロイズ公爵。

 カドゥール第2王子の事故や、他にも色々加担している可能性のある人物だ。


「そうよ! そもそも、わたくしに"ホープ"の話を持ちかけてきたのは、ロイズ公爵だわ! なのに、このザマよ!!」


 モジュール伯爵夫人はもう観念したのか、色々と口を滑らせている。


「シュジュア様、もういいでしょう。あの小さな丸玉は危険なものです。騎士団の要請をお願いします」

「あっ、ああ……。念の為に既に要請していたが、まさかこんな結果になるとはな……」


 シュジュアは身内の犯罪に落胆して、悲しそうな目をしている。

 モジュール伯爵夫人は叫びまくりで疲れていたのか、もはや何も抵抗せずに騎士団に連れていかれていった。



 *****



「叔母君を騎士団に預けたのはいいとして、この"ホープ"はどうすればいいんだ?」

「鉛色になった"ホープ"なんて聞いたことはありませんし、このまま持ち帰っても御加護があるかどうかわかりませんね」


 シュジュアとジオは、コソコソと相談しあっている。

 こんなときこそ、小説バイブルが当てになればいいが、あちらでは既に願いが果たされた・・・・・・・・あとであった。


 ならば──。


「シュジュア様、『他の血筋にも恩恵をお与えください』で鉛色になったのなら、こう考えればいいのではありませんか?」

「どういった意味だ、リーゼリット嬢?」


 私はシュジュアの隣に寄り、彼の手を借りる。

 一瞬彼の顔が赤くなった気がしたが、この場で気にかけることではないと思い気付いていないフリをした。


「こうやって、手をかざして言うのです。『我がキュール公爵家の名のもとに元に戻れ!』と」

「本当か!? それで、本当に元に戻るのか!?」


 シュジュアは何やら疑心暗鬼のようだが、やってみるに越したことはない。


「何もしなければ、鉛色のままなのです。ならば、やってみて損はないのではありませんか?」

「……やってみる価値があるのかどうかはわからないが、やらずに損をこうむるよりはマシかもしれないな」

「その調子です、シュジュア様。血を垂らすわけではないのです。キュール公爵家の元に戻るだけですし、願いとしては受け入れられないでしょう」


 そこまで言われると試してみる価値があるように思ったのか、シュジュアは「わかった」と一言だけ言った。


 なぜか私の手は握ったままにして、シュジュアはもう一つの手を翳して言う。


「我がキュール公爵家の名のもとに、元に戻りたまえ──!!」



 ──その瞬間、鉛色と化していた"ホープ"は反応を示した。

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