39話 交流会に参加します -2-

「皆様、ごきげんよう。今日はわたくしの刺繍交流会にご参加いただきありがとう。複数回参加してくれている方も多いけれど、今回は初めて来てくれた子達もいるので紹介するわね」


 刺繍交流会は、モジュール伯爵夫人の開催宣言により始まった。


「こちら、わたくしの甥のシュジュアよ」

「シュジュアだ。刺繍を習ったのは子どものころ以来だが、今日はよろしく頼む」


 モジュール伯爵夫人は、私達一行を一人一人紹介していく。


「こちら、シュジュアのご友人のジオさんとリーゼリットさん」

「ジオと言います。刺繍は初めてですが、頑張りますのでよろしくお願いします」

「リーゼリットです。刺繍の経験はありますが、まだまだなのでご指導よろしくお願いしますわ」



 一通り紹介が終わり、交流会の名の通り参加者同士の交流が始まった。


 ジオは刺繍が初めてということもあり、淑女の一人に丁寧に教えてもらっている。

 シュジュアは顔の良さと話しやすそうな雰囲気もあってか、貴婦人方に人気で取り囲まれていた。

 一方の私は、誰にも相手にされずに閑古鳥かんこどりが鳴いていた。


(……そうよね。中途半端に刺繍の経験があって、上手くもない人がいてもあぶれるだけよね)


 私は1人寂しく、黙々とステッチを刺していた。

 その私の横の席に、モジュール伯爵夫人が座る。


「リーゼリットさん、今日は来てくださってありがとうね」

「こちらこそ、急ながら参加させていただきありがとうございます」

「ねぇ、リーゼリットさんはこの交流会に参加してくださったの? どうして刺繍が上手くなりたいのかしら?」

「……友人に刺繍の得意な子がいるんです。その子に自信を持って、プレゼントできるぐらいになりたくて」

「まぁ、そうなのね」


 モジュール伯爵夫人は、目を見開いて納得している。


「それなら、少しばかりお手伝いしてあげるわ。わたくし、教えるのは得意なのよ」

「お手伝いしてくださるとのこと、ありがとうございます。伯爵夫人」

「ふふ、いいわ。まかせなさい」


 そう言って、モジュール伯爵夫人はとても丁寧に刺繍を教えてくれた。

 教えるのは得意と言った通り、モジュール伯爵夫人の教授はわかりやすかった。

 改めて基礎から学び、ところどころ応用まで教えてもらって私は少しずつ刺繍が上手くなっていった。


「ふふふふふ、シュジュアはこういった子が好きなのね」

「──!? すみません、突然の発言に驚いてしまいました。そんなことはありませんよ。私はあくまで友人の一人ですわ」

「そんなことあるのよ。ほらみて、あの子。ずっと、こちらを気にしているわ」


 その言葉を聞いてシュジュアを見ると、私と目線が合ってしまった。

 目線が合ったことに驚いたシュジュアは、慌てて目線を逸らしていた。

 私のことが好きかどうかは置いておいて、気になっているのは確かなようだ。


「初々しいわねぇ~~~」

「伯爵夫人、私とシュジュア様の仲で遊ばないでくださいませ。さすがにシュジュア様が可哀想ですわ」


 モジュール伯爵夫人は、私とシュジュアの関係を楽しんでいるようだった。

 私としては遊ばれているようで複雑な気持ちだが、教えを乞うている以上はあまり文句は言えない。


(悪くなさそうな方なんだけれどね。本当にこの方が、"ホープ"を盗んだ人で合っているのかしら?)


 私はうっすらと疑問に思いつつも、それを顔に出さないように注意して、モジュール伯爵夫人から刺繍を学んでいた。



 そうして教えてもらっている内にあっという間に時間は過ぎていって、刺繍交流会は終わりの時間になろうとしていた。


 ジオは淑女に教えてもらったことで、まだまだつたないながら刺繍ができるようになって、目を輝かせて喜んでいた。

 シュジュアは最後まで貴婦人方に囲まれていたせいか、態度にこそ出ていないが少し疲れた表情になっていた。


(どうしましょう、交流会が終わってしまうわ!! シュジュア様たちを連れて、下手にお手洗いに行っても怪しまれるでしょうし。いったいどうしたら……)


「叔母君。交流会のあとで、時間を割いてもらえないでしょうか? 久しぶりに、話に花を咲かせてみたいのですが」

「──!? ええ、いいわよ。シュジュアとゆっくり話せるなんて嬉しいわ」


(助け船を出してくださりありがとうございます、シュジュア様! あれ? でも一瞬だけ、伯爵夫人の表情が……)


 私がおろおろし始めたのを察したのか、シュジュアはモジュール伯爵夫人に談話についての提案をする。

 モジュール伯爵夫人はすぐに承認したものの、ほんの一瞬戸惑いの表情を見せたのが気になる。


 その戸惑いの表情がなぜなのか気になっているうちに、刺繍交流会は終わりを告げてしまった。




「シュジュア様、ジオ君、交流会お疲れ様です」

「ああ、ご婦人方の相手は正直疲れたな。次があるのなら、御免被ごめんこうむりたいものだ」

「僕は丁寧に教えてもらえることができて楽しかったですよ!」


 シュジュアはあきらかにぐったりしていて、疲労困憊こんぱいの様子だ。

 ジオは本当に楽しかったようで、今でも顔をほころばせている。


「それにしても、シュジュア様は刺繍ができたのですね」

「子どものころに叔母君に教わったんだ。今になって活かされるとは思わなかったが」


 今は交流会会場であった庭を離れ、客間の方に案内されてモジュール伯爵夫人を待っているところだ。


「あら、お待たせしてごめんなさいね」


 しばらく待機していると、モジュール伯爵夫人が茶器を持って入室してきた。

 私達はモジュール伯爵夫人が用意した紅茶を飲みながら、和やかに世間話をしていた。


 だがしばらくすると、モジュール伯爵夫人の方から話を持ち出してきた。


「そういえば、シュジュア。なんで、刺繍交流会になんて参加しようと思ったの? リーゼリットさんとジオさんは本気で学んでいたけれど、あなたはずっと不本意そうだったわよ?」

「そうですね。まさか本当に参加する形になるとは、思ってもいなかったもので」

「ならそうまでして、なんで参加してみたのよ? わたくしは無理に誘った覚えなんてなくてよ」


 モジュール伯爵夫人は、純粋に疑問に思っているようだ。

 そんなモジュール伯爵夫人に向けて、シュジュアは真剣な眼差しで問う。


「その答えを言うために、一旦話を変えますね。叔母君は俺が情報屋まで開いて、探しているものをご存知でしょうか?」

「──!? さっさぁ、知らないわ。でも、シュジュアが昼夜問わずに情報収集しているのは知っていたわ。ずっと心配していたのよ」

「ご心配いただきありがとうございます。ですが極秘情報であったとはいえ、キュール公爵家の名を出して調べていたので、知らなかったのは残念ですね。」

「わたくしは元・キュール公爵令嬢よ。今はモジュール伯爵夫人だから、キュール公爵家のことはもうほとんど知らないわ」


 シュジュアはずっと、モジュール伯爵夫人の目線を見つつ話している。

 そのせいか、モジュール伯爵夫人は目線を泳がせながら返答している。


「そうですか。実はその探しているものを見つけるために、この交流会に参加したのです。それで──」


 シュジュアは目線で、とある方向を示す。



「──叔母君が目線を泳がせているあの方向には、いったい何があるのでしょうか?」

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