14話 鉱山を見学します -3-

 今からもう鉱山見学に行くというのに、昨晩なかなか寝付くことができなかった私は寝不足気味だった。

 寝不足気味のせいか、やけにハイテンションである私は、鉱山の途中まで行く馬車の中でも興奮していた。


「わぁ〜〜! のどかな風景ですね!! 素敵だわ!!」

「リーゼリット嬢、もう少しテンションを抑えた方がいい。あとで疲労困憊ひろうこんぱいになるぞ」

「リーゼリット様、僕もそう思います」

「リーゼリット殿は、普段からこのような元気な方なのでしょうか……」


 シュジュアは少々呆れた様子で声をかけてくるが、ジオは本気で心配してくれているようである。

 ターナルは私の普段の様子を知らないので、私がどんな人物たるかを把握している最中のようだ。


 馬車に乗っているのは、ターナル、シュジュア、私、ジオの4人だ。

 私の侍女は、シュジュアの護衛の馬に二人乗りしている。

 侍女のジェリーは1人で馬に乗れるのに、こんな時だけか弱い女性のふりをするので困ったものだ。


 やはり、ザネリは鉱山見学の案内には着いてこなかった。

 ターナルは申し訳なさそうにしていたが、シュジュアはどうやら予想していたようで何も言わなかった。

 私も昨日侍女から盗み聞きの内容を聞いていたこともあり、ターナルのみの案内になることを愛想良く了承した。



 通行路が悪路になってくる前に、途中で馬車を降りる。

 そこからは馬車に使用していた馬で、リーゼリットはターナルと二人乗りになった。

 シュジュアを乗せた馬は、ジオと二人乗りになっている。


(ターナル様と! 馬に! 二人乗り! 推しと二人乗りよ、二人乗り~~~!!)


 私は馬に乗りながら、心の中で思い切り興奮していた。

 ターナルの方は、そんな私に気がついていないようで何よりである。


「リーゼリット殿は……お転婆な面もありますが、思いやりのある親身な方だったのですね。学園では知りもしませんでした」


 ターナルは私と二人乗りになった馬の上で、私──リーゼリットの印象を話し始める。


「……ターナル様と私は同じ1年生ではありますが、違うクラスですもの。無理もないですわ」

「いや、実は学園ではあなたの悪評ばかり聞いていたものでして。やはり噂は当てにならないものですね」


 実はその悪評は数ヶ月前までは本当のことでした、なんて言えはしない空気だ。


「ご好評いただきありがとうございます。でも、私はただの令嬢。他のご令嬢の皆様と変わりありませんわ」

「いいえ。そもそも普通のご令嬢は、鉱山見学などまっぴらごめんだと思いますよ」




 ターナル様と私がそうこう話しているうちに、目的であった鉱山付近にたどり着く。

 その鉱山の見た目や風景は、他にある水晶山と変わりない。

 つまり、ざっと見たばかりでは至って普通の山である。

 そこで何人もの職人が、採掘を行っていた。


「皆様、今日も採掘に励んでいただきありがとうございます」

「──ああ、ターナル様。こんな僻地へきちまでご足労いただきありがとうございます。みんな、ターナル様がいらっしゃったぞー!!」


 一人の職人の声で、さっきまで仕事をしていた人達が皆集まってくる。


「ターナル様、お越しいただきありがとうございます」

「ターナル様、いつも労いくださりありがとうございます」

「ターナル様、お忙しい中感謝いたします」


 職人たちは口々にお礼を言っている。

 どうやら、ターナルは職人たちに好感を持たれているらしい。


「労いの品を今日も持ってきています。荷馬車で運んでいるので、今日中には村に到着するでしょう。それと、ご紹介したい方がおりまして──」


 そこでターナルは、シュジュアと私、ジオを紹介する。


「─────。今日はこの方々が、職務風景を見学ということでよろしくお願いします」

「シュジュアだ。よろしく頼む」

「リーゼリットと言います。よろしくお願いするわ」

「ジオです。よろしくお願いしますね」


 私達が軽く挨拶した後、職人の代表は少し疑問に思った様子でターナルに聞く。


「採掘場の見学ではなく、職務風景の見学ですか? 採れた"聖石"が見たいわけではないのですか?」

「採れた"聖石"は、既にガラティア侯爵邸で見せております。……職人のあなた方がどんな様子で職務に取り組んでいるかを見たいそうです」

「……わかりました。貴族の方々が好むような職場ではないとは思いますが、いつも通りやらせていただきます。では、作業に戻りますね」


 職人の代表が各自の担当に戻るように伝えると、職人たちは散り散りになっていった。



 私が採掘現場を見学していると、採掘業がいかにきつい仕事であるのがよくわかる。

 確かにこんなきつい仕事で、課せられるノルマが多いと怪我人が増えかねない。

 これは早急に対処が必要だなと私が考えていると──。


「あっぶねぇじゃねぇか、メル!! なんでまた、こんな所まで来ているんだ!!」


 採掘音ではない、大声にびっくりすると職人の横には小さな少女が立っていた。


「だって!! おとうさんが怪我で寝込んでいるから、わたしが手伝うんだもん!」

「メルのような子どもができることなんざ、なんもねぇ!! とっとと家に帰って、父ちゃんの看病してやりな!」

「いやなの!! わたしだってできる! "せいせき"を採ることだって、手伝えるんだから!!」


 どうやら少女は、怪我をした父親の代わりに採掘を手伝いたいらしい。

 だが職人たちは、必死に少女を帰らせようとしている。

 ならば私と一緒に見学のお誘いをしようかと、少女の方へ向かおうとすると──。


「……危ない! リーゼリット殿!!」


 ターナルの声と共に、少女の足元辺りから地割れが起こっていき私の足元までヒビが入っていく。


「わたしは手伝える!! わたしが手伝えば、みんな朝から夜まで必死にお仕事しなくてすむんだから~~~!!!」


 少女の悲鳴のような叫びと共に、地割れが酷くなっていく。


「リーゼリット殿! そこは危険です! こちらへ!!」


 ターナルは地割れの起こっていない方へ、私を誘導しようとする。


「お願い! メルちゃん、私の声を聞いて! 手伝いかたはたくさんあるわ! でも、今のこのやり方じゃ怪我人が増えちゃうの!!」


 けれども私は、少女への説得を優先する。


「え!? 怪我するひと増えちゃうの?……わたしのせいで?」

「メルちゃんだけのせいではないわよ。でも……このままじゃ、全部メルちゃんのせいになっちゃうわ」

「それはいや!! わたしはみんなの手助けをしたいの……」

「それなら、一旦お姉ちゃん達とお話してお手伝いの方法を探そっか?」


「……うん、わかった」


 少女の感情の爆発が収まると同時に、地割れも起こらなくなった。

 それによって、私は確信する。


 ───メルは"魔法使い"だ。



 *****



 一旦職務見学が中止になった代わりに、リーゼリットたち6人はメルの家に訪問することになった。

 そこでターナルの口から、メルについて知っていることを話される。


「改めまして、こちらの少女はメル。8歳です。さっきの光景でわかりました通り、メルは"魔法使い"です。今までは癇癪かんしゃくを起こした際に、コップや花瓶を割る程度だったようですが……。あそこの鉱山は"聖石"がある為、相性が悪いようでして。さらに破壊の威力が増すようです……」


 ターナルは動揺しているのか、冷や汗を流しながら話す。


「このことを知っているのは、……貴族では兄のザネリと私の2人だけです。破壊魔法の使い手など、余所の者に知られても迫害されるだけです。くれぐれも内密にお願いします」


 そう言って、ターナルは頭を下げる。


 どうやら、鉱山で採れる石が"聖石"であることを発見するきっかけになったのは、メルの魔法で間違いないらしい。

 この鉱山は"聖石"が発見されるまでは、水晶が採れる山として採掘されていたようだ。


 当初はただ純粋に、父の採掘現場を手伝おうとして、メルは魔法を使ってしまったとのことだ。

 その後、メルの父は水晶山から"聖石"の採掘現場となった鉱山での過労で怪我をし、メルはさらに魔法を使おうと躍起やっきになっているみたいだ。


「わたしは壊すことしかできないから……。ならせめて、おとうさんの代わりにわたしが頑張らなきゃ」


 メルはしょんぼりとした様子で話を続けている。


「でも、わたしは何もできない。壊すばかり……。わたし、なんでこんな力を持って生まれたんだろう──」


 メルはただただ静かに、そのつぶらな瞳から涙をこぼしていた──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る