11話 依頼に同行します -7-

「──それで、俺への願い事は何にするか決まったのかな?」


 勉強づくめになる程テストに明け暮れていた日々が終わり、待ちに待った夏季休暇が到来した。

 夏季休暇中にも学ばなければいけないことは多々あるが、それでもひと段落済んだことに変わりはない。


 そんな夏季休暇のある日、今日も監視員役の侍女を連れて、私はシュジュアの情報屋の事務所に来ていた。

 盗難事件に巻き込まれることになった代わりに、私への貸しとして提案されていたシュジュアへの"願い事"に関する案件である。

 本来なら、適当にはぐらかしてすっぽかしてもいいはずなのに、推しは律儀りちぎな人なんだなと思いつつ散々悩んだ結果を話す。



「実は……資金がほしいんです」


「資金? ……何の事業に関するものだ?」

「それは……まだ、お教えすることができません。目標金額まで貯まりましたら、のちほどお教えしますね。それで資金調達の為に、ラニと共同開発をして最終的には量産を行いたいんです」

「ラニと共同開発? ……君が以前作った写真機のような優れたものをか?」

「はい! 写真機ほどの品物ばかりとは限りませんが、私の脳内には他にも良い商品が多数浮かんでおります! お願いします、私にチャンスをくださいませ!!」


 土下座するぐらいの勢いで、私は長い間深い礼をする。

 終いには、「君の願いはわかったので、一度頭を上げてくれ」との声がかかったのでシュジュアの方に目を向ける。


「共同開発の件は構わないが、そもそもそんなことをせずともノーマン侯爵家は裕福だろう。なぜリーゼリット嬢自ら、資金調達を行うのだ?」

「実は事業自体は今まで携わったことはないのですが、私の前例が……その……酷かったせいで必要以上の金銭は持たせて貰えなくて……。お父様もお母様も、今でも私を完全に子ども扱いしておりますし……」

「あぁ~………ソウダッタナ」


 シュジュアが遠い目をしている。

 前回の事件の時といい、私の推しはわりとたくさん表情を変える人なんだなと驚く。

 "わたくし"ではない"私"まで、なんだか申し訳ない気持ちになってしまうぐらいに、心の中ですまなく思いながら相談の続きをする。


「今の私は問題行動は起こさない……と言いたいところなのですが、そのうえでお願いを了承していただけませんでしょうかーー?」


 シュジュアは少しばかり悩む素振りをみせた後、私が悩みに悩んで提案した願い事への返答は──。




 その後、シュジュアに二つ返事で共同開発の許可を貰えた私は、早速彼と共にラニの作業小屋まで向かう。

 ラニの作業小屋に向かうにはシュジュアの同行付きという条件ではあるが、開発補助としての代金の他に、もし発明商品に売上があれば私にその一割を提供するという話になった。


 契約書を交わそうとした際には、宝飾品盗難事件の被害者の一人であった鑑定士のジオが手伝ってくれた。

 ジオは情報屋の助手として、シュジュアの事務所にすっかり馴染んでいるようだ。

 この件に関しては、小説バイブル通りになってくれて安心する。


 先程の出来事を思い返しているうちに、馬車が作業小屋に到着した。

 私は作業小屋に入ると、今日も奥の方にいて作業をしているラニに挨拶をする。


「ラニ、こんにちは。以前会った時から半月ぶりぐらいかしら? 元気にしていた?」

「──!? これはこれは、リーゼリット様ではありませんか。ようこそ、こちらへ再びいらっしゃいました。ええ、元気にしておりますよ」

「息災でなによりだわ。今日はとある用件でこちらに来ましたの」

「こんなところに足を運んでいただいてまで、それはどのようなご用件で?」

「そこから先は、俺が話そう」

「おお、シュジュア様。かしこまりました。どうぞ、お二方ともこちらへ掛けてお話ください──」


 そこでシュジュアが、先程の私が彼に提案したお願いの一件を話し出す。

 それをラニが時折うなずきつつ、いたって真剣に聞いている。


「共同開発、ですか!? 私としましても、新たなるアイデアを持ち出してくださるリーゼリット様との発明は有難いばかりです。ですが……シュジュア様」


 不意にラニが、シュジュア様に向けてなにやら目で訴えかけている。

 ラニの訴えを目で捉えたシュジュアは、その目を伏せて首を振る。

 それを確かめたラニは、軽くうつむいた後に笑顔になってまた話し始める。


「私は大歓迎ですよ、リーゼリット様。ぜひご一緒に様々な商品を開発いたしましょう」

「本当、ラニ!? よろしくお願いするわ」


 あらためてラニにも許可を貰えた私は、手を叩いて喜ぶ。

 ご令嬢らしくないのかもしれないが、今さらそんなことは気にしない。




 そうして、ラニと共同開発することに決まった私は早速製作を開始することにした。

 製作するものに関しては、今回は私に一任するということらしい。

 そういうことなので、私はこの世界ではまだ実在していなくて、今世でも欲しいなと感じたものを思い浮かべる。

 そして、私はラニと手を繋ぐと、彼は反対側の手を机の上にかざす。


 前よりも少ない時間で、ラニが手をかざした先にあるモノが実体を持ち始める。

 実体を持ったものは──数十分程度で、完全に形ができた。


「──できましたわ! 双眼鏡!!」


(この世界では望遠鏡やオペラグラスはあるのに、何故かちゃんとした双眼鏡はなかったのよね! まぁ、あったとしても重すぎたり、高倍率すぎて使えたものではなかったのかもしれないけれど……)


 私が手で小さくガッツポーズしていると、ラニが先程作った"商品(仮)1号"をまじまじと眺めている。


「これは……オペラグラスを少し大きくしたものでしょうか?」

「いや……これは双眼鏡というものだ。軍事用などにも開発されようとしたが……少しの振動でブレて、実用に至らなかった代物だな」


 シュジュアは驚いた様子だったが、そう言って"商品(仮)1号"の双眼鏡を手に取ると……。

 その双眼鏡を手に持って、そのまま外に持ち出した。



「……これは───」


 私も外に出てシュジュアの後を追いかけると、彼は双眼鏡で外の景色を眺めていた。


「その双眼鏡はあまり倍率を変えられませんが、代わりに小型化と軽量化を考えた品物になりますわ。……いかがでしょうか?」

「………君はこの品物をどうやって考えついた?」

「それは……実はある日"天啓てんけい"にうたれまして! 色々と"お告げ"をいただいたのです」

「……"お告げ"だと?」

「はい! それで……今までの私ではいけないということがわかりまして。こうして日々精進中なのです」


(念の為、質問されそうなことを予め考えて置いて良かったわ! 小説バイブルという"天啓"を得て、その文章内容から"お告げ"をいただいたのは本当といえるしね)


 念の為に私が考えてきた理由を話すと、シュジュアはなにやら黙々と考え込み始めた──。



 *****



「("天啓"だと!? 確かに、最近のリーゼリット嬢の動向の変わりようは気になってはいたが……。写真機といい、双眼鏡といい……これが"お告げ"と関係があるのかはわからないが、何かしらの恩恵があって製作したということか)」


 シュジュアはひたすらに思案し、ひとまずの決断を出す。


「……わかった。以前製作した写真機の方は当分難しいだろうが、双眼鏡の方は量産に向けて考えてみよう」

「ありがとうございます!! ……あっ! そういえば、もうひとつ作ってほしいものがありましたの。今からラニに頼んできますね」

「(リーゼリット嬢が様変わりする程の"天啓"……。もしや、"魔法使い"との関連が!?)……あっ、待て! ラニはもう今日は疲れて何も作れないはず……。行ってしまったか……」


(……まぁ、2品目の製作に関してはラニの方から断るだろう。それにしても……"天啓"をさずけるほどの"魔法使い"となると、200年前の建国時代にまでさかのぼるはず──)


 シュジュアは作業小屋の外で双眼鏡の性能をもう一度試しつつ、考えに没頭ぼっとうしながらゆっくりと小屋の中へ戻ると──。


「……──できましたわ! 今度は単眼鏡!!」


 その光景を見たシュジュアは誰が彼女に"天啓"を授けていたとしても、それはこの国でもっとも尊い存在・・・・・・・・なのだろうと悟った気がした───。



 ──その後、双眼鏡と単眼鏡は貴族たちに鑑賞ブームを引き起こして、のちに多大なるヒットを得ることになった。

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