第2話
青年は少年を連れて仲間たちと合流した。連れて、と言っても仲良くおててを繋いでいたわけではなく、革帯で手首を拘束した上で首根っこを掴んで歩かせたわけだが、ともかく確保した状態でみんなと王宮の地下に向かった。
王宮の地下には政治犯を収容する牢獄がある。ほとんどは王に背いたかどで投獄されていたので、将校たちは彼らを解放した上で、王宮に残っていて自分たちに反抗する官吏や近衛隊の上級兵士をぶち込んでいた。
青年はその一角に少年を放り込んだ。
ここならば貴族の味方は誰も来ない。大きな声を出しても自分たち以外には聞こえない。ここでは何があっても不思議ではないのだ。だいたい罪人は罪を犯したのだからどんな罰が与えられても自業自得だ。
それでもなお少年は気丈であった。声ひとつ上げることなく、涼しい顔でここまで来た。
これもまた青年の面白くないところであった。
生意気な子供だ。痛い目に遭わせてやりたい。思慮深い大人の我々に反抗する聞き分けのない子供を教育する時間だ。
「殿下をどこに隠した!」
青年は少年を怒鳴りながらその腹を蹴った。少年はやはり声ひとつ漏らさず耐えた。しかし攻撃することに長けた軍人の青年の力に抗うほどの膂力はないのか、分かりやすく抵抗することはなかった。
「吐け、吐くんだ! さもないとこうだ!」
腹や背中を蹴られ、踏まれても、少年は悲鳴を上げなかった。ただ歯を食いしばって堪えた。衝撃に耐えかねたのか唇からは唾液が漏れていたがそれだけだ。涙もない。
可愛げがない。
「汚いツラだ。洗ってやろう」
そして青年は背後に立って成り行きを見守っている部下にこう言った。
「水を持ってこい」
部下が短く「ハッ」と返事をして下がっていった。
ややして、部下ら二人が大きな
盥を床に置く。揺れた水面から水滴がひとつぴちゃりと湿っぽい床に飛んだ。
少年の髪を掴んで、顔を上げさせた。
「殿下はどこにいらっしゃるか言え」
少年は即答した。
「言わない」
青年は少年の髪を鷲掴みにしたまま彼の頭を盥に突っ込んだ。
青年の手にも水がかかったが、井戸から汲んできたばかりと思われる水は凍えるほど冷たかった。
少年が
少ししてから顔を持ち上げてやった。このまま窒息死させるわけにはいかない。あくまで生かさず殺さず、ぎりぎりのところを攻めるのだ。
「話す気になったか」
だがその少年の顔を見た時、青年は自分の中に
少女のように美しい顔が苦痛で
未知の、禁断の領域に足を踏み出してしまった。
少年は強情だった。
「誰が話すものか」
その返答に青年は恍惚とした。
けして折れない、何か美しいものを、自分は今、痛めつけている。
ふたたび少年の顔を盥に突っ込んだ。がぼ、ごぼ、と気道に水が入る酷い音がした。少年の手首は背中の後ろで
何の抵抗もできない、美しく気高い少年の呼吸を、制御している。
髪の隙間から見えるうなじが綺麗だ。
殺してはならないので、手を離してやった。
少年が跳ね起き、だらだらと水を吐き出しながら咳き込んだ。
薄い背中が震えている。
その様子を眺めているのがとても
手を伸ばし、少年の頬を撫でた。そこには醜い傷がある。しかしその醜い傷が彼にはよく似合った。かえって
「吐かないか」
少年が青年を
「そうか、では爪を剥いでやろう」
「やりたくばやるがいい」
次の時、中年の男の野太い怒鳴り声が暗い地下牢に響き渡った。
「貴様、何をしている!」
ともに行動を起こした中では最も
青年は我に返った。
確かに、自分は何をしていたのだろう。
年嵩の将校が青年の胸倉を掴んだ。そして、拳を振りかぶった。
鉄拳制裁を受けてしまった。
しかし仕方がない、自分が脱線していたのだから。
年嵩の将校の真意はそうではなかった。
「なんてことをしてくれたのだ」
年嵩の将校が少年に駆け寄った。震える手で少年の手首を拘束していた革帯を外した。
何が起こっているのか分からず混乱して周囲を見回す。
出入り口のほうに一人の少年が突っ立っていた。青年が拷問していた少年と同じくらいの歳、似たような背格好で、同じ色の髪と瞳をした少年だった。つるりとした頬に傷はない。蒼白な顔をしてがたがたと震えている。ひょっとしてこれが本物の王弟殿下だろうか。このように立派な影武者があるのだからそれを上回る覇気があるものと思っていたが、拍子抜けだった。
少年が震える声で
「で、で、殿下」
青年は目を見開いた。
「お、遅くなりまして、その、なんということを。この、このようなこと、もし僕が間に合わなかったら、どうするおつもりだったのですか。ぼ、ぼ、僕の命では
今の今まで水責めをしていた、顔に傷のある少年のほうを見た。
彼を前にして、年嵩の将校が汚れた床に両手をついて
「申し訳ございませぬ殿下! このような非礼どのように詫びたら、なんという、どうしてこんな恐ろしいことを」
顔に傷のある少年は、肩で息をしていたのが治まってくると、壁に背をつけ、両足を投げ出し、鷹揚な態度で答えた。
「もうよい。私の小姓たちが誰一人として死ななかったのであればそれで十分。何も言わずに我々を元の部屋に戻してくれ」
今連れてこられたほうの少年が、顔に傷のある少年、つまり本物の王弟殿下に抱き着いて泣き出した。王弟殿下は慈愛に満ちた表情でそれを受け止めた。
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