いざ村おこしへ

第23話 フォルズ商会

 総勢、二十名と少し。これを多いと取るか、少ないと取るか。

 移動に関して言えば大所帯だろう。いくつもの街を経由しての移動は一ヶ月ほどかかっており、トラブルこそ少ないものの、疲労回復のための休息は長めにとっていた。

 しかし、やることが、目的が村おこしともなれば、少ないだろう。これからの作業を考えただけで、五十名の動員をしたところで年単位の話になってしまうのが現実だ。

 とはいえ、目的地が近くなれば、疲労もそれなりに飛ぶ――が、それは気のせいというやつだ。

 目的地は現在、森になっているため、一番近い街では長く滞在することにした。その間に、可能な限り必要なものを買い込むのも、理由の一つだ。ここまでは可能な限り、身軽にやってきた。


 二日目のことである。


 話を持ってきたのは、ホノカだった。

「ええか?」

「おう」

「なんだ、リュウも一緒かね。トラブルでも?」

「いや、そうじゃないんだけど」

 あれから五年、お互いに時間ぶんの成長をした。特に身長は高くなったし、レーゲンは175になったのを喜んだくらいだ。これで本格的に部位鍛錬ができる、と。

 幼い頃にもできるが、成長を阻害することを知っていたため、今までやっていなかったのだ。対してリムリアは、160ほどで止まったが、直刀が扱えるなら充分だと言っていた。

 プリュウ、ホノカを加えたこの四人は、村おこしの主導者として扱われている。代表はプリュウ――いや、今はただのリュウと名乗っているが、それはともかく。

「フォルズ商会からの呼び出しや」

「ほう? そういえば、レーゲンのツテで、きみは関わりを持っていたな」

「向こうとしては、話がしたい、それだけや。ただフォルズ本人がおる」

「ふうん」

「断る理由はないと思うがね」

「うちもそう言ってんけど、リュウが」

 ホノカが尻を軽く叩く。

「怖気ついてんのや」

「なんかあると嫌だからついてきて! あのフォルズの設立者がいるのよ!? どういう理由で呼び出されるのかもわかんないし、怖いじゃない!」

 いつものことなのでホノカは諦めているようだが、今回は仕方がない、レーゲンとリムリアも同行することとなった。

 フォルズ商会は、ここ五年で一気に知名度を上げた大手商会である。

 簡単に言えば、やっていることは仲介業者だが、――今までその事業を、商売として行っているところは、どこにもなかった。

 彼らが目をつけたのは、商人の護衛にある。

 大手商会ならば、定期的に荷物を運ぶため、そもそも護衛とは商会の人間であり、常時雇っているようなものなのだが、小さい商会や行商人などは、改めて雇う必要がある。基本的には冒険者ギルドに依頼を出すことになるだろう。

 まず、フォルズ商会は引退した冒険者を集めた。事情を話し、護衛が可能な者を雇い、そして必要なものにかなり安い料金で貸し出し、実績を作りだす。店舗を作り、そこに商人が顔を見せるような段階になってから、ようやく、冒険者ギルドに話を持ち掛けた。

 業務提携である。

 これにより、護衛の仕事がやりやすくなった。大きな目で見れば、提携ではあるものの、フォルズ商会は冒険者ギルドそのものを、専属護衛として雇ったようなものだからだ。

 ――この時点で、商業ギルドは口を挟めなくなる。

 もちろん、仕事を始める前にフォルズ自身が商業ギルドへ行ったが、何を売買するのかという品目に対し、ある意味では人になると言って、ちょっとした騒動が起きていたのだ。無理なら仕方がないと諦めたが、記録はさせておいた。

 そう、この時点で商業ギルドとは、物品のない商売を想定していなかったのである。

 商人たちはフォルズ商会には肯定的だ。本来なら、こういう仕組みをギルドが作るべきだった、とさえ口にするほど。

 とはいえ。

 これだけでは稼ぎが出るわけではない。続いて手を出したのは、保険サービスだ。フォルズ商会を通した仕事において、盗賊などの被害に遭った場合、定期的に金を支払っている商人に対し、物品の奪還などを商会側でやるようにする。

 実は、これは冒険者ギルドにとっても悪い話ではない。

 盗賊や魔物の被害は、放っておけば広がる一方であり、できるだけ迅速に対処する必要に迫られる。しかしフォルズを通した場合、物品の奪還も可能な限りやるというだけで、依頼してくれるのだ。

 今までは、冒険者ギルドが依頼する側だったのに、それを肩代わりしてくれる。それどころか、魔物や盗賊の位置情報などが、情報収集をするまでもなく、記されている――引き受ける冒険者も、わざわざ依頼主の商人などとの交渉をする必要がない。

 こうなるまでに一年、いつの間にかフォルズ商会には、商人だけでなく冒険者も顔を出すようになった。個人商人も気に入った冒険者たちと会話をするし、また仕事を頼む。商談で白熱したのなら、まあ落ち着いたらどうだと、冒険者が仲介する、そんな光景を見るようにもなった。

 フォルズ商会は、それをわかっていたかのように、各地に支部を完成させる。初期からそういう声は上がっていたが、タイミングが重要だ。

 冒険者ギルドとの事業に追加を一つ。

 冒険者とは、同じ場所に留まることはあっても、仕事となれば各地へ移動するものだ。その時に、フォルズ商会の資料を運んでもらうよう掛け合った。もちろん、依頼という形式なので料金は支払うし、冒険者としては移動のついでに書類を持つだけで済む。

 封が破られていたら、最低金額。破られていなかったら追加、さらに早ければ満額を支払う。基本的には二つ目か、三つ目の金額になるだろう。

 問題は一つ目、封が破られていた場合。

 専門の鑑定士を各支店に置き、それが人の手によるものならば、フォルズ商会のリストから対象の冒険者を除外し、さらにその情報は冒険者ギルドへも通達され、信頼なしとして指導が入り――最悪、冒険者の資格をはく奪する。

 簡単な調査だ。冒険者ギルドとしても、そうした人間を選別できるので、ありがたい。

 さて。

 こうなってくると、事態は急激に加速していく。それが予想外だったのならば、フォルズ商会は潰れていただろうが、想定内ならば歓迎の事態である。

 つまり――今度は、商人に対して販売先の提供を打診された。

 たとえば鉱山で買い付けした金属を、鍛冶屋へ卸したいが、一般鉱石よりも良い代物なので人を選びたい――そういう相談を受けることになり、フォルズ商会は繋がりを広げていき、商人たちの仲介所のような役割を果たしていくことになる。

 仕組みを作るのに三年、そして規模拡大に二年――。

 今や、この大陸でフォルズ商会の名を知らぬ者はいない、のではないかと、そう思うくらいに広まった。


 その総責任者である男が、今、目の前にいることに、第五王女なんておまけみたいな立場だったリュウは、さすがに緊張していた。

「足を運んでいただいてありがとう。私がラナッサ・フォルズです」

「リュウです」

 ほかの三人は立っているのに、自分だけ座っているのも落ち着かない。秘書のような女性が出してくれた紅茶にも、視線は投げるものの、飲もうという気にはならなかった――のだが。

 魔力波動シグナル

 それが防音するために張ったリムリアの結界だと、すぐわかる。もう長い付き合いだ、何度か似たような状況で手を貸してくれていた。

「久しぶりやな、ラナさん」

 少し場を緩ませよう、そう思ってホノカが口を開くが、彼は。

 ラナッサは小さく笑った。

「まあ、ホノカもいるし、商人としての顔を作らなくてもいいか。いや笑ったのはなホノカ、久しぶりなのはここにいる全員だからだ」

「へ? や、レーゲンと知り合いなんは知っとったけど、リムリアも?」

「プリュウ王女殿下も、三度ほど会話をしたことがあるんだが、まあ覚えてねえか。今はただのリュウか?」

「そう、だけど、……うん?」

「王宮の晩餐会で三度、当時の俺の名はラナイエア・フォージズだ」

「――うそぉ!?」

 瞬間、ホノカは左側にいたレーゲンの背中を力強く叩いた。

「いてェな」

「なんで黙っとったんや。うちでも名前くらいは知ってる貴族やないか」

「リュウと同じで、今はフォルズ商会のラナッサだぜ?」

 もう一度叩かれた。

「あんたはほんまに……」

「ふむ、どうかね?」

「商業ギルドに喧嘩を売るつもりで始めたんだが、話にならないどころか、相手にもならねえよ。盤外で嫌がらせやら強硬手段やら使ってくるばかりで、商売でやり合おうと考えちゃいない。貴族を呼んでた時は笑いをこらえるのに必死だった。子爵は俺を見た瞬間、顔を白くしてたけどな」

「それなりに楽しんでいるようなら何よりだ」

「敵がいないと退屈だ、そう感じる前に忙しいからな」

「リュウ」

「へ、あ、そうだ、えっと――土地の確保、ありがとう」

「ああ、国王側に打診したのはそっちだし、未開の土地はそれなりにあるからな。人が住める条件の中で、そこそこ良さそうな場所を選んだだけだ。隣国も近いが、そのあたりはレーゲンも好むところだろう?」

「まあな」

「村が完成するまでは口出しするつもりはない――が、プリュウ、いや、リュウ。犬族を八名、三家族、引き受けるつもりはないか?」

「どこまで説明してある?」

「まだ村ができていないことと、完成したら貸した労働力に応じて、住居を得られること」

「追われてる? それとも捨てられた?」

「戦火に巻き込まれた一族だ。今まではずっと移動しながら生活してきた。犬族は労働者として優秀だが、それゆえに、働きすぎることがあるし、それを強要する場所も多い」

「うちだって扱いが良いわけじゃないけど?」

「二ヶ月だ、まずはそこまでで良い」

「お試し期間かあ。それ、相手も承諾済みってことだよね」

「そうだ」

「こっちもお金が支払えるわけじゃないんだけど――それも話してあるんだ」

「迷惑をかけるつもりはねえよ。俺はこれでも、後ろ盾になる気でいるからな」

「わかった、じゃあ引き受ける。こっちも二十人くらいいるから、食料とか集めるの大変だからさ、そこらへん手伝ってくれるんでしょ?」

「人材の紹介所みたいな商売をしてるから、それ以外もできる。それなりに支援はするさ。レーゲンとリムリアには、世話になったし」

「何言ってンだ」

「そうとも、世話をしたつもりはないし、追い出したのはぼくたちだろう」

「ま、そういうことにしておくか。出発はいつになる?」

「明後日の朝かな」

「それだけわかれば充分だ。何かあったら受付で名前を出せば俺に繋がるし、しばらくはこっちにいる。――レーゲン、そっちはどうだ」

「ん? ここの受付の姉ちゃんが結構やるだろ、それが気になったくらいだ」

「そういう話じゃねえよ。商売するに当たって、一族を引き入れたから、その手合いだ」

「一族とは何かね」

「知らないのか」

「俺も知らん」

「あー……」

 ちらりとホノカを見て、それからリュウを見て苦笑する。

「リュウはぎりぎりのラインか。まあいい、大雑把に一族とか衆とか呼ばれてるんだが、集団というより個人として注目されがちだ。戦闘の宵闇よいやみ一族、政治のあけぼの一族、情報の黄昏たそがれ一族、そして商売の東雲しののめ一族、あるいは東雲衆。最低限の戦闘はやる上で、それぞれ専門分野にわかれて特殊技能を磨いた連中のことだ」

「ああ、父さんの使ってた人って、じゃあ宵闇や曙だったんだ」

「そういうことだ」

「なるほど、つまりは使い勝手の良い駒かね?」

「そう言ってやるな。駒だって主くらいは選ぶ権利がある」

「そっちにいるお前の奥さんは、じゃあ宵闇か」

「よくわかったな、その通り。まあ、一族としての仕事はしてねえけど」

「いいえ、ラナによく頼まれます」

「あー……おう、そうかもしれん」

 どうやら良い関係のようだ。

「お前から見てどうだ」

「リムリア」

「ぼくかね? 脅威判定をするのなら、受付の女性はランクF、彼女はランクEだ」

「なんだそりゃ。リムリア、そいつはどういう基準だ?」

「ぼくの一方的な基準だとも。そうだな、わかりやすく言えば、軍騎士はそもそもランク外だが、しかし、彼らは部隊であり、それを運用する人間がいる。戦場において、何を目的としてどう動くか、これによってぼくのランク付けは変化する――ここまでは良いかね?」

「言ってることはわかる」

「その上で、ぼくたちと一緒に来ている同級生や、暗殺主体の連中をまとめている人間は、ランクEだが、では彼女とやり合ったら互角かと言えば、そうではない」

「それは、お前にとっての評価だから、だな」

「近しい実力だろうとは思うがね。ぼくの基準では、ランクBなら苦戦必至。共倒れもありうると考える――わかりやすく互角と、表現して欲しくはない。ランクAなら、存在を感知した時点で逃走の手筈を整える。ランクSには出逢うな、だ」

「下はどのくらいの余裕があるかって話か。レーゲンはSか?」

「何を言っている? きみは人間と飛翔竜ワイバーンを一緒に比べるのかね?」

「ははは、違う意味でのランク外かよ」

「俺はまだ人間の範疇だぜ」

「なるほどね、護衛の手配はこっちでしなくて済みそうだ」

「ふむ。レーゲンの相手を探すのは大変そうだな?」

「望む連中は少なからずいるから、情報は集めておくさ。準備が整ったら改めて教えてくれ、良い稼ぎになるだろう」

「おう、そうしてくれ」

「ところで」

 ラナは問う。

「レーゲンは最盛期か?」

「――まさか」

 返答は、苦笑である。

「ようやく、道が見えてきたところだ」

 この男が将来どうなるのか。

 その完成を楽しみにしているのは、きっと、ラナだけではないはずだ。


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