第21話 学生食堂にて
彼らは、友人というほど付き合いがあったわけではない。
建築科の優秀者、鍛冶科の働き者、戦闘科の考えなし――ある意味で、それなりに有名だったので、顔見知りではあった。
そもそも、学科が違えど、共通の授業はある。たとえばそれが戦闘であったりするのだが、レーゲンと知り合ったのはそれぞれ違う。
建築家のニールは、レーゲンからの接触があった。
授業を終えたタイミングで、ひょいと顔を見せた時、室内の全員が注目するくらいに、彼は有名人だった。
何しろ入学した時から刀を
「お前がニールか」
「ああ……なんか用事か?」
いやと、短く言って開かれた図面の描いてあるノートに目を落とし、レーゲンは小さく笑った。
「――なんだ」
決して、それは嘲笑ではなく。
「お前、実家から通ってるンだよな?」
「そうだけど」
「まだ、自分の家も
一瞬、何を言っているのか理解しようとして、手元の図面に視線を落とし、顔を上げた時にはもう、レーゲンは背中を見せていた。
それが最初の顔合わせであり、次からはニールが彼を探すことになる。
逆にゲッカは、腰に佩いた刀を見たくて、自分から戦闘の授業が終わるのを待った。
だが。
「今のお前が見ても、何もわかンねェよ」
「あ?」
「お前が作ったものは、観賞用か、実用品か、どっちだ? 一体何が違う?」
「――それは」
「即答できねェなら話は終わりだぜ」
なんて、最初は冷たくあしらわれた。
その様子を見ていた、同じ戦闘科のログリッテは、何を話しているのかもよくわかってはいなかったようだが。
そこから次第に顔を合わせる機会が増えて、それぞれ仕事を紹介されたり鍛錬をしたわけだが――。
レーゲンを探す、というのは難しい。
隠れているわけではなく、本職が冒険者として扱われるため、学校を休んでいる時の方が多いのだ。本人は、冒険者として仕事をしているわけではなさそうだが、言い訳には使えるのだから、気楽なものだ。
その日。
学生食堂で飯を食べながら、ぼうっと天井を見上げていたログリッテは、対面にレーゲンが腰を下ろしたのに気付いた。
「……おう」
「何ぼけッとしてるンだ」
「もう冒険者ギルドに行きたくねえって、真面目に考えてた」
「ははは、もう十日になるのに、変わらねェか」
「あの人たちは容赦がなさすぎる。骨折がないだけ加減してくれてるんだろうけど、それだけだ」
「それで?」
「いや行くけど」
「そうじゃねェよ、成果の方だ」
「考えるってことが、少しわかってきたけど、まだ何かを掴んだわけじゃない。三度に一度は避けれるくらい」
「ふうん」
「なあレーゲン、どうすりゃいい? ああいや、思考放棄とか諦めじゃなく、こう……なんて言えばいいか」
「ようやくそこかよ。いいかログリッテ、そこはスタート地点だぜ。誰だって得物を握って対峙した時、まず、それを考える。どうすればいい? つまり――どうやれば決着がつくのか」
簡単に言えば、どうやれば魔物を倒せるのか、だ。
「二つだけだ、ログリッテ。戦闘はこの二つで済む」
「おう」
「一つ目は、先手で当てること。相手が人間なら、一撃で腕でも足でも、もちろん首でも頭でも胴体でも、たった一撃を与えられたのなら、そこからは圧倒的な優位に立てる。わかるか?」
「……俺は」
即答せず、サラダを口に入れて飲み込む時間を使って考えた。これもログリッテにとっては大きな変化だ。
「いや、わからないな。俺は骨折したまま戦闘したこともない」
「じゃあ、もしそういう機会があって、それが訓練なら、試してみろ。最悪だぜ」
「レーゲンは経験したことがあるのか?」
「ある。痛みを気にしないで済むのは、せいぜい60秒だけだ。そこから先は、足を一歩踏み出すたびに激痛が走って頭が痛くなる。さらに20秒くらい経過すると、痛みと共に視界が点滅を始めた。こうなったらもう、まともな動きはできねェよ」
「……想像したら食欲が失せた」
「経験はしておけ」
「機会があったらな。先手をとって当てるのは、わかった。じゃあ二つ目は?」
「二つ目は、相手の攻撃を避けて、当てる。この行動は同時が好ましいが、わかりやすいだろ? 避けて、相手が次の準備をする前に、攻撃をする」
「後の先ってやつか」
「よく知ってるじゃねェか」
「いや俺だってそのくらい…………まあ、以前の俺だったら、そうかもな」
「一つ目は先の先、二つ目は後の先。基本的にこの二つだけで戦闘は終わる」
「……、……――おい待て、待て。何の解決もしてないだろ! 俺はだから、そのためにどうすりゃいいのかって話をしてるんだ!」
「よく考えろ」
「くそ……!」
「しょうがねェな……お前に足りてねェのは、観察だ」
「……観察?」
「対峙してから考えるから遅れるし、何をするのかと探るから手遅れになる。今日は一時間早く行って、躰を動かす前に、訓練をしてる連中をよく見ろ。何をどうしているのか考えて、それに対応するにはどうすべきか。で、それを実践しろ。どうせ失敗する」
「また殴られるのかよ……」
「当然だ。お前は考えるのも足りてねェし、実践する技術も足りてねェ。それを自分で見つけて、改良していけ」
「わかった、とりあえずやってみる。……あ、ニールとゲッカが来たぜ。悪いけど俺は、次が戦術論の授業だから先に行く」
「おう」
手早く食事を終え、すれ違いざまに軽い挨拶だけして、ログリッテはやや足早に出ていった。
「ようレーゲン、あいつどうしたよ」
飲み物を片手に持ったニールは、すぐ対面に腰を下ろしてそう言った。ゲッカは軽食を頼みにいったようだ。弁当を食べた後だというのに、まだ腹に入れたいらしい。
「考えるッてことが身についてきたンだよ。戦術論じゃまず、課題となる戦場の配置をした紙を配って始るンだが、まずその紙を逆にしろと言っておいた」
「へえ? 授業内容はともかく、劣勢だろうが優勢だろうが、相手側の行動の考察から入るってか。考えることが二倍に増えるようでいて、より現実的な考察ができるな、そりゃ」
「面白いだろう?」
「逆側の視点か……なるほどね」
「待たせた」
待ってねェよと返事はするが、ゲッカは普通に一人前の食事を持ってやってきた。
「お前まだそんなに食うのかよ」
「ニールだって弁当二つ食ってただろう」
「俺は現場でもそうだったからな。ああレーゲン、とりあえず、ありがとな。現場の紹介は助かったし、事前のアドバイスも実際にやってみて、的確だったとよくわかるぜ」
「それは僕も同感だよ、助かった」
「様子は聞いてる。問題がありゃ俺が対処するしかねェからな。で、どうだ?」
「マジで甘く見てた。お前、最初の時に言ったろ? 家を解体してねえのかって。現場で休憩中にメモしてたのを棟梁に見られたんだけど、ちらっと見ただけで同じこと言われたぜ。なんだ自宅はもう
「僕も似たようなことがあったよ。一番斬れる状態のものが、一番綺麗だとは限らないって」
「そんだけレーゲンが、専門じゃねえのによくわかってた――ってことだろ。俺の方はとりあえず、家の完成まで見届けられそうだ。ガラ拾いはまだ続きそうだけど、それも外壁が完成するまでだ」
「僕は明日から、紹介されたほかの鍛冶屋を回る予定だ。工房長が手配してくれるらしい、楽しみだよ」
「次が繋がったようで何よりだ。それで? わざわざ報告のために来たのか?」
「ん……まあ」
「昨日から、さっきまで、俺もゲッカもメモの整理をしてたさ。疑問の整理をして、次に現場へ顔を出した時に、何を見て何を盗むのか、そういう準備が何より必要だと気付いたからな」
「ニールも僕も、今回のことはかなり嬉しいことだよ。たぶん、学校なら二年目か三年目で学ぶ内容だとしても、前後の繋がりが現場の方がわかりやすい。ただ、だからこそ同じ疑問を抱く。レーゲン、君に一体どんな利益があるんだ?」
次の授業が始まる時間が近づけば、一気に食堂から人気がなくなる。レーゲンも食事はとっくに終えているし、ニールもほとんど食べ終えた。
だから、レーゲンの返答を待つ。
「大したことじゃねェよ。実際に俺が繋いだが、労力自体はそれほどかかっちゃいねェ。お前らが思うほど、社会人の付き合いッてのは、面倒ばかりじゃねェよ。ただ、利益かどうかはともかく、狙いはある」
「それはなんだ?」
「不確定要素もあるから、ここだけの話にしておけ。五年後――つまり卒業後、俺は、っつーか俺たちは、辺境で村を作る」
「……はあ?」
「ちなみにゼロスタート。この五年は準備期間だ。内情は少し複雑だが、さすがにそこの説明をするのは早い。今はまだ計画段階……というか、計画を作らせてるンだが、何はともあれ、必要になってくるのは人材だ。もちろん雇うッて方針で進めてはいる」
つまり、これもまた、レーゲンやリムリアが勝手にやっていることだ。いずれ計画をしていれば、早くて半年、遅くても一年後には人材確保で頭を悩ませることだろう。
住人でなくとも、人手は必要だ。
「それを僕たちが?」
「強制はしねェし、いなくたッて構いやしねェよ。やり方はいろいろある。住人にならなくても、手伝いだけッて選択肢もあるし、俺としちゃなんだっていい。ただ……お前らも三年後くらいには、わかると思うけどな」
「何がだ? 今の俺らじゃ気付かないことでもあるのかよ。なんとなく面白そうって感想だぜ、今は」
「それはそうだろうが……まあいいか。ゼロスタートだぜ? つまり、イチからてめェらで作ることができる。多少の制限はあれど、負担もあるが、好きにしていいッてことだ。――現役の、それこそお前らが顔を見せてる現場の棟梁や工房長、そういった人種は、一度は必ず考えたことがある」
それは、まるで子供じみた想いでもある。
「仕事じゃ、理想は完成しねェ。やるならゼロからだ。今のお前らだって理解できるはずだぜ。自分が設計し、自分が作って完成させた家が並んでる。自分が作った武器しかここにいる連中は持ってねェ。そういう状況を作れる下地がある――で、その楽しさや面白さは、大人連中の方がずっと我慢してるぶん、深く理解できるのさ」
楽しそう、面白そう、そんなレベルじゃない。
いいからやらせろ、全部任せろ、どんな注文でも受け付けてやる――そのくらい、強い想いがあるはずだ。
だから。
「人手ッて点では、それほど苦労しねェのさ。飯が食えて職人が腕を振るう場所さえあれば、あいつらは喜んでやる。ただ俺としては、お前らみたいな若い連中を集めるのも悪くねェと思ってるわけだ」
ただ、今すぐという話ではない。ないが。
「空席ッてのは、いつか埋まるンだけどな。俺が学校にいねェ時は、だいたい自宅にいる。詳しく知りたいなら、用事があってもなくても、顔を見せろ。場所は――」
言えば、二人は少し驚いた。
「高級住宅街かよ」
「親父が騎士だからな、貴族じゃねェよ。俺は気にしたこともねェ。そもそも、俺の鍛錬なんてのは、人気のある場所でやるもんじゃねェから、学校にも来ないンだけどな」
レーゲンは立ち上がる。
「今は、自分の専門に集中しとけ。一年後、ほかの知識も必要になると知ることになるぜ」
そう言って、彼は食堂を出ていき、二人は顔を見合わせる。
「一年後に、五年後だってさ」
「あいつは一体、どのくらい先を見てるんだかな……」
まだ十歳前後。先を見通せなんて言われても、せいぜい明日くらいなもので、今週のスケジュールを組むことさえ無駄だと思う。
じゃあやれと言われても無理だ。
今、目の前にあることで手一杯だから。
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