第15話 父親と息子の対話
父親なのか、国王陛下なのか、この立場の違いに関しては、明確な境界線はないものの、きちんと区切りはある。
今、自分の持っている問題がどちらに対して開示すべきなのか、イムウィは少しだけ考える時間をおき、父親に見せることにした。おそらくそれは、臆病な彼がどちらに転んでも良いよう保険をかけたからであり、同時に、自分はまだ王位継承に関して部外者でいたいと、そういう逃げにも似た心象の表れだろう。
だから、夕食後の時間に父親の自室を訪問する。基本的に、就寝まではプライベイトの時間帯であるし、父親もまた、その区切りを明確にしているからだ。
ノックをして中に入れば、簡素な部屋になっている。余計なものはないし、本棚さえなく、戸棚にはグラスと酒があって、作業用の机とベッドがあるだけ。そこに座っている父親は、ややほっそりとした顔つきであり、実際に武力という点においては、イムウィの方があるだろう。
「イムウィか、どうした」
「父さん、邪魔するよ。よかった、ほかの兄さんたちと顔合わせになったら、どうしようかと思ってた」
「あいつらは親に頼らん」
「……そういえば、そうかも」
考えてみれば、イムウィが訪問する頻度と比較しても、あまりこちらには顔を見せない印象だ。学校を卒業してから、住んでいる場所を変えているのも一つの理由かもしれない。
「プリュウも離れつつあるから、こうして顔を見せるのはお前くらいだ。安心しろ、まだ悪い気はしないし、お前がいろいろ考えているのは知っている」
「考えているのは、僕自身の立場のことで、誰かのことじゃないけどね」
「それがわかっていればいい。それで、どうしたんだ?」
「僕の手にはちょっと余ることがあってさ……とりあえず、これにざっと目を通して欲しい」
彼らから受け取っていた書類をそのまま渡す。中身の検分はしたが、あの時、あの会議で話されたことと大差はなかった。
それほど多い枚数ではないが、一通り読み終えた彼は、小さく吐息を落として背もたれに体重を預ける。
「よく調べてあるな」
「うん」
「かなり危険な情報もあるが、イムウィ、お前はこれをどうするつもりだ?」
「――ああ、そっか」
普通は、そういう反応になってしまうのか。
「ごめん父さん、最低限は先に言っておくべきだったね。それは僕が集めた情報じゃないし、直接的に僕は関係がないんだ。ええと、順序が……」
「気にするな」
「うん。まず、ラナイエア・フォージズが国を出たよ」
「――ほう?」
「彼の影響力下にあったものは、すべて解き放たれて、困るのは姉さんかな? 貴族はだいぶ混乱するだろうね」
「あいつの影響力はかなりあったが、そうか、ついに相手がいなくなったか」
「――相手?」
「アレはな、国政には関わらないようにしていたが、貴族の責務はよく知っていた。その上で、自分よりも上の相手に挑むのを好んでいたからな。挑戦者は、相手がいなくなればもう、次がない」
「なるほど……うん、詳しくは知らないんだけど、確約させたと聞いたから」
「確約させた、だと?」
「渡した書類にある情報だけど、その大半はもう、世間に出ることが確定してるんだ」
さすがに。
その言葉を鵜呑みにするわけではないにせよ、彼は額に手を当てた。
「つまり、ここにある第三までの王子、王女を全て失脚させるつもりか」
「父さんなら失脚させる?」
「少なくとも第二のロディが人体実験までやっている以上、失脚どころか国外追放……最低でも牢獄入りだ。もちろん第三のメズロが隣国と密約をして戦争を画策しているのなら、処分しなくてはならない」
「その書類には事実しか記されていないよ」
「だろうな、それは俺にもわかる。だが……これで誰が得をする? 一体どういう事情だ?」
「僕は得をするのかな? それと、プリュウも」
「意図的に排除しないのなら、動きやすくなるわけでもないだろうに」
「そうだね。でも――先日もそうだけど、プリュウに引退した貴族が二人ほど、面会を申し出ててね、断る理由もないから話してたみたいだ」
「……それこそ、ありえん。プリュウはお前よりも嫌っている」
「僕も本人から直接は聞いてないけど、あの子は第五王女という身分を捨てて、ただの一人になりたいと思ってる。――そう思わせたのは、僕たちだけど」
「お前よりも上の三人だろうが、な」
「うん、だからこれは、プリュウの知り合いが勝手にやったことだ」
「――勝手に?」
「そう、だから父さんも、プリュウには内緒にしておいてね。たった二人で、国落としをしようって手合いだから、敵対はしないで欲しい。今やると国民にも被害が出るから、可能な限りやりたくないって言ってたから」
少し待て。
そう言って立ち上がった彼は、戸棚から酒を取り出し、グラスに注いだ。
「イムウィ、どう考えてる」
「どうって?」
「お前の立場として、だ」
「うーん……資料を読んで思ったのは、裏を探る必要があると感じたね。彼らは国政に関わらないと言っていたから、逆にじゃあ、関わるのはどの部分だろうと考えてさ」
「そうだ、そこが俺の仕事だ」
「うん。姉さんには戦争って手段を口添えした人物がいるだろうし、兄さんには実験用の人間を斡旋した存在がいる。でも隣国に関してはどう反応するかな? 知らないで通す気もするし、補償を要求される気もする」
「未遂で終わった以上は、どうとでもなる。付け加えるなら、実験の結果を欲しがってる連中もだ」
「ああ、そっちもか。……駄目だな、僕には当てがないよ。できれば処分を発表するのと同時に、そっちの片付けもしておきたいけど、僕だと発表を餌に動向を探るくらいしか」
「そういう時に使うのが貴族だ。同業者が犯人なら察しているだろうし、そうじゃないとわかれば軍騎士を動かす理由になる」
「――」
国王だからこそできる権限は存在する。できるかどうかは別にして、イムウィだとてその権限自体は学んだし、察することもできていた――が。
「もしかして父さん、知ってた?」
「ん、……まあ、な。こっちの都合の良いタイミングで使うつもりだったと言えば、お前は軽蔑するか?」
「いや、それが国王だと思う。けどじゃあ、先を取られた?」
「大事に取っておいたものを、不要だからと捨てられたような気分だ――が、ラナイエアに関しては知らなかったな」
「そうだね、動きが早すぎる」
自分の子供たちを利用するような言動に、イムウィは反応しない。自業自得だ。彼だとて、最初から利用しようと思って行動させたわけではない。貴族社会でも、このくらいのことはよくある。
「それに……ローウ兄さんは、心配だ」
「資料には何もないが?」
「貴族の遊びを一つ潰す、とだけ聞いてる。僕は兄さんの遊び場なんて知らないからね」
「……そうか。その情報もほぼ同時に世間に出そうだな、手配しておこう。無事なら顔を見せてやれ」
「僕が?」
「お前の方が良い。……俺の口から言えるのは、ゴーキとシクレ、あの二人がお前の後押しをするのは、ローウが手配したからだ」
「――兄さんが?」
「第一としての権力を使って、な。あいつにしては珍しいことだ」
「なんで……あ、いや」
「そうだ、本人に聞け。……俺から見ても、あいつは国王なんてものに向いていない。だが、それだけで何かが決まるわけでもないのが現実だ」
「うん、そうだね。でも父さん、プリュウはどうする?」
「どう、とは?」
「今回の件は、プリュウの望みを叶えるため、勝手にやったことだ。プリュウが何を望むのか確定はしてないけど、それは、叶うまで続く可能性もある。たったそれだけのために――とは、思わなくなったけどね」
「そうだな、資料を読めば考えも改めることもできるか」
「さすがにそっちは、僕の判断じゃ何もできないからね」
「調査はするつもりだが、どういう手合いだ?」
「……ははは、どうって、冗談みたいな化け物さ。相応の戦闘力を持って、相応の知識を持って、相応の経験をして、やり方を知ってる。ゴーキさんとシクレさんだって、彼らに引きずり出されたんだ。なんの繋がりもない、ただの一般人がね」
「戦闘か」
「フゲンさんが相手にならなかったよ」
「ほう……相手にならんか」
「うん、何も」
「そうか。注意しておこう。あるいは試すかもしれん」
「気を付けてね? 虎の子を失うのは父さんだって避けたいはずだし……笑い話で済む範囲でね」
「そうだな、そうしよう」
そんな会話をした、翌日のことだ。
第一王子ローウが病院に運び込まれたと、そんな報告を受けたのは。
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