第14話 以前の世界と現在と未来

「まず大前提として、お前と俺の生きてた世界は違うぜ」

「――なんだと? 時間軸が違うのではないのかね?」

「お前の所属していた傭兵団はヴィクセンだったな。役割は斥候スカウト……結論から言えば、俺がそれを知らないッてのが証明だよ」

「何故だ? こう言ってはなんだが、大小含めて傭兵団など山ほどある。加えて、ぼくが生きて活動している時、既に武術家はいなかった」

「そこらの事情は知らねェが、断言できちまう。そうだな……お前が生きてる時に、有名なやつはいたか? 過去でもいい、誰でも知ってるような同業者とか」

「少し待て」

 腕を組み思い出そうとするリムリアを、ラナイエアたちは興味深く見ている。神の落とし物など、噂話くらいでしか聞かないのに、その当人たちが目の前にいるのだ。

「ぼくたち傭兵の間で長く語られ、誰もがそれに従ったルールがある。傭兵という仕事上、軍部と関わることもあったが、傭兵は、基本的に相手を階級呼びするんだが――中尉だけは、名前で呼んだ。何故ならぼくたちにとって中尉とは、特定の人物を指すものだったからだ」

「その人物ッてのは?」

「忠犬という部隊のファースト、朝霧芽衣あさぎりめいだ。元は軍部の外部組織として作られたものらしいが、彼らは単独で一個中隊の動きをする。伝説的な成果は軍でも語り継がれ、犬が来たと言えば誰もが嫌な顔をしたそうだ」

「伝聞系なのは、逢ったことがねェからか」

「一応、犬の一人である男と顔を合わせたこともある。もう老人だったが、最後は戦場で死んだよ。八十七歳、単独で四十一人を殺害し、無傷だ。ぼくはそれを知って、今まで聞いた話が冗談ではないと痛感した」

「最後まで生きてたンなら、グレッグか」

「――知っているのかね」

「まァな。ほかには?」

「朝霧の知り合いで、世界最高峰とされた魔術師、鷺城鷺花さぎしろさぎか

「俺に合わせて日本人を選んだのかよ」

「だから少し考えた」

「まァ正解だと言っとくぜ。――鷺花は俺の娘だ」

 一瞬、何を言ってるのかわからなかった。

「は?」

「だから、俺の娘だッて言ってンだよ。雨天の技は教えなかったが、基本は作った。たぶんだが、お前のとこの世界は崩壊してねェだろ」

「……崩壊、かね」

「簡単に言えば、世界規模で銃器が一掃された。地形も変わって、人も少なくなって――俺らはまた、新しく何かを始めたのさ」

「そんな世界は、ぼくは、知らない……」

 そこで、リムリアが口に手を当てて黙り込んだため、軽く手を挙げるようにしてラナイエアが口を開いた。

「その崩壊とやらは、この世界にも起きうるのか?」

「間違いなく。あるいは、もう何度か起きてる」

「何故そう断言できる」

「世界ッてのは、ベースが同じだからだ。簡単な話だぜ? ラナ、結果が出るまで一ヶ月かかる実験を十回やるとして、効率が良いやり方はなんだ?」

「可能なら、同じ環境のものを十個揃え……そういうことなのか」

「異世界なんて呼ばれちゃいるが、ベースはそれと同じなンだよ。ただし、違う部分ももちろんある。大小含めてな。たとえば、重力。異世界とこっちとで、同じ重力とは限らない――まァ、これに関しては証明済みらしいけどな」

 かつて、鷺城鷺花が言っていたことだ。

「異世界への渡航手段そのものは、あるにはある。ただそれをやった時点で、生きてはいられないだろうッてな。環境が違いすぎる」

「逆に言えば、奇跡的に環境が同じならば可能なのかね?」

「たぶんな」

「ならば、ぼくたちはどうなる。イレギュラーなのだろう?」

「イレギュラーは確かだが、最初に穴を空けたやつがいる」

「穴だと?」

「まず、これは仮定の話になるんだが、人間の死後に関してだ。所説あるし確認できねェが、イメージとしてでけェ樹木を一本、思い浮かべる。この幹が世界そのもので、枝の先につく葉っぱが俺ら人間だ。いずれ枯れ落ちた葉は、樹木の根本で肥料となり、やがて新しい葉をつける養分となる」

「世界樹かね」

「魔術の世界じゃそう呼ばれてるな。で、これら一連の流れは一つの世界の中で行われてる。――死後、同じ葉が生まれることは、千年規模ではまずないだろうと、そういう感覚でいい」

「つまり、死んだからって別の世界に行くことはないのか」

「普通はな。だから、俺らはイレギュラー。俺が考えるに、天頂方向からの穴が開いたンだろうけど、こいつも説明が難しい。世界樹の話だと、そうだな、枯れ落ちた葉が、地面につくよりも前に、どこかへ消える感じか。移動ッてのは、経路がなきゃ話にならねェ。それはあったのか、誰かが作ったのか、……まあ後者だろうな」

「上の方向とはどういうことかね?」

「イメージの話だ。異世界が横並びの同じ世界なら、並んだ世界の上から穴を空けたッてな」

「ふむ、なるほどな」

「理由は知らねェが、上から俯瞰して、たとえば何かを探すように、それぞれの世界を渡り歩いたヤツがいるかもしれねェな。ともかくそういう経路があって、何かしらの作用があって、俺らはここにいるッてわけだ」

「神の落とし物ってのは、それほど単純な話じゃなさそうだ」

「神なんていねェよ」

 レーゲンは断言する。

「ああ、こいつは信仰の否定じゃなくて、人間の活動に触れる存在はねェッてことだ。世界の意志プログラムコードは、あまりにも人間にとっちゃ理不尽な存在だからな」

「レーゲン」

「どうして詳しいッてか? そりゃ、抗ったからさ。世界が崩壊させようッてことに対し、俺の近くにいた連中が、それなりにな。せいぜい崩壊時期をちょっとだけ先延ばしにしたり、崩壊したあとの世界を安定させようッて細工をしたくらいだけどなァ」

「……そうかね」

「ただ、崩壊が起きてねェのは気になるな。リムリア、何があった」

「ぼくにはよくわからん。わからんが、少なくともぼくの知っている世界において日本は、――ない」

「ない?」

「海に呑まれた、と言っていいかわからんがね、そこには巨大な空洞が発生した。海の水はそこに流れ落ち続けていたが、その底は見えんし、調査隊は一人も戻っていない。滝の音さえ、聞こえなかった」

「ああ」

 そうかと、レーゲンは軽く目を伏せた。

「手遅れのパターンもあるんだな」

「どういうことかね」

「時代崩壊ッてのは、世界ッて器にほころびができた時、それを修復する作業でもある。何かを作ってて、歪みが出たり失敗だとわかったら、そいつを壊すこともあるだろ、それと同じだ。けど、修復しようがないくらい手遅れだったら?」

「……そうか、もう手の施しようがなければ、捨てるしかない」

「人口が大幅に減少するような何かがあったんじゃねェか?」

「心当たりはいくつかある。ぼくの戦場では、5.56ミリをばらまく自走式兵器が主流だったのでね。殺害規模はうなぎ上りだ」

「それだけ、とは思わねェけどな。日本が沈んだのも、俺らが何かしたとも感じるし、まァ今となっちゃわからねェさ」

「ではこの世界は、かつてぼくたちが経験したような時代を過ぎてきたのかね?」

「あるいは、これからだな。時間軸なんてわからねェよ。人間が作ったシステムはともかく、世界のシステムなら、仕組みなら、違ってたら俺がこうして続けてられねェよ」

 少なくとも今まで、レーゲンが一人で調査した結果、かつて生きていた世界と大差がない、と結論を出している。

 何が違うのかを調べるほど、レーゲンは詳しくない。

「俺らは以前の記憶を持って、ここにいる。その記憶が薄れることはあっても、ある日突然、消えることはねェよ。何しろバグじゃないからな」

「違うのかね?」

「仮にバグだと仮定したら、次は出てこねェよ。何故ならそいつは、修正されて然るべきだからだ。で、俺はその修正ッてやつをよく知ってる」

「そうかね」

 よくわかったと、リムリアは吐息を落として目を閉じた。

「……レーゲンは、以前と同じ生き方をするつもりか?」

「そうだなァ、結果が同じになろうとも、俺にはこの生き方が合ってる」

「へえ、以前の結果はどうだったんだ」

「途中から……つーか、最期の方と言うべきか、そのあたりはマンネリだな。相手がいなくなっちまって、そうなりゃ俺自身が最盛期ッてやつを維持できなくなる。現状じゃ一割以下だから、心配はしてねェし、だからといって詰まらん日常でもなかったからな。何も武術家だから戦闘を求め続けるッてわけじゃねェ」

「それもそうか。俺だって貴族なんて生き方をしてるが、それが全てじゃない。金を稼ぐ手段はいくらでもあって、その基本は、根本は、貴族そのものじゃないな……」

 思考力、判断力、人脈――それは、ラナイエアの持つ能力だ。生き方ではない。

 ただ。

「俺の場合は追い求めるから、生き方で合ってるンだけどな。それこそ二十年は先の話だ」

「ここから先には興味があるな。俺にも一枚噛めるようなことはないのか」

「言っただろ、どっかの土地で村おこしでもするッてな。タイミングが合えばいろいろできるだろ。できれば中立が保てる場所が好みだ。それと、俺の予定だが、蛇には逢わなくちゃいけねェ」

「――蛇だと?」

「そうだ。ここは、蛇の大陸ッて呼ぶンだろ?」

「それはそうだが……信仰対象として、教会の、いや、一部教会が扱ってはいるが、本当にいるのか」

「いるさ。酒や食べ物が好きでな、土産を持ってけば喜ぶぜ。ただ言葉は話さないし、巨体だからッて自分から引っ込んでる落ち着いた白蛇だ。信仰に値するぜ」

「逢ってどうする」

「話をするだけだ。俺が知ってる相手とはだろうからな。求めてンのはその先だ――似たような存在を、探してる。いるかいないかは、まだわからねェが」

「そのあたりは協力できそうにないが、お前ならやり遂げそうだ。――さて」

 言って、彼は立ち上がる。

「約束通り、俺はここを出ていくとしよう。お前らの成功を祈ってる」

「おう」

「なに、失敗したとしても大した損害はあるまい」

「まったくだ。じゃあ――またな」

「うむ、またいずれ」

「死ぬなよ」

 人と人が知り合うのに、事情は必要ない。再会にも理由はいらないし、親しくなるのに時間もあまり関係ないだろう。

 そして、立場も、ただの友人なら気にしなくていい。

 実際に彼らはまた逢うことになる。

 今度は、ちゃんとした協力者として。


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