第12話 これから起きるだろう事件

 歓楽街にある一室にて、彼らは集まっていた。用意をしたのは娼館の主でもあるシクレだが、密会場所にはよく使われるため、苦労はない。

 ただ、集まった人物たちが、なかなか厄介だ。

「なんの集まりだこれは。おい、同窓会か何かか?」

「それはいいな」

 シクレの対面に座っているのは、ご老人が三名。貴族の重鎮の男二人と、暗殺など裏稼業を取り締まる老婆だ。

「わたしゃ、あんたたちよりも六つも年下だよ。もうボケたのかい」

「大して変わらねえなあ。――で、同窓会の面子にしちゃ、若造が来てるじゃねえか」

 ぎろりと睨まれれば、さすがのゴーキだとて反応に困る。対等に渡り合えているなどと、そんな勘違いは決して起こらないくらいに、経験の差があるからだ。

「そろそろ始めたらどうなんだ?」

 そう言われても、彼らは返答に困る。

 何故ならば、呼ばれた側だからだ。そしてゴーキやシクレにしたって、こんな重鎮が一緒に来ているだなんて、思ってもいなかった。

 だから。

 老人たちは、第四王子が顔を見せた瞬間、これが本題かと納得を落とし、逆に若い二人は、第四を呼んだのかと、顔をわずかに強張らせる。

 つまり第四王子イムウィと、その護衛としてやってきた刀使いフゲンは、一礼だけして部屋の隅へ移動した。

「全員揃っているようで何よりだ」

 最後に、二人はやってくる。

 座っているのは五人、それからシクレの護衛として老執事が一人。イムウィとフゲンの組み合わせと、レーゲンとリムリアだ。

 さすがに面倒ごとだと悟ったのか、ホノカは誘いに乗らず、ここには来ていない。

「誰だお前は」

「ふむ、そういえばきみたち二人とは初対面だったな。なに、見ての通りのガキだとも――心臓に疾患など、ないだろうね? ここからは、ぼくの流儀でやらせてもらおう。ただの挨拶代わりだ」


 ――シクレは、その一瞬で目の前が真っ暗になった。


 工場区をまとめているゴーキは、荒事に慣れている。闘技場の上に立っての戦闘はさすがに専門ではないが――それでも、たぶん。

 殺意というものを、明確に感じたのは、始めてだった。

 いやむしろ、今まで殺気などというものを、勘違いしていたのかもしれない。そうでなければ、こんな眩暈にも似た感覚に慣れていたはずだから。

「では始めよう」

 全方位警戒オールレンジアクティブに加えて、魔力波動シグナルを上乗せした威圧、そこに殺意を一つまみ。

 抜き身の刃物を首筋にぴたりと当てる行為を、ただそこに存在するだけで表現する。

「加減はしているから、そちらのご老人たちは問題ないだろう?」

 そう、手加減している。

 後ろで腕を組んだレーゲンに言わせれば、甘い。刃物を首筋に当てるだけでは笑い話で、現場でやるのなら、皮膚に食い込ませるまでやって、ようやく脅しが成り立つ。もちろん、それはリムリアも承知の上だ。

 脅すなら、一人くらい見せしめを出した方が良いと、現場でなら判断するだろう。

 フゲンがかばっているため、イムウィはなんとか、息を荒げるくらいでいた。

「――なんだ貴様は」

「ぼくはリムリアだ。こっちはレーゲン、まあ幼馴染だな。諸君は噛みつくのを後回しにして、話を聞きたまえ。まずは、レーゲン」

「おう」

 こんな空気の中、二人の声はいつもと変わらず、視界を取り戻したシクレも、額に手を当てて汗をぬぐった。

「五日後、歓楽街の地下でやる遊びに関しては、俺が請け負った。ばあさんには朗報かどうか知らねェが、騒ぎにはなるから覚悟しとけ。関わるかどうかは任せるし、巻き込むなと言われりゃ配慮もするぜ」

「……それはどうもね。どこまでやるんだい?」

「まあ、魔物を縛ってる魔術師連中は全滅させるだろうなあ……あとは知らねェけど、一般人への被害は最小限に済ませる。第一の処遇に関してはどうかな、生かすつもりではいるが、腕の一本、足の一本はなくなるかもしれん」

「――っ」

 イムウィが何かを言おうとするが、それはフゲンの片手によって抑えられた。

「イムウィ、自業自得ッて言葉を覚えとけ。それにたぶん、第一はわかってるはずだぜ? 貴族連中に使王族の末路ッてやつをな」

「それに関してはご老人たちも理解しているだろうな」

「おう、じーさん連中に言っておくのは、あと五日くらいしたらラナイエア・フォージズが国を出ていくッて情報の方が重要だな」

 さすがに、その言葉に対して彼らは驚きを隠せなかった。

「今の貴族界隈で、もっとも力のある男だぞ……」

「知ってるさ。本人にも接触済み、諒承も得てる。ただ、俺としちゃあんまり口外はされたくねェな。噂が広まった時点で、あいつが消えるのが早くなるだけだ。推奨はしねェよ」

「確定しているのか」

「じゃなきゃ、五日後に転がってる首を確認しな」

「……」

「わかったから、リムリア、あんたそれをやめな。ばばあには心臓の負担になるよ」

「ふむ、これは交渉事ができないからこその手法なのだがね」

 言って、リムリアは威圧を消した。

「駆け引きや押し引きができないからこそ、最初からこうして押しておく。このくらいは初見で見抜いてくれたまえ」

「――失礼。飲み物の用意をしてもよろしいでしょうか」

「ほう、執事らしいことをするではないか。そういえばきみも、ぼくから見れば老人だが、年齢は近いのかね?」

「いえいえ、彼らは私よりも先輩ですよ」

 シクレの傍付き執事が、一度部屋の外へ出た。

「では休憩がてら、こちらが用意した資料を読みたまえ。こちらは数日中、タイミングを見て流出するものだ」

 それぞれに数枚をまとめた資料を渡し――そして。

「きみがイムウィか」

「そうだよ、僕がイムウィだ。初めまして」

「きみは先に伝えておこう。この資料に書かれていることは、確定されている。良いかね? 王位を狙うとは聞こえが悪いかもしれんが、もしきみが王座を継ぐつもりがあるのならば、その時には声をかけたまえ。せめて、国王にそれを進言する時のアドバイスくらいはしよう」

「……わかった、覚えておくよ」

 早い方が良い、とは言わない。きっとレーゲンが伝えているだろうし、読めばわかるはずだ。

「そうだ、ご老人――名はエツカだったかね」

「なんだい」

「ぼくとレーゲン、どっちが怖い?」

「どちらかを狙うなら、あんたをやるさ。力量がわかる相手と、わからない相手、選ぶなら前者だ。たとえ敵わないとわかっていてもね」

「ふむ、それはそれで一つの評価だな」

「お前は細かいところを気にするなァ」

「ぼくであっても、きみは怪しいのでね」

「そうか」

 以前から、武術家とは秘密主義である部分が多い。ただレーゲンは鍛錬を隠していないし、リムリアはそれを見てきた――が。

「ああ、隣で見てたからこそ、成果ッて部分に納得いかねェか」

「うむ、それもある」

 同じことをやっても、躰の使い方や意識は違ってくる。その違いこそが本質だと、近くで見ていたリムリアは気付いているわけだ。

「――おい」

「なんだじーさん」

「これをどこで手に入れた?」

 ひらひらと、用意された資料を見せるが、リムリアは首を傾げた。

「誰もいない部屋をノックして、中から盗んだだけだが」

「――ほかの人間に手を借りなかった、と?」

「当然だ。そんなことをしていては、時間ばかりかかった上に、情報を共有する相手が出てくるだろう。ぼくとしては難易度の低い仕事だ」

「なら本題だ」

「よろしい、エツカにも教える約束をしているのでね。まず勘違いを正しておこう、ぼくたちは誰かの勢力に属していない。あくまでも個人だ。その上で、第五王女プリュウの味方になっている」

「味方だと?」

「そうとも、味方だ。あるいは友人と言ってもいい。良いかね? その資料には不祥事の塊があって、それは流出する。その結果どうなるかは想像できるかもしれんが、これはプリュウの後押しをするものではない。こんなことは望んでいなかったと怒鳴られる可能性だとてある」

「そうなると、うるせェンだ、あいつは」

「ぼくたちはあいつの味方で、あいつの望みを叶えるための土台を作っている。問おう、第四王子イムウィ。プリュウは何を望む?」

「直接聞いたことはないから、確かなことは言えない。けれど、僕だけじゃなくここにいる誰もが察しているよう、国政に興味はないと思うよ。むしろ離れたがってる」

「その要求は通るかね?」

「いいや、今のままなら、そんなわがままは通らない。……、ね」

「これがぼくたちの目的だ。本人が望んでいるわけではない」

「……国を傾かせるつもりかい」

「おかしなことを言うんだな? たかが末娘一人を自由にさせることもできない国は、この程度のことで傾くほど弱いのかね? ぼくはそう思ってはいないが」

 何しろ。

「王は健在だ。まだ二十年は現役だろう?」

 王位継承なんて、もっと先の話だ。

「なら、俺らになにをさせてえんだ。こんなところに呼び出して、こんなものを読まされて?」

「ふむ、もっともな疑問だな。しかしラナイエア・フォージズが国を出ると聞いた時点で、その被害規模と、実利の計算はしたはずだ。引退した身とはいえ、派閥を率いるつもりがないとはいえ、何かしら思うことがあるだろう? だからこれは、忠告だ」

 リムリアは言う。

。ぼくはきみたちに命令しないし、頼みもしない。ただし邪魔なら手を出すし、敵に回るならば容赦はせん。繰り返すが、これは忠告だ。いいかね、ぼくたちは個人で、この程度のことならば苦労せずできる」

「…………おい、ババア」

「私に文句を言うんじゃないよ、ジジイ。こっちは貴族じゃないし、立場を良くしようなんて思っちゃいないさ」

「ふん、言い逃れは上手いもんだぜ。――だったら、そっちの若造はどうなんだ?」

「私の立場は変わりません」

「俺も同じだ。こっちは以前から、イムウィの後押しをすると決めている」

 決めている。

 その言葉に、リムリアとレーゲンは視線を交わし、レーゲンが小さく頷いた。

 今まで国政に関わっていないイムウィ本人が頼んだとは考えにくい。派閥とは、そう単純な話で決まるものではないのだ。

 つまり――頼んだ誰かがいる。

 それなりの代償を支払って。

 イムウィはそれを知らないし、調べられていないだろうが、おそらくは第一王子だ。

 複雑な事情が裏にはある。いや、物事なんてのは解きほぐせば、簡単な事実かもしれない。

「さて、どうするイムウィ、第四王子」

「……、……わからないよ、僕はまだ」

「そうかね。では何もしないと?」

「いや、可能ならこの資料を持って、陛下に、父さんと話をしたい」

「ならば原本をやろう。どこまで被害を許容できるか聞いておけ。それと、リュウ本人には何も言うな」

「わかった、約束しよう」

「いや、約束はリュウのことだけで構わんぞ。目の前で資料を破るような国王ならば、それはそれで違う方法がとれる。結果の報告は、まあ、好きにしたまえ」

 そこで会議は終わりだ。

 顔合わせもしたことなので、それなりに話は続いたが、核心的な何かが動いたわけではない。

 いや。

 きっとリムリアやレーゲンにとっては、何も変わっていないのと同じかもしれない。


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