第8話 客を選ぶ鍛冶屋

 親がやってくるまで三日、そこからさらに二日後のことである。

 両親はまだ王都でやることが多く、家にいない時間があったため、それはそれで何をしているのか探りは入れていたが、それはリムリアに任せていて、ともかく来客があったのだ。

 先に顔を見せたのはレーゲンで、玄関に行けばそこに、少女がいた。

 シャツとかスカートとか、小綺麗な服だとか、すらっとした体格だとか、そういうのは後回し。

 頭の上についている耳は、異種族の証。尻尾を見る前に、髪色が黒であり、毛先がいくつか白色になっている色彩に対し、レーゲンは。

「狐か」

 思わず口にして、同じく先端の方が白くなっている尻尾を見て、納得を落とした。

「あんた誰や」

「俺はレーゲンだ」

「うちはホノカ。リュウとは学友、つまり友達やな」

「ふうん?」

 それはきっと、口癖なのだろう。発音を聞いても、かつての関西のような訛りが強いわけではない。

「で、今は配達屋や」

 足元にある箱を指で示したので、視線を落としてサイズの確認をする。

「ああ、魔術書の類か。そりゃリムリアの荷物だな」

「……」

「どうした?」

「あんたには、鍛冶屋に案内しろと言われてるんやけど、あんま強そうじゃないな?」

「はは、そうかもな」

「なんや詰まらん、否定せんのかい」

「その方が良いだろ。俺は強いです、誰にも負けません? そういうやつは、敵からしたら狙い放題の標的じゃねェか。強さなんてのは、見えないくらいで丁度良い」

「それは……おもろい考え方や」

「そうか?」

「学校じゃそんなこと教わらんから。うちは魔術専攻やけど」

「魔術、ね」

「含みのある言い方やな?」

「俺らも昨日、入学試験を受けてきたが、随分とリムリアが愚痴を言ってたからな。一芸で俺は戦闘、リムリアは魔術だったあ、まあレベルが低い」

 とはいえ、レーゲンは免除だった。

 試験官がレーゲンを見てすぐ、お前はやらなくていいと、その一言で終わりだった。それはそれでありがたいが、ほかの学生からは嫌な目で見られたものだ。

「ああ丁度良い」

「はい?」

 通りがかった侍女に、軽く手を挙げた。

「この木箱、リムリアの荷物だから呼んでおいてくれ。ああ急がなくていい、起きた時でいいぞ」

「お運びしなくてもよろしいのですか?」

「侍女に運ばせるほど偉くはねェだろ。自分でできることは、やらせた方がいいぜ」

「わかりました、そうお伝えします」

「おう」

 さてと。

「案内、頼めるか?」

「ええよ」

 ならばと、とりあえず外に出た。

「重いものを運ばせないって気遣いやな?」

「それも含めてだな。侍女もそれに気付いたから笑ってた」

 先導はホノカに任せ、既に場所のはつけていたが、レーゲンはついて行くだけにした。

「ああ、そうだ。監視が二人ばかりついてるが、あまり気にしないでくれ」

「――へ?」

「ちゃんと弁えてる連中だから、反撃しなくてもいいッてことだ。問題があるなら俺が対処する」

「なにやってんのや」

「こっちに来てすぐ、ちょっとな。監視ッつーよりも連絡役に近いし、俺から挨拶もしてる。まあ、どうであれ向こうもそれが仕事だ」

 きょろきょろと周囲を見渡すが、ホノカには見つけられなかった。相手も素人じゃないので、仕方がないことだろう。

「で、ホノカはなんであいつに協力してるんだ?」

「見返りは、あるようなないような……友達やから」

「ふうん?」

「うちは商人になりたいんや」

「なんだ、親元からとっとと逃げてェのか?」

 何気なく言ったそれは当たっていたのか、ホノカは返事をしなかった。

「そういうあんたは、なんでや」

「頼まれたからだ。引き受けたのは、俺やリムリスにとって、大した仕事じゃねェからだよ」

「はあ? なんやそれ」

「学校へ行く前に、ちょっと花瓶の水を換えてやろう――そのくらいでしかない」

 だが。

「本人は、人生を賭けてのことだ。それなりに大変だろうな」

他人事ひとごとみたいに言うんやな」

「親身にはなってねェよ、俺はな。今のところ、見捨てる気はないッてのが正しい立ち位置だ」

「一線を引いてるってこと?」

「そうかもな」

 冷たいと言われるかもしれないが、レーゲンは普段からそうだ。

「自分の影響ッてやつを、それなりに知ってるンだよ」

 繁華街の方面に向かったため、途中で量産品の剣を適当に買った。粗悪品ではなく、それなりの金額のものだ。

「なんやそれ」

「そのうちわかる」

 繁華街を通り抜けて、工業区に踏み入る境界のあたりに、目的の店舗はあった。

 一見したら店舗とはわからないが、煙突がついている。それ以外は普通の家で、看板もついていないくらいだ。

 中に入ってすぐは、まるで受付だ。カウンターテーブルの奥にはタオルを頭に巻いた男が座っており、まだ若い男の客が一人。

「げ」

「ん……?」

 ホノカが反応を見せたことから顔見知りなのだろうけれど。

 テーブルに置かれた折れた刀を見て、レーゲンはいくつかの符号を得る。

「店主、この剣を見てくれ」

「ああ?」

 カウンターの空きスペースに置けば、すぐに彼は剣を引き抜いた。

「さっき買ったばかりの量産品だ」

「……そうだな、悪くはねえが、そこらで売ってる代物だ」

「間違いねェな?」

「おう」

「見てろ」

 引き抜いた剣を左手に持ち、少しだけ離れて。

 レーゲンは、詰まらなそうに剣を振った。


 ギシリ、という嫌な音が一瞬した。


 だが直後には、高い音色に変化し、それは剣が折れた現実を示す。破片が少しだけ出たが、折れた先端は床に落ちる前にレーゲンがキャッチし、またカウンターに戻す。

「俺に刀を作ってくれ」

「――」

 反応はどうだと思えば、無言のまますぐ、折れた剣を手に取ったあたり、なるほど確かに彼は優秀だ。

 何故って、普通ならば。

「な、なにしたんや」

 こういう質問をしたくなるものだから。

「なにッて、見ての通り、ンだよ。力任せじゃなく、技だけどな。空の隙間を斬ろうとすると、そこらの得物じゃこういう結果になっちまう」

「ちょい待ち。……空を切るって、空振りのことやろ」

「一般的にはな。水はそこにあるンだろ? だったら空だって、ここにある。ただ斬るとなると――そっちのお前は、どれだけ難しいかわかるンじゃねェか?」

「……まあ、ね。理屈だけなら」

「お前はあの刀使いの知り合いか」

「――先生を知ってるのか?」

「知ってるも何も、その刀を折ったのは俺だし、怪我をさせたのも俺だ。見舞いに行くなら少し待ってろ、俺も顔を出す」

「君が!?」

「店主、縦の斬戟に対して、一点で側面からの打撃だ」

「それ以外にはねえと思ったが、素手か」

「おう」

「ハンマーでも合わせたのかと思った。……納得だな、少し待て」

 彼は一度、席を外した。

「お前が第四王子か」

「そうだよ」

「まだ学生だったな。王位継承権争いをするなら、早めに言ってくれ。手を貸してやってもいい」

「はあ? ……いや、僕は」

「それ以外に道はねェよ。わかってンだろ? 上の三人に、王の資格なんてねェッて」

「……」

「ま、あれこれ言うにはまだちょっと早すぎるか。だから、そうだな、一ヶ月以内に一度だけ、俺から呼び出すことがある。それに対して、承諾しろ」

「なんだそれは……」

「面白いものを見せてやるよ。なに、危害を加えようとか、そういう話じゃない。そうだな……会議みたいなものだ。それに参加、は、難しいかもしれないが、観客にはなれる。本当にそれだけの話だ」

「まあ、そのくらいなら。けど僕だって一応、王子だから行動に制限はつくよ」

「わかってるさ」

 そこで店主が、一振りの刀を持って戻ってきた。

「見てみろ」

「悪いな。ああ、俺はレーゲンだ」

「マエザキだ」

 そうかと頷いて刀を手に取り、重量を感じた。

 懐かしい、そう思いながら、右手で腰へ。


 正面に、第四王子イムウィはいた。


 左手が柄に触れたのが見えた。

 次の瞬間、鞘から引き抜かれる刀も、見えた。

 抜いた刀の切っ先が、自分に向けられ、かつ、距離が空いているから当たらないのも、わかった。


 それらのすべてが見えていたのに、指先がぴくりと動くことさえできなかったのは、何故だろうか。

 そう。

 抜いているのが見えていたのに、――そんな感覚に陥る。

「ん……」

 僅かに不満そうな声で、我に返ったイムウィは、そのまま納刀されるのも、見た。

「どうして反応できなかったか、わかるか?」

「い、……いや、わからない。速くはなかった、と思う」

「そうだな、速度ッて意味合いじゃ遅い」

「動きは見えていた……はずだけど、なんだろう。なめらか? 流れるような動きで、僕は反応できなかった」

「ふうん? まあ、まだよく見えてはいねェか。マエザキ、こいつは駄目だ、長すぎる」

「だろうな。投げ抜きは初めて見たが、それしかできないんじゃ話にならん。かといって、子供用を作るつもりはないぞ」

「わかってるさ」

 ポケットに入っていたメモ用紙を渡した。

「技術が追いつくまでに時間はあるし、しばらくは耐久度を考えなくてもいい」

「一応聞いておくが、どこまでだ」

「本気でやれッて言われりゃァ、それこそ魂でも込めるか、――術式でも混合するしかねェよ」

「混合か」

「おう、複合じゃ駄目だ」

「たとえば」

「一つの金属がここにあったとしよう。そいつを魔術的に分解できたのならば、術式で作り上げることも可能だ、と前提して、それが成功すりゃ混合の一歩目だ」

「覚えておこう。……おい、こんな細かい設計をこんな小さい用紙に書くな」

「なんだ、もう老眼か? 細かいと言っても、ざっと指定しただけだ」

「早くても一ヶ月」

「練習用に、似たようなのをくれ。なんなら、刃がついてなくてもいい。この小刀は俺が作ったものだ。研ぎはそこそこだろ」

 腰裏に差していた、小さいナイフを見せる。

「ほう……見よう見まねに近いが、よくできてるじゃねえか」

「本職に勝てるとは思っちゃいなかったし、解体用に欲しかったから作ったンだよ」

「指定通り作るから、また顔を見せろ」

「おう――ああ、そうだ、ここの主流は鞘を金具で固定するのか?」

「わかってる、鞘に装飾はしねえよ。お前の抜きは理に適ってる」

「見抜けるだけ大したもんだぜ」

「本職ってのはそういうものだ。イム、あいつには新しい得物を作ると伝えておいてくれ」

「あ、お、おう」

「それとホノカ、お前は良い仕事をした。感謝すると伝えてくれ」

「うちに報酬はないんやな」

「そいつはまた今度だ」

「しゃーないなあ……」

 練習用の刀を持ってくるから少し待てと、そう言って彼は再び奥へ姿を消す。

 さて。

 ここでの用事は、とりあえず終わり。次に向かうのは、工業区にある病院だ。


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