第7話 五人の王位継承者の情報
いくつかの指示を飛ばし、彼の執務室に案内されてすぐ、疲れたよう皮張りの椅子に座った男は、煙草に火を点けた。娼館の女はソファに座り、リムリアもそれに倣う。レーゲンはその後ろに立ったままだ。老人は出入口付近でじっとしている。
「どう伝わっているのかは知らんが、ぼくたちの目的はただの挨拶だ」
「ああ?」
「威圧は通じんぞ、そのつもりでやれ。いいかね? そちらの女には言ったが、ぼくたちは第五王女プリュウの味方だ。よくよく覚えておけ」
「つまり、第五に手を出せばお前らが出てくるってか」
「その通りだが、ふむ、不機嫌だな?」
「あれでもうちじゃ高位ランクの男だぜ、それがあっさりやられて、ハッピーになれるとでも?」
「そうかね、知ったことではないが――違う挨拶の方が良かったかね」
「あ?」
「いいかね? そちらの女も知っておくと良い。ぼくたちは、数ある方法の中から、今回のやり方を選んだに過ぎない。そうだな……お前みたいな荒事をしている連中への挨拶は、特に効果的なのが二種類ある」
「女じゃなく、シクレよ」
「きみがぼくたちのことを覚えている限り、こちらも覚えておこう。まず一つ、こちらは簡単な方法だ。つまり、きみを殺す」
「俺を殺したってなにも解決しねえよ」
「そうかね? では、惨殺しておいて、その屍体を公園にでも転がしておこう。そしてぼくは身を隠す……そうだな、一ヶ月ほどだ。すると、どうなる?」
「俺の代わりが出てきて、同じことが続くさ」
「同じ屍体が上がるだけだ。さて、何度目で終わるかね? その立場になった人間は、必ず同じ殺され方をする――早ければ三つの屍体で済む。そこから自然消滅までの流れを作らずとも、まあ、目的は達せられるだろう」
「目的だと?」
「言わなかったかね? リュウの邪魔になりそうな組織が一つなくなった、これは喜ばしいことだ。ちなみにこの案は、挨拶として簡単な部類なのでね、敵対意志が見えた時点で移行するつもりだった」
あくまでも過去形で言ったが、必要ならリムリアはこれからでも、実行するだろう。
「ぼくには時間がある。何しろ、今日こちらに到着したばかりなのでね。つまり、手のかかる方法もあるわけだ。たとえば、身内が一人ずついなくなる、というのはどうかね」
これらの方法は、傭兵がやる常套手段でもある。結果が同じでも、効果が違うため、状況によってやり方は変えた。真正面からぶつかるよりも、少し賢いやり方であり、逆に言えばそれを知っているからこそ、身内は自然と警戒したものだ。
「一日や二日くらい、顔を合わせない相手もいるだろう? 気付いた時には数人がいなくなり、警戒を始める頃には二桁の人数がいない。何が起きているのかもわからないまま、ぼくたちと挨拶を済ませ――そのあとに、ようやく屍体が出てくる。脅しとしては充分だが、こちらとしてはいささか手間だ」
いろいろ方法があるものだと、リムリアは立ち上がって彼に近づくと、テーブルの上の煙草を取り、火を点けた。
「改めて言おう、あくまでも今回の目的は挨拶だ。良いかね? リュウが望むことを、そのままやらせるのが、ぼくたちの理由だ。最低限、邪魔をするな」
「こちらは諒解したわ。そもそも第五王女は国政から離れたがってるものね、あまりうま味もない。それ以上に、あなたたちを敵に回す方がまずいのは、よくわかった」
「……ただのガキじゃねえな、お前ら」
「なに、見ての通りのガキだとも。レーゲンとは幼馴染でね。さっき見てわかったとは思うが、こいつの戦闘は少し変わっているからな、あまり矢面には立たん。何しろ戦闘ができれば良いからな」
「そこまでは言わねェよ。お前ほどじゃないが、戦闘後の結果まで考えてる」
「どうだかな。ああ言っておくが、積極的に国政へ関わるつもりはない。ぼくたちが何かの勢力に取り込まれることも、まあ、ないだろう」
煙草を一本吸い終えたリムリアは、灰皿で消して、また同じ場所へ戻る。
「さて、ここからは質問だ。答えられる範囲で構わん。――教会はどこの勢力に加担している?」
一度、彼らは顔を見合わせてから、頬杖をついた男が口を開いた。
「いいぜ、ざっと話そう。まず第一王子、こいつは駄目だ。権力ってやつを正しく理解してねェ。羽振りが良いから一部貴族なんかが腰巾着になっちゃいるが、入れ替わりも激しい」
「ふむ、一時的な利益しか見込めないともなれば、正しい判断だな。国を動かせる人間じゃないと、本人が自覚していないのならなお更だ」
「その認識で合ってる。逆に、第二王子は真面目だな。知識は豊富で、先読みもできる――が、残念ながら現場を知らねえ。実利を追い求めるタイプで、数値を信じる。商人たちからの受けはいいが、派閥が小さいな」
「逆に言えば、現場へ足を運べば良くなりそうだな」
「第三王女はそのぶん、バランスが良い。決め手には欠けちゃいるが、俯瞰できる視点と器もある。派閥としてはここが一番デカイが、女って点で古い連中は嫌ってるな。人望はあるが、どっちかっつーと策を練って結果を覆すのを好む」
「第一、第二とも、上手く付き合いができそうだな?」
「まあな。人を動かすことは、相手が間抜けなほど簡単だって思ってるだろうよ。で、第四王子はまだ学生だが、遊び回ってる。うちにも顔を出すぜ」
「私のところにも遊びに来るわね。年齢的な問題で、遊ばせはしないけれど」
「客ってわけにはいかねえよ。ただ、国政には関わってねえし、派閥もない。その点では第五と似てるかもな」
「ふむ、だいたいわかった」
「なら聞かせろ。今のを聞いて、誰を警戒する?」
それは探りの問いだ。今の情報でどのくらい見抜くのか――そう思ったが、しかし。
同時に。
「「第四王子」」
予想外の答えを、二人は口にした。
「――」
「どうして?」
「話を聞いて、必ず接触しなくてはならない相手だと確信したがね。本当に遊んでいるのかどうかも怪しいところだが――おそらく、誰よりも国を動かす意味を知っていて、それができないことも自覚しているはずだ」
「国を動かす意味だと?」
「そうとも。それは派閥を広げることでもなければ、実利を求めることでもない。ただ、言葉に、行動に責任を負う、それだけのことだ。時には己の首を差し出すことも含めてな。遊べているなら視野も広い――が、本人が何を考えてるかは知らん」
それも確認しておかなくてはいけない。
「国の中にいる以上、そいつを脅威だと思っちゃいねェよ。やることがわかるッてのは、戦う前から準備できる。派閥がなんだろが、勝手に動く一人よりは簡単に片づけられるのが現実だぜ」
「だったらそれを教えてやれ」
「その役目はお前のだろ、リムリア」
「そうやってぼくの仕事を増やすなと言っている。それで?」
「ん、……ああ、教会は、表立って個人を養護しないが、今のところ第一だな。連中は間抜けで動かしやすい国王をお望みらしい」
「レーゲン」
「まだ早いな。全国規模の教会と事を構えるなら、あと三年は欲しい」
「だったらぼくは五年だな。小規模で済ますか、まあ、関わらないことを祈っておこう」
それを聞いて、男は嫌な顔をした。
つまり最低三年、あるいは五年後ならば事を構えることもできると、彼らは言っているのだ。
今のうちに巻き込まれないような手配をしておくべきか、本気で考えたくなった。
「ふむ、では交渉をしようか。なに、簡単なものだ。今の表情でわかるが、懸念を抱えているのだろう? だが、ぼくたちの目的はあくまでも、リュウの望みを叶えることだ。そのためにならば、あるいは、きみたちに手を貸しても構わない」
「――手助けをするなら、見返りくらいはある、と?」
「程度にもよるがな。それに、望みが早く叶えば、荒れることもないだろう」
「……少し考えさせてくれ」
「強制などせんよ。ただ、わかっているとは思うが、接触のやり方は考慮しろ。まあ、ぼくたちは学生だがね」
「協力した方が良さそうね。できることは限られるけれど、こっちとしては全面的にフォローするわ」
決断が早いものだと、視線を向けたリムリアは、改めてシクレの装いに目を向ける。髪も整えられているし、初見の時とは大違いだ。
「うちは、具体的に支援してる人はいないの。だから、どこからでも情報を集められるし、売ることもする。中立を謳っている以上、敵対には血の祝福を」
「そちらのご老人が教官役かね」
「あなたには後ろを取られたけれどね」
「そう言ってやるな。ぼくは術式も使っているからな」
「あら、魔術師なのね」
「へえ、どういう術式を使うんだ?」
それは、何気ない問いなのだろうし、彼らにとっては当たり前なのだろう。
けれど。
「勘違いだ」
リムリアは否定する。
「魔術使いに対して、何を使うか問うのは正しい。だが魔術師に対しては、あまりにも的外れだ。毎日食事を作る親に対して、何が作れるのかと問うのか? 問われても困るだろう、凝ったものでなければだいたい作れる。レシピがあれば問題ない、返答はだいたいそうなる」
「通じないだろ、それはお前がよくわかってるはずだ」
「そうだな。術式は作るものだと、どれほど言っても理解できなかったリュウは、なかなか残念な頭をしていると結論を抱いた」
「術式なんてのは戦闘補助でしかねェよ」
「まったくだ。きみの死角に準備しておいても見破られる」
「
「蹴り飛ばされたのはぼくだろう?」
「昔の話じゃねェか」
「忘れるほどではないがね。まあなんだ、こちらとしても成長途中だ。あまり無茶を頼まれても困るのでね」
言って、リムリアは立ち上がった。
「さて、屋敷の人間には酒を飲むと言って出てきたんだ。もう日付も変わっているし、上手い言い訳が思いつくわけでもないのでね、そろそろ帰らせてもらおう。今日の尾行はやめておけ、初日だから警戒度も上がっている」
「しないわよ」
「こっちも、それどころじゃねえな」
「結構だ。ではな」
「帰るのはいいけど、言い訳は?」
「そこまでぼくに任せるな」
それもそうだなと言って、レーゲンはひらひらと手を振りながら、扉を開いた。
そして。
十五分ほど、お互いに沈黙を保った二人はやがて、盛大に吐息を落とす。
「神の落とし物だと思う?」
「教会の話が出た以上は、疑ってかかるべきだ……が、あまりにも毛色が違いすぎる。連中は何かが違うが、あの二人はそうじゃねえ」
「そうね。違ってはいるけれど、あくまでもこの世界のルールの中で、当たり前のことをしてるだけ」
「そうだな。おそらくだが、あいつらが弟子を取って、同じように教えたとしたのなら、同じような人間になるはずだ」
「教会が望むような情報を持ってはいない?」
「少なくとも、前世に頼って今を変えようとする連中とは違う」
「……厄介な爆弾を抱え込んだわね」
「上に報告は?」
「するわけないでしょ。被害を増やしてどうすんの」
「だが、まあ利用はできそうにないが、譲歩くらいはしてくれるだろう。こっちの狙いを読んでくるのは厄介だ。一体どういう生き方をしたのか――いや、理解できねえだろうな」
「第五ね」
「おう、第五だ。……時間」
「一年が最大くらいでしょ」
「地道にやるか」
「お互いにね」
二人は協力体制を築いているわけではないが、争っているわけでもない。顔を合わせて話すなんて、一年に一度あるかないか、だけれど。
きっと。
――厄介事を抱え込んだ連帯感だけは、嘘じゃないはずだ。
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