第4話 彼女の望み
ログハウスの中は、簡素なものだ。外観からわかるよう、基本的には一室。ただ半分ほどの仕切りをつけて、テラス側は小さな作業用の部屋としている。入り口から入ってすぐは広間で、一応お手洗いも左手にあり、右側がその作業部屋だ。
作業といっても、石が転がっているよう、ほとんどが研ぎ場となっていて、使うのはレーゲンばかり。
広間の方も、大きなテーブルは用意していない。椅子の数は四つほどあるが、小さな個人用テーブルが二つ、部屋の隅にあるだけだ。リムリアと一緒にいる時も、顔を突き合わせて話すことがほとんどない。
そういう、お互いの距離感が好ましいのだ。
今日は、リュウがいる。とりあえずレーゲンがいつも使っているテーブルに座らせてから、自分は部屋の隅にある椅子を引っ張り出し、適当な場所に座った。ああ、お茶を淹れるのは、作業部屋の隅だ。こちらは術式を使うリムリアの役目である。
――さて。
「護衛は外に置いてきた以上、あまり聞かれたくはないんだろう? 簡単な防音だけ、こちらで結界を張らせてもらおう」
「ありがとう。ちなみに、この場所を知っている人間は?」
「大人はだいたい知っているがね、たどり着けた者はまだいない。レーゲンの母親は、場所の特定は済んでいるが、ぼくの結界を解除はできていない」
「……そう」
「年に一度ほど、王都から顔を出す人間がいるのは知っている。加えて、こいつの両親の仕事に関してもな。それをいうのならば、この村の成り立ちに関しての考察もだがね」
王都でも、それなりの立場を持っていた、あるいは今も持っている人間の集まりが、この村だ。隠匿する理由があった者、必要に迫られた者、それを望んだ者が暮らしている。
「気分転換でこの村に来た――という名目かね? 何かの目的があったとは思えんが、それなりに普段の生活は窮屈らしい」
「そうね」
大きく息を吐いたリュウは、両足を投げ出して少し姿勢を崩した。
「あなたたち、わたしの味方にならない?」
「ふむ……なかなか難しいことを言うんだな。味方という表現が、これはなかなか解釈の余地がある。詳しく話したまえ」
「知っているのには驚いたけど、わたしは第五王女プリュウ。末娘だから、継承権があるとはいえ、まずわたしが王位に就くことはないでしょう。わたし自身にも、その意志がない。母親はそうでもないけれど……ね」
「貴族界の派閥争いはそれなりに知っている。ぼくは交渉担当ではないが、情報収集はよくやっていたのでね」
「へえ、感想は?」
「クソ面倒だから二度とやるものかと、終わるたびに思ったものだ」
だろうなと、レーゲンは小さく笑う。実際にどうなっているかは知らないが、想像しただけで腹いっぱいだ。
「だが、派閥争いに絡めと、そういうことではあるまい」
「継承権を失った王族の役目が何か、知ってる?」
「よそへ嫁いで、他国との繋がりを強化する」
「それがわたしは嫌だ。何もかも捨てて一人で生きたい――そう思いながらも、それができないのを、今のわたしは自覚してる」
あるいは。
まだ彼女は、そのためにどうすべきかも、わかっていない。
「レーゲン、面倒な話になりそうだ。柄に巻く紐を持ってきてくれ」
「さっき渡した包みの奥に入ってる」
「そうか。作業をしながら聞くが、ぼくたちが味方になることで状況が転じると思っているのかね。見ての通り、まだガキだが?」
「子供の話し方じゃないし、戦闘能力じゃないわよ」
「それを言うならきみもそうだと思うがね」
「あら、わたしはこれでも英才教育を受けてるもの。お家柄もあって、家庭教師もついていた上で、学校は飛び級で卒業扱いね。席は残ってるから顔を出すこともあるけれど」
「そのぶんは社交界かね」
「貴族も馬鹿じゃないから、負け馬に乗ることはないでしょ」
「だからといって王族としての立場が消えるわけではあるまい」
「いずれ消したいとは思ってるけどね。いずれにせよ、戦争によって勝ち得た立場というのが、フルクアウ王国の成り立ちだから、他国へ嫁ぐことによって敵を減らすのは、当たり前の思考だもの」
「ふむ、確か記録によれば直近の戦争は二十年前だったか」
「ええ、現国王も前線に立ってるわ」
「それできみも、戦闘能力の腕を買いたいわけかね」
「それだけとは言わないけれど、荒事には備えておきたい。わたし自身はそれほど戦闘ができないし、護衛のフュールだって味方じゃないから」
「では、二つ質問しよう。まず一つ目だ、きみはもし王族の立場を捨てられたとして、その先は何を見ている?」
「どう生きたいかってこと? 一般人で商売をして、なんてことも考えたことがあるけれど、具体的にはまだ何も。ただ……」
「理想でも構わんよ」
「この村は、一つの理想だと思ってる。どこの国にも属さない田舎で、生活を……だから、そうね、村おこしでもして、独立でもしてみるのも面白いかしら」
「なるほど、まだ先を考える余裕はないか。二年、きみが我慢をしたのならば、ぼくたちも王都へ行くことになるだろうし、いくつか手を貸す方法は思いついている。だが実際に味方になるかどうかは別の話だ」
「あなたにとっては、面倒を抱え込むことになるから、そうよね」
「国政そのものに関わるつもりはない。その点においては、きみの行動によるだろうし、もちろんぼくたちは、きみの道具ではない。たとえば、意図してぼくたちの名を明かさない――そう約束できるかね」
「
「物は試しかね?」
「うん、それもある。はっきり言えば、巻き込みたくない気持ちもあるの。だから味方は最小限、そして裏切られないようにしたい」
「当然の考えだな。二年で、魔術書をいくつか集めておいてくれ。それを報酬としよう」
「……いいの?」
「いいかどうかは、きみ次第だ。改めて言っておくが、国政に関わるつもりは、ないと思ってくれたまえ」
「二年間で心変わりしたら伝えるわ。とはいえ、顔を出す回数はそれなりに増やすつもりだけど」
「それもそうか」
こんなものだろうと、紐を切ったリムリアは、何度か柄を握り、作業を終えた。
「今のところぼくも、きみの立場にはあまり興味はないがね。――ではレーゲン、どうかね」
「んー」
ずっと黙って聞いていたレーゲンは、そこでようやく組んでいた腕をほどいた。
「見通しは甘いな。手段の少なさからの視野狭窄もあるが、三手くらい先を意識して思考した方が良い。ただ、味方を増やそうとしないのは賛成だ。多少は必要だろうが、仕組みの中でありながらも、政治に関わらない立ち回りは、いずれ身を引く者として正解だろう」
「…………」
「どうした」
「えっと、口を挟まないから、なんでだろうと思ってたから、驚いたのよ」
「レーゲンが本気で話し出すと、先読みかと思うくらいズバズバ当てに来るのでね」
「俺を何だと思ってるんだ? 前にも言っただろ、こんなのは先読みと取捨選択だけだッての。やり方次第だが、国から出るだけならそう難しくはねェよ。ただ、何にせよ次をやり始めるのに金が必要だけどな」
「そこまで考えなくちゃ駄目なの?」
「そりゃそうだろ。国の役に立たないと放逐されるなら、殺される可能性があるにせよ、支度金なんて用意されることはねェよ。今のうちに自分だけの財布を用意しとかなきゃ、行きつく先は同じだぜ」
「……そう、ね」
「それと、仮に二年後だとしても、俺とリムリアに国落としまではできねェぜ」
「――」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
「え?」
「あくまでも、不要な犠牲を出さずにッて意味合いだけどな。無理をすりゃできる。なあ?」
「そのために必要なことをやれば、だがね。ぼくはきみと違って、二年後の自分を思い描くことしかできていない」
「充分だろ。で、お前はそれを望むか?」
「い、いいえ……犠牲が、国民なら、それはない」
「だろうな。まあ、お前がどのくらいの基準で考えてるのかは知らないが、暴力によって状況を変えたいのなら、それは俺の領分だ。リムリアもそうだが、どこまで本腰を入れるかは別にして、俺も協力してもいいぜ。要求は、
「――鋼?」
「折り返し鍛錬を主軸にした人物なら、余計に良い。一年に一振り作るか作らないかッてやつでも充分だ。交渉自体は俺がやる、お前は見つけるだけでいい」
「わかったわ」
「一応、王都に行ったらハンターの資格を得るから、俺とリムリアを護衛につけられるようにしとけ。最低限、そのくらいしときゃ何とかなる」
「おい」
「リムリア、あくまでも資格だけだ。しかもついでに魔物を狩れば、高値で売れる」
「……便利だから取るだけかね」
「そう言ってる」
「ならばいい。今のところぼくは、人に使われるような仕事をするつもりはない」
「どうだかなあ」
傭兵という仕事をしてきたから、次はほかのことをしたい、その気持ちはわかる。わかるが、傭兵の本質とは人に使われて仕事をするのではなく、戦場に身を置いて生き残ることでもなく――たぶん。
誰かのために仕事をする、ということだとレーゲンは思う。
そんなことができるのは、大半がお人よしだ。
「でだ、リュウ。お前の護衛と、ゾーブのおっさんと、俺の親父。立場的に強いのは誰だ?」
「立場?」
「戦闘をして、でいい」
「役割が違うからなんとも……ああ、そういう意味で立場ね。一応、ゾーブとおじさまは軍騎士で、隊長と副隊長だけれど」
「確か、一般的な騎士というのは直属の護衛に近いものだったかね?」
「それで合ってるわ」
「国は弱体化しているのかね」
「――そういう、話は、聞いてないけれど」
言葉や表情から、嘘を言っている様子はない。だからこそ、レーゲンとリムリアは一度、視線を交わした。
「親父が相手ならそう苦労しないんだが」
「うむ、ぼくでもそうだ。それとも何か、部隊運用込みの話かね」
「何の言い訳だと言いたくなる」
戦場において、指揮官狙いなど城跡の一つだ。部隊を動かす頭脳も必要ではあるが、強さも決して疎かにできない要素である。
現時点で勝率が悪くない相手というのは、はっきり言って戦力不足だと判断せざるを得ない。
そして、誰かを指揮するのならば、部下たちよりもよほど、強くなくてはならない――その常識に当てはめれば、どの程度の実力かは見えてくる。
「問題かしら」
「あんまりよくはねェな。だからといって改善してェとも思わねェよ」
ただ、国としての期待を持たないだけだ。
「何にせよ、だ。レーゲン、そろそろ本格的な戦闘訓練を始めるかね」
「お前の得物もできたから、ぼちぼちやってきゃいいだろ」
「ふん、その言葉を信じた二年前のぼくに、忠告してやりたいくらいだ。言葉を額面通りに受け取るなよリュウ、こいつの鍛錬なんてのは、胃の中身を全部吐き出すまでやって、ぼちぼちらしい」
「はあ? え? もしかしてあんた馬鹿なの?」
「この程度で音を上げるようじゃ、話にならねェよ。吐くまでやれるッてのは、限界を知ってるッてことでもあるンだぜ」
「付き合うぼくの身にもなってくれ」
「言ってろ」
ただ、当面の目的はできた。二年後に王都へ生き、リュウの手助けをする。
まだ曖昧な部分もあるが、それはここから先に決めればいいし、お互いの交流も深める時間は充分にある。
そしていずれ、お互いが隠していることも、話す機会があるのかもしれない。
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