第2話 冬の間の暇つぶし

 レーゲンの父親は、村の警備をしている。

 基本的には村の入り口でのんびりしているだけで、交代要員もほかに二人いるため、有事でなければそれなりに暇らしい。

 ということで。

「親父、飯終わったらちょっと森まで行かないか」

「なんだ、目的でもあるのか」

「散歩」

「お前は一人にしといても手がかからんから、好きにさせてるけど、たまにゃいいか。ナイフでも持ってくか?」

「いらねェ。俺に武器はまだ早いだろ」

「そりゃそうだけど、自分で言うなよ。そこは俺が言うべきだ」

「そりゃ悪かった。何しろ賢いンでね」

「ははは、言ってろ」

 本当は一人でこっそり行くこともできたが、それが発覚した時に心配をかけるので、こういう手段を取った。それが父親に伝わっているかどうかは、どちらでもいい。

 昼食を終えて休憩してから、母親に一言伝えてから、外に出た。

「魔物が少ないのは北部だな。そっちでいいか?」

「それでいい」

 左の腰に剣を提げる姿だが、軽装。一見したらただの冒険者に見えなくもないが、姿勢が良い。一番イメージが近いのは、騎士だ。

 しかし、両親は昔の話をしようとしないので、レーゲンも黙っていた。

 街道からは逆側は、ほとんど森だ。近辺は村の手が入っている場所もあるが、基本的には狩りの場である。

「そういや、村の収入源ッて何かあったか? 行商人には季節ごとにいろんなものを渡してるみたいだが」

「子供の考えることじゃないぞ、レーゲン」

「気になったンだ、しょうがねェだろ。何しろ来客はあっても、観光客が来るような場所でもねェだろ」

「国からの助成金もある」

「ふうん? なるほどなと、聞き流しておくぜ。それこそ、子供に話すことじゃねェな」

「聞いたのはお前だろうが……」

「そうだった」

「で? 魔物を探してるわけじゃないんだろう?」

「まだ俺には早いだろ、それは。前に言ったけど、基本はやってる」

 言われ、改めてレーゲンを見れば、なるほど、ほかの子供とは違う。自分の先を歩いているが、やや早足であるものの浮足立っておらず、障害物を避けるのは熟練者のそれだ。いちいち足元を確認せず、何かがあるとわかっていて移動していた。

 それを証明するよう、自然な動きであちこちを見ている。足元から頭上まで、あるいは遠くまで。

「バランスが良いな、お前」

「……親父はさ、歩いている時、地面を踏みしめた足の感覚がどこまでわかる?」

「ん? どこまでって、どういうことだ。踏み込みの感覚は慣れたものだけどな」

「感覚が大事なんてのは、親父に言うまでもないだろ。俺は、足を前に出した時、体重移動が行われる際の力が、躰のどこを通っているのかがわかる。これがわかるッてのが、これから先、躰を作ってく上で重要だってことを知ってるのさ」

「知っている、か」

「何故か、な。俺にもよくわからん」

 そういう振りをしている。両親の反応や、リムリアの存在から、かつての記憶を持って誕生した人間はそこそこいるらしいので、明確にそうだと主張すると面倒が起こる可能性を危惧している。

 曖昧にしておいた方が良い――今は、まだ。

「ナイフを一本、作ろうと思ってンだよ」

「急だな。買えばいいだろう」

「その場合、自動的に木剣か何かを持って、訓練しろッて言われるだろ?」

「そりゃそうだ」

「けどまだ、そいつは早いらしい。剣を持つだけの躰ができてねェから。いろいろやってみてェンだよ」

「ふうん……? おいまさか、鉱石を探すとか言い出さないだろうな」

「ここいらに鉱山はねェだろ。行商人から鍛冶場が大量購入してるから、今度そいつを二つくらい貰うから、親父も口添えしてくれ。その前に鍛冶場の親方には、炉の使用も込みで話を通しておく。今の俺じゃ、せいぜい一時間の使用が限度だ。一ヶ月はかかる」

「五歳が筋の通し方を知ってるってのも変な話だ。……前世の記憶があるなら、黙っておけ」

「ん? なんだそりゃ。なんかあるのか?」

「神の落とし物って言葉がある。そういうやつは、教会が持って行くからな」

「へえ……面倒そうだし、教会には近づかないでおく。熱心な信者でもないし」

「そうしとけ」

「なんであれ、俺は俺だ。親父もおふくろも、一人しかいねェよ」

「当たり前だ」

 乱暴に頭を撫でられた。まだ、無意識で回避できる段階ではない。

「それで、何を探すんだ?」

「砥石だよ。天然の砥石。俺も詳しくねェから、なんとなく使えそうな石を拾ってく。金槌も持ってきた」

「俺も詳しくはないなあ」

 そこからは、移動しつつも金槌で適当なサイズに石を壊し、それを麻袋へ入れながらの行動となった。周囲の警戒はするが、レーゲンの手伝いをしようとはしなかった。

 子供のやることに、頼まれない限りは手出しをしないのが、彼の流儀だ。

「そうだ、まだ先の話だけど、森の中に隠れ家を作るから」

「ああ? 急に何言ってんだお前は」

「先の話ッて言ってるだろ。子供連中の中で俺とリムリアだけ浮いてるだろ? それに、ほかの大人もいるし、俺らは隠れてこそこそやっておきたい。かといって、勝手にやってりゃ心配するだろ? だから先に明かしておく」

「そういや、ここんとこリムリアとは一緒にいることがあるな」

「たまにな。毎日じゃねェし、俺とあいつじゃ重なるところはあるにせよ、やってることは違う。――そうだ、おふくろの蔵書はリムリアが好きそうだ。忘れずに話しておかないとな」

「おいおい、なんであいつの蔵書なんて知ってるんだ」

「魔術書だろ。子供に隠し事なんて、調べてくれッて言ってるようなもんだぜ」

「魔術も知ってんのか……学校で学ぶことだぞ」

「ふうん。どうせ、使い方だけ教えて本質的な部分は勝手にやれッて感じだろ」

「――本質?」

「剣の使い方と同じだよ。教えてくれるのは、剣の振り方や扱い方ばかりで、躰の使い方を教えたところで、躰を作ることは教えない」

「……、そうは言うけど、そんなのは剣を握って覚えることもあるだろう?」

「伸びしろがあるッてか? 俺には、基礎が足りてねェ言い訳に聞こえちまうぜ」

 随分と厳しい物言いに、彼は頭の後ろを掻いた。

「負けだ、反論が見つからない」

「気にするなよ、親父。あくまでも俺がそう思ってるッてだけだ」

 手のひらサイズの石がだいぶ集まったので、それを麻袋に入れて背負った。

「こんくらいでいいだろ、一度戻ろうぜ、親父。鍛冶屋にもついて来るだろ?」

「おう……よく持てるな、重いだろう」

「コツがあるんだよ。重いものを持ち上げる時、だいたい腕を使って、腰で持ち上げる」

「ん、まあ、そうだな」

「それはそれで間違いじゃねェけど、人間は両足で地面に立ってるんだ。重さッてのはいつだって、足の裏から地面に伝わってる。重いものを持っても、背骨から腰、そっから膝、足まで意識して力を逃がせばいい。歩く時に不安定になるから、経験は必要だけどな」

「簡単に言うな」

「理屈の話だぜ? 難しいのは、その理屈通りに躰を動かすことだ」

 事実。

 息切れもせず10キロはあるだろう麻袋を背負ったまま自宅に戻り、そこからは鍛冶場へ向かうことになった。

「俺も、来年くらいからは躰を動かし始める予定だ」

「今は妙な動きをやってるだけだったな。あれはあれで良い運動だと思ってたけど」

「あと二年、急がないなら十歳くらいになれば、やってる意味もわかるさ。結果として出たものは、疑いにくい。まあ、そうじゃない可能性もあるけどな」

「お前はそこを目指してるのか?」

「あー、うん、戦闘を主軸とした躰の作りを目指してるのは間違いねェよ。うちで何かする時は、ちゃんと相談するさ」

「それは、そうしてくれ」

 街という規模ではない、あくまでも山村である。領主はいるが、ここではなくやや遠い街におり、かといって村長がいるわけではない。そういう意味では少し特殊だろう。

 しかし、大工もいるし、鍛冶屋もある。来客を目的とした宿泊施設や料理店はないにせよ、酒場はあって、発展はしていないにせよ、ここまでしっかりとした造りをしている村も、そうないだろう。

 環境が良いし、村人もそれなりに多い。

 食事面に関しては、肉があるのは狩りで獲物が取れた時で、それ以外は野菜が主体だ。レーゲンの家に菜園があるのも、そうした理由である。

 自給自足が強い村、だ。


 その日、鍛冶屋は忙しくはなかった。


「よう」

「おう、どうした。今日は弟子もいねえし、仕事は半分休みだぞ。炉も一つしか使ってねえ」

「俺じゃなくて息子の用事だ」

「ん? レーゲンか」

 父親の剣を定期的にチャックしている親方であるため、面識はある。ただ、あまり仕事の話をしたことはない。

 だから、今日が初めてのようなものだ。

「要求から言うぜ? 親方、就業間際の一時間でいいから、一ヶ月くらい俺に炉を貸してくれ」

「ガキの遊び場じゃねえよ」

「じゃあ、仕入れの鋼を二つか三つくらい使って、折り返し鍛錬を満足できるまでやって、俺にナイフを作ってくれ」

「――折り返しだと?」

「知ってるだろ」

「そりゃお前……

「労力がかかる割りに、鋼が減って小さくなるのか? それとも、折り返しに耐えられる鋼がないか? 作った結果、得物としてのバランスが悪いか? 満足できない結果になって、腕が追いつくのに時間がかかりすぎるのか――原因はなんだ」

「――」

 遊びではない、その気持ちは伝わった。

「お前はできるのか」

「少なくとも、素人の俺が満足できる代物は作る。ここには道具も揃ってるだろ」

 彼は、適当に木の椅子を引っ張ってきて腰を下ろすと、煙草に火を点けた。

「基本は熱して叩く。適度に伸ばしてから半分に切って、折り返す」

「俺も詳しくはねェよ、たぶんな。知ってる限りだと、折る場合もあるし、重ねる場合もある」

「そんな理由はどうでもいい、知ってることを話せ小僧。折り返しは何度だ?」

「十五回が目安だ」

「何故だ」

「鋼を鍛えるッてのは、言葉にすりゃ簡単だけどな。俺がわかってンのは、不純物を吐き出させるためッてところか」

「そうだな、それもある。だがどうしたって鋼は小さくなるだろう」

「同じものをもう一つ作ってから、最後に二つ合わせるのさ。形状はいわゆる曲刀にする」

「そりゃ珍しい形だな」

「そうした方が良いらしいぜ。炉の温度は空気を送ることで変わるんだろ? さすがに炭まで集めるとなると、冬の間に完成しなさそうだし、そこまでの完成度は求めちゃいねェ。いやまあ、実際に知ってるだけで、本当に作れるかどうかを試したいッてのが本音だ」

「なるほどな。……遊びじゃないのは、よくわかった」

「次に行商人が来た時、鋼を二つ三つ選ばせてもらうぜ。見学は関係だが、親方だけにしてくれ。こっちはリムリアが顔を見せる」

「一時間でいいのか」

「おいおい、俺みたいなガキが、一時間も金槌を振るえると思ってンなら、親方の息子が家の手伝いをしないのも納得できるぜ?」

「――違いねえ」

 言って、彼は笑った。

「いいだろう、次の行商が来た時に顔を出せ。折り返し鍛錬は知られちゃいるが、商売として完結できてるやつは少ねえし、失敗も多い。怪我しねえようにやれ」

「もちろんだ。ありがとな親方、冬の間の暇つぶしができそうだ」

「言ってろ」

 かつて、レーゲンが好んだ得物を作るための予行練習。彼が十六歳になった時、この必要もなかったと気付くのだが、それはまだ先の話。

 それに、何事も経験であり、無駄になることはないものだ。


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