俺に小鳥さんが舞い降りて


 あれから目が覚めると、早退して病院へ行かされた。病院の検査結果は異常無しだ。

 でもこのまま家に帰る気分にはなれなくて、なんとなく街をぶらつく。

 駅前大通りでは多くの人間とすれ違う。

 この大通りを行き交う人々の中には、俺が人柱だと知っている者もいるはずだ。

 俺の生活には内閣人柱観察保護局の人間が潜んでいて、今まで当たり前だった日常も、幸運も、偶然すらも全て用意されていた。

 心にぽっかり穴があいたような、何も考えたくないような、やるせない気持ちになる。

 俺は目的もなくぼんやり歩いていた。


「と、通してくださいっ。警察を呼びますよ!」


 ふと女の子の声が聞こえてきた。

 見ると女子高生が二人の男に絡まれていた。

 女子高生は逃げようとしているが、男たちが立ち塞がって逃がさない。


「おい、逃げるなよっ。お前が先に俺達にぶつかってきたんだろうが!」

「それはさっきから謝ってるじゃないですか」

「ああ? なんだその態度はっ!」

「キャッ……」


 女子高生が短い悲鳴をあげて縮こまった。

 大通りを行き交う人は気付いているのに誰も助けようとしない。関わりたくないのだ。

 俺も立ち去ってしまいたかった。だって男たちの人相は悪くて、他人に暴力をふるうことになんの抵抗もなさそうな人間だ。そんな人に関わるなんてどうなってしまうか……。

 ……あ、俺に後なんてなかったんだった。

 あと一日足らずで俺が死ぬか人類が死ぬか、そのどちらかしかなかった。

 そう思うと気持ちが大きくなっていく。自暴自棄な気分になっているのかもしれない。

 俺は女子高生と男たちに割って入った。


「な、なにしてるんですか? 嫌がってるじゃないですかっ」

「ああ? なんだお前」

「俺達に用でもあるのかよ」


 男たちがオラオラな感じで近づいてくる。

 逃げたくなったけれど、どうせ俺は死ぬ。ついでにこいつらも俺の選択次第で死ぬ。そう思うと逃げるのも馬鹿らしい。


「おいっ、なんとか言えよっ」

「うわあっ!」


 ドンッ! 突き飛ばされて尻を打つ。

 他人から痛めつけられるのは初めてだ。

 あ、そうか。初めてなのは当然だ。だって俺の人間関係は作られたもので、俺が危害を加えられるなんてあり得なかったのだから。

 ん? ということは、この男たちも女子高生も俺が人柱だと知らないわけで。

 ……っ、やばいっ、嬉しいっ、変な笑いがこみあげてきた。顔がっ、顔が緩んでいくっ。


「うわっ、こいつニヤニヤしてやがるっ」

「やべぇんじゃねぇの?」

「い、行こうぜっ。次は気を付けろよ!」


 男たちが気味悪がって立ち去って行った。

 俺に関わるのをやめたようだ。俺は嬉しい気持ちになったのに。

 助けた女子高生が駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか? ケガはありませんか?」

「うん、大丈夫。尻もちついただけだから」

「そうですか、良かった」


 女子高生がほっと安堵の顔になった。

 長い髪を三つ編みで結い、分厚い眼鏡をかけている。全体的に地味な女子高生だが、制服は隣駅にある名門女子高のものだ。


「助けてくれてありがとうございました。私、高瀬小鳥たかせことりっていいます」

「俺は吉田篤史。すぐそこの高校なんだけど、高瀬さんは隣駅の高校だよね」

「はい。本屋に行きたくてこの駅で降りたんですが、ぼんやりしてたらさっきの人たちにぶつかってしまって……」

「大変だったね」

「吉田さんのおかげで助かりました」

「篤史でいいよ。なんか慣れなくて」

「……わかりました。では、私のことも小鳥と呼んでください」

「わかった。小鳥さん」

「ふふふ」


 小鳥がふわりっと微笑んだ。

 俺も気が抜けて、ふっと笑ってしまう。

 正直、小鳥は俺の周りにいなかったタイプの女の子だ。俺の周りにいるのは高校生で化粧もしてるようなちょっと派手なタイプ。

 でも小鳥はその正反対で、図書室で静かに読書しているようなタイプに見えた。

 いつもとは違った地味目の女の子だからか、今までと違った感覚を覚える。慣れてないからかと思ったけど、…………ああ違う、小鳥は俺が人柱だって知らないからだ。

 学校の女子は俺が人柱だって知っている。でも目の前の小鳥は知らない。ということは素のままで俺に接しているということだ。

 どうしてだろう、それに気付くとじわじわと頬が熱くなる。

 急に恥ずかしくなって誤魔化すように笑うと、小鳥も優しく目を細めてくれた。

 不思議と意気投合し、お互いの電話番号や住所を教え合ってその日は別れた。




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