偽りのカースト上位


 翌日。彗星衝突まであと三十五時間。

 俺はいつもの朝を迎えた。カーテンを開けると青空には雲一つない、いつもの朝。

 家族は俺が人柱だということを知っていた。

 藤堂が帰った後、母さんは俺を抱きしめて涙を浮かべて言ったのだ。『あなたの好きにしていいのよ』と。

『篤史、悔いのない選択をしろ。家族はお前がどんな選択をしても受け入れる』と父さん。

『お前が選べよ。お前の命だ』と兄さん。

 家族の言葉に俺は泣きそうになった。やっぱり俺は家族に恵まれている。

 俺は家族に見送られていつものように高校に登校した。

 教室に入るとクラスメイトがいっせいに俺を見る。


「っ、……えっと、お、おはよ」


 ちょっと引きながらも挨拶をすると、友人たちが挨拶を返してくれた。でもぎこちなく見えるのは気のせいだろうか。

 いや、気のせいじゃない。クラスメイトは俺が人柱だと最初から知っていたのだ。

 内閣人柱観察保護局は人柱に上質な環境を提供するのも仕事だ。それは人間関係も含まれている。ということは、俺の人間関係は意図的に作られていたということ。もちろんクラスメイトも、仲の良い友達も。


「篤史、昼休みにバスケするけど、やりたいポジションある?」カースト上位の一番スポーツが得意な友達が言った。

「現国の小テストあるけど、その前に僕のノート見せようか?」カースト上位の一番勉強ができる友達が言った。

「アツ~、今日の放課後女子たちとカラオケ行くけどお前も来いよ~」カースト上位の一番イケメンな友達が言った。


 それはいつものお誘いだ。友達は俺が人柱でも関係ないんだとほっとした。だからいつものように笑って了解した。

 こうしていつもの日常が始まったが、でもふいに教室の窓が視界に飛び込んでくる。

 窓に映る俺と仲良しメンバー。

 …………。あれ、俺って……フツウ?

 教室の隅にいる奴らと同じくらいの顔面偏差値。よく考えたら勉強も運動神経も平凡。こんな平凡な奴と学校カースト上位の連中がわざわざ友達になりたいと思うか?

 ……いやいや違う。そうじゃない。俺には魅力があって、そこに惹かれて友達になりたいと思ってくれたんだ。今朝だって俺の家族はいつもと同じように接してくれた。

 だから大丈夫だと自分に言い聞かせたが、それは昼休み、バスケをしている時だった。

 俺がシュートに失敗しても同じチームの友達は「ドンマイッ」「大丈夫、次々!」「次は入るって!」といつものように慰めてくれた。

 しかし別の友達がシュートに失敗すると「おい~、なにしてんだよ~」「フツーそんな外し方するか?」「ヤベッ、ウケル!」と楽しそうに笑っていた。それもいつもと同じだ。

 でも今、気付いてしまった。

 そう、自分は気遣われていたのだと。

 みんなが自分に優しいことは分かっていた。それは俺が好きだからだと思ってた。俺にはそうしたくなる魅力があるからだって。でも。

 気付いた事実に頭が真っ白になった、次の瞬間、――――バシンッ!

 顔面に衝撃が走った。パスされたボールが顔面に激突したのだ。

 ……やばい、意識が遠くなっていく。

「篤史、大丈夫か!?」「しっかりしろ!」「篤史!」友達の呼びかけが遠くに聞こえる。

 視界も閉じて、すべてが遠ざかっていく。

 死ぬ時もこんな感じなのかな……、そんなことを思いながら意識を手放した。




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